Devil Master Limited

3-8.あなたの夢

警戒するカゲロウ達へ、ナタリーが微笑む。
「安心して下さい。あなた方を攻撃するつもりは、ありません。アリューがこの場を離れた時点で……私にも、あなた方と戦う理由が、なくなってしまったのですから」
『どういう意味?』と尋ね返すパーミリオンを、そっと押しのけて、アスカードは負傷したカゲロウに手をかざす。
暖かい光がカゲロウの体を包み込み、傷の癒される感覚を身に受けた。
少し離れた場所に立ち、ナタリーは微笑んだ。
「私が、この戦いに参戦したのはベルベイさんを助ける為です」
「わたし、を……?」
呆然とするベルベイに向けたナタリーの微笑みは、この上もなく優しい。
両者を見比べて、そっとパーミリオンが囁いた。
『……そう。あなたはベルベイをアリューから守りたくて彼女の側についたのね』
「はい」
「じゃあ僕らと戦う気は、もうないってわけだ」
突如割り込んできた声に皆が振り向くと、ここまで走ってきたのであろう、息を切らせたデヴィットとバルロッサの姿がある。
「えぇ、ありません。アリューがベルベイの元を離れた時点で私の役目も終わりました」
デヴィットにも微笑むナタリーを見て、バルロッサが首を傾げる。
「判らないわ。どうして、あなたがベルベイに肩入れするの?あなたと彼女は何の関係もない間柄でしょう」
無粋な質問を遮ったのは、当のナタリーではなく同僚のデヴィットであった。
「君には判らないのか?やれやれ、思った以上に自分以外の恋心には鈍感なんだねぇ」
「何よ、思った以上にって。それに、恋心って誰の?」
「決まっているさ。そこのナタリーが、ベルベイ嬢へ向けた恋心だよ」
「はぁっ?」と素っ頓狂な声をあげたのは、バルロッサだけではない。カゲロウもだ。
ベルベイもまた、きょとんとした顔でナタリーを見つめている。
「あなた……が……わたし、を、好き……?」
「はい」と屈託なくナタリーは笑い、ベルベイの側で跪く。
「でも、わたし達……女同士」
戸惑うベルベイの顎を指で撫で、ナタリーが言う。
なんでもないことのように。
「好きになってしまえば、性別なんて関係ありません。私は悪魔の野望から、どうしても、あなたを守りたかった……だから、あなた方に同行して常に隙をうかがっていた。でも、私の夢は別の人が叶えてくれましたね」
どこか遠い目で、ナタリーはアリューの去った方角を見やる。
彼女の視線の先を追って、バルロッサもデヴィットに囁いた。
「アリューを追いかけてエイジは先行しているんだったわね。私達も追いかけるべき?」
「当然だろ。いくらランスロットが強くても、いや、強いからこそエイジが危険だ」
アリューの能力は洗脳と聞いている。
もし万が一にでもランスロットが洗脳されたら、エイジなんぞはイチコロで即死だ。
どれだけ使役悪魔が強かろうと、悪魔遣い自身は何の攻撃力も持たない。
「追いかけよう。あぁ、カゲロウくん、君はここで休んでいるように。怪我人が混ざっても足手まといだからね」
先輩からバッサリ言われ、カゲロウも苦笑する。
「判っています。怪我をしていなくても、僕達は足手まといでしょう。僕のパーミリオンは前線向きじゃない」
僕の、と言った瞬間、ベルベイがピクリと体を震わせる。
そんな彼女を優しく抱き寄せると、ナタリーが耳元で囁いた。
「……大丈夫。今はまだ、彼はあなたの必要性に気づいていないだけです。時間は、これからもたっぷりあるのですから」
どういう意味?と眼差しで腕の中のベルベイが問いかけてくるのへは、意味深に微笑んだ。
「大丈夫です。どうか、焦らないで。お互いを知るには対話が一番です。そして対話には、時間が必要です」
ベルベイを抱きしめてくるナタリーの両腕に、ぎゅっと力がこもる。
優しいぬくもりに包まれながら、ナタリーの言うことも、もっともだとベルベイは考えた。
わたし達には対話が足りなかった。
悪魔のテレパシーなどに頼らず、もっと直に会う時間を設けるべきだった。
今からでも遅くない。
カゲロウと、もっと親身になって話をしよう。
ナタリーの言うとおり、時間は、たくさんあるのだから――

「追いかけて、いかんのか?」
満身創痍のラングリットが問えば、面白くなさそうにウォン=ホイは顎をしゃくる。
「今さら追いかけて、どうなるってもんでもない。俺にフラレ男を演じろってのか?幼馴染みは再会し、戦って、和解した。ハッピーエンドだろうが」
「いや、そうじゃない。アリューの目的の決着をだ、見に行かないのか?」
両者とも、奥へ向かう道の途中で立ち止まっていた。
仲間を追いかける最中ばったり遭遇したのだが、ラングリットの遣い魔は疲れて彼の背中の上で熟睡していたし、ウォンもまた、戦う理由がないとかで戦闘を仕掛けてこず、一緒になって、ここまで走ってきたのだ。
彼らが辿り着く頃にはベルベイとカゲロウの戦闘も終了して、アスカードがカゲロウの傷を癒しているのが遠目に見えた。
「あぁ、魔界の扉を開くってアレか。アレには興味ねぇ。俺が興味あったのはベルベイだけだ」
「ベルベイ……何の特徴もない新人小娘と聞いているが、あんたみたいな大物が手を出す相手とも思えんぜ」
ラングリットの疑問をフンと鼻で笑い飛ばし、ウォンは肩をすくめる。
「危険な遣い魔を使役する悪魔遣いは多々いるが、あれだけ邪悪な能力を持つ遣い魔を持ちながら、邪悪に染まらない悪魔遣いも珍しいと思わねぇか?俺は、あの女の本性が見たかったんだ」
邪悪?と首を傾げるラングへは、洗脳だぜ?と笑い、ウォンが話を締めくくる。
「首相を洗脳しちまえば、国が一つ動かせる。そんな能力を持つ遣い魔がいるってのに悪事に身を染めない女……どうだい、気になる存在じゃないか。ま、実際会って判ったのは、彼女も一人の恋する女性に過ぎないって事だったが」

アリューが立ち止まったのは、四方一面砂だらけの砂漠のど真ん中だった。
仲間がいる場所からは、そうとう引き離されてしまった。
エイジは自分達が負けるとも勝つとも考えず、ただ、目の前の悪魔が次に何を言うのかを待ち続けた。
魔界の扉を開く。
言うのは簡単だが、実現するのは難しい。というよりも、不可能だ。
ランスロットの次元切断を使っても、永遠に開いておく事が出来ない。
切断した裂け目は、いずれ自然に閉じてしまうのだと己の遣い魔は以前言っていた。
『ここに魔界の扉を開く何かが?』
きょろきょろと辺りを見渡すランスロットを一笑し、アリューが口を開く。
『さて、先ほどは無視して悪かったな。鋼鉄のランスロットのマスターよ』
初めて真っ直ぐ視線を向けられ、エイジは、まじまじと悪魔を観察した。
カゲロウと話している時は、ずっと口元に嫌な笑いを貼りつけていたのに、今のアリューは笑ってもいない。
真面目な表情でエイジを見つめている。
値踏みするかのように上から下までエイジを眺め回し、何か納得したかのように目をつぶり何度か頷いた。
『なるほど、やはり伝信は本当であったか』
口調まで改まっている。先ほどの彼とは別人だ。
「伝信?」と首を傾げるエイジへ、それには答えずアリューが問う。
『オマエは知っているか?エイジ=ストロン。この世界には二つの魔を継承する血族がいる』
何の話だ。
魔界の扉と関連するのか?
沈黙するエイジから目を離さず、アリューは続けた。
『一つは東の大陸に住まうオールドウェイの血。巫女の血、と呼ぶ奴もいるな。そして、もう一つが西の大陸に住まうアーグレイの血だ。双方とも、太古の時代に魔族と人間とが混じり合った血族である』
「魔族……?」
きょとんとするエイジへは、ランスロットが耳打ちする。
『我々悪魔の別称でございます、エイジ様。魔界では、自らを魔族と名乗る輩もおります』
「では悪魔と人間の混血が巫女の血だというのか。しかし、異種間で子孫を設けるのは無理だという医学理論が出ていたんじゃなかったか?」
エイジの問いに答えたのは、彼の遣い魔ではなく。
『人間は、そういうことにしたいようだが、残念ながら魔族と人間の混血は存在する』
アリューであった。
悪魔は自信満々に頷くと、ちらりと東の方角へ目をやり、すぐにエイジへ視線を戻す。
『魔族と交わりし人間より生まれた子は高い魔力を持つ。人と交わるうちに魔族の外見的特徴は消えてゆくが、魔力は子孫へと受け継がれてゆく』
もしかしたら悪魔と人間の混血は、本当に存在するのかもしれない。
だが、この場でアリューが唐突に二つの血筋について解説を始めた理由が判らない。
「それで……巫女の血が悪魔の血をひいたとして、それが何だというんだ」
怪訝に眉をひそめるエイジを、アリューが促す。
『魔族の血を引くのは巫女の血だけではない。もう一つあると言っただろう』
「アーグレイの……血、か?」
初めて聞く名前だ。
本当に悪魔と人の子孫ならば巫女の血並に有名になっていても、おかしくないはずなのだが。
大体、巫女の血だって本当にいるのかエイジには眉唾だというのに、アリューは何故自信満々にいると言い切っているのか。
『そうだ。だが体制を気にする人間どもに存在を抹殺されそうになり、今は別の性を名乗っている……そう、つまりオマエだよ。エイジ=ストロン。オマエが、アーグレイの末裔だ』
びしっと指をさされ、エイジもランスロットも、しばし硬直する。
ややあって「……えっ?」『はっ?』と声をあげる二人へ、重ねてアリューが言うには。
『俺はずっと探していたのだ、二つの血族の末裔を。魔界の瘴気に最も馴染む魔力を持つ、この二つをな。オールドウェイの血族は断定にまでは至らなかったが、途中の探索でオマエの噂を聞いた。次元分断能力を持つ遣い魔のマスター……そのような強力な魔族、生半可な魔力では使役しきれまい。強大な魔力を持つ人間は、そうそういない。それでも使役するとなれば、無理矢理道具の力で屈服させているとしか思えぬ』
『いいえ、そんなことありませんよ。エイジ様は』と横入りしてくるランスロットを無視し、彼は続けた。
『俺はオマエの情報を集めた。やがてオマエの家、ストロン家の家系図に面白い記述を見つけた。結論から言おう。ストロン家は代々ストロンではなかった。遠い昔にアーグレイと混ざり合っていたのだ』
ちらりとランスロットを流し見て、アリューが尋ねる。
『鋼鉄の、オマエは何も感じなかったのか?エイジと一緒にいて心休まると思ったことはないのか』
『そうです、先ほどは、それを言おうと思ったのです!なのに、あなたが遮るからッ』
話題をふられたランスロットは憤然となり、鼻息荒く語り出す。
『エイジ様の魔力は、とっても高くて癒されます。こう、一緒にいるだけで安心できると言いますか……エイジ様が側にいてくれる、それだけで私は何でも出来るような気がしてくるんです!』
『そうだろう、そうだろうともよ』
満足げに頷くと、再びアリューの視線がエイジを捉える。
『瘴気に馴染む魔力の持ち主だ。血は我ら魔族と同じ継承。人と魔が混ざり合う事により、我らより強い魔力を持つ者として生まれ変わったのだ。オールドウェイとアーグレイの血を引く者は、生まれながらにして魔族の上に立つ資格を持っている』
「し、しかし、俺は、一度もそのような話を親から聞いていない」
動揺するエイジを見つめ、アリューが腕を組む。
『エイジよ。オマエは九つで家を飛び出した。親の敷いたレールの上を走る未来が嫌であったのだろう。違うか?』
違わない。
貴族に生まれついたが為に、人生全てを親に決められてしまうのが嫌で家を出た。
エイジを調べたアリューが知っていても、おかしくない。
悪魔遣い協会にも、同じ話をした覚えがあった。
『エイジ。オマエの親は、オマエがもっと大きくなった時に教えるつもりだったのかもしれぬ。或いは、一生教える気がなかったのかもしれぬ。だが、そこはさして問題ではない。ここからが本題だ、エイジよ』
いつの間にか、アリューとの距離が狭まっている。
それに気づいて警戒するエイジと彼を庇う位置に立ち直すランスロットを見、アリューは薄く微笑んだ。
『エイジ、俺に協力する気はないか?オマエとて、鋼鉄が生まれた魔界に興味が全くないとは言わないだろう』
「協力?」と首を傾げるエイジへ、重ねて言う。
『魔界との門を開くのだ。オマエの魔力があれば、この近辺に漂う亡者の魔力が同調し、扉は閉じることなく永遠を保ち続ける』
『まさか!』
真っ先に反論したのはランスロットだ。
『いくらエイジ様の魔力が高いとはいえ、空間の裂け目が永久に持続するとは思えません。それに、亡者ですって?確かに悪魔の残骸魔力を大気中に多く感じますが、人の魔力と混ざり合って同調を起こすなど』
『それが、ありえるのだよ鋼鉄の』と、アリュー。
『オールドウェイ、またはアーグレイの血を引く者ならばな』
「そこまで自信満々に言うということは」
エイジも会話に混ざり、アリューに尋ねる。
「何か確たる証拠、過去の文献……例えば禁書を紐解いて、歴史に残らなかった情報を掴んだのか」
その通り、と頷きアリューは空を見上げた。
『この大陸が二つに分かれる前、魔界の扉を開いた者がいた。だが、その事実は黒歴史として隠蔽され、人の歴史には残らぬものとなった』
「強すぎる力だから……?」
『そうだ』
ランスロットを使役する際にも、次元分断の能力は人類にとって強力すぎるのではないかと議論になった。
エイジが使役できない、手に余るのではないかという危惧だ。
加えてランスロットには使役の札を使うことも、ままならなかった。
本人が、いたく抵抗したのである。
議論は何日にも及んだが、エイジの保護者代理でもある長の力添えもあり、ランスロットはエイジの遣い魔に認定された。
『ほいほい魔界との門を開かれては、人の社会に混乱が起きる。当時の権威者は、そう判断した。それに門が開きっぱなしでは、せっかく遣い魔として捕獲した魔族も逃げ帰ってしまう恐れがあったのでな』
フンと鼻でせせら笑う悪魔を見つめ返し、エイジも問う。
「混乱が起きると判断した、時の権威者が正しいと俺は思う。アリュー、君は何故魔界の扉を永遠に開いておきたいんだ……?遣い魔と悪魔遣い、その関係が不自然だというのならば、ベルベイを伴って協会本部にかけあえばいいだろう」
『かけあったところで、一時的に認められるだけでは話にならん。俺は人間界にある"遣い魔"の定義、その根本を破壊してやりたいのだよ』
「何故?」と再び尋ねるエイジへ微笑むと、アリューが手を差し出してきた。
『我ら魔族と人間が対等につきあえる世界。それが俺の望む本来の在り方だ。戦争を起こそうというのではない。人間を捕食するつもりもない。互いの世界を行き来し、共存を提案したい。ただし使われる者と使う者ではなく、互いに尊重し信頼する間柄として。俺の計画は遠大だ。そして、俺一人で為し得るものでもない。エイジ、オマエの協力が必要不可欠なのだ』
「しかし……」
野良悪魔の中には、人間を襲って食べる者もいる。
だからこそ、悪魔遣いという職が生まれたのだ。
悪魔を退治する為に同じぐらい強い悪魔を使役する事により、悪魔に対抗しえる武力となった。
『我ら魔族は好奇心旺盛だ。そうだな?鋼鉄の。オマエとて、エイジの遣い魔となった初日は人間界の様々な物が気になったであろう』
『え、えぇ、まぁ、そりゃあ、もう』
突然話を振られ、ランスロットはコクコクと何度も頷く。
『魔界にはないもので溢れかえっておりますから、この世界は』
『そうだ。だから意地汚いものが人間界へ来て、見慣れぬ生き物を見たら食べたくなったとしても道理』
道理の一言で片付けられては、襲われた側は、たまったものではない。
『エイジ、我ら魔族と人間との間には理解が足りていない。圧倒的にな。互いに理解を深めれば、やがて野良悪魔などと呼ばれる、人間を襲う輩も減るはずだ。ひいては人間界の治安向上にも繋がると思うが?』
「しかし魔界の住民は、俺とお前だけで、なんとかなる数ではあるまい。全員を説得するのか?たった二人で?無理だ、できるわけがない」
なかなか承諾しないエイジの反論を、またもアリューが切って捨てる。
『それが、出来るのだよ。エイジ、オマエの魔力があれば』
また、魔力か。
人と悪魔が混ざって魔族に近くなったからといって、それが何だというのか。
エイジの脳内の疑問へ答えるかのように、アリューがゆっくりと話し出す。
『いいか、エイジ。オマエの魔力は魔族に近い、瘴気に耐性があると言うだけではない。先も言ったが、オマエの魔力は我ら魔族の上に立つもの。魔族を屈服させ、服従させる力だ。オマエには誰一人として、魔族は逆らえぬ。オマエ自身が、そう願えば……だが』
なにやら凄い勇者に祭り上げられた気がして、エイジは軽く目眩を覚えた。
自分は、そこまで凄い実力者ではない。
単に遣い魔の引きが良かった、ラッキーな悪魔遣いというだけだ。
もちろん、これまでに培ってきたノウハウや知識には自信がある。
だが屈服だの服従だのは望んでいないし、これまでの相手に勝てたのだってランスロットの能力があってこそだ。
断じて自分のおかげではない。
「俺は、ランスロットを使役するので精一杯だ。他の悪魔にまで手が回らない」
『そうかな?本来ならば、第三級を使役するには長年修行を積んだベテランじゃないと無理だ。ヒヨッコであるはずのオマエが、初戦から易々と鋼鉄を使役できた。それは何故だ?』
『わっ、私がエイジ様を最初から信頼していたからですっ!』と、ランスロットが怒鳴り返す。
『私はエイジ様をマスターと認めた瞬間から、エイジ様を信頼しました。でも、高い魔力が信頼の源ではありません。エイジ様のご外見や性格を見て、この方なら私を大事に扱ってくれると判断したのです!!』
心底嘲りの表情を浮かべ、アリューの視線が鎧甲冑を捉える。
『互いに信頼し合っている程度で使役が可能であれば、魔力など必要としない。高い魔力で魔族を押さえつけ、服従させる。それが悪魔遣いと遣い魔の関係ではないか。過去に何人、魔力不足で使役に失敗した悪魔遣いが出たと思っている、鋼鉄の』
『さ、三人ぐらいでしょうか……』
自信なさげに答えるランスロットなど、もう存在を無視して、アリューはエイジへも厳しい視線を向けた。
『オマエの相棒は無知が極まる。暇な時間には、悪魔遣い史でも読ませておくことだ』
かと思えば一転して、優しく微笑みかけてきた。
『オマエの魔力は、我ら魔族に良い環境をもたらす。オマエが意識していようといまいと、な。野良退治の依頼中、不思議に思わなかったか?どれだけ強敵と向かい合っても、敵は絶対にオマエを手にかけようとは、しなかったはずだ。オマエを狙うのはいつも悪魔遣いの使役する悪魔だけであったという点に、オマエは気づいていなかったのか?』
言われて、これまでの戦歴をエイジは脳内で振り返ってみる。
確かに、エイジへ直接危害を加えてくる野良悪魔は一匹もいなかったように記憶している。
事前にランスロットが退治していたとも言えるが、悪魔は全てランスロットをめがけて襲いかかってきていた。
使役される悪魔の場合、悪魔遣いを先に倒してしまえば戦力が落ちる。
悪魔遣いなら誰でも知っている、悪魔遣いの弱点だ。
海の向こうのエクソシストでも知っている常識だ。
なのに野良悪魔は一度もエイジを襲わなかった。
全て偶然と言い切れるだろうか。
考え込むエイジの前に手が差し出される。アリューの手だ。
『俺に協力してくれ、エイジ。オマエの魔力と俺の洗脳があれば、どんな魔族であろうと納得させられる。魔界の門を開き、魔族と人間、双方の未来を永遠に築いていこうではないか。これはオマエにもメリットのある話だぞ。我らが共存できるようになれば、魔族と人間のカップルが多く生まれるきっかけにもなるのだからな』
『そ、それは素晴らしいです!』
真っ先に飛びついたのはランスロットで、きらきらと目を輝かせて主の説得に加わった。
『エイジ様、魔界の扉を開きましょう。私達が結婚できる未来の幕開けですよ♪』
「け、結婚……異種間で、か……?」
戸惑うエイジの両手を掴み、ランスロットが熱っぽく語りかけてくる。
『そうです、そうです!もう老人の目も、協会の監視も気にしなくていいんです。だって種族が違っても結婚できる世界になるんですから!未来、一緒に築きましょう?』
現状では悪魔との異種間婚など、とんでもない。
ありえない、キチガイ行為として罰せられる運命にある。
結婚どころか愛を囁くだけでも周囲からの白い目に晒され、悪魔遣いの場合は資格を剥奪されてしまう。
それらが全てなくなるとすれば、ランスロットと永遠の愛を誓ったエイジにとって、なんと魅惑的な未来であることか。
エイジが何が何でも己の愛を最優先する男であれば、さっさとアリューの両手を握りしめている処だ。
だが――
エイジは、真面目な男であった。
真面目すぎるが故に、アリューの手を取ることも出来なかった。
「誰かのメリットが発生すれば、誰かへのデメリットも発生する。俺には自分の幸せの為だけに誰かの幸せを踏みにじることなど出来は、しない」
『エイジ様?』
きょとんとするランスロットの横で、アリューが大きく息を吐く。
同様に、低く呟いた。
『……残念だ』
『えっ?』
今度はアリューを振り返ったランスロットの肩へ気安く手を置くと、アリューが答える。
声には、はっきりと落胆の色が浮かんでいた。
『鋼鉄の、オマエのマスターは、なかなかの頑固者よ。だがエイジを洗脳してでも屈服させたいかというと、答えはノーだ。気が乗らぬ。いや……出来ぬ』
えっ?えっ?と一人訳が判らず混乱する鎧甲冑を横目に、エイジもアリューへ確認を取る。
「俺の魔力のせいか?上に立つ者には逆らえないと」
『そうだ』
「戦わなくて済むというのであれば助かる。俺は、ある人の依頼で君とベルベイの保護を頼まれている。大人しく、同行して貰えるか?」
『それが、オマエの望みであるならば』
アリューが頷くのと「エイジ〜ッ!無事かぁ〜っ」と遠くからデヴィットの声が届いてきたのは、ほぼ同時で。
エイジは苦笑し、アリューを促した。
「行こう。俺の依頼主は、きっと君達を罰したりしない」
『何故、そうと判る?』
悪魔の質問返しにエイジはニッコリと微笑み、手を差し出した。
「俺の引き受けた依頼は保護であって、退治じゃない。……それじゃ答えには、ならないか?」
差し出された手を握り、アリューも微笑む。
『世の悪魔遣いが、皆、オマエのように我ら遣い魔を慈しむ者であれば良かったのだがな。まぁ、いい。行こう。ベルベイも待っている』
歩き出したアリューの真横に寄り添うと、耳元でエイジがそっと囁いた。
「君はベルベイの弱さを嫌っているようだが、彼女を許してやってほしい。彼女は悪魔遣いである前に人間だ。頼れる者が幼馴染み一人しかいなかった、か弱い女性なんだ。これからは、君も彼女のちからになってあげてくれ。弱いと見下すのではなく、一人の人間として信用するんだ。信頼は、ときとして倍以上の実力になる」
『それは体感か?それとも実感か』
ニヤリと一瞬嫌な笑みを浮かべるも、デヴィット達が近づいてくる頃には笑みを消したアリューが呟く。
『忠告の礼に、一つ忠告返しをしてやろう。オマエがアーグレイの末裔であることは、誰にも漏らさぬほうがいい。命が惜しければ』
「あぁ……判った」
エイジは素直に頷き、アリューと共に仲間の元へ歩いていく。
『ちょ、ちょっと待って下さいよぉ〜っ。私を置いていかないでくださ〜い!』
わけがわからないまでも、慌ててついてくるランスロットを背後に従えて。

END