Devil Master Limited

3-4.交換条件

かくしてジェイムズは地獄を見た。
正確には背中と耳が痛い。
バルロッサに耳を引っ張られ、デヴィットには背中を蹴りつけられたせいだ。
「暴力に訴えるなんて、正義の悪魔遣いがする行いじゃないぜ」
不満を漏らす雑誌記者に、彼らの反応は辛辣であった。
「僕らが、いつ、正義を名乗ったっていうんだい?それにね、君がエイジに馴れ馴れしい真似をしなきゃ僕らだって君に暴行を加えるつもりはなかったよ」
ばしっと背中を叩かれて、もう何も反論するまいとジェイムズは心に決める。
多勢に無勢だ。
エイジが、ここまで仲間に大人気とは知らなかった。
改めて名乗りをあげ、ジェイムズは彼らの身元を確認する。
エイジは、やはり悪魔遣いだった。
それも所属はCommon Evil、大手企業の新鋭ときた。
「鋼鉄のランスロットか……どこかで聞いたような、いないような」
記憶を辿るジェイムズに「漫画になっています」と、教えたのはカゲロウだ。
えっ?と驚くエイジにも見えるよう、モバイルプロセッサを高く掲げた。
「素人の描いた漫画ですけどね。鋼鉄のランスロットが大活躍する物語ですよ」
「民間人に知られている程、有名だったとはねぇ。僕も鼻が高いよ、エイジ」
何故か偉そうなデヴィットには、すかさずバルロッサの突っ込みが入る。
「なんで、あなたの鼻が高くなるのよ」
デヴィットは突っ込みをスルーして、モバイルを覗き込む。
「この漫画、エイジも出てくるのかい?」
「いえ、出てくるのはランスロットだけです」とカゲロウは答え、画面をスクロールする。
鎧甲冑が悪魔を次々と倒していく戦闘シーンが描かれていた。
あまり絵は上手くないが、勢いが伝わってくる漫画だ。
漫画の中のランスロットは威風堂々としている。
まるで歴戦の騎士のような口ぶりだ。
これを描いた人間は、ランスロットの中身を男性だと想定しているのであろう。
鋼鉄のランスロット――通り名から連想される姿は無骨で勇ましい。
普段のランスロットを脳裏に思い浮かべ、エイジはクスリと苦笑した。
「作者は恐らく僕達と同じ業界の人ですね。読者は皆、創作悪魔だと思っているようです」
「ふぅん。有名なんだかマイナーなんだか、よく判らないな」
デヴィットは腕を組み、カゲロウがモバイルを閉じる。
「それで――ジェイムズさん。息せき切ってエイジさんを呼び止めた理由を、まだお聞きしていませんでしたね」
「そうそう、それなんだが」
颯爽と手帳を取り出し、ジェイムズが勢い込む。
「エイジ、君の連絡先を教えてくれないか?できれば電話番号かメールアドレスを」
「駄目だよ」と割り込んできたのはデヴィットで。
「クライアントにのみ教えるって社則になっているんだ、うちは」
いかにも社会人めいた事を言ってくる。
ジェイムズはチェッと舌打ちすると、改めて用件を仕切り直した。
「雑誌記者とは連絡を取り合えるようにしといたほうが、何かと便利だと思うんだけどなぁ。まぁ、いいや。それよりエイジ、君は知っているか?片羽の天使が失踪した事件を」
唐突な話題転換に、しばらくしてラングリットが「あぁ」と思い出した。
「片羽の天使っていやぁ、ザグレイの遣い魔か。いや、今はナタリーに受け継がれたんだったか?」
ジェイムズは「さすが業界人、その通りだ」と頷き、ニヤリと笑う。
「彼女の行方を俺が突き止めた――としたら、どうだい?連絡先を教えたくなってきたんじゃないか、エイジ」
ぐっと彼に迫ろうとしたところを、またまたデヴィットに邪魔される。
「なんでだよ。君が有能な雑誌記者だから?」
些かムッとなりつつ、ジェイムズも答える。
「その通りだ」
「けど、ナタリーの居場所?そんなのを僕らに教えてもらってもね。どうしろってんだい。まさか僕らにナタリーを探せ――なんて言うつもりじゃないだろうね?」
彼女の失踪は確かに気になる。
が、しかしエイジ達は今、別の人物を追いかけている最中である。
そちらまで手が回らない。目的地が同じでもない限り。
「あなたに対処出来ないんだったら、警察か軍に任せたほうが良いのではなくって?」
促してくるバルロッサ、それから後ろでウンウンと頷いている大男ラングリットを見て、ジェイムズは内心歯がみする。
こいつらを正義の悪魔遣いだと称したのは間違いだ。
こいつらは正義じゃない。正義にしては、腰が重すぎる。
人が一人行方不明になっているというのに、全く反応を示さないなんて非人道的だ。
なんとかして、こいつらからエイジだけを離れさせられないものか。
港の連中と約束してしまった。
エイジを連れていかないと、ナタリーのいるシャリムに渡れない。
「エイジ、君も興味ないのか?ナタリーの失踪事件に」
念のため、エイジにも尋ねてみると。
エイジは難しい顔をして、歯切れ悪く返してきた。
「……俺達は今、別の人物を捜している。悪いが、片羽の天使捜索には手を貸せない」
「別の人物?他にも失踪者が出ているのか」
首を傾げるジェイムズに「出ていますよ、いっぱい」と答えたのは、エイジではない。
ずっと俯いて会話にも加わらないでいた、カゲロウだ。
何をしていたのかといえば、モバイルで情報を検索していた。
「ほら」と見せてきたのはニュースサイトの記事で、有名御三家の失踪が載っている。
「うわ!なんだい、これ!?」
驚くジェイムズにデヴィットが「知らないのか?雑誌記者のくせに」と突っ込むのへは、エイジが代わりに弁解する。
「テロのニュースが流れるよりも前から、ジェイムズはイスラルアに潜伏していたんだ。知るよしもなかろう」
思わぬ援護に顔を綻ばせ、ジェイムズはエイジを潤んだ瞳で見つめて頷いた。
「そうなんだ。ここに来る時持ち込んだモバイルもテロリストに奪われてしまってね。そのかわり、もっと素敵なものと巡り会うことが出来たよ。そう、それは」
なおも続きそうなナンパ文句を「でも」と無理矢理断ち切ったのは、やはりというかデヴィットで、両者は眉間に皺を濃くしながら睨み合う形となった。
ジェイムズの不屈のナンパ精神にはバルロッサも呆れて溜息をつき、デヴィットが言おうとしていた事を続けて言う。
「有名御三家のうち二人は、もう見つかったの。見つけたのは私達なんだけど」
「へぇ、そいつはすごい。大ニュースじゃないか!君達のインタビューを、うちの雑誌に載せさせてもらおうかな」
軽口を叩くジェイムズを、ちらりと横目で眺め、エイジは、かぶりを振った。
「記事にするのは勘弁してくれ。軍を出し抜いてテロを片付けたなんてのは武勇伝にもなりゃしない」
本来なら、隠密行動を取らなければならない立場にあったのだ。
既に社長の思惑とは違った状況になっている。
アリューに噂が伝わるのも、じきだろう。
やはり最初の人選を間違ったのかもしれない。
しかし今更泣き言を言ったところで始まらない。
エイジの辞退をどう受け取ったものか、ジェイムズはホゥッ……と感嘆の溜息を漏らし熱っぽい視線を送り返してくる。
「エイジ、君は奥ゆかしいんだね」
もう面倒だから、そういうことにしておこう。
「もし捜索中にシャリムへ立ち寄る事があれば、是非俺に声をかけてくれ。君の役に立てるかもしれない」
さらりと言われた一言を脳内で反芻して、五人は全員が「えっ!?」とハモる。
「シャリムだって?君も、そこに用事が?」
驚きのあまり険悪ムードの吹き飛んだデヴィットに尋ねられ、皆の反応に驚いたジェイムズもコクリと頷く。
「あ、あぁ。ナタリーがね、どうも其処へ向かったらしいんだ」
「ナタリーまで……」
ポツリとバルロッサが呟き、五人は顔を見合わせる。
ナタリーは何故シャリムへ向かったのか。
彼女が失踪したのはテロのニュースが公になるよりも前だし、御三家の失踪とも時期が異なる。
アリューの企みとは関係あるまい。
だが、もし向こうで二人が出会うとなれば?
彼女は、どう動くだろうか。
悪魔共々アリューに洗脳されでもしたら、厄介な敵が生まれてしまう。
ジェイムズへ向き直り、エイジが改めて言う。
「ジェイムズ、俺達の次の目的地もシャリムだ。最短で向かえる方法があるなら教えて欲しい」
「おいおい、こんな奴に教えちまって大丈夫なのか?」
突っ込むラングリットに「こんな奴とは、ご挨拶だな」と苦笑混じりにやり返し、ジェイムズもエイジを見た。
「いいとも。ただし、俺も同行する。ナタリーを追いかけたいからね。それが嫌なら、この話は無かったことに」
雑誌記者として、もっともらしい理由だ。
しかし民間人が同行するとなると、戦いになった時、足手まといになりやしないか。
ジェイムズは非武装だ。
かといって、素手で戦えるような格闘家にも見えない。
「……どうします?」
五人は、ひそひそと話し合う。
カゲロウの問いへ、真っ先にかぶりを振ったのはデヴィット。
「冗談じゃないよ。あんな奴がついてきて、万が一死なれでもしてみろ。我が社のブランドに傷がついちまうぜ」
「あなたが、うちのブランドを気にしているとは知らなかったわ」
嫌味を飛ばしてから、バルロッサはラングリットに話を振る。
「それよりも、アリューとアスカードが手を組んでいた場合の対処を考えないと」
「回復悪魔か。確かに厄介だな」
うぅむとしかめっつらで腕を組むラングへは、デヴィットが軽口を叩く。
「考える必要ないぜ。先手必勝、ランスロットが次元の彼方に飛ばしちまえばいい」
すかさずバルロッサが突っ込んでくる。
「それこそ冗談じゃないわ。アスカードもアリューも退治しろとは言われていないじゃないの」
大体、と続けて二人に尋ねる。
「アリューの能力って洗脳なんでしょ?あいつ自体の対策も考えてあるのかしら」
「え、そんなのはエイジが」と言いかけるデヴィットを制し、カゲロウが口を開く。
「アリューは僕のパーミリオンにお任せ下さい」
何か秘策があるのか?とラングに聞き返され、彼は頷いた。
「アリューの能力を先手で封じられるとしたら、僕のパーミリオンの潜る能力しかないと思うんです」
パーミリオンが先手必勝でアリューの精神層に潜り込めたとしたら、あとは生かすも殺すもパーミリオンの手の内だ。
或いは次元分断を仕掛けるよりも、楽に事が進むかもしれない。
だが――戦いを仕掛けたら、二度とアリューやベルベイとは和解できなくなりそうな気もする。
どちらかが命を落とす可能性だってゼロではないのだ。
エイジは少し考え、口を挟む。
「パーミリオンを仕掛けるのは最終手段にしてくれないか。戦いは極力避けたい」
「また、そんな甘っちょろい事を言って!君は、もう忘れたのかい?テロリストにしてやられた失態を」
デヴィットに叱られても、エイジは己の策を曲げようとせず反論した。
「俺はベルベイがアリューの企みに荷担しているのか否かを知りたい。ベルベイは極悪人じゃない。犯罪者でもない。無名の新人だ。ただ、会社から逃げ出した……そんな相手を問答無用で叩きのめしたくないんだ」
何が何でも、まずは話し合いか。
上品なやり方だ。
いきなり襲いかかろうとしたデヴィットとは、えらい違いである。
だが、エイジの気持ちがラングリットには判る気がした。
彼の言うとおり、ベルベイは罪人ではない。
今掴んでいる情報内では。
「もしベルベイが全てを知った上で荷担していたとしたら、どうするんだ?」
尋ねてきたラングを、じっと見上げ、エイジは沈黙する。
ややあって、結論を出した。
「話し合いが決裂したら、仕方ない。その時は、武力を使ってでも阻止させてもらう。ジェイムズはランスロットが亜空間に逃そう。そのほうが安全だ」
ジェイムズが声をかけてきた。
「話し合いは、まとまったかい?」
「あぁ」と頷き、エイジは、ひたと彼を見据えて再度尋ねる。
「シャリムは廃港だと聞いている。海路以外で近づく方法を知らないか?」
「もちろん知っているよ。知っているからこそ、君達にナタリーの話をふっかけたのさ」
即座に頷きジェイムズがエイジの肩へ馴れ馴れしく手を置こうとするのへは、颯爽と二人の間にデヴィットが割り込んで、険悪な眼差しで雑誌記者を牽制した。
「じゃあ、さっそくだけど案内してもらおうか。僕達の用は急ぎなんだ、無駄な雑談は省いてもらえると助かるね」
負けず劣らず険悪な表情で「オーケイ、それじゃ俺についてきてくれ。案内する」と答えるジェイムズに促され、なんとなくギスギスした雰囲気のまま一行は彼の後を追いかけて、例のトラップ通路を抜けていった。