Devil Master Limited

パーシェルの愉快な毎日 - 3.ラングリット様、大好きニャ

最近、ラングリット様の元気がないニャ……
エッジとかエイジとかいう、えっと、キタイのチョウシンセイ?が同じカイシャに入ってから、ずっと。
どこのどいつか知らニャいけど、ラングリット様を困らせるのは駄目なのニャ。
一度会ったら、ボッコボコのメタメタに叩き潰して、肉塊も残らなくしてやるニャ!
あっ。
ラングリット様が帰ってきたのニャ。
パーシェル、足音で誰のか判別できるニャ。
ラングリット様〜、お帰りだニャァ〜。


エイジ=ストロンという業界きっての注目株が同じ会社へ入社してきた事により、ラングリットは今まで思考の隅へ押しやってきた"業績"について考えなくてはいけなくなった。
はっきりいって自分の業績は、あまり褒められたものではない。
クビを切られるほどには低くないが、かといって所属している年数を考えると、どちらかといえば高くない。
ちょうど中間にいるのだと、ラングリットは見当をつけた。
パーシェルの得意分野は一応探索となっている。
それぐらいしか該当するカテゴリがなかったせいだ。
だが、実際はどうだ。
パーシェルが捜し物を成功させた率は恐ろしく低い。
ほとんどないと言っても過言ではない。
エイジの遣い魔はオールマイティと聞いている。
さぞ優秀な遣い魔なのだろう。
けれど、羨ましくなんかない。
こっちは黒猫だ。可愛さなら絶対に負けない自信がある。
……脇道に逸れた。話を戻そう。
とにかく業績だ、業績をあげるには、どうしたらいいか。
パーシェルが何故、依頼を失敗してしまうのかラングリットは考えた。
そして、一つの結論に辿り着いたのである。

『ニャ〜ン?ラングリット様、今日はお帰りが早かったのニャン』
「あぁ、専務に言って早退させてもらったんだ」
『ニャ?具合悪いのニャ?』
「そうじゃない。たまには、その、な?お前とゆっくりする時間を取ろうと思ったんだ」
優しく頭を撫でられて、パーシェルは喉を鳴らしてラングリットへすり寄った。
ラングリットの思いついた業績アップへの近道とは、パーシェルと自分の仲を極限まで高めようというものであった。
聞けば、エイジとランスロットの息は一心同体。
見事なシンクロ具合だというではないか。
エイジは完璧に遣い魔を使役できている。
ならば、自分も完璧にパーシェルを使いこなせるようになろう。
これまで任務が上手くいかなかったのは、伝達が上手くいかなかったせいだ。
要するに自分の言葉をパーシェルが、きちんと理解できていなかったのではないか。
遣い魔は頭ごなしに命令したって言うことを聞くものではない。
意志を通わせ、心からの繋がりを持たなくては。
パーシェルと、もっともっと仲良くなれば、きっと自分の命令にも従順になるであろう――
そう、ラングリットは考えたのであった。
『ラングリット様ぁ〜』
甘えてくるパーシェルを撫でながら、ラングリットも床に寝そべる。
「パーシェル、今日は何でもお強請りしていいぞ。極上は無理かもしれんが二番目ぐらいのフレークなら」
遣い魔は目を輝かせて、ご主人様の言葉を遮った。
『じゃあ、じゃあ、パーシェル、ラングリット様とチューするニャ!』
「……はぁっ!?」
『ンッチュゥゥ〜〜』
冗談ではない。
だがパーシェルは本気なのか、唇を精一杯尖らせてラングリットに迫ってくるではないか。
「ま、待てっ!待てパーシェル!おすわりっ!」
迫り来る唇を仰け反ってかわし、ぐいぐい身を寄せてくるのは両手で制し、ラングリットは泡を食う。
いくらパーシェルが可愛いと言ったって、所詮は異種族だ。恋愛対象ではない。
『ンニャアッ!』
思いっきり顔面を両手で押され、パーシェルも仰け反った。
拍子でゴチンと勢いよく後頭部を床に打ち付ける。
『うー……酷いのニャ、ラングリット様。なんでもおねだりOKって言ったのに』
「そ、そういう意味で言ったんじゃないっ」
『なら、どういう意味だったのニャ?』
「お前が欲しいものをエントリーしてみろという意味でだなぁ」
『パーシェル、ラングリット様が欲しいのニャ!』
嬉々としてハイッと手をあげるのを、またまたラングリットは手で静めなくてはいけなくなった。
「いいか?パーシェル。俺とお前は種族が違う」
『知ってるニャ』
素直にこくんと頷く猫娘に、重ねて言い聞かせる。
「そうか、知っているなら話は早い。いいか、人間と悪魔は愛し合えない。何故なら恋愛価値観ってのが違うからだ」
『レンアイ……カンチカン?』
「価値観、だ。そうだな……例えば、お前は、まだらフレークを主食としているが、俺はパンを主食としているだろう。食べ物の違いや好みの違い。恋愛も同じだ。性欲を感じるポイントが悪魔と人間とじゃ大違いだ」
大真面目に説明しているというのにパーシェルときたら欠伸を一つかますと、あっさりラングの論を退けた。
『関係ないニャ。パーシェルはラングリット様が好きニャ。だからチューするニャ!』
がばっと押し倒されて、再びラングは慌てふためく羽目に陥る。
ぐぐぐっと力押しに近づいてくる蛸口から、出来る限り顔を背けて抵抗した。
「まっ、待てぇ〜!待て待て、お前の愛は俺の気持ちお構いなしか!?」
『アイってなんニャ!本能ニャ!パーシェルの本能がラングリット様とチューしたがってるニャ!!』
「なっ、なら言おう!俺の本能は、お前とチューしたがってないぞ!」
ぴたっとパーシェルの勢いが止まったので何事かとラングリットが顔の向きを戻してみると、呆然とした瞳と目があった。
『ラングリット様……本能でパーシェルのこと、嫌いなのニャ?』
遣い魔の双眸が、みるみるうちに涙で潤んでいくのを黙って見ているほど、ラングリットは冷血な男ではない。
「嫌いなわけないだろ!ただ、そうだな……」
ひっくひっくと、しゃくりあげるパーシェルの背中を撫でてやり、ラングリットは言葉を探す。
考えているうちに思い出したことがあり、咄嗟に口に出した。
「そう、パーシェル。こういった感情は、お前には、まだ早い」
以前、聞いたことがある。
悪魔遣い協会の連中に、パーシェルの生い立ちを。
召喚の儀式で、パーシェルは強大な悪魔のパーツだと説明された覚えがある。
だから、気になって尋ねた。
パーシェルは、産まれて何年目の悪魔なのか。
要するに、不安になったのだ。
もしパーシェルがパーツ扱いの消耗品だとしたら、自分が生きている間に死ぬこともあり得るのではないかと。
ラングリットの疑問は、協会の悪魔遣い諸氏に笑い飛ばされた。
悪魔の寿命は長い。
人間の寿命を遥かに凌駕し、こと長寿になると億単位は生きる。
君の寿命が尽きても悪魔は生き続けると言われ、一応は安心したものの。
「それじゃ、あいつは今何歳なんですか?」
ラングリットの問いに答えたのは、年老いた悪魔遣いであった。
「そうさの、産まれたてじゃ」
「えっ?」
「産まれたばかりだと言ったのじゃ。名も無きバァルの使者は、外からの呼びかけで命が芽吹く。それまでは卵と同様よ」
言われた意味がよく判らず、その時は曖昧に頷いておいたのだが。
『早いって、どういうことニャ』
悪魔遣いに成り立てだった頃のラングリット同様、今のパーシェルも首を傾げている。
「パーシェル。お前は子供だ。子供に恋愛は、まだ早い。お前が大人になったら恋愛がどんなものか教えてやるよ。だから、それまでキスは、おあずけだ」
『フニャア……』
あまり理解したとは言い難い表情を見せ、パーシェルが項垂れる。
『つまり、ラングリット様はパーシェルが嫌いでは、ない……ニャ?』
「そうだ」
『いつかはチューしてくれる、ニャ?』
「あぁ、そうだ」
ここで嫌だと言っては、またも押し問答になってしまう。
ラングがぞんざいに頷くのを見て、パーシェルは顔をあげた。
すっかり涙は乾いている。
『ニャ。なら、いいニャ。パーシェル、大きくなるまで我慢するニャ』
「あぁ、そうしてくれ。聞き分けのいいパーシェルには俺からプレゼントをやろう。何か食べたいものはあるか?」
一応ご機嫌取りに、そんな提案をすれば。
パーシェルは目をランランと輝かせ、ハイッと手をあげた。
『極上まだらフレークが食べたいニャ!』
「よーし、よしよし。お前は本当にいい悪魔だよ」
しつこいぐらい頭を撫で回してやると、すっかりパーシェルの機嫌も元通りになる。
『フニャ〜ン♪ラングリット様、大好きニャ。お買い物、行くならご一緒しますのニャ』
ご機嫌のパーシェルを連れて、ラングリットは買い物へ出かけた。

END