Devil Master Limited

3-5.失われた街

ジェイムズに案内されて五人がやってきたのは、イスラルアの船着き場であった。
砂漠地帯の真ん中にある街に港があるなんて、初めて見た時は、おかしな構造だなぁと思ったものだが。
砂船の存在をジェイムズから聞かされた一行は、その実体を目の当たりにする。
「はぁぁ……こんなもので砂漠を往復していたとはねぇ」
目の前にあるのは一艘のボート。
普通のボートとは多少異なり、手前に長い操縦桿がついている。
「ここを外すと」
住民が一人、ボートに乗り込み、中でぱちんと留め金を外す。
バサッと音を立てて両脇から薄い金属が飛び出てくると、ボートを覆い隠した。
「この状態で砂の中に潜り移動するんだそうだ」
自慢げに語るジェイムズへ、おっかなびっくりデヴィットが尋ねる。
「砂の中を?砂が入ってきたりしないのかい、その、隙間から」
「当然、完全密閉設計に決まっているだろ。そこは抜かりなく」と、答えたのは住民だ。
「完全密封……窒息したりしないの?」
眉をひそめてバルロッサが尋ね、今度も住民が答えた。
「シャリムまでだったら、ここから一時間もかからない。それに、こいつは一人乗り用だが、あんた達を送っていくにはアレを使う」
あれ、と顎で示された先を見て五人が息を呑む。
「な……何よ、これ!?」
砂の上に無造作に置かれていたのは巨大な棺桶だった。
「僕らを黄泉に送ってくれるつもりかな」
デヴィットが軽口を叩き、住民はあえて突っ込まずに棺桶を開く。
内部は意外と奥行きがあり、六人掛けの椅子が備え付けてあった。
座席の後ろに置いてあるボックスで、酸素を作り出すのだと教えられた。
「操縦は、どうやって?」と尋ねるエイジに、住民が答えた。
「こいつは自分では操縦できない。かわりに引っ張ってもらうのさ」
「誰に?」
至極当然の質問へ答えるかわりに、住民は砂の中へ呼びかけた。
「顔を見せてやれ、ラインラン!」
その名前、デヴィットには聞き覚えがあった。
だが彼が何か言うよりも速く砂の中から巨大な黒い生き物が姿を現し、一同は驚愕したのだった。
悪魔ラインラン。
元は野良悪魔だったのが、いつの間にかイスラルアへ住み着いてしまった。
彼は温厚な性格ゆえに、住民とは、すぐに打ち解ける。
パッと見は鯨に似ている。
だが胴体から飛び出すのは、鰭ではなく五本の指が生えた手足だ。
体内に食物を蓄え、砂の中を移動する。
その特性を知った住民が、彼に輸送の仕事を与えた。
以降ラインランは、この街へ資源を送る係になった。
その関係は、今でも健在だ。
「ラインランに引っ張ってもらえば、三十分で到着できる」
「へぇ、すごいね」
悪魔を見上げ、デヴィットが感嘆をつく。
「使役悪魔でもないのに人間の言うことを聞く悪魔がいるとはねぇ」
「なんだい、すごいってそっちの話かい?」
ずるっとズッコケながらも、住民が手早くラインランの足にロープを巻き付けていく。
地図を思い浮かべるにシャリムは海沿いの街だから、砂漠を横断するにしても結構な距離があったはず。
それが三十分足らずで移動できるなら、確かに凄いと言わざるを得ない。
「さぁ、乗ってくれ。楽しい砂の旅行を!」
「楽しいもんかね、窓もない棺桶に乗って移動しようってのに」
ぶつくさ言いながらラングリットが乗り込み、バルロッサ、カゲロウ、デヴィットと続く。
「さぁ、どうぞ」
ジェイムズに先を譲られ、エイジも乗り込んだ。
その隣にジェイムズが腰掛け、前の座席ではカゲロウが早くもモバイルを弄っている。
「軍が動き始めたようです」
「今頃?とっくにテロリストは鎮圧しちまったってのにな」
驚くラングに「いいえ」と首を振り、「奇遇ですね。彼らの行き先も僕らと同じシャリムですよ」とカゲロウは言った。
これには他の面々も驚いて、一斉に「何だって!?」とハモるのをBGMに、カゲロウは画面をスクロールさせる。
「一大ニュースになっていますよ。シャリムに強大な魔力の高まりが集まっているとのことです。軍の観察機が感知したのか、あるいは誰かのタレコミによる情報なのかは判りませんが……」
「強大な魔力……ここからじゃ何も感じないけどねぇ」と、デヴィット。
その声におっかぶさるようにして、太い声が確認を取ってきた。
『おぅ、おぅ、そろそろ出発してよいか?出発前にはシートベルト着用をお忘れなく!』
聞き覚えのない悪魔の声。
いや、デヴィットにだけは聞き覚えがあった。
この声は、ラインランだ。
「よーし皆、聞いたか?シートベルトを締めて出発だ」
カチャカチャと、あちこちで金属がふれあい、エイジが号令をかける。
「全員準備完了だ。出発してくれ、ラインラン」
『よーそろー!』
途端にガクンと大きく棺桶が揺さぶられ、かと思うと前のめりに沈んでいく感覚を受ける。
実際棺桶は沈んでいた。砂の中に。
続いて奇妙な浮遊感が乗っている全員を襲い、一部の者に不快を与えた。
「こ、これは、酔いそうですねぇ……」
ぽつりと冷や汗気味に呟くカゲロウへ、前方からラングの叱咤が飛んでくる。
「ゲロ袋なんか持ち合わせてねーぞ?吐きそうになっても根性で我慢しろ」
この狭い中で吐いたりしたら、匂いがこもって大変な目に遭うのは判る。
しかし我慢しろとは無茶な命令を。
カゲロウは普段、乗り物に弱い体質ではない。
だが一度でも気持ち悪いと脳が受け止めてしまうと、どんどん気持ちが悪くなってくるものだ。
瞬く間にカゲロウの顔色は青ざめて、彼は口元を手で覆う。
「吐きそうになったら言ってくれ」とエイジもカゲロウへ声をかけた。
「ランスロットに命じて、お前の吐瀉物を亜空間に捨ててこよう」
「おいおい、こんなところで魔力の無駄遣いは勘弁だぜ?エイジ」
「さすがエイジ、仲間を気遣ってあげるなんて君は素晴らしいなぁ」
デヴィットとジェイムズの声が見事に重なり、フンと互いに互いを鼻でせせら笑う。
「エイジはいつだって素晴らしく仲間想いだよ。何も知らないんだな、この新参さんは」
「そうなんだ。誰かさんは魔力の消耗を心配するばかりで、仲間を気遣ってもあげられないのにね」
「僕の仲間はエイジだけだよ。だから、心配してあげるのもエイジだけで充分さ」
聞き捨てならない台詞に、バルロッサが眦をつり上げる。
これから全員で最終目的の場所へ行こうというのだ。
チームワークを乱す発言は御法度である。
「仲間がエイジだけって、どういう意味?私達もいるのよ、忘れないでちょうだい!」
だがデヴィットときたらヘラヘラと笑い、バルロッサの怒りを右から左へ受け流す。
「君達はほっといたって自力で生き延びられるだろ?エイジは、まだまだ新米だ。先輩の僕が見守ってあげないと」
それを言ったら、カゲロウはエイジよりもペーペーの新米だ。
守る順番がおかしい。
エイジがカゲロウを見やると、彼には突っ込む余裕も失われているように思われた。
顔が青を通り越して土気色にまで達している。
「乗り物に弱いのは外出の多い悪魔遣いにとって問題じゃないか?」
ジェイムズの問いを無視し、エイジはカゲロウに囁きかける。
「大丈夫か?吐きそうなら吐いて構わない。ランスロットに処理させる」
「い、いえ……だ、大丈夫でず……」
目を白黒させていて、ちっとも大丈夫そうには見えないが、気丈にも答え返したカゲロウは、喉元まで迫り上がった吐き気を無理矢理ゴクンと飲み込んだ。
「あ、はぁ……はぁ……」
「戦う前から、そんなんで大丈夫かい?カゲロウくん」
茶化してくるデヴィットには取り合わず、カゲロウは無言でモバイルの蓋を閉じる。
そして、呟いた。
「……動く乗り物の中でモバイルを見ていたのは失敗でした。これは、酔いますね」
「当たり前だよ、ばか」とラングに詰られ、エイジには「少し休んでおけ」と気遣われる。
カゲロウが両目を閉じて静かになったのをきっかけに、しばしの間、棺桶の中は沈黙に包まれた。

到着まで残り十分を切ったところで、デヴィットが話を再開する。
「軍がシャリムに行ったっての、やっぱアリューの件と関連するのかねぇ」
「それ以外に何があるんだ?」と聞き返したのは、ラング。
「魔力の高まり……今頃は、優秀な悪魔遣いを大勢揃えていると見て間違いないぜ」
それには「だったら魔力の高まり、とは言わないんじゃないかしら」とバルロッサが異を唱える。
「どういう意味だ?」
首を傾げるラングへ、彼女は言った。
「悪魔が集結しているだけなら高まりなんて言うかしら。高い魔力が集まってきている、で充分よね。高まっているのよ?つまり今のシャリムには、変動する魔力があるんだわ」
「変動する魔力?なんだ、そりゃ」
首を傾げてばかりで結論へ辿り着かないラングのかわりに、エイジが己の推理を披露する。
「次第に高まっていくとしたら、魔界の扉を解放したのかもしれないな。しかし、アリューやアスカードには空間を切り開く能力がないはずだが」
「もし、その能力を持つ野良悪魔を仲間に引き入れていたら?」と、バルロッサ。
「私達、ずっと考え違いをしていたんじゃないかしら。悪魔遣いの協力者は同じ悪魔遣いしかいないって。でも野良悪魔とだって、仲良くなったり手なずける事が出来るのよ。そうした中に、ランスロットと同じ能力の悪魔がいないとは限らないんじゃなくて?」
「野良の存在か、確かに盲点だったな」
デヴィットも頷き、前方を見据える。
視線の先には、ラインランの姿を思い浮かべているのだろう。
彼も元は野良悪魔だ。
「どうするんだ?もし次元分断できる野良悪魔なんてのが現れたら。強敵だぞ」
「その時は、ランスロットが対応しよう」とエイジは答え、ちらりとジェイムズを一瞥する。
視線に気づいたジェイムズが「なんだい?」と、やたら白い歯を見せてくるのへは無言で首を振り、皆のほうへ視線を戻した。
「エイジ。これは俺の予想だが、魔界の扉は、まだ開いちゃいないと思うぜ」
ラングリットが言い、後部座席を振り返る。
「もし開いたとしたら、瘴気がバァーッと辺り一帯に広がってもおかしくねぇ。でも一番近いイスラルアにも瘴気は届いちゃいなかった」
「そんなこと言って」と、さっそくデヴィットが茶々を入れてくる。
「人類はまだ誰も瘴気を肌で体験していないんだぜ。それが辺り一面に広がったとして誰が判るっていうんだい。それとも、君は瘴気に触れたことがあるのかい?」
瘴気は魔界特有の空気――と言われているが、あくまでも本の上での知識でしかない。
実際に瘴気がどんなものかは誰も知り得ていないのだ。
誰も、魔界へ足を踏み入れたことがなかったので。
魔界から悪魔を呼び出せても、人類が自力で魔界へ行く方法は未だに見つかっていない。
悪魔の能力、次元切断を使えば移動は可能だろう。
だが、その能力を持つ悪魔は非常に数が限られている。
「エイジは遣い魔の故郷へ行ってみようとは思わなかったのか?」
ジェイムズに話題を振られ、エイジは緩く首を振る。
「行ってみたいと提案したことはあった。だが、ランスロットには断られた」
魔界には酸素がない。
だから、人間は魔界で生きられない。
そう言われては、行くのを諦めるしかない。
「酸素がない世界と酸素のある世界が繋がったら、魔界には酸素が流れ込んで人間界には瘴気が流れ込むのか?」
ラングリットは、しきりに首を傾げている。
具体的に、双方どういった結果になるのかが予想できないらしい。
デヴィットが話に乗って頷いた。
「そうだとしたら、心配すべきは僕らの世界だけだね。だって悪魔は、こっちの世界でも活動できるんだし」
瘴気と酸素が混ざり合ったら人体に、どういった影響を及すのか――
実際に扉を開けてみれば判るんだろうが、開けた後で危険だと判っても遅いのだ。
「最初話を聞いた時は野良悪魔が増えて困るなって思ったけど、問題はそれだけじゃなかったな」
デヴィットは腕を組み、ちらりと時計を見た。
あと五分少々でシャリムへ着く。
「とにかく、向こうに着いたらアリューかベルベイを探す。んで話し合いの末、決裂したら殴り倒してでも連れ戻す。それでいいんだな?エイジ」
最終確認をラングに取られ、エイジは頷いた。
ここへ来るまでに無駄な血を流しすぎた。
せめて最後ぐらいは、綺麗に終わらせたいものだ。


イスラルアから見て南方にある街、シャリム。
かつては交易で栄えた此処も、今では廃港の一つとして打ち棄てられている。
そういった前知識の元に降り立った一行だが、棺桶の蓋を開いた瞬間、呆気にとられて目の前の風景を眺めた。
「これは……」
「……何があったんだ?」
砂地から一歩あがった先には、巨大なクレーターが空いていた。
それも、一つじゃない。
三つ四つの大穴が、あちこちにボコボコついている。
近辺にあった建物は軒並み衝撃で吹き飛びでもしたのか、瓦礫の山があちこちに築かれていた。
「隕石でも大量に降ってきたのかな?それとも」
デヴィットの軽口を遮り、ラングが地面に跪く。
「天変地異で出来た穴じゃないぞ。こいつぁ戦闘の傷跡だ」
「どうして判るんだ?」と尋ねてくるジェイムズには、黙って指をさした。
ラングの指先を辿っていくと、穴の底に骨らしきものが見えてきた。
人骨か動物の骨か、或いは悪魔の骨かもしれない。
「骨になるほど昔に開けられた大穴なのか、それとも一瞬で骨になるほどの衝撃を受けたってこと?」
なるべく骨を視界に入れないようにしながらバルロッサが問うのへは、デヴィットが答えた。
なんと勇敢にも、ざざっと穴の底へ降りていきながら。
「地面に大穴を開けるぐらいの強力な魔力弾で攻撃されたら、人間だろうと悪魔だろうと骨も残らず一瞬で塵になるはずさ。こいつは風化した骨だよ。思った通りだ、肉片もこびりついちゃいない」
骨をつまみ上げて、ひっくり返す。
地上では非難の声があがった。
「やだ!よく触れるわね、そんなもんに」
「所詮骨だぜ?」と言い返してから、なおもデヴィットは穴の底を調べる。
骨は人間のでも動物のでもなかった。
恐らくは、悪魔のものであろう。
穴は中心が一番深く、球状に広がっている。
地面を削った攻撃は、大きさの割に殺傷力が低かったようだ。
「過去の戦いか。なら、さしあたって今は関係ないな」
見切りをつけると、エイジは仲間へ指示を出す。
「狭い街だ。分散して探すより全員一緒に行動したほうが安全だろう」
「そうだな」
ラングリットは、改めて街の中を見渡した。
残っている建物を探す方が難しいほど、建物の影が見えない平地だ。
港が取り潰されてゴーストタウンになってから、どれだけの年月が経ったのか。
「強大な魔力……やっぱり何も感じないよなぁ」
穴の底から上がってきたデヴィットも、周囲を見渡して首をひねる。
「結界を張っているのかもしれません」とは、カゲロウの弁だ。
「野良悪魔が仲間にいるとすれば、どんな能力を持っていても不思議じゃありません」
遣い魔として使役されている悪魔は、魔界全体から見れば、ほんの一握りの存在だ。
世の中には悪魔遣いが知らぬ存ぜぬな能力を所持する悪魔が、ごまんといよう。
「そりゃそうなんだけどさ。けど、そんなに何でもかんでも仲間につけているってんじゃ、僕らだけじゃ荷が重すぎやしないかい?ここは軍の到着を待って」
デヴィットが気弱な案を吐き出すのと、一同の立つ地面が激しく振動したのは、ほぼ同時で。
「わぁ!」「キャッ!!」と各々悲鳴をあげて、バランスを崩した。
「地震じゃないぞ!?人為的な揺れだッ」
エイジの言うとおり、足下は液体でもないのにボヨンボヨンと波打っている。
「アリューなのか!?それとも、ベルベイか!姿を見せろ!!」
カゲロウが叫ぶと揺れはピタリと止まり、上空より声がかかった。
『よく、ここまで辿り着いたものだ。お前がいずれ此処へ来るのは知らされていた、カゲロウ=ミスティック』
皆が上空を見上げると、そこに浮かぶのは黒い羽を背中に生やし、角と牙を持つ生命体。悪魔であった。
「知りあいか?」とエイジに尋ねられ、即座にカゲロウは否定した。
見覚えのない悪魔だ。
何故か自分の名前を知っている。
アリューかベルベイに聞いたのか。
「君が案内役かい?僕らは、ここにいるっていう人へ会いに来たんだ」
カゲロウが何も言わないので、代わりにデヴィットが呼びかける。
「知っているよね、ベルベイ=ナイヴ。遣い魔の名前はアリューってんだけど」
『あぁ、知っている』
重々しく悪魔は頷き、じろりとカゲロウを見下ろした。
『そこなカゲロウの命を絶てと、アリューには命じられた』
「カゲロウの!?」
驚くバルロッサに「いや、それほど驚く場面じゃないだろ、ここは」と、すかさずデヴィットが突っ込んでくる。
「カゲロウが僕らの一団にいるってのを、どこかで彼らが聞き知ったって別段おかしな話じゃないさ。イスラルアで、あれだけ派手にドンパチやっちまった以上」
バルロッサも金切り声で反論した。
「でも、命を絶てと命令しているのよ!?カゲロウが、まだ敵か味方かも判らないのに!」
「だから」と少しイライラした調子で、デヴィットが言い含める。
「イスラルアで僕達はテロリストの企みを粉砕しただろ。その瞬間から、彼らは僕らを敵に認定したんだ」
『そういうことだ』
頭上の悪魔も頷いている。
このままでは話し合いも何もなく、なし崩しに戦闘へ入りそうな雰囲気だ。
散開が危険だ、などと悠長に言っている場合ではなくなった。
このまま此処に突っ立っていたって、充分危険ではないか。
命を絶てという物騒な命令に従う悪魔と交渉したところで、話をまともに聞いてくれるとも思えない。
悪魔の殺気が膨れた直後、エイジは叫んでいた。
「散開!全員個別にベルベイを探せッ!!」
その号令で全員が、てんで散り散りに走り出す。
突然の行動に悪魔の反応も遅れた。
『ま、待て!こら、逃げるなカゲロウ=ミスティック!貴様は俺が』
言い終える前に後頭部に魔力弾が被弾して、『ぐぁっ!』と悲鳴と共に、悪魔が墜落する。
痛む頭を抑えながら起き上がると、甲高い声が挑発してきた。
『敵を目の前にして余裕こいているから、こんな奇襲にも当たっちゃうんだニャ!オバカなのニャ!』
キッと悪魔が声のしたほうを睨みつける。
睨まれたほうも眦をつり上げて睨み返すと、改めて名乗りをあげる。
『我がニャはパーシェルニャ!お前も名乗るニャ!』
『このベルギッド様を怒らすとは、命知らずな雑魚使役悪魔めが!よかろう、貴様から血祭りにあげてやる!貴様を倒したら必ずやカゲロウに追いつき、奴も殺す!!』
悪魔が名乗るのをクレーターの底で聞きながら、ラングリットは考えた。
聞き覚えのない名前だ。
近くに悪魔遣いの姿も見えないし、やはり使役ではなく野良悪魔の一種なのか?
地上ではパーシェルが鼻息荒く啖呵を切っている。
『何言ってるニャ?ここは通さないニャ!ラングリット様とパーシェルのコンビネーションで、お前なんかボコボコニャ!』
あの一瞬。
エイジが号令をかけた瞬間、ラングリットの脳内を全員逃げ切れないという予感が過ぎった。
皆を逃したいなら、一人は足止めに回ったほうがいい。
だから、残った。
ベルベイやアリューの元へ行くのは、少しでも強い使役悪魔を持つ者がいい。
パーシェルでは実力不足だ。
『ならば、悪魔遣いを先に』
『やらせないニャ!』
ラングの隠れるクレーターにベルギッドが飛び込もうとするのを、直前でパーシェルが阻止する。
両者は、がっぷり組み合って、互角の戦いが始まった――!