EXORCIST AGE

act12.学院  海水浴旅行(3)

拓と千早のおしゃべりが一区切りついたところで、長谷部は話しかける。
「津山。ちょっとハッスルしすぎだろ、電車の中で」
ぽむ、と頭を軽く叩いてやると、拓が口を尖らせて振り向いた。
「だって、あれって、どう見ても不審人物じゃん。センセーは、あんなのを野放しにしろっていうんですかぁ?」
目には怒りが垣間見える。
悪魔を発見したのに、何故褒めてくれないんだ――拓の目は、そう訴えていた。
なので、頭を優しく撫でてやりながら長谷部も付け加える。
「結果的には上手くいったから良かったけど、次からは俺か琴川を頼ってくれよ。君に何かあって心配するのは、生徒会長や妹さんだけじゃないんだ」
千早がじっと見つめているので、エクソシストめいた発言が出来ない。
そうと知ったか、拓も輝く笑顔で「うん。次からは、そうする」と素直に頷いた。
「じゃ、俺はしばらく寝かせてもらうから」と踵を返した長谷部を、拓が掴んで引き留める。
「センセーも一緒に話そうよ。食べてすぐに寝ると牛になるっていうし」
「あぁら、それは迷信じゃありませんこと?」と混ぜ返したのは、千早の正面に腰掛けた京。
「それに到着すれば忙しくなりますから、今のうちに休んでおかれたほうが……」
千早にも勧められて、長谷部はそっと拓の手から袖を引き抜くと彼に向かって片目を閉じる。
「そういうこと。津山、お前も少し休んでおいたら、どうだ?じゃないと肝心の海についた時に、泳ぐ元気もなくなっちまうぞ」
すると拓は返事の代わりに長谷部の後ろにくっついてきて、琴川の真正面に腰掛ける。
「あら、タックンは生徒会長さんとおしゃべりしていたんじゃなかったの?」
琴川の冷やかしにも首を真横に振り、拓はニッコリ微笑んだ。
「今は先生達と話したいんだ。いいでしょ?」
「えっ、まぁ、いいけど……そっちも、いいのか?」と、長谷部の後半は千早に尋ねたもので。
話を振られた千早はキョトンとしていたが、すぐに傍らの竹隈がフォローを入れた。
「え、えぇ、もちろんですとも!あとの二時間たっぷり、先生は津山君のお守りを宜しくお願いします」
「え……っ?えっ、あ、あの、津山くん……?」
まだ状況が飲み込めずポカンとする千早の隣へ颯爽と腰掛けると、竹隈は得意の前髪かきあげを披露する。
「津山くんは先生方とお話がしたいそうだよ。では千早くん、今度は僕達とお話ししようじゃないか」
「そうですよね、ずぅっと津山くんが千早様を独り占めしていたんですもの。ずるいですぅっ」
竹隈の戯れ言に悦子までもが同意しては、千早は困った表情で苦笑するしかない。
「あら、まぁ、それは違うでしょう?大守さん。千早様が津山くんを独り占めしていたのですわ。だって、津山くん如きに独り占めされるような千早様ではなくってよ」
京がいらぬ訂正をかまし竹隈の額に無数の縦皺が刻まれるも、続く千早の一言には、いち早く反応して笑顔に戻った。
「そうですね。では海に着くまでの残り時間は、あなた方とお話ししましょう」

一年生の三人はおしゃべりに熱中していて、今は倭月もそちらに集中している。
三年生が三年生だけで話し出すのを見守ってから、改めてGENはティーガと向かい合う。
「……よくやったな。上出来だ、一人で悪魔を感知できるとは」
小声で褒めてやると、途端にティーガは破顔して嬉しそうに擦り寄ってきた。
「えへへ〜、でしょー?俺もね、最初は判らなかったんだけど、直感っていうのかなー、ビビッときたんだ」
「ビビッと?」と、首を傾げるミズノ。
ティーガは「うん」と頷き、自分の頭を突いてみせる。
「脳に直接、何かが囁きかけたっていうか」
「大丈夫か?何か変な電波を受信しているんじゃ」
おどけるGENに舌を突き出し、ティーガは、たちまちヘソを曲げた。
「違うもん。なんで判らないかな〜、二人とも。同業者なのに……」
「判った、判った。要するに肌で感じたんだろ?悪魔の気配を」
慌てて褒めてやりながら、GENは考える。
相当な場数を踏んだベテランでなければ、気配だけで悪魔だと感知するのは難しい。
新人のティーガが、それをやってのけたのだとしたら、さすがは研究所生まれと言う他ない。
「そうだよ。なんだGENさん、判ってるんじゃん」
そっぽを向いていたティーガが振り返り、笑顔を見せる。
「じゃあ、勘の鋭いティーガにお願いしちゃおうかしら?」
「ん?何をッスか」
気をよくするティーガに対し、ミズノは両手を併せてお願いポーズ。
「旅行中、倭月ちゃん達と千早さん、それから竹隈くんの様子を伺う役目よ。私は大守さん、だったっけ?あの子とその友達二人を、それとなく見張っておくわ」
「じゃあ、俺は?」と、話に混ざってきたのはGENだ。
「俺は誰を見張ればいいんだ?」
間髪入れず、ミズノが答える。
「あなたは周囲に気を配って。周りに悪魔がいないとは限らないし、さっきみたいな襲撃があるかもしれないでしょ」
「了解。さて、それじゃ少し寝てもいいかな」
ふわぁ、と大あくびするGENを見て、ティーガもミズノも苦笑する。
「そうね、ついたら起こしてあげる」
「GENさん、お疲れだもんね〜。オヤスミナサイ」
「うん。じゃあ」
もう一度、大きなあくびをかますと、今度こそGENは眠りの中へ。
彼の眠りを妨げないよう、小声でティーガが尋ねてくる。
「……あの悪魔、どうなったの?」
「ゴミと一緒に捨てたらしいわよ」
ミズノも必然的に小声で返してから、ちらっとGENを一瞥した。
小さかったとはいえ、悪魔は悪魔。
普通の人間なら、銃を持っても太刀打ちできない相手である。
そいつを素手で、しかも片手で圧死させるんだから、GENも並の男ではない。
片手に全霊力を注いだのだ。
霊力を使えば、身体に対する負担が半端ない。
やけに彼が疲労しているのも、そのせいだ。
それにしても咄嗟の襲撃なのに、よく対処できたものだとミズノは感心する。
さすがはプロ、いやさベテランエクソシストか。
「ゴミとねぇ……ま、フツーの人には見えないから、いいっか」
ポツリと呟き、ポリポリと頬をかいていたが。
やがてティーガは立ち上がる。
「んじゃ、今度は倭月達と話してきまーす」
「はいはい、いってらっしゃい」
笑顔で送り出した後、ふぅっとミズノは溜息をついて、もう一度GENの寝顔へ目をやった。
見事なまでに、熟睡している。
ちょっとやそっと揺さぶったぐらいじゃ、目を覚ましそうにない。
「私も、他の子と話してこようかしら」
小さくぼやくと、ミズノも席を立った。

その後は何事もなく、一行は無事に到着する。
『まもなく終点〜終点でございます。青柳原〜、青柳原〜』
車内アナウンスが響くと同時に、ぱちりと目覚めた長谷部先生へ拓が笑いかける。
「おはよ、センセー」
「ん、あぁ。もう終点か……」
長谷部は大きく伸びをして席を立つと、コキコキ肩を鳴らしてみる。
ずっと窮屈な姿勢で寝ていたせいか、寝る前よりも体のアチコチが痛い。
「センセ、大丈夫ですか?ここからが本番ですよぅ」
不意にドンと強く背中を押されて、オットットッとよろめいた。
叩いた張本人の悦子は「やだ、そんなに強く押してないのに」と、ころころ笑っている。
そうは言うが、今のは息が止まるかと思うほど痛かった。何より不意討ちだったし。
だが長谷部の抗議は、ひときわ大きな拓の歓声で掻き消された。
「わぁ〜、すごい!見て見て、センセー!青い!すっごく青い!綺麗!!」
「な、なにがだ」
ぐいぐいと拓に腕を引っ張られ、ホームに降り立った長谷部の前に現われたのは――

「わぁ……」

一面に広がる、青い海。
水平線はキラキラと日の光で輝き、青い空には入道雲が浮かんでいる。
本来ならば見慣れているはずの夏の景色なのに、息を飲むほど美しい。
「ね、綺麗でしょ?綺麗だよね、ねっ、ねっ!」
無邪気に喜ぶ拓の頭を無意識に撫でて、長谷部が頷いた。
「あぁ」
その後ろでは、ひそひそと倭月に囁く一年生、佐奈の姿が。
「……ねぇ、わっつんのおにーさまって箱入り息子なの?海を見ただけで、あんなにはしゃげる人、今時いないよ?」
倭月は少し苦笑して、はしゃぐ拓の背中を見つめる。
「そうだね。でも、それをいうなら私だって初めて見たよ、ナマの海」
「の割には、落ち着いてんじゃん?」と、佐奈。
「落ち着いてないよ。これでも、心の中では感動しているんだから」
そうなのだ。
拓ほど派手なリアクションではないにしろ、倭月も海の美しさに感動を覚えていた。
こんなに綺麗な景色を、今まで一度も見ていなかったなんて。
これまでの十何年間分の人生、損した気分になってくる。
倭月は笑い、なおも拓の動きを目線で追いかけた。
兄ときたら倭月や千早はそっちのけで、ぴったり長谷部先生に寄り添い、海の感動を一方的に伝えている。
なんで一緒に喜ぶ相手は妹の自分ではなくて、長谷部先生限定なんだろう?
先生は海へ初めて来たってわけでもないだろうに。
「さて、と。海の雄大さに見惚れるのも構わないが、そろそろペンションへ移動しようじゃァないか」
ふわさっと前髪をかきあげ、竹隈が切り出す。千早も頷いた。
「えぇ。では皆さん、お荷物を持ったら待合所へ行きましょう。そちらに送迎車が待っています」
「そーいや泊まるのって、ペンションなんですかぁー?」と千早へ尋ねたのは、佐奈。
千早は微笑み、頷いた。
「えぇ。私の父が管理するペンションの一つです」
「一つ!?」ということは、他にも多数管理しているのか。
神無家のリッチっぷりに驚く一年生達を従え、千早ご一行は悠々と待合所へ歩いてゆく。
そこに待たされていた送迎車を見て、再び「すっごぉい!黒光りしてる!!」と驚愕の声を受けながら、一路ペンションへ。


「……ふっうぅぅ〜っ!疲れたぁ〜っ」
それぞれに割り当てられた個室へ落ち着いたところで、ようやくミズノは羽を伸ばす。
「おいおい、ついたばかりだぞ」と笑うGENは、ぐるりと部屋を見渡した。
こじんまりとした部屋だ。木造だが、造りは案外しっかりしている。
一通りキッチンやシャワーはついているが、共同の風呂があると千早が教えてくれた。
「それにしても……」
「何?」
「なんで俺と君が同部屋なのかな」
妙齢女性と相部屋だというのに、GENは何故か不服そう。
ミズノは、さらりと答えてやった。
「そりゃあ、恋人同士だからでしょ。皆、気を遣ってくれたのよ」
GENは腕を組み、むっつりとやり返す。
「余計な気の回しすぎだよ、まだ夫婦でもないのに」
「あら、だって来年には結婚するんでしょ?竹隈くんに、そう言ったのは、あなたよ」
苦し紛れについたアドリブの嘘を、よくもまぁ覚えていられるものだ。
伊達に事務職ではない。無駄な記憶力である。
「なら、本当に結婚するか?来年」
言った途端にシーンと部屋は静まりかえり、あれっ?となったGENがミズノを覗き込んでみれば、彼女は頬を赤く染め俯いたままで囁いた。
「……いいの?私となんかで」
てっきり『誰が、あなたなんかと!』という切り返しをされると予想していただけに、この反応は意外だ。
今の軽口を真に受けているとしか思えない。そうと気づいたGENは、慌てて訂正する。
「い、いや、今のはホンの冗談だよ。ゴメン」
謝ったのに何故かミズノはプゥッとふくれッツラになり、背中を向けられてしまう。
「何よ、それ。軽々しく冗談なんかでいうネタじゃないわ」
怒るってことは、彼女は結婚相手がGENでも、まんざらではなかった――
という解釈に取れやしまいか。
いや、まさかな。いくらなんでも、都合良く取りすぎだ。
ミズノは社内で引っ張りだこのモテモテだし、我が社にイケメンのフリー社員は沢山いる。
何も俺なんかを選ぶ必要は……
「セッンッセー!いるっ?」
そこへ、いきなりノックもなしに、ティーガが飛び込んでくるもんだから。
むくれていたミズノも考え込んでいたGENも、慌てて、そちらに意識を向けた。
「こ、こら!ノックもしないで入ってくるんじゃないっ」
GENの説教など右から左へ聞き流し、嬉々としたティーガが腕を掴んでくる。
「ね!早く泳ごうよ、GENさぁ〜ん。皆見たがってるんだよ、GENさんの水着姿!」
「そ、そうだ。それなんだが、ティーガ」
GENもガッシとティーガへ掴みかかり、問いただした。
「お前、俺に散々肌を露出するなっつっといて、どうして海に誘ったりしたんだ?」
「へ?どうしてって?一緒に行きたかったからに決まってんじゃ〜ん」
どこまでも脳天気に笑うティーガへ、GENは精一杯凄んでみせる。
「バカ!海に入るとなると上半身裸にならなきゃいけないんだぞっ!?こんな鍛えた体を見せて何がどう保健医なのか説明を、どうすればいいんだ?」
しかしハイテンションになったティーガには、凄みも説教も効果を得られず。
「大丈夫だよ。医者だからって軟弱モヤシッ子じゃなきゃいけない法則もないでしょ。むしろ、その肉体美を見せたら皆も〜GENさんのトリコ!生意気な竹隈先輩だって惚れちゃうんじゃないッスか?」
人の気も知らんと、無邪気な後輩はケタケタ笑った。
では、あのクソ暑い保健室で長袖猛暑我慢大会をしたのは何だったというのか。
無駄な努力。その一言に尽きる。
「あのね、スイカもあるんだって。あとで皆と一緒にスイカ割りしようね、GENさん」
一気に気力の萎えたGENとは裏腹に、ティーガの遊ぶ気力は漲っている。
GENが注意しないので、代わりにミズノが釘を刺しておいた。
「スイカ割りもいいけど、本来の任務を忘れちゃ駄目よ?」
「ハイハ〜イ、もっちろん判ってまーすっ」
浮かれ気味に答えるティーガは、本当に判っているんだか。
GENの腕をグイグイ引っ張り、なおも急かしてくる。
「ね、早く行こうよ!」
「あぁ……その前に着替えなきゃな。水着に」
項垂れていたGENも、ようやく我に返り、ズボンの縁に手をかけるが。
「あ、あの、ミズノ。ちょっとアッチ、向いててくれる?」
彼女にガン見されていると気づいた途端、頬が熱くなるのを覚えた。
言われたほうも「あ、あっ!ごめんなさいっ」と、真っ赤になって明後日の方角に視線を逃す。
「GENさん、何もここで着替えなくてもトイレで着替えたら?」
ティーガだけが平然と、あっけらかんと指摘したのであった。

act12.組織  西へ東へ大奔走

「管制局へ行ってきたんだって?」
――西へ向かうバンの中で。
不意にSHIMIZUへ、そう問いかけてきたのはBASILだった。
「……どうして、あなたが私の行き先を知っているのかしら」
ちらりと様子を伺うと、彼は視線を逸らしてボソボソ囁く。
「スパイ容疑がかけられたって知ったからさ、お前の疑いを晴らしてやりたかったんだよ」
なんて言っているが本当にSHIMIZUじゃないと信じているなら、わざわざ尾行などすまい。
要はBASIL自身も疑ってしまい、自分の中のモヤモヤを晴らす為に尾行したという訳か。
「あ……!そんな非難めいた目で見んなよ!元はといえば、お前が妙な容疑をかけられるから悪いんじゃないか」
慌てる彼を視界の外へ追いやって、SHIMIZUは涼しい顔で聞き流した。
「それを言うなら大元の元凶はZENONでしょ。こいつが見たなんて言うから、こんな騒ぎになったのよ」
「なんだと!?」
助手席に乗っていたZENONが、くるっと振り向き即座に噛みついてくる。
「オバチャンの井戸端会議じゃあるめーし、盗み読みを他の社員にくっちゃべったテメーが悪いんだろうが!」
SHIMIZUがばらまいた噂の件は、既に一段落ついている。
ペインの報告及び本人の謝罪により、VOLTを納得させる程度には理由付がなされたのだ。
ただ、無断で天都へ降りた事と、その帰りが遅かった件については別途厳罰を食らっている。
VOLT経由で濡れ衣も晴れ、彼女が何故疑われていたのかの理由も皆が知るところとなってしまった。
「なによ、それを言うならミズノでしょ!?あいつが、あんた達にしゃべるから」
「まー、まー、まーっ!もう、どっちもどっち、両成敗!喧嘩はヤメヤメ、暑苦しいっすよ!」
とりとめのない喧嘩へスザンヌが仲裁に入るも、ドンと前方から後頭部を押されて激しく後部座席に倒れ込む。
「暑苦しいたぁ、なんだ!こいつとは徹底的に言い合っておかねぇと我慢ならねぇッ」
「それで、管制局へは何をしに行ったんだい?」と、さらに喧嘩へ割り込んできたのは運転席のバニラ。
一斉に皆は黙り込み、静寂の中でSHIMIZUが答える。
「し……調べ物です。過去にいたエクソシストを調べようと思って」
「過去のエクソシスト?そんなもんを調べて、どうしようってんだい」
「あ、その……な、名前だけは覚えていたんですけど、どんな人だか忘れてしまって……」
問答をしているだけだというのに、SHIMIZUは汗びっしょりだ。
自分を気遣う、後輩の視線が痛い。
「し、SHIMIZUさん……嘘はいけませんよ、嘘は。正直に話しましょうね」
などという小声までが聞こえてきて、思わずSHIMIZUは「う、嘘って何よ!」と癇癪を起こしかけたのだが。
「それで?誰を調べていたんだ」
バニラの促しで即座に我へ返り、話を続けた。
「あ、あの……バニラさんは、ご存じでしょうか……?昔、EX・ZENEXTに在籍していた、ANIMAっていう女性エクソシストなんですが」
「あぁ、知ってるよ」
二つ返事で頷いたバニラは、すぐさまSHIMIZUへ聞き返す。
「しかし、なんでまた、そんな古い記録を引っ張り出そうとしたんだい?」
「あ、え……っと、今回の共同任務において、EX・ZENEXTに関する資料を集めておきたくて」
とっさの出任せだが、バニラは、それ以上追及することなく頷いた。
「そうかい。ま、知らないよりは知っていたほうがいいだろうしね。で、何か収穫は?」
「あ……本名と住所、経歴が出ました。優秀なエクソシストだったようですね」
本名・戸隠 あゆみ。享年三十四歳。
家族は父・母・弟が一人。両親は彼女が亡くなるよりも前に他界していた。
本住所は天都になっていたが、エクソシスト達は普段、天都に住んでいない。
THE・EMPERORやEX・ZENEXTの本社がある場所は天都の上空、空中都市アベインストだ。
世界各国から集まってきたエクソシストが会社を設立し、やがて都市として繁栄したのが始まりらしい。
空中都市には国境がない。西も東もない。
共通する要素――エクソシストだけが、彼らをまとめるキーワードだ。
こうした情報を下界の民は知らない。否、知られてはいけない事になっている。
戸隠 あゆみの本住所も、恐らくは両親と弟の住んでいた場所であろう。
弟の名前は戸隠 源次。ペインから聞いたGENの本名と同姓同名である。
「そうだとも」
バニラは頷き、遠い目をする。
「ANIMAは、今のあんたらよりも数倍霊力の高いプロだった。戦歴も調べたんだろ?ビックリしたんじゃないのかい。公式にゃ残っていないが、一年間で三千七百五十匹の退治記録を持つ女だ。あたしやゾラにだって抜けなかった。風の噂じゃ弟を庇って致命傷を負い、その傷が元で亡くなったらしいがね」
「さんぜんななひゃくごじゅっぴきぃ!?」
ライトバンに乗り込んでいた全員が合唱するのを横目に、SHIMIZUも頷く。
「えぇ……何をどうやれば、たったの一年で三千匹も退治できるのか……ANIMAという人、よほど仕事熱心だったんですね」
「な〜に、仕事熱心なら俺だって負けちゃいねーぞ」とZENONが、横から割り込んでくる。
「一年で三千が今の最高記録だってんなら、俺が必ず抜いてやる!」
すかさず「こ〜の、バカチン!」と、横から叱咤が飛んできて。
ヒャッとなるZENONなんかにゃ目もくれずに、バニラが怒鳴りつける。
「数だけこなせばいいってもんじゃないだろうが!あんたじゃ無理だよ、あんたの乱雑な仕事っぷりじゃ到底ANIMAの記録なんざ抜けないよ!」
すっかり、しおしおとなったZENONを無視し、バニラは後方のSHIMIZUへ語りかける。
「ANIMAはね、ただ強いってだけじゃなかったんだ。効率もいいし、頭の回転も早い。おまけに、依頼主へのアフターケアーも万全だった。ルーキーの中じゃ一番輝いていたんだよ。家族が襲われたりしなきゃぁね、もっと名を残せたはずだった」
ライバル社の社員だというのに、ここまでバニラがベタ褒めするとは珍しい。
つまりは、そこまで褒め称えるほど優秀なエクソシストだったというわけだ。
「しかし、珍しいっすね」と、ショックから立ち直ったのかBASILが言う。
「フツー、自分の家族が関わっている依頼は受けられないのが、この業界の暗黙ルールだと思うんですが」
「そんなことねーだろ、ティーガだって今現在受けてんじゃねーか。妹ちゃんが関わっている依頼をよ」
ZENONには絡まれるが、スザンヌも首を捻って同意する。
「……そうですよねー。家族が直接関わってくる依頼は、原則引き受けられないはずですよね」
これはTHE・EMPERORに限らず、全てのエクソシスト業において言えることだが。
家族が直接の被害者、または依頼主、或いは加害者に荷担している容疑がある場合。
原則として、依頼を受けられないようになっている。
余計な感情が交ざり、任務執行の妨害になっては困るからだ。
「ティーガが受けたヤツだって、厳密には倭月ちゃんが依頼した訳じゃない」とは、バニラの弁。
「あれは元々GENに来た依頼だからね」
「えっ、そうだったんですか!?」
驚く皆へ、バニラが頷く。
「そうだよ。だがGENへ渡せば、当然ティーガもついていかざるを得ない。それを踏まえた上でGENに依頼したのさ、社長はね」
「それよりも、本名だって!本名って役所で調べて判るもんなのかYO?」
と話を混ぜっ返してきたのは、最後尾の座席に乗り込んでいたDREADだ。
「そりゃ、生まれた時に役所で登録しますからねぇ」
スザンヌが茶化し、BASILは天井を睨む真似をした。
「なんつったっけ?確か新聞にも載ったよな」
「戸隠 あゆみ、よ」
SHIMIZUが答え、「弟のほうは源次っていうの」と続けて漏らした関係ない個人情報には、バニラの眉毛が釣り上がる。
「そうやって依頼人の情報も他所で漏らしているんじゃないだろうね?SHIMIZU」
思いがけぬ濡れ衣に、彼女は慌てて両手を振る。
「とっ、とんでもありません!!」
「だったら聞かれていない情報までベラベラしゃべるんじゃないよ、このバカチンッ」
すぐさま怒られ、しょぼくれるSHIMIZUの耳に、BASILの小さな呟きが聞こえてきた。
「弟を庇ってってことは、きっと依頼について来ちゃったんだろうな、弟さんが。しかし自分のせいで姉ちゃんが死んだとなれば、こりゃあスゴイショックだぞ。今頃、彼はどうしているんだか……」


一方、一足先に東へ向かったEX・ZENEXTの連中は……
「あら、もうオシマイ?意外と弱いのね、今のエクソシストってのは」
彼らの前に立ちはだかるのは、一人の女性。
煌々と燃える炎に、肩まで伸ばした金髪が照らされている。
彼女の足下には、傷を負って呻く数人のエクソシストの姿があった。
無論、女は、ただの女ではない。
傍らにいる黒い影、あれは悪魔だ。
限りなく人間に近く、美しい。切れ長の瞳が足下に蹲る敗者達を見据えている。
女は、この悪魔を『エイペンジェスト』と呼んだ。
エイペンジェストの強さたるや、これまでに彼らが倒してきた者達とは天地の差。
EX・ZENEXTのエクソシストは、たった一匹の悪魔相手に苦戦を強いられていた。
「う、ううっ、くそ……!俺達をエクソシストと知って襲ってきたのか!?」
まだ動ける者が、そう尋ねれば。悪魔ではなく女が答える。
「当たり前でしょう。彼の情報で、あなた達が私達を捜しているって聞いたのよ。なら、先手を打っておこうと思って」
血塗れのエクソシストが叫ぶ。
「彼だと?誰だ!」
女は髪をかき上げ、西の方角を見る素振りをした。
「言わなくたって判るでしょう?あなた達が一番よく知る、悪魔遣いの彼に決まっているわ」
「デヴィット=ボーンか……!」
ギリリ、と歯がみしてペイン・ロードも西を見る。
西にはTHE・EMPERORの連中が向かったはずだ。
共同作戦で、こちらは東、向こうは西を探る手はずになっていた。
じっくり情報収集するはずが、沿道でバスを襲撃されバスは炎上、皆は外へ放り出される。
すぐさま怪我の軽い者が対応に当たるが、数名で取り押さえられるはずだった女も一筋縄ではいかなくて。
押さえ込んだ瞬間、強い力で全員が跳ねとばされ、気がつけば悪魔と対峙していた次第である。
女が呼び出した悪魔エイペンジェストは、優男な見かけと反して大層強く。
十数名いた精鋭が、あっという間に五人足らずにまで減らされてしまったのだ。
「ペイン、このことを社長に伝えるんだ」
血まみれの腕を押さえた同僚が、ぼそっとペインに囁いた。
「し、しかし……!今、戦力を分散させるのは」
女を睨みつけペインも囁き返したが、同僚からは叱咤される。
「たった五人で巻き返せると思うか?ヤツは新顔だ、情報が足りないッ。本社に戻って情報を集めるんだ!」
これまでに発見された悪魔遣いで、名の通った要注意人物は三人。
デヴィット=ボーン、ラングリット=アルマー、エイジ=ストロンの三名だ。
うち、デヴィット=ボーンの召喚する悪魔アーシュラは過去最大の死傷者を出した史上最強、凶悪な悪魔だ。
高魔力生命体第一種に認定されており、並のエクソシストは接触を禁じられている。
先に名前をあげた有名危険人物は、どれも男である。
女で強力な悪魔遣いは、まだ見つかっていない。
「……判った」
血を吐く思いで決断すると、ペインはジリジリ後退しながら様子を伺う。
女は、まるっきりペインに注目していない。
動ける五人のうち、片足をやられてビッコを引く女同僚に狙いを定めているようだ。
「緑!栄川、皆!やばくなったら逃げろよ!!」
仲間へ叫ぶと、ペインは一路脱兎。そのまま後ろも見ずに逃亡を決め込む。
「――逃がさないわよ」
女が気づき、悪魔が雷撃を飛ばして来るも、ペインの直線上へ割り込んだ同僚が体で、そいつを受け止める。
「ぐふぅッ!そうは問屋が卸さん。貴様等の相手は、俺達だッ」
殴られる音や誰かが倒れる音などを背に聞きながら、ペインは必死にひた走る。
どこまで徒歩で逃げおおせるかは判らないが何としてでも、この情報を本社へ持ち帰らねば、仲間は犬死にだ――!