Devil Master Limited

3-7.わたしの夢

エイジは沿岸沿いを目指して走っていた。
「散開してッ、それから、どうなさるつもりだったんです、エイジさんッ!?」
傍らを並走しているのはカゲロウだ。
少し遅れて、ジェイムズの姿もある。
散開、つまりはバラバラに行動しろと言ったはずなのに、この二人はエイジと同じ方角に走ってきた。
バルロッサとデヴィットは一緒じゃない。
ラングリットが、あの場に残るのを見た。
自ら足止めを買って出てくれるとは、あの先輩の性格を読み違えていたかもしれない。
「少しでも相手の戦力を分散できれば……その間に、ベルベイと話ができるッ!」
カゲロウの問いに答え、あとは走るのに専念する。
エイジの勘が正しければ、アリューとベルベイは砂漠から一番離れた場所で待っているはずだ。
無論、そこへ行き着くまでの道には妨害用の配下を潜ませているだろう。
そう思って、油断なく周囲の気配に神経を尖らせていたのだが――
その心配は、杞憂であった。
結局ベルベイの元へ辿り着くまでエイジとカゲロウ、それからジェイムズの三人は何に襲われる危険もなかったのだから。
「どうして、すんなり通したんだ?」
久しぶりに会った幼馴染みだというのに、そんな言葉がカゲロウの口を突いて出た。
「あなた達は、私達に必要な存在だったから」と、こちらも挨拶を省略してベルベイが言う。
「必要な存在?」
「そう」
頷いて、ベルベイがエイジとカゲロウを交互に見やる。
「鍵と、求めていたもの。それだけ手に入れば、あとは何もいらない」
「僕かエイジさんのどちらかが鍵だか求めるものだったっていうのか!?それで?」
荒ぶる語気を静めると、一呼吸置いてカゲロウは尋ねた。
「君は一体何をやっているんだ。アリューに騙されて、魔界の扉を開けようとしているそうだけど」
「違うわ」
「違うというなら、何故あの人達を巻き込んだ?君の言葉で一から順を追って説明してくれ、ベルベイ」
ベルベイは悲しげな瞳でカゲロウを見つめていたが、ふっと視線を地へ落とす。
つられてカゲロウも彼女の視線の先を辿り、自分の影を見つめていると気がついた。
「パーミリオンが関係している、のか?」
「やめて。その名前を、あなたの口から聞きたくない」
そう言う割に、なかなか彼女は事のあらましを話そうとしない。
無駄に時間だけが過ぎていく。
次第に焦れてきて、カゲロウの語気は再び荒くなる。
「ベルベイ、いい加減にしてくれ。気をもたせないで、さっさと僕に話してくれないか」
「何を?」
「何って、決まっているだろう。君が何故、こんなばかげたテロ行為を始めたのか、をだ!」
「そうじゃない」と口を挟んできたのはエイジだ。
「カゲロウ、変わってくれ。俺も彼女と話がしたい」
だがカゲロウは首を真横に振り、エイジの申し出を拒絶する。
「エイジさんは少し黙っていて下さい。これは僕とベルベイの問題です」
かと思えば、すぐにベルベイへと向き直り、会話を再開した。
「ベルベイ。君がミス・ラダマータ達を煽動してテロ行為をやらせたのは、もう判っているんだ。彼女が吐いたからな。そして、君の本当の目的も。魔界の扉を開けるってのは、本気なのか?」
「そうよ。そうでもしなければ、私の望むものは永遠に手に入りそうもなかったから」
「何なんだ。君が、そうまでして手に入れたいものっていうのは!」
「それは……」
ベルベイは言いよどみ、視線を逸らす。
彼女の肩を掴んで自分に向き直らせると、カゲロウは再度尋ねた。
「答えろ、ベルベイ。君は自分の置かれている立場が全然判っていない」
「……どういうこと?」
「判らないのか?悪魔遣いが会社に無断で外出して、行方をくらます事に対する社会的制裁がッ」
「わ、判らないわ」
カゲロウの剣幕に、ベルベイは押され気味だ。
カゲロウ自身は判っているのかいないのか、はぁっとこれ見よがしに溜息をついて天を仰いでみせる。
「これだから君は!昔から君の考えなしには、いっぱい手を焼かされたよ。大人になれば少しは知恵が回るようになるかと思ったのに、あの頃から君は全く成長しちゃいないんだな」
びくり、と体を震わせるベルベイの肩を強く掴み、激しく揺さぶった。
「さぁ、言うんだ!軍が、ここへ到着する前に!僕らに残された時間は、本当に少ないんだぞベルベイッ」
このままでは駄目だ。
カゲロウの尋問は、聴き方がまずい。
あれじゃベルベイは、口ばかりか心までも閉ざしてしまう。
エイジは、もう一度横やりを試みる。
「カゲロウ。すまないが俺にも少し、話を」
「うるさいな!あんたは黙ってろ!!」
今度こそ、はっきりと邪魔者扱いされて。
後輩の沸騰具合に、エイジは小さく舌打ちする。
幼馴染みの謎の失踪。
カゲロウは恐らく誰よりも、心を痛めたに違いないのだ。
二人は仲良しだった。幼い頃から、ずっと。
自分を追って悪魔遣いになったベルベイを、彼が喜んでいたとしたら?
今は違う会社に勤めているが、いつかは二人で一本立ちする未来を、カゲロウが夢見ていたとしてもおかしくない。
でも、せっかく悪魔遣いになれたのに。
ベルベイは一人でいなくなってしまった。
カゲロウにメッセージの一つも残さないで。
彼の言う社会的制裁とは、悪魔遣いの資格剥奪を意味する。
カゲロウがベルベイを心配しているのは判る。
だが、言い方が傲慢だ。
まずは彼女の話を、じっくり聞いてやるべきじゃないのか。
「言えないのか。僕にも言えないような内容なのか?魔界の扉が開けば、何が起きるか判らない……君は、人類を滅ぼしたかったのか!?」
軍人さながらに脅しのきいた尋問を続けるもんだから、エイジはベルベイが泣き出すのではないかと気を揉んだ。
しかし、彼女はエイジが思うほどには可憐でも臆病でもなかった。
「わ、私は……」
ベルベイは体を震わせ、ポツポツと答えた。
「私の、望むものが欲しかっただけ。本当に、それだけなのよ。社会をどうにかしようとか、世界を滅ぼそうとか、そんなの全然考えていない!」
「……それじゃ、教えてくれ。君の欲しかったものとは何なんだ?」
静かに問うカゲロウへ「私は……」と、ベルベイが答えようとした時、横から下卑た笑いが轟いて彼女の返事をかき消した。
『この坊ちゃんは、どうあっても本人から直接聞き出さないと気が済まねェんだなぁ?』
「うるさいぞ、アリュー!僕は本人の本音じゃなきゃ信用できないだけだッ」
ずっと傍らに黙って立っていたアリューが、突然笑い出したのだ。
悪魔は首を傾げる真似をして、カゲロウを睨みつける。
『ベルベイが喋ったからと言って、それが本音だと、どうしてオマエに判るんだい?坊ちゃん』
「なんだと?どういうことだ。あと坊ちゃんってのは、やめろ!虫酸が走るッ」
『俺が、この女に今まで何も仕掛けてなかったとでも思っているのか?』
ぐいっと後方へ顎を引っ張られ、「あぅっ!」とベルベイが悲鳴をあげる。
「やめろ!ベルベイに暴力をふるうのは許さないぞ」
怒るカゲロウの言うことなど、もちろんアリューが聞くはずもなく。
顎を掴んでベルベイを持ち上げた恰好で、悪魔はクックと嫌な笑みを漏らした。
『俺がこの女に作為をもって"意識"を吹き込んでいたら、どうなると思う?そう思うよう"仕向けて"いたとしたら?そいつは本当に、本人の本音と呼べるのかねェ。忘れるなよ、坊ちゃん。俺の能力を……』
「うるさい!」
悪魔の謎かけを一切無視し、カゲロウは叫んだ。
「ベルベイ、答えてくれ!君の望むものとは一体何だったんだ!!」
「わ、私が欲しかったのは――」
ギラリとベルベイの瞳が赤く光り、エイジは反射的に叫んでいた。
「伏せろ、カゲロウ!!」
エイジが叫ぶのと、ほぼ同時に。
ベルベイの両手からは光線が放たれ、よけ損なったカゲロウの右肩を貫通して、彼に苦痛の呻きをあげさせる。
「なっ……!?」
瞬く間にカゲロウの肩が鮮血で、ぐっしょりと赤く染まる。
だが彼は痛みで蹲る代わりに、幼馴染みの姿を驚愕の眼差しで見つめた。
ベルベイの両目が赤く光っている。
元々の瞳はライトグリーン、あんな禍々しい赤ではない。
それに、先ほどの光線。人間は光線なんか放てない。
「貴様、ベルベイに一体、何をしたッ……!?」
憎悪の目で挑まれても、アリューは余裕の表情を崩さない。
『坊ちゃん、さっきから俺に尋ねてばかりだね。子供の頃みたいに得意の頭脳で考えてみちゃ、どうだい』
するりとカゲロウの影から抜け出た者が、代わりにアリューの問いに答えた。
『判るわ。ベルベイが一番欲しがっていたもの、わたしには判った』
「な、なんだって?それは本当か、パーミリオン」
パーミリオンは負傷したカゲロウの肩を愛おしそうに撫でて、頷く。
『彼女が一番欲しかったもの。それは、あなたよ。カゲロウ』
「えっ?」
きょとんとするカゲロウ。
だが彼に物事を飲み込ませる時間を、アリューは与えてくれなかった。
否、与えなかったのはアリューではない。
「黙れ!黙れ、黙れ黙れ、黙れェェェ――――ッッ!!!」
アリューの側で空中浮遊するベルベイが、光線を乱発してきたのだ。
「う、うわぁぁっ!!」
悲鳴をあげるカゲロウを守ったのも、傍らにいたパーミリオンではなく。
『大丈夫!光線なんて、空間を逸らしてしまえば問題ありませんっ』
エイジの呼び出したランスロットが当たる直前で空間を切り裂いて、光線は全て黒い亜空間に飲まれていった。
『さすがだ』
アリューからの賞賛の言葉を、鎧甲冑はビシッとはね除ける。
『敵に褒められても嬉しくありません!あなたも、こうなりたくなかったらベルベイさんを元に戻すのです』
だが、このいやらしい悪魔ときたら『戻す?』とニヤニヤ笑い、首を振った。
『あれがベルベイの本音だとは考えないのかい』
『愚問ですね。ベルベイさんが、カゲロウさんを攻撃するはずがありません!』
堂々と断言するランスロットへ、そっとジェイムズが尋ねてみる。
「どうして、そう言い切れるんだ?」
『そりゃあ決まっております』
嬉々として、ランスロットは言い切った。
『ベルベイさんとカゲロウさんは、私とエイジ様のような関係だからですよ!』
このままだと、なんだか余計な口を滑らせそうな気がする。
えもしれぬ危機感を抱いたエイジは、会話に無理矢理割り込んだ。
「アリュー、俺からも話がある。聞いてくれないか」
『なんだ?いたのか、鋼鉄のランスロットのおまけ』
じろっと睨みつけ、さもエイジに対して無関心を装うアリューへは、ランスロットが真っ先にブチキレた。
『オマケとは何ですか!!エイジ様は誇り高き悪魔遣いにして最愛のマイマスターッ』
カッカする遣い魔を手で制し、なおもエイジは話を続ける。
「あぁ、いたんだ。少し、俺とも話をしよう」
しかしアリューは素っ気なく『あんたと話をする義理は、ないねェ』とエイジの提案を断ち切ると、ニヤッと笑ってベルベイへ顎をしゃくる。
『言ってやれ、ベルベイ。オマエの本音を』
すぅっと大きく息を吸い込み、ベルベイが話し出す。
「カゲロウ!私が欲しかったのは、あなたよ。あなたを捕まえて、この手でズタズタに引き裂いてやるためにねェッ!!」
久々に再会した幼馴染みが吐くにしては些か物騒な台詞に、今度はカゲロウがびくりと体を震わせる。
「なっ!?」
「いつも、いつも、いつもいつも、ウザかったんだよ、あんたの小賢しい振る舞いがッ。さぞ気持ちよかっただろうねぇ、グズでノロマでバカな私を見下してベラベラ知識をひけらかすのは!」
一瞬にして中身が変わったかのような乱暴な物言いで、エイジもジェイムズも目を丸くする。
カゲロウだって然りだ。呆然とベルベイを見守った。
「判ってるよ?あんたが、あたしに近づいてきた魂胆は。バカを友達につけておけば、周りは嫌でも、あんたと比較して見ざるを得ないものな。あたしがバカを晒せば晒すほど、賢いあんたは知識をご披露できるってわけだ。それで優越感に浸っていたこと、あたしが知らないとでも思ってたのかい!」
「ち……違う、僕は、そんなつもりじゃ……」
「何が違うもんかい!毎回手を焼かす幼馴染みに優しく教えてあげるボク、トンチンカンなアイディアを出す元貴族様に世間の常識を教えてあげるボク!たかが乞食の分際でッ。馬鹿なお貴族様と心の中じゃ蔑んでいたんだろう?」
「違う、違うっ。違うんだ、ベルベイ!僕は、そんな事、一度だって思っちゃいない!」
二人の言い争いを見ながら、カゲロウには悪いが案外これがベルベイの本音ではないかとエイジは勘ぐった。
先ほどの尋問を思い出す。
「昔から手を焼かされた」なんて言葉、本当に心配していたら、たとえ気安い間柄だとしても出てくるだろうか?
無意識無自覚に、カゲロウの中でベルベイを見下す意識があったのではないか。
彼女を信頼しているのなら「世界を滅ぼす気なのか?」と聞くのではなく「世界を滅ぼすなんて嘘だろ?」と聞くべきであった。
もしベルベイを見下していなかったとしても、カゲロウには思いやりが足りない。それも、圧倒的に。
日々の嫌味が積み重ねとなってベルベイの心を深く傷つけていったのだとしたら、知らないうちに友情が憎悪に変わったとしても、おかしくない。
いや、しかし――
そこまで考えて、エイジはチラリとアリューを見上げる。
これがアリューの仕組んだ"作為的な意識"だという可能性も、捨てきれない。
判らない。
土壇場になって、誰の言葉を信じたらいいのか判らなくなってしまった。
ベルベイにあって本音を聞けば全てが終わると思っていたが、そうもいかなくなってきた。
だが信じるものは見失っても、自分がやるべきことは、はっきり判っている。
ベルベイの保護。
軍が到着するまでに、彼女の身柄だけは確保しておかなければ。
エイジがベルベイへ呼びかける前に、アリューが口を開く。
『さて、ベルベイ。オマエに必要な力は与えてやったし、俺はもう行くぞ』
「ど、どこへ行く気だ……?」と尋ねるカゲロウへは手を振り、悪魔は言った。
『魔界の扉を開きに。俺を止めたかったら、まず、ベルベイを倒すこったな』
言うが早いか、ひゅんっと砂漠の方向へ飛び去っていくアリューに、エイジの判断も一瞬鈍る。
どうする。
目的はベルベイの保護だが、アリューを放置して大丈夫なわけがない。
迷ったのも数秒で、エイジはすぐに決断した。
「パーミリオン、ベルベイの保護を頼めるか!?」
コクリと頷く悪魔を見、エイジも親指を突き立てる。
「よし、任せた!いくぞ、ランスロットッ。俺達はアリューを追いかける!」
ひらりとランスロットの肩へ飛び乗ると、間髪入れずにランスロットも力強く頷き返した。
『いきましょう、エイジ様!』
可憐で麗しいと思っていたエイジの男らしい振る舞いに、ジェイムズの胸はキュンと高鳴る。
「えっ、エイジィ〜。待ってくれ、俺も一緒に行くよぉ〜」
頬をバラ色に染めて、もたつく足取りで追いかけようとするのはパーミリオンに邪魔された。
いや、違う。
さっきまでモタモタ走っていた場所を光線が貫いていき、助けられたのだと知った。
『あなたは、ここへ残れとベルベイが言っているようね』
ジェイムズを横抱きにしたまま、パーミリオンが呟く。
「ど、どうして?俺はカゲロウくんじゃないんだけど」
ぼやくジェイムズの独り言を無視して、なおもパーミリオンは自身の考えに没頭する。
『もしかしたら、エイジとランスロットはアリューの選んだ鍵かもしれない』
だが、すぐに顔を上げると、その場を飛び退いた。
その場を光線が走っていき、水平線へと消えていく。
それを眺める暇もないぐらい、飛んでくる球数が多い。
パーミリオンは防戦一方、避けるのが精一杯で保護どころではない。
「一体、何なんだ……っ。アリューは、あいつに何の力を」
出血多量でよろけるご主人様をも横抱きにして、パーミリオンが答える。
『魔力よ。一時的に魔法を放てるようにしたのね』
「魔法?しかし、人間には使えない。言語が違うと聞いているが!?」
博学を披露するカゲロウへ、そっとパーミリオンは耳打ちした。
『忘れないで、アリューの能力。植えつけられるのは意識だけじゃない。必要とあらば知識も与えるわ』
「じゃあ……!」
光線を避けながら、パーミリオンが断言した。
『そう。言語を植えつけて、人間でも魔法を放てるようにした。でも、過度の魔力は人の体を滅ぼす』
攻撃を避け続けていれば、ベルベイは勝手に自滅する。
しかし、自分達は彼女を助けに来たのだ。
殺すために来たのではない。
「反撃に……出られる、か?」
痛みを堪えて尋ねるカゲロウへ、パーミリオンは即答しなかった。
攻撃に出られるか否か。答えはノーだ。
こうも光線をバンバン飛ばされちゃ、懐に入る隙もない。
いや、パーミリオンだけなら相打ち覚悟で懐に入れない事もない。
ただし、それをやるには両脇に抱えた荷物を二つばかり、砂漠へ放り投げなくてはならなくなる。
ジェイムズはともかくカゲロウの身を危険に晒すのは断固として、お断りだ。
口にせずとも迷いは伝わったのか、カゲロウは遣い魔に命じた。
「やれ、僕の事を気にするな。大丈夫だ。僕はいつだって、お前を信じている。愛する者を信じない奴がいると思うか?」
「――!」
息を呑んだのはパーミリオンだけじゃない。
ベルベイもだったのを、カゲロウは不覚にも見落とした。
光線が飛んでこない、たったの数秒を利用して、パーミリオンは反撃に転じた。
砂漠の向こうへカゲロウとジェイムズを放り投げ、勢いよく砂の上を滑り、そして――
勢いよくベルベイへ体ごとぶつかり、もつれあうようにして砂の上を転がった。

長い沈黙の後。
カゲロウも、そしてジェイムズも立ち上がり、体中についた砂を払いながらベルベイの元へと近づいてゆく。
ベルベイの赤くなっていた瞳は今やすっかりライトグリーンに戻り、彼女は両目に涙を溜めて呟いた。
「わたし……わたし……っ、あんなこと言うつもり、なかった……」
「判っている」
ベルベイの傍らに膝をつき、カゲロウも謝る。
「僕も、言い過ぎた。本当は、会って最初に言う言葉があったはずなのに」
肩の流血は止まらない。
ふと気をゆるめるとバッタリ倒れて、気を失ってしまいそうだ。
ベルベイの視線がカゲロウの怪我に止まり、ぶわぁっと涙がこぼれ落ちた。
「ごめんな……さい……」
貧血で青ざめた幼馴染みの輪郭を、指でそっとなぞってみる。
カゲロウは優しい笑みを浮かべていた。
ベルベイの指を掴み、そっと囁く。
「久しぶり、ベルベイ。元気にしていたかい?」
「……うん……カゲロウは……元気じゃ、なくなっちゃったね……ご、ごめん、なさいっ……」
しゃくりあげ、ベルベイがすすり泣きを始めた。
優しく髪の毛を撫でているうちに、不意に頭上から白く輝くものが舞い落ちてくる。
カゲロウが摘み上げてみると、それは白い羽毛のようでもあった。
「――っ!?」
カゲロウが空を見上げるのと、パーミリオンが彼の側へ張りついたのは、ほぼ同時で。
ご主人様を守る遣い魔の素早い行動に、頭上のものは苦笑した。
「そう、警戒しないで下さいな。今、あなたのご主人様を治してさしあげますから」
空から舞い降りてきたのはアスカードと、その主人であるナタリー=マスカレイドであった。