EXORCIST AGE

act13.学院  海水浴旅行(4)

青空が眩しい晴天日和。
砂浜で「ジャジャーン!さっそくだけど、スイカを置いてみましたっ」と、はしゃいでいるのは一年の佐奈。
海水浴と言えばスイカ割りが、庶民のお約束。
しかしながら海水浴初心者の拓はポカンとしており、傍らの生徒会長殿もポカンとしている。
千早の横で、嫌味ったらしく竹隈が前髪をかきあげた。
「おやおや。海水浴だと言っている側からスイカ割りを始めるとは、さすがは庶民。判っていないねぇ」
「なにおー?判ってないのは竹隈先輩のほうですー」
口を尖らせる佐奈を、後ろから倭月が止めに入る。
「さ、佐奈ちゃん、先輩に対して、その言い方はちょっと……」
だが佐奈は、くるりと振り向くと、倭月にも食ってかかってきた。
「判ってないなぁ、わっつんも!いい?海水浴で砂浜にきたら、まずはスイカ割り。それが海の醍醐味ってもんさァね」
一人で悦に入っている。
竹隈先輩も、こっちはこっちでナルシストに自分の世界へ入り浸りながら茶々を入れてきた。
「いいかい、諸君。ここは千早くんのプライベェトビーチなんだよ?プライベェトビーチでやることと言ったら、決まっているじゃないか。そう、浜辺で肌を焼かなければね。さぁ千早くん、早く横になりたまえ。この僕がサンオイルを塗ってあげるよ」
両手を広げてポーズを取る竹隈に、ぽつりと横から京がツッコミを入れる。
「千早様なら、もう海に入られましたわよ」
あらっ、いつの間に。
慌てて周囲を見渡せば千早は勿論、文恵や悦子、それから拓も海でパシャパシャ遊んでいる。
竹隈の話を大人しく聞いていたのなんて、一年の女子三人ぐらいなもんだ。
「くそッ、津山、あの野郎……抜け駆けしやがって!」と、彼にしては口汚く罵ると、竹隈も海へ走りだす。
後ろ姿をジト目で見送ってから、佐奈は友達二人を促した。
「なーんつぅかさぁ……竹隈先輩って盛り下げ上手だよね。さ、あたし達も泳ご?」
「えっ、スイカ割りは?しなくていいの?」
尋ねてくる倭月の背中を押しながら、佐奈が答える。
「それは、後で!今はスイムタイムだよ」

――いっぱい遊んで、いっぱい泳いで、やがて日が暮れる。
一日いっぱい海を満喫した一行はペンションへ戻ってくると、ひとまず部屋に落ち着いた。
ラウンジで話している者もいる。千早を除いた、女の子達だ。
「にしても、びっくりだよねー!竹隈先輩ってカナヅチだったんだぁ」
大声で笑う佐奈に応じたのは先輩の京。
「彼の運動音痴は、同学年では有名ですわよ」
「運動音痴?ってことは、水泳以外も?」と、この質問は智都。
京は頷き、どこか遠くを見やるような視線で戸口へ目をやった。
「ほぼ全滅ですわね。だから私達、彼が同行すると聞いた時は耳を疑ったものですわ」
「えっ?だって竹隈先輩って神無先輩のことが好きなんじゃあ……」
佐奈のツッコミには首を真横に振り、京は目を伏せる。
「好きだからこそ、普通は無様な失態を見せたくないと思うものではなくて?」
「……あー。なるほどねぇ。じゃ、なんでだろ?格好悪いトコを見せても、ついてきたかったとか?」
佐奈も頷き、そこへジュースを抱えた悦子が戻ってくる。
「そんなことよりすごかったわねぇ、長谷部先生の筋肉!東先生より格好良かったわぁ」
少々手荒くテーブルの上に缶を並べながら興奮して騒ぎ立てるのを、同級生の文恵が窘める。
「下品よ、大守さん。人の体を見て喜ぶなんて」
「あら、そんなこと言って吉野さんだって、みとれていたじゃないの。筋肉は美だって」
先輩二人の言い争いを止めるでもなく、智都が話に乗ってくる。
「美かどうかは、ともかく、すごかったですよね〜。でも何で保健室の先生なのに、あんなに鍛えてるんですかね?」
長谷部先生の体は、およそ一般保健医の水準体格からは、かけ離れていて。
悦子の言葉ではないが体育の東先生と互角か、それ以上の筋肉質であった。
「元は体育教師を目指していたのかもしれないわ」
「それか保健体育の先生?」
文恵の予想を悦子が茶化し、はしたなく笑う。
文恵はもう、ナンセンスとばかりに首を振って、ツッコミすらしなかったが。
「……そもそも」
ポツリと呟く京に、皆の視線が注目する。
「あの先生、本当に保健医なのかしら?」
「どういう意味ですか?」
問う倭月を、ちらり一瞥して京は頭を振る。
「……別に。保健医にしては、医療の知識が浅いと思っただけですわ」
「それって――」
「すっごーい!」
倭月と佐奈の声が重なる。
「え?すっごいって?」
キョトンとする倭月の側で、佐奈が騒ぎ立てた。
「塚本先輩って医学の知識があるんですか?」
「私、将来は医者になるつもりだから」
佐奈へ答え、京が立ち上がる。
「そろそろ夕飯の時間ね。千早様を呼んできますわ」
そう言い残し、歩き去る背中を佐奈は羨望の眼差しで見送った。
「すっごーい……もう卒業後の進路を決めちゃってるんだぁ」
「そんなに凄くもないでしょう?来年には卒業するんだし」
京と同じく先輩の文恵は呆れ顔。悦子も頷き、天井を見上げた。
「進路を考えていないのなんて、きっと竹隈くんぐらいね。あとは千早様も、かな?」
「千早様の場合は、考えていないんじゃないわ。考えなくてもいいだけよ」
すぐさま文恵に突っ込まれ、悦子は肩をすくめる。
「そうですよねー」と、智都もフォローに入った。
「神無生徒会長のうちは、お金持ちですから」
別にお金持ちなら、就職活動や進学を考えなくてもいいというわけではない。
ただ、跡取り娘ともなれば、進学や就職よりは結婚。
そちらのほうが現実味を帯びていよう。
「さて、と。私達も、そろそろ食堂に移動しよっか」
倭月が立ち上がったので、佐奈や智都も立ち上がる。
つられて先輩二人も席を立ち、ふと思いついたことを悦子が尋ねてきた。
「そういえば護之宮さん、あなたも進学は考えなくていいクチなのかしら?」
「大守さん、そうやって家庭の事情を詮索するものではないわ」
気遣いを見せる文恵には曖昧に微笑み、倭月は否定した。
「あ、いえ。私は進学しようと思っています。護之宮が地主だったのは遠い昔の話ですから」

呼びに来た倭月と共に、拓が食堂へ向かってみると。
すでにテーブルには夕食が並び、竹隈他のメンバーも着席しており、彼の到着を待っていた。
「……あれ?神無さん、長谷部センセは?」
琴川や悦子の姿もない。キョロキョロする拓へは京が答えた。
「大守さんが倒れましたのよ。それで、長谷部先生が看病をなさるとおっしゃって」
「大守さんが?」
見るからに健康体の悦子が倒れるとは。
「遊びすぎて疲れちゃったのかな……?」
首を捻る拓に、倭月も困惑の表情を見せる。
「そんなはずないよ。さっきまで私達と一緒におしゃべりしていたもん」
それなのに倭月が拓を呼びに行くまでの、ほんのちょっとの間に体調を崩してしまったということになる。
「さっきまで、あんなにはしゃいでいたのにね」
「夕飯だって楽しみにしていましたのに」と文恵や京も首を傾げているから、誰にとっても予想外の出来事だったのだ。
「それで長谷部センセ、どこで治療してるって?」
拓の問いには、千早が答えた。
「あ、先生のお部屋で」
「ふーん」
では、琴川も一緒か。
しかしエクソシスト二人が一緒とは、ただ事ではない。
少なくとも、体調不良や貧血の類ではなかろう。
彼女から感じた異質な気配と関係があるのかも。
「ちょっと見てくる」
そう言い残し、くるっと拓はUターン。
「え……津山くん!?」
「あなたが行ったところで何の役にも――」
騒ぐ皆の声を背に、さっさと廊下を歩いていった。

長谷部と琴川は、同室に割り振られている。
二人が恋人だからという気遣いもあるが、飛び入り参加の琴川の部屋を取っていなかったせいもある。
なんにせよ、GEN達にとってみれば都合のいい話で。
今もこうして皆には何の疑いも持たれずに、悦子の看病を二人がかりで行っていた。
「GENさん、入るよ」
小声で呟き、ティーガが入ってくる。
ベッドの上に悦子を見つけた彼は、GENへ囁いた。
「どうなの?やっぱ、悪魔が取り憑いているのかな」
「……いや、違う」と答えるGENの額には、薄く汗が浮いている。
それに、ミズノもだ。彼女は肩で息をしていた。
ティーガは再びベッドへ目を向ける。
常人の目には見えまいが、悦子の周りに薄ボンヤリと輝いているのは結界だ。
「取り憑いているんじゃない……」
「じゃあ、何なの?」
尋ねるティーガを見ようともせず、結界を張ることに意識を集中させながら、GENが答えた。
「融合しているんだ」
「へ?」
言われた意味が判らず、首を傾げるティーガ。
ミズノが補足する。
「大守さんの魂と悪魔の霊体が交じり合わさっているのよ。だから彼女は体調を崩すことなく、今まで普通に生活できていたんだわ」
それが何故、今頃になって倒れてしまったんだろうか?
ティーガが尋ねると、GENは、あくまでも俺の予想だがと断った上で答えを寄こした。
「俺達と接触したことで、悪魔側に拒否反応が出た……と考えられる」
「え?でも俺、GENさん達よりずっと前から、あのガッコにいたけど、その時は大守さん、何ともなかったじゃないッスか」
まだ理解していないティーガは、しきりに首を捻っている。
そんな彼へ振り向くと、GENが言った。
「その頃、お前は人前で霊力を使っていなかっただろ。恐らくは、あの時だ」
添乗員に扮したオカマ――
ではなく悪魔の遣いが仕掛けてきた時のことを言っているのだ。
一瞬だが、悪魔を潰す為にGENが霊力を放った瞬間。
あの時から、悦子の中に潜む悪魔に異変があったのではなかろうか。
逃げだそう。ここから逃げなくては、殺される。
そんな本能が、悪魔の中で働いたのかもしれない。
悪魔が魂から分離してしまったが為に、悦子は取り憑かれたのと同じ症状になってしまった。
「じゃあ大守さんが倒れちゃったのは、俺達のせい……?」
もう一度、ティーガはベッドの上に目を凝らす。
意識を集中した途端に沸き上がる、ぞっとする気配。
なんで、さっき入ってきた時には気づかなかったんだろう。
電車で感じた悪魔の気配と、実によく似ているじゃないか。
「ミズノ、霊力が落ちてきているぞ」
GENの叱咤に、大きく肩で荒い息をついたミズノが謝ってくる。
「ご、ごめんなさい。結界を張るのは久しぶりなのよ」
「――えっ?もしかして二人がかりッスか!二人がかりで、コレを!?」
GENだけじゃない。
結界を張っているのはミズノもだと分かり、改めてティーガは驚愕する。
エクソシストが二人がかりで結界を張り続けなければいけない悪魔とは、一体どれほどの強さなんだ?
「取り憑いているのは第一種、或いは第二種との境目か……正直、俺とミズノだけじゃ荷が重いな。だが魂と融合していた時間が長い分、こいつにもブランクがある」
「じゃあ、とっとと退治しちゃいましょうよ!」
ティーガの言い分はもっともだが、しかし、とGENは首を真横に振る。
「駄目だ。迂闊に手を出せば、彼女も殺してしまいかねない」
長い間、体内に潜り込んでいた悪魔を祓う場合、ただ力任せに引きはがせばいいというものではない。
充分な術式、そして器具も必要だ。どれも、ここには揃っていない。
「じゃあ、どうするんですか?いつまでも結界張りっぱなしってワケにもいかないでしょ!」
絶望に喚く後輩をチラ見して、GENは一つの案を申し立てる。
すなわち、津山 拓にしか出来ないお願いを。
「俺は一旦、彼女をつれて病院へ向かう」
「病院?」
「あぁ、もちろん本当の行き先は病院なんかじゃない。俺の借家だ。そこで簡単な術式を施して様子を見よう。お前はミズノと一緒に残って、倭月ちゃん達と旅行を楽しんでおけ」
まさかのリタイア発言に、ついついティーガの眉毛も八の字に下がってしまう。
「えっ、でも……」
渋るティーガの肩に手を置いて、GENは、とくとくと彼を説得にかかる。
「いいか、重要なのは皆を心配させないこと。そして気取られないようにすること。仲間の一人が緊急入院するんだ、当然、生徒会長も副会長達も心配するだろう。中には途中で帰って見舞いに行きたがる奴もいるかもしれない。お前の任務は、そいつらを途中下車させないで時間を稼ぐことだ。判ったな?」
「時間、かかりそうなの?だったら俺も」
ついていきたがるティーガを制したのは、ミズノだ。
「駄目よ。私一人じゃ、彼らを止められないわ。あの子達に言うことを聞かせられるのは、同じ学校の生徒である、あなたしか居ないのよ」
先輩二人がかりで説得されては、ティーガも渋々承諾した。
「判ったよ。でも、GENさん一人で無理しないでね?GENさんに何かあったら、俺」
「大丈夫だ」
もう一度、ポンと肩に手をやり微笑むと。
GENは出来るだけ明るく言い切った。
「本社に応援を頼んでみるよ。この依頼、どうも俺達だけじゃ片づけられそうにない相手のようだからね」

意外や早く、依頼の悪魔が見つかった。
だが果たして、無事に除霊できるのだろうか――?
二人がかりで封じ込めなければいけないほどの相手を前に、ティーガは身震いしたのであった。

act13.組織 定時連絡

EX・ZENEXTの連中が新参の悪魔遣いにやられて敗走したニュースは、瞬く間に全エクソシスト会社の間に広まった。
「嘘だろ?向こうだって選りすぐりの精鋭で出かけたんじゃねーのかっ!?」
留守番組のMAUIが見ているのは、今朝のニュースペイパーだ。
「だっ……大丈夫なんでしょうか、SHIMIZUさん達」と傍らのサクラも気が気ではない。
「西は?西の情報は、出ていないのか」
別の奴に横から新聞をひったくられ、MAUIが喚いた。
「載ってねーよ、うちの連中は!たとえ奇襲されたとしても、バニラさんが一緒だぜ?そー簡単にやられてたまるかいっ」
「そ、そりゃあ、そうだがよ……酷ェな、全員病院送還か……」
ニュースペイパーをMAUIに返し、セキヤがボソッと呟く。
「こいつぁ、しばらく営業停止だな。EX・ZENEXT」
「そうですねー……」
心底気の毒そうに被害者の顔写真を眺めていたサクラも頷き、顔を上げた。
「でも、死者が一人も出なかったのは不幸中の幸いです!」
「……そこなんだよな〜。おかしいのは」と、MAUIが腕を組む。
「そこって?」よく判っていないサクラへ、重ねて言った。
「悪魔遣いと真っ向から戦って死者ゼロって、ありえなくないか?」
悪魔遣いとエクソシストが接触すれば、当然向こうは悪魔を召喚してくるだろう。
従って、命がけの戦いになる。
なのに新聞を読む限りでは、死者ゼロ。
EX・ZENEXTのエクソシストは全員重傷で病院送りになっている。
「まだ死者数が判っていないだけじゃないか?」とは、セキヤの意見に。
MAUIは、ますます首を傾げ「けど、これだけのスッパヌキやった新聞社が、見落とすかねぇ?」と唸り。
結局はサクラの「あとは続報待ち、ですかねぇ」というシメで、雑談を終わりにしたのだった。

EX・ZENEXT撤退のニュースは、他の部署でも噂になっていた。
「これで一気に信用を落としちゃったわね、EX・ZENEXTは」
他人事風味に言っているのは、書庫の管理を任されているMIYABIだ。
「いや、そうも言ってられんぜ?明日は我が身だ」
せっせせっせと本棚に本を詰める手は休めずに、パートナーのCHRISが眉をひそめる。
新たな悪魔遣いの存在は、全エクソシストにおいて脅威と言えるだろう。
そうでなくても、ここ一日における行方不明者の数は増えてきている。
悪魔の仕業ではないか?などと脅える天都住民も増え、THE・EMPERORに寄せられる依頼も少なくない。
そもそも、下界の住民が悪魔に興味を持つ。これ自体が異常事態だ。
悪魔の存在は、下界の住民に知られざる存在でなければいけないはずだった。
なのに今じゃ新聞や大手出版の他に、三流与太週刊誌までもが面白おかしく書き並べている。
今回のEX・ZENEXT撤退のスッパヌキだって、名の売れていない三下新聞がリークしたものだ。
マスコミの間に、どれだけ悪魔の情報が流出しているというのか。
誰かが故意に――それも邪悪な意志で、これまでの暗黙ルールを打ち壊そうとしている。
CHRISには、そう思えてならない。
だから自分だって、こんな埃まみれの本を整理している場合じゃない。
会社の為に、下界の人間の為に、持って産まれた能力を使うのは今しかないじゃないか。
焦りが感情となって表に出てしまったのだろう。
うっかり本を数冊バサバサと乱暴に落としてしまって、MIYABIには軽く睨まれた。
「気が急くのは判らないでもないけど。本は大切に、ね?」
「あぁ、判っている」
西へ向かった同僚は大丈夫だろうか。
大ベテランのバニラがいるから大丈夫、と殆どの者は心配してもいないようだが……
過信は禁物だ。定時連絡が入るのは早くても夜の十時以降。その時を待つしかない。


やがて待ちに待った定時連絡が入り、THE・EMPERORの退治部が色めき立つ。
バニラの報告によると、ラングリット=アルマーと遭遇したというのだ。
ラングリットはデヴィットほどではないものの、凶悪な悪魔を呼び出す要注意人物の一人。
西大陸にあると噂されている、Common EVIL社に所属する悪魔遣いである。
「ラングリットが来たか。てっきりエイジが来るんじゃねぇかと予想していたんだがな」
拳をバシッと打ち付け、CASSISが言えば。
すかさず同僚のMAUIが軽口に応じる。
「それはないだろ。ただでさえ幹部クラスのデヴィットが、こっちに来ているんだ。今回、エイジは留守番さ。重鎮を二人も放っちゃ本部が隙だらけになっちまうよ」
「それにしても――」と、混ざってきたのは新人気分の抜けきらない女性社員サクラ。
「どうやって、いつの間に西へ移動したんでしょう?」
「そりゃあ、タクシーでもバスでも何だってできるだろうよ」
MAUIの軽口を遮り、局長VOLTが淡々とサクラの疑問に同意する。
「確かにな。だがバニラの報告では、敵が自らラングリットだと名乗りをあげている」
ラングリットは剃髪して黒い法衣を着込んでおり、数珠、それからホラ貝を下げていたらしい。
空港に現われた怪しい人物、デヴィットと一緒の処を目撃されていたのは彼だったのだ。
勿論こちらを攪乱する為の作戦であるという可能性も、捨てきれない。
「あと残るは、デヴィット=ボーンの居場所ですけれど」とサクラが切り出したのへは、セキヤが応えた。
「誰かが言ってただろ?デヴィットは、どっかの高校に呼ばれてるって」
「ありゃあ写真が似てるってだけで、本人かどうかは確認できていないんじゃなかったっけ?」
「でも、黒真境ジャーナルに載っていた写真は――」
皆が皆、思い思いに騒ぎ出して、部署内は一気に騒がしくなる。
「――ともあれ」
局長が口を開いたので、皆は一斉に黙り込む。
「ラングリットとは一戦もまみえぬうちに逃げられたそうだ。奴が何の為に西をうろついているのか、それも調べてもらうことにした」
「ラングリットがねぇ……へぇ〜、珍しいですね」
正直な感想をMAUIが述べ、傍らのCASSISも頷いた。
「てっきり、うちのベテランも何人かやられたかと思ったのにな」
悪魔遣いと悪魔祓いが対峙すれば、必ず死者や怪我人が出る。
現に東部へ向かったEX・ZENEXTだって、新手の悪魔遣いに出会って散々な目に遭っているではないか。
「何も手を出さないで逃がすとは……逃がされたのは、うちか、それとも向こうなのか……」
VOLTは一人ぶつぶつと呟いていたが、皆の視線に気づくと。
「我々は引き続き首都の警備を行う。依頼も順次片付けてくれると好ましい」
皆の返事を聞きながら、解散の号令をかけた。

その本社へ新たな報告が入ったのは、夜も静寂の午前二時。
夜勤で起きていた社員が受けつぎ、社長へ報告した。
「そうか、ご苦労だった。君はもう帰っていいぞ」
夜勤を労り、内線を切ると。社長は局長を振り仰ぐ。
「とうとう見つけたぞ」
「誰が、何をですか?」
首を傾げるVOLTへ、社長は嬉々として言い直す。
「GENが、だよ。学内に潜む悪魔の痕跡を見つけ出してくれたんだ」
それも、と付け加えた。
「最初に発見したのは、ティーガらしい」
「ほぅ……」
GENではないことに、VOLTの興味も動かされたようだ。
僅かに頬を緩め、彼は言った。
「GENをティーガにつけたのは正解でしたね」
「あぁ」と頷き、社長は自室の本棚を見上げる。
ここには十数年に渡る、THE・EMPEROR秘蔵の研究成果が収められていた。
エクソシストや悪魔に関する研究だ。
霊能力から始まり、行き着いた先は巫女の血。
ティーガを造ろうと考えたのも、社長の意志によるものであった。
「引き抜いた時は、これほど使える社員になるとは思ってもみなかったんだがね」
正直な言い分には局長も苦笑する。
「高い買い物にならず、良かったですね」
「全くだ」
かと思えば、不意に真面目な調子に戻った社長がVOLTを見据える。
「九月になれば親善大使が現われる。奴がデヴィットである可能性は低いが、万が一という事も考えられるだろう。そこでGENの要請に応じ、援軍を派遣しようと思う」
「して、誰を向かわせるおつもりですか?」
次の命令を促す局長へ社長は、にっこり微笑んだ。
「君だよ、VOLT。君が学院へ出向き、GENとティーガを手助けしてやって欲しい」