Devil Master Limited

パーシェルの愉快な毎日 - 2.ひとりぼっちは怖いのニャ

ニャ?
ここは、どこニャ?
パーシェル、ラングリット様に言われてターゲットの悪魔と戦ってたニャ。
途中であいつが逃げたから追いかけたのニャ。
でも、気がついたら逃げられて……
しかも、ここがどこだかわかんニャいのニャ!
右を向いても左を向いても真っ暗なのニャ。
パーシェルは真っ暗でも目が見えるから安心ニャ。
でも、ラングリット様がそばにいないのは不安ニャ……
ラングリット様、どこニャ?
きっと、さっきの道で待っているはずニャ。
……さっきの道、どこニャ?
猫がいれば猫道で帰れるのに、誰もいないニャ。
ふみ……
怖いのニャ。
周りにひとっこ一人いなくて、寂しいのニャ。
ラングリット様、早くパーシェルを探しに来て欲しいのニャ……


「お前の遣い魔、帰ってくる気配がねぇんだけど!?」
苛々されても、こちらとて困る。
己の遣い魔が帰ってこなくて、一番心を痛めているのは自分だ。
新米の悪魔遣いラングリットは同僚のウェルマーとコンビを組んで、依頼の真っ最中にあった。
二人は退治の依頼を引き受けていた。
普段のラングリットなら、絶対引き受けないタイプの依頼だ。
パーシェルは退治より探索向けの悪魔だからだ。
ただし、方向音痴な短所を何とかすればだが。
ウェルマーの遣い魔は彼の足下に蹲っている。
名前はスカイランサー、これといって大きな特徴もない平凡な悪魔だ。
先ほどまで、二人の遣い魔は野生の悪魔と戦っていた。
この辺りの住民を襲っていた悪い悪魔である。
そいつが途中で逃亡し、パーシェルが後を追いかけて――
一向に帰ってこない、というわけだ。
「大体、なんであの猫は」
「猫じゃない、パーシェルだ」
「……あの悪魔は、お前の命令も待たないで突っ走っていったんだ?遣い魔が命令仰がないで行動するとか、ありえなくね?バカなの!?」
ヒステリックに騒ぐウェルマーをジロリと睨み、ラングリットがドスをきかす。
「お前の遣い魔がサボッたりしなきゃ、パーシェルが一人で追いかけるハメにもならなかったんだ」
二対一だから確実に勝てる。
前衛を俺の遣い魔がやるから、後衛で援護を頼む。
ウェルマーにそう言われたからこそ仕方なくコンビを組んだというのに、彼の遣い魔スカイランサーときたら、余裕だと思っていた相手は意外と手強く相当予想外の強さだったと見えて、野良悪魔が逃げ出しても追いかけようとしなかったのだ。
勝ち気なパーシェルは、すぐに後を追いかけていった。
ラングリットが命じるまでもなく。
退治の依頼では、対象悪魔を完全に仕留めなければ意味がない。
今ラングリットの横でヒステリーを起こしている男こそ、己の遣い魔に命令を飛ばすべきであったのだ。
後を追いかけてトドメを刺せ、と。
まぁ、しかし終わった出来事に、ああだこうだと文句を言っても始まらない。
そしてパーシェルが迷子になるのも、今に始まった話ではない。
ラングリットは懐から小さな機械を取り出すと、蓋を開いた。
液晶画面には赤いマークが点滅している。
「なによ、それ?」とウェルマーが後ろから覗き込んできたので、ラングリットは答えてやった。
「探知機だ。発信器はパーシェルの鈴につけてある」
「なんだよ、そんな便利なものがあるなら最初に使え!」と、たちまちウェルマーが癇癪を起こす。
「一定の距離にならないと使えないんだよ」
ラングリットも言い訳で返し、赤いマークの位置を地図と照らし合わせる。
なんと、パーシェルは現在地点から三駅ほど離れた場所にまで移動していた。
人間なら三十分やそこらで到着できる距離ではない。
さすがは悪魔と言うべきか。
道理で戻ってこないはずだ。
きっと帰り道も判らなくなって、心細さに泣いているかもしれない。
「追いかけるぞ」と腰を上げたラングリットを一瞥し、ウェルマーはヒラヒラと手を振る。
「いってらっしゃい」
「バカ言え、お前も来るんだ」
苛々しながらウェルマーの腕を引っ張ると、ウェルマーはさも嫌そうな顔をラングリットへ向けてくる。
「なんで、お前んとこのバカ猫を俺が探しにいかなきゃいけないんだよ?」
重ね重ね、退治の依頼を判っていない相棒である。
ラングリットは苛々を隠そうともせず、露骨に眉間へ縦皺を寄せてウェルマーにすごんでみせた。
「お前がこなきゃ、向こうで悪魔と出くわした時に困るだろうが」
チッと舌打ちして、それでもまだ渋るウェルマーを半ば引きずる形で車へ乗せて、男二人はパーシェルを探しに出発した。


えっぐ・・えぐ、えぐ・・・ラングリット様ぁ〜、まだニャ?
風が強くなってきたニャ……パーシェル、半袖だから寒いニャ。
お腹も減ったのニャ。ここには食べ物が一つも落ちてないニャ。
どこを見ても、全部見渡しても、全然見覚えのない街並みニャ。
あいつも見つからないないニャンて。
ラングリット様、早く迎えに来て、パーシェルをダッコして欲しいニャ。
そして、あの暖かい手でナデナデして欲しいニャ。
それだけでパーシェルはポカポカしてくるニャ。
――ニャッ!?
今、殺気を感じたニャ!
どこニャ?どこに隠れてるニャ!
ニャア!フニャアアァァァッッ!!!


不意に赤いマークが激しく点滅するもんだから、助手席に座って探知機を見つめていたウェルマーは驚いた。
「な、なんだこれ?」
思わず叫べば、運転席のラングリットが尋ねてくる。
「どうした!?」
「赤いマークがビカビカ点滅を始めたんだが、これ、どういう意味なんだ?」
答えず、ラングリットはアクセルを踏み込む。
車のスピードが、ぐんとあがった。
おかげでウェルマーは、ぎゅっと座席に押しつけられ、シートベルトを体に食い込ませながら抗議する。
「おぉぃ、おいおい、スピード出すなら出すって先に言えよぉ」
だが返ってきたのは「パーシェルが危ねぇ!」というラングリットの切羽詰まった声で、さらに車のスピードがあがっていき、メーターを見たウェルマーは仰天する。
一般道路で出していい速度を、軽く五十はオーバーしている。
「うおぉぉ、やめろ、スピード落とせ、ヒィッ!」
風切る勢いで対向車とすれ違い、ウェルマーは反射的に首をすくめた。
「スピードなんか落としていられっかよ!」
ラングリットは普段の陽気な調子からは考えられないほど、真剣な眼差しでハンドルを握っている。
赤いマークの点滅は、パーシェルが誰かと交戦している状態を表していた。
誰かと交戦――すなわち相手は、取り逃した野良悪魔に違いない。
他に考えられない。
二対一でも接戦だったのだ。一人では荷が重い。
急がなければ、パーシェルが大怪我をしてしまう。
あの子はまだ、退治の依頼を数多くこなしていない。
パーシェルの為なら、車の一台や二台壊したって構わない。
どうせ自分の車ではないのだし。
車と車の脇をすり抜けて、対向車と何度もぶつかりそうになりながら、ようやく二人を乗せた社用車は目的地に到着する。
「おぉぉ、ぉぉぉ……おぇぇぇ」
外へ出るなりゲロをぶちまけるウェルマーを置き去りに、ラングリットは走り出した。
「パーシェル、パーシェル、どこだ!?返事をしろ!」
叫び、辺りを見渡しながら赤いマークを目指してドタドタ走っていくと、やがて黒服に身を包んだ馴染みのある姿が見えてきた。
「パーシェル!無事かッ」
パーシェルは木箱の上に座っていたが、近づいてくるご主人様の気配に気づいて、くるりと振り向いた。
『あ、ラングリット様、ここニャ〜♪』
暢気に手を振っている。
ラングリットが思っていたよりは遣い魔も気丈だったようだ。
よく見ると、パーシェルの足下には何かが倒れている。
近くで確認してみれば、取り逃したはずの野良悪魔がズダボロに引っかかれて失神しているのであった。
「これ、お前が一人で倒したのか?」
信じられない。
パーシェルは退治の依頼をやったことがないし、この可愛いニャンコ……
いや、この可愛い遣い魔が誰かを倒す場面も想像つかない。
だが、パーシェルは満面の笑みで頷いた。
『やったのニャ!パーシェル、一人で敵を倒したニャ』
そこへウェルマーとスカイランサーも追いついてきて、ウェルマーが地べたに座り込む。
「な、なんだよ。心配する必要、なかったんじゃねーか。うぉえっ」
再びゲロを吐く彼など最早視界の隅にも入れず、ラングリットは自分の遣い魔を抱き寄せた。
「どうやって倒し……いや、よくやった。頑張ったな、偉いぞパーシェル」
『えへへ……パーシェル、頑張ったニャ。ナデナデして欲しいのニャ』
「よしよし」
頭を撫でてやったら、パーシェルは至福の表情を浮かべて、すり寄ってくる。
近距離で眺めてみると、黒い服のあちこちが破けて細い手足には無数の切り傷がついているのにラングリットは気がついた。
そのうちの幾つかからは、血も出ていたのだろう。
既に血は止まっていたが、白い肌につけられた赤い線が痛々しい。
今夜は奮発して、マダラゴイを与えてやってもいい。
給料の何ヶ月分という、お高い魚だが、それぐらいの褒美を与える価値はある。
それにしても……乙女の柔肌に傷をつけるなんて、とんでもない輩だ。
ラングリットは気絶している野良悪魔を腹いせ紛れに蹴っ飛ばし、額に動きを封じるお札を貼ってやる。これでもう、こいつは動けない。
勝利の興奮冷めやらないのか、パーシェルが腕の中で騒いだ。
『退治のお仕事も悪くないのニャ。次もやっつけるニャ!』
「大丈夫なのか?」
我が遣い魔を見下ろしながら、ラングリットは心配する。
今回は倒せる相手で良かったが、次もこう上手くはいかないのでは。
だがパーシェルを可愛いお人形さん扱いするのは間違いだと、ラングリットはすぐに知らされる。
パーシェルは、ご主人様の心配を吹き飛ばす勢いで意気揚々と答えたのだ。
『戦いは血がグツグツするニャ、生きているって感じるニャ!まだ慣れていないから、今日はたくさん怪我しちゃったけど……次はやられないようにするニャ。頑張るニャ』
ふんっと鼻息荒く意気込みを語るパーシェルを見てラングリットは複雑な気分になりながら、己の遣い魔の意外な強さに今後の方針を考え直さなければ、と頭を悩ませたのであった。