Devil Master Limited

3-2.囚われの

史上最悪の破壊魔が突撃して三十分後には、ラングリットとカゲロウもテロリストのアジトに侵入していた。
中は、上や下への大騒ぎ。
知らない顔が一人二人混じったところで、誰も気づいていないようだ。
表玄関の方向からは、悲鳴と怒号が絶え間なく聞こえてくる。
裏口からも似たような音が聞こえた。
先に突撃した二人の役目は牽制ないし陽動のはずだが、これでは命がけの戦場だ。
「段取りが、だいぶ違うんじゃないか?」とぼやくラングを手で招き、カゲロウが囁いた。
「ここの簡単な間取りが判りました。上に続く階段が一つ、下へ潜る階段が一つ」
「二階と地下があるってのか。さて、囚われの姫君は、どちらだ?」
「普通に考えれば、二階も生活スペースでしょう。何かを置いておくとすれば地下ですね」
こんな時、こそこそとしているのは逆効果だ。
二人は堂々と廊下を走り、地下へ続く階段を下りる。
途中で何人かとすれ違ったが、誰も二人を咎める者はいなかった。
誰かに構っている場合ではないのだろう、破壊魔の襲撃とあっては。
「最初の突撃をアーシュラに任せたのは正解でした」
呟くカゲロウに、ラングも頷く。
「アーシュラが無名じゃなくて幸いだったってことか」
地下は想像していたよりも狭かった。
廊下の突き当たりに部屋が一つ。それだけである。
ドアを開けようとしたラングリットの手が止まった。
話し声がする。
そっと聞き耳を立てると中の声は、このような事を話していた――

「シュナイダーの属性は風だったよな。となると、こいつの属性……使い物にならねぇかもしんねぇぞ」
低い、皮肉めいた声で青年が言い、静かな調子で少年が答える。
「一応聞いておこう」
「あいよ。猫娘が火で、お前が前に捕まえた雷野郎は、まんま雷だ」
「火か……」
しばしの沈黙。ややって、少年が囁いた。
「確かに火と風では相性が悪い。僕のシュナイダーの特性がかき消される可能性もある」
どこか残念そうにも取れる、沈んだ声で。
「だろ?素材に使うなら、雷のほうがいい。こいつは相性バッチリだ」
「では、こいつはどうする?」
「使えない素材なんてゴミさ。どうする?なんて聞くまでもないだろ?」

扉から、そっと身を離してラングリットはカゲロウに囁いた。
「相性?属性?中の連中は何を言ってるんだ」
少し間を置き、カゲロウが思案げに答える。
「……聞いたことがあります。悪魔同士を掛け合わせて、より強い能力を手に入れる方法があると」
「掛け合わせる?」
首を傾げるラングへ頷くと、カゲロウは以前ワールドプロセッサで見た知識を先輩に教えてやった。
一般には知られていないが、悪魔は悪魔と合成――特殊な装置で融合させる事により、全く別の種に変化させられる。
勿論、違法だ。
装置自体も非売品で、非合法のルートでしか入手できない。
また、合成は失敗することもある。
属性、すなわち悪魔が生まれつき持つ性質には、それぞれ相性があり、相性が悪いと性質が上書きされてしまうのだ。
性質が変われば、性格も変わる。
これまでの知識は忘れないが、却って弱体化する恐れがある。
それだけで済めば、まだ良い方で最悪、悪魔が消滅する場合もある。
素材のみならず、土台までもが。
故に違法であり非合法なのだ。
「これだけ悪魔遣いがいれば、いろんな人もいるでしょう。しかし、まさか合成に手を出している輩までいたとは……」
ぶつぶつ呟くカゲロウの声は、ラングリットの耳に届いていなかった。
合成に失敗すれば、悪魔が消滅するだって?
しかも部屋の中の会話を聞くに、猫娘と呼ばれているのはパーシェルに違いない。
パーシェルが消滅。冗談ではない。
あれほど愛らしい悪魔、今ここで失ってしまったら二度と手に入るまい。
一応、確認はしておこう。
ラングリットは猫缶の蓋をパキンと開けた。
直後、これまでウンともスンとも聞こえてこなかったはずの『ふにゃ〜ん!この匂いは、パーシェルの大好きなニャンニャン印・極上まだらフレーク!!』という些か間抜けな声が部屋中に響き渡り、中の二人が驚く様子も伝わってきた。
「うわっ!こいつ、急に元気になりやがった!?」
「それよりも、ニャンニャン印極上まだらフレークだって?そんな匂いは」
相手に気づかれるよりも先に、ラングリットは扉を蹴り開ける。
派手な音を立てて吹っ飛ぶ扉に再び驚く二人組へ、威勢良く啖呵を切った。
「おう!俺の遣い魔が、ここで捕まっているはずだ。そいつを返してもらいにきたぜ」
背後では、軽く失意の溜息をつくカゲロウの姿がある。
「あぁ……なんだって正面切って突っ込まなきゃいけないんです?ラングさん」
居場所さえ分れば、あとはパーミリオンに任せてくれれば戦わずしてパーシェルを救出できたのに。
しかし残念ながら、カゲロウの溜息は先輩の鼻息の前にかき消された。
「俺の大切なパーシェルを素材に使おうたぁ、ふてぇ野郎どもだ!ここから生きて帰れると思わないこった」
奇襲の衝撃からは立ち直ったのか、少年が鼻で笑い返す。
「……おやおや。遣い魔を放置して逃げていった奴が、戻ってくるとはね。相棒の悪魔もなしで、どうやって戦うつもりなのやら」
睨み合う両者の影で、そっとカゲロウは思考をフル回転させる。
手ぶらの先輩と、戦闘向きじゃないパーミリオン。
この手数で勝利するには、どうすれば――?


大混乱の最中、二階へ登ったエイジとランスロットも新たな敵と向かい合っていた。
二階にいた人数は全部で四人。男が三人、女が一人だ。
この大騒ぎでも降りてこなかった処を見ると何か別の役目があるのか、それとも騒ぎが大きすぎて臆したか。
「くそっ!こちらへ向かってくるとはな。だが、いくら鋼鉄のランスロットといえど、無限のパワーを誇るわけではあるまい」
片手に瓶を持った奴が、喚いている。
瓶の中を見極めようとしていたエイジは、別の男に話しかけられた。
「エイジ=ストロン、貴様は俺達を滅ぼしに来たのではないと言ったな!ならば、何故戻ってきた?そして何故、我々に攻撃を仕掛ける!」
時間稼ぎだろうか。
いかに時間を稼いだところで、これ以上彼らに手持ちの札があるとも思えないが。
エイジは即答した。
「前にも言ったと思うが、俺は人を探している。話を聞いてくれるのであれば攻撃は仕掛けない」
散々ぶっ飛ばした後で言うのは、少々虚しい気がした。
テロリスト勢も、そう思ったようで、すぐさま反論が飛んでくる。
「嘘つけ!だったら何故下の奴らを攻撃した!?貴様は口先だけの偽善者だ!!」
エイジが答えるよりも先に、ランスロットが怒鳴り返す。
『攻撃されたから攻撃仕返したまでのこと!大体、一番最初、話し合いにきたエイジ様を攻撃しておいて、どのくちが言うのです?』
「うるせぇ!お前みたいな強敵が来たら、誰だって怖くなって攻撃しちまうだろーが!」
半ば逆ギレ気味に答える男をエイジは宥めた。
「最初にここを訪れた時、俺はランスロットを出すつもりはなかった。どうか話を聞いてくれ。話を聞くというのであれば、ランスロットを退かせる」
エイジの交渉にも相手は「うるせぇ!うるせぇぇ!!」と繰り返すばかりで、話にならない。
別の男が傍らの女へ囁いた。
「ようやく、あんたの出番だな。さっそくだが、お手並み拝見といこうじゃないか」
女は後方の男が手に持つ瓶を一瞥すると、エイジへ向き直る。
彼女の存在には、二階へ登った直後に気づいていた。
バルロッサだ。こんな処に紛れ込んでいたのか。
だが、エイペンジェストは同行していない。
召喚していないだけなのか、それとも召喚できない理由があるのか?
答えは、すぐに判った。
彼女自身が男に言い返したのだ。
「だったらエイペンを返してちょうだい。悪魔がなければ、あいつとは戦えないわ」
首を真横に、男が「駄目だな」と答えるのへはバルロッサも項垂れる。
「私に死ねと言うの?冗談じゃないわ、あなた達の仲間になったのは死ぬためじゃなくってよ」
仲間のフリをしているらしい。
そして、エイペンジェストは奴らに囚われている?
もう一度、エイジも後方の男が持つ瓶を見た。
時折光っている、あの中身がエイペンジェストだろうか。
悪魔を封印する道具があるのは知っている。魔具と呼ばれる類だ。
テロリストは、そんなものまで使ってくるのか。危険な存在だ。
仕方ないな、と言うように男の唇が動く。
後方の男を振り返った。
「おい、こいつの遣い魔を渡してやれ。雷なら金属鎧とは相性が良かろう」
「あぁ、いいとも。実力の鱗片とやらを見せつけてもらおうか」
背後の男が瓶の蓋を、くるりと回す。
途端に細い霧のようなものが勢いよく瓶の口から吹き出したかと思うと、霧は実体を伴ってバルロッサの横へ並ぶ。
「エイペン!」
『あるじ、さっそくですが、ご命令を。攻撃目標は赤毛の男で宜しいのでしょうか?』
真顔でエイペンジェストが何か物騒なことを言うのを聞き流し、バルロッサは己の遣い魔に命じた。
「エイペン、判っているわね?攻撃目標は――床よ!」
「何ッ!?」
思いがけぬバルロッサの行動に男三人が驚愕の面を見せ、エイジは瞬時に彼女の行動を理解する。
「ランスロット!」
声をかけるより早く鋼鉄の手がエイジをすくい上げ、抱きかかえる。
バシバシッと稲光が室内を走り、足下の床が崩壊した。
当然、そんな事態になれば誰もが立っていられない。
「うわぁぁぁっ!」
悲鳴をあげて、床板ごと男達が落下する。
空中停止したエイペンジェストと、その腕に抱えられたバルロッサ、それからランスロットに抱きかかえられたエイジを残して。


ラングリットとテロリスト二人は膠着状態に入っていたのだが、上で大きな物音がしたと思う暇もなく地下にまで振動が響いてくる。
ただ事ではない。
即座にラングリットの脳裏をよぎったのは、破壊しまくるアーシュラの姿だった。
最後に見た奴は、手当たり次第に魔力弾をぶっ放していた。
あの様子では、手加減など全くしていないに違いない。
デヴィットが止めるとも思えない。
この建物、崩壊するのではないか?それも近いうちに。
チッと小さく舌打ちして、少年が呪文を唱える。
遣い魔を呼ぶのだと焦るラングリットの目の前で、少年が「うっ!」と呻いて前のめりに倒れる。
「ッ!?」
いきなりの展開には敵の男もラングリットもついていけず、動揺する。
カゲロウだけは違った。
「パーミリオン!」と彼が叫ぶのと、残った男が「ごはっ!」と叫び、くるりと白目をむいて倒れ込んだのは、ほぼ同時だった。
数秒たってテロリストが二人とも気絶したのを確かめてから、ラングが尋ねる。
「な……なにをしたんだ?」
「パーミリオンに潜らせたんですよ。奴らの意識層へね」
気がつかなかった。
否、カゲロウは召喚の呪文すら唱えていなかったはずだ。
ラングリットがそれを指摘すると、彼は何でもない事のように答えた。
「あれ、説明していませんでしたっけ?僕のパーミリオンも、エイジさんの処のランスロットのように単騎で動けるんですよ。普段は僕の影の中に潜っているんですがね」
「パーミリオンも次元移動……できるってのか?」と尋ねるラングリットの胸に、ドンッと飛び込んでくる影が。
『そんなことより!ラングリット様ぁぁ〜、会いたかったニャン♪』
パーシェルだ。
ふんかふんか鼻を鳴らしていた悪魔は、やがてラングリットの手の内に猫缶を見つける。
『ニャアアァ〜ン!さすがラングリット様、食糧補給は万全ですニャ』
言うが早いかガツガツと猫缶の中身を食い荒らし、ラングリットとカゲロウを苦笑させた。
「まったく、感動の再会よりも先に食い気かよ」
「さすが、あなたの遣い魔らしいと言いますか」
パーシェルは、がっふがっふ猫缶を食べるのに夢中で、二人の話を全然聞いていない。
ラングリットもまた、己の遣い魔を眺めるのに夢中で、カゲロウの放った嫌味に気づいていない。
そんな彼へ、カゲロウが先ほどの間違いを訂正する。
「パーミリオンは次元移動できませんよ。何かに潜れば気配を消せる。それだけです」
すると、聞いていないと思われたラングが振り返った。
「充分すごいじゃないか。そいつを使えばアリューにだって接近できるんじゃないか?」
ですが、とカゲロウも言い返す。
「接近するには潜れる場所が必要です。影から影へ移動するにしても、場所が離れていたのでは気配が現れてしまいます」
さらにラングリットが突っ込んだ。
「潜れる場所ならあるじゃないか」
「どこに?」と尋ねるカゲロウの頭を指さし、ラングリットは得意げに言った。
「お前さんの意識層とやらに、だよ。潜れば気配が消えるんだろ?なら、人の中に潜っちまえばいい」
思いがけぬ提案に、カゲロウの目は点になる。
これまで、考えもしなかった。
いやはや、一番頭の悪そうな――失敬、一番体育会系な先輩に指摘されるとは。