Devil Master Limited

エイペンジェストの優雅な日々 - 3.囚われの悪魔

不覚を取った。
けして油断していたつもりはなかったのだろう、ご主人様も。
だが、やはり魔界で待機している身のハンデは痛い。
召喚されて、すぐさまエイペンジェストは囚われの身となった。
単独行動でのミス。
そうとも取れるだろうが、一番の敗因は赤毛野郎の作戦ミスだとエイペンジェストは憤る。
戦力を分散すべきではなかったのだ。
テロリストなんぞ、真っ向から乗り込んでアーシュラを飛び込ませれば一発で片がついたはずだ。
あの悪魔、尊大で強気な悪魔なら、一人でも全てを倒せた事だろう。
今、エイペンジェストは瓶の中に押し込められていた。
封印だ。
強力な悪魔封じの結界が瓶に施されている。
ここから脱出するには外からの魔力、悪魔遣いの手による術解除が必要だ。
バルロッサと離ればなれになってしまったが、彼女の気配は常に間近で感じることが出来た。
テロリストどもの建物内部にいる。
大方、得意の口八丁で仲間になるとでも騙して信じ込ませたのか。
バルロッサの長所は、外見と口車だ。
美しい女に人間の男は、つい気を許してしまう。
加えて美人のくちから飛び出すのは、怒濤のマシンガントークだ。
早口で押し切って相手の反論も許さないまま、なんとなく納得させてしまうのである。
だが、さしもの十八番の早口もエイペンジェストを取り返すまでには至らずで、相手が会話に乗ってきてくれないのでは早口も意味がない。
バルロッサは男二人の手によって建物内へ連れ去られ、エイペンは少年と二人で別の部屋に入った。
「個体名エイペンジェストか。お前の能力は雷だから、本性は巨大昆虫だね。どうだい、アタリだろ?」
少年に尋ねられ、瓶の中だというのにエイペンジェストも強気に返す。
『だとすれば何だというのです。私の本性が判ったところで何になると?』
すると少年は、にやりと笑って答えをよこした。
「なぁに、合成素材を探しているんだ。僕らの遣い魔を強化する為の、ね。お前のご主人様、バルロッサと言ったっけ。旅行者を装いたいみたいだが、バレバレだ。どうせ、どこかの会社の三流社員なんだろ?僕らを倒す依頼でも引き受けてきたんだろうが」
エイペンジェストのご主人様は、確かに有名な悪魔遣いではない。
ないがしかし、同じく無名の奴に三下呼ばわりされる筋合いもない。
ムッとするエイペンジェストの前で、なおも少年は得意げに語る。
「おめでたいよな、たった一人で乗り込んできて、しかも迷子になっているなんて。依頼の前に現地を調べておくのは基本だろ。あげく、自分の遣い魔を人質に差し出すなんて何を考えているのか判らない女だよ」
エイペンジェストは戦って破れて、ここに入ったのではない。
バルロッサがテロリストに対し敵意のなさを示すため、自ら己が遣い魔を差し出したのだった。
もちろん、事前の打ち合わせはない。
だがエイペンは、すぐに抜け出せると踏んでいたから何の不安もなかった。
不安は今、波のように彼の心に押し寄せてきている。
自分の危機というよりも、バルロッサと離ればなれでいることへの障害が大きかった。
人間の感覚で言うと、ご主人様は美女だ。
加えて今は四面楚歌。敵地のまっただ中にいる。
悪い男に身体を弄ばれていないと良いのだが……

不意に表がざわめいて、少年が瓶を机に置いて出ていく。
何が起きたのだろう。
エイペンジェストは瓶の中で首を傾げるが、謎は、すぐさま解消した。
どやどやと数人の悪魔遣いが入ってきたかと思うと、部屋の隅にある檻へ悪魔を一匹放り込んだのだ。
そいつは縄で両手両足をがんじがらめにされている上、体中が傷だらけであった。
一目見て、エイペンジェストは声にこそ出さなかったものの驚いた。
捕まった悪魔は、とても見覚えのある顔だったからだ。
ズダボロになって転がっているのは、黒猫悪魔のパーシェル。
ラングリットとかいう奴の遣い魔だったはず。
バルロッサの同僚だが、大男の姿は、ここにはない。
いるのは傷だらけの悪魔だけだ。
やがて複数の悪魔遣い達は出ていき、先ほどの少年が部屋に残る。
「今日は豊作だ」
瓶の側へ戻ってくると、少年が椅子へ腰掛ける。
「お前のご主人様以外にも何人か、悪魔遣いが入り込んでいるようだ。依頼か別件か、いずれにしても程よい弱さで助かるよ。おかげで合成素材の貯まりもいい」
戦って破れたのならともかく、戦ってもいないのに一緒くたに弱いと決めつけられて、エイペンジェストは表情こそ冷静であったが内面には怒りを蓄積させる。
そこでボロ雑巾のように転がっている間抜けな奴と自分とを、一緒にされては困る。
覚えていろ。瓶から出たら、真っ先にこの少年を殺してやる。
名も知らぬ相手への憎悪を膨らませていると、誰かが少年を呼びに来た。
入ってきたのは背の高い青年だ。
切羽詰まった様子で囁かれ、少年がハッとした表情を見せる。
「なんだって?鋼鉄のランスロットのマスターが……ふん、面白くなってきたじゃないか」
小声で呟くと、彼はエイペンジェストの入った瓶を持ち上げ抱え込む。
「今日は本当に来訪者の多い日だ。お前は知っているか?鋼鉄のランスロットを」
エイペンジェストは黙っていた。
鋼鉄のランスロットだって?
ランスロットという名前の悪魔なら、一人知っている。
知っているが、もしあのランスロットと同じ奴だとすれば、随分と偉そうな異名を持っていたものだ。
しかも少年の言いっぷりだと、悪魔遣いからは一目置かれている。
或いは恐れられた存在のようだ。
あの赤毛、無名かと思っていたら、ご主人様より有名人とは、ますますもって憎たらしい。
「もしランスロットを捕獲することが出来れば、僕のウェルヴィーが二階級は強くなる……!ふ、ふふっ、こいつは楽しみだ!」
少年は邪悪な笑みを浮かべ、瓶の中のエイペンジェストも額に青筋を浮かべ、皆のいる表へ出て行くと、あぁ、確かにいる。赤毛野郎が人の輪に囲まれて。
人の輪の中に愛しのバルロッサも見つけたが、瓶の中では駆け寄ることもできない。
彼女を見つけた瞬間、エイペンジェストの憎悪も一瞬は薄れたりしたのだが、赤毛野郎が何の抵抗もなく、あっさり囚われの身となった後は再び真っ黒な憎悪に包まれながら部屋に戻った。

一体どういうつもりだ。
我がご主人様の期待を裏切るような真似をして。
事と次第によっては、絶対許さない。

エイペンジェストが如何に憎悪を燃やそうと焦ろうと、瓶の中からの救出劇は起こりそうもない。
時間だけが刻一刻と過ぎてゆき、やがて瓶の中の悪魔は諦めと疲労で、こっくりと船をこぎはじめ、再び表が騒がしくなり、少年が慌てて部屋を飛び出していき、エイペンジェストは部屋に取り残された。
哀れなボロ雑巾と化したまま、ぴくりとも動かぬパーシェルと共に。