Devil Master Limited

3-1.正面突破

そいつは、唐突に現れた。
少なくともイスラルアに集結していたテロリストには、そう感じたかもしれない。
何しろ入り口に大きな魔の気配が現れたと思う暇もなく、その入り口が派手な爆発音と共に吹き飛んだのだから。
「敵襲、敵しゅ、うごぇあッ!!」
悲鳴、怒号、断末魔。
アジトは、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
この街が初めてテロリストの襲撃にあった時のように。
今度はアジトが業火に包まれるのだ。

瓦礫と屍を乗り越え、アーシュラがアジトの内部に入り込む。
悪魔の背後からデヴィットも悠々とお邪魔した。
「やぁ、すごいな。まるで悪魔遣いの展覧会じゃないか」
ぐるりと見渡して、暢気な事を言う。
手前のアーシュラも周囲を一瞥し吐き捨てた。
『つまらんな。我と互角に戦える者は居ないようだ』
パーシェル救出劇は、入り口をアーシュラの魔力弾で吹っ飛ばす処から始まった。
正面からアーシュラ、時間差で裏口からランスロットが突撃する手はずになっている。
最初の爆発で、わらわらと建物の中にいた悪魔遣い達が集まってきた。
その数、ざっと目視で数えて十数名。
どいつも悪魔を従えて、殺気走った視線で身構えている。
「こんなに大勢で集まって、パーティでも開いていたのかい?」
デヴィットの軽口を誰かが遮る。
「な、何しに来やがった!誰かの依頼で、ここをブッ潰しに来たってのか!?」
「別に、ここに興味があるわけじゃないよ。ここにいるであろう人物に用があるだけさ」
デヴィットも言い返し、素早く視線を巡らせて建物の構造を頭に入れる。
今いる場所は玄関だ。
いや、玄関だった場所だ。先の一撃で、瓦礫の山と化している。
廊下の先には広い居間が、さらに奥には二階への階段が見える。
ベルベイらしき人物は、集まってきた中にはいない。
ラダマータやハムダッドの姿もだ。
これだけ派手に爆音を轟かせたのだ、まさか気づいていないということもあるまい。
奥で待ち受けているか、或いは既に逃亡したか?
「アーシュラ、連中が泡くって大物を呼びに行くまで大暴れするんだ。ただし、悪魔遣いは極力殺すなよ?あとで警察の厄介になるなんて僕は御免だからな」
既に何人か足下に転がる遺体を見ながら、デヴィットは、それでも一応忠告する。
対してアーシュラの反応は『くだらん』の一言で、悪魔はすぐさま行動に出た。
すなわち集まった悪魔遣いの懐に飛び込み、手当たり次第殴り倒すという凶行に。

正面玄関での爆音、もちろんラダマータもハムダッドも気づかないわけがなかった。
なにしろ巨大な魔力の高まりを一番に察知したのは、ハムダッドである。
だが彼が敵襲を告げる前に玄関が爆発したのだ。
体勢を整える暇もない。
階段の上から階下を見ただけで判る。
あの褐色の悪魔には見覚えがあった。
「あいつは破壊神アーシュラじゃないか!あんなのまで入り込んでいたってのかい」
バトル狂でマスターの命令は丸無視し、敵味方構わずブッ飛ばし、被害が出ようとお構いなし。
味方にも敵にも回したくない、とマイナスの意味で有名な遣い魔だ。
頭をかかえるラダマータの背後でハムダッドがボソリと呟く。
「鋼鉄のランスロットはCommon Evil所属の遣い魔であったな。ならば奴の仲間としてアーシュラが出てきたとしても、おかしくはない」
「連中、やっぱり何かの依頼を受けて?」
「これだけニュースになっていれば、誰が何の依頼を出したとしても不思議ではなかろう」
焦るラダマータとは対照的にハムダッドは冷静だ。
ラダマータもそれに気づき、彼に尋ねた。
「やけに落ち着いているじゃないか。何か勝算があるのかい?」
「いや」と短く答え、ハムダッドは階段の手すりに手をかけた。
「勝算はない。だが抵抗は出来る。出来る限り引き延ばすのだ。けして奴らには悟られぬよう」
「負け戦前提での諦めかい!」と吐き捨て、ラダマータは天井を見上げる。
ややあって大きく溜息を吐き出すと、どこか吹っ切れた調子で独りごちた。
「仕方ないねぇ。一枚噛んじまった以上、やるしかないか」
「お前は無理をするな」
彼女の前に出て、ハムダッドが階段を下りていく。
「遣い魔のいない悪魔遣いなんぞ奴らの相手にもなるまいよ。いざとなったら、お前は逃げろ」
そいつを軽口で受け流し、ラダマータも階段を下りる。
「逃げてもいいってんなら、最初から逃げているよ。判っている、あたし達の役目は足止めだ。任された以上、逃げ出すなんて出来ないさ。腰抜けだなんて言われちゃたまんないからね、アリューの奴に」

建物の表口では、なおも激しい戦いの騒音が聞こえている。
裏口は静かなものだ。
誰もいないし、ことりとも音がしない。静寂そのものである。
見張りまでいないとは、些か不用心ではなかろうか。
いや表の襲撃騒ぎで裏口の見張りも、そちらへ招集されたのかもしれない。
手元の時計を見つめていたエイジが小さく呟いた。
「……そろそろだな」
『では、我々も参りましょうか』
声がすると同時にエイジの隣の空間が、すっと真横に切り開かれて鎧甲冑が現れる。
間髪入れずランスロットは『いきます!』と叫び、裏口へ勢いよく体当たりをかけた。
木製の扉は木っ端微塵に砕け、今から表玄関へ向かうところだったであろう数人が「うぉっ!?」と驚愕の顔で振り向いた。
「てっ、てめぇ、しょうこりもなく!」
「鋼鉄のランスロットだと!?」
騒ぐ数名を、鋼鉄の悪魔は一気に槍で振り払う。
『せやっ!』
ぶぅんと風を切って振り回された槍が数人をなぎ倒し、壁に叩きつけて気絶させた。
一撃だ。遣い魔を呼び出す暇もない。
与えてやるつもりもランスロットにはなかった。
アーシュラが殆どの敵を引きつけているとはいえ、次元切断は極力控えていきたい。
この建物には、まだハムダッドが残っているのだ。
ラダマータの遣い魔がどうなったのかは、ランスロットも知らない。
エイジの深層から追い出されて亜空間へ戻ってきた時、彼女の姿は何処にもなかった。
もしかしたら、亜空間へ置き去りにしてしまったのかもしれない。
それでも構わないとランスロットは思った。
エイジに手をかけるほうが悪いのだ。
あんな淫乱な悪魔は居なくなったほうが世の中の為になる。
本気で、そう考えた。
「ランスロット、二階だ!」
エイジの声で現実に引き戻されたランスロットは次の瞬間、エイジを抱えて大きく横っ飛びする。
直後、二人のいた場所に無数の矢が降り注ぐ。
射ったのは悪魔だ、天井近くに浮遊する。
『チィッ、見かけより動きの素早い!』
背中に黒い羽を生やした悪魔だ。
そいつが弓矢を手に悪態をついている。
ここに野良悪魔がいるはずもないから、誰かの遣い魔であろう。
エイジは周囲を素早く見渡し、マスターと思わしき相手を見つけた。
階段を下りた先、壁際でしゃがんでいる。
大方隠れているつもりだろうが、鎧甲冑の肩から見下ろした位置では丸見えだ。
「ランスロット、階段横!」とエイジが指示するや否やランスロットの槍が壁を貫き、反対側で「ぐぁっ!」と男の悲鳴があがる。
『マスター!』
慌てて戻ろうとする遣い魔をもランスロットの槍が一薙ぎし、ギャッと叫んだ悪魔は激しく天井に叩きつけられ、ぐしゃりと嫌な音を響かせた。
「うっ、うわあぁぁっ」と情けない悲鳴をあげて、残った連中が廊下を逃走する。
だが表口へ向かったところで、そちらには破壊神と呼ばれた血も涙もない悪魔――アーシュラが待ちかまえている。
『エイジ様、追いかけますか?』
ランスロットの問いに「いや」と短く首を振り、エイジは答えた。
「それより二階を調べよう。伏兵が隠れているかもしれん」
『了解です』
ガシャンガシャンと鋼鉄の音を響かせて、ランスロットは階段を登っていった。

ランスロットが突入するよりも数分ほど前、デヴィットとアーシュラの二人は大物と対峙していた。
「ハムダッドさん、遅いですよ!早くあいつをやっつけて下さい!!」
ハムダッドとラダマータが来た途端、有象無象の雑魚どもが大喜びしていたから間違いない、この二人は本物だ。
デヴィットはアーシュラの動きを制し、ひとまず二人へニヤニヤと笑いかけた。
「噂に名だたるTVスターと、こんな場所でお会いできるとは光栄だね。これは何かのロケなのかい?それにしちゃあギャラリーも舞台も貧相だけど」
貧相なのは本人達の格好もだ。えらく質素な身なりである。
ハムダッドなどは、言われなければ彼がTVでお馴染みの悪魔遣いだなんて判らないだろう。
軽口には取り合わず、ハムダッドはジロリとデヴィットを睨みつけた。
「貴様がテロ紛争に首を突っ込むとはな。会社の手ぬるいやり口に嫌気がさして、仲間になりにでもきたか?」
「テロ紛争ねぇ」
ニヤニヤ笑いを崩さず、デヴィットも言い返す。
「どうも噛み合わないんだよな。君達みたいなTVスターの大物が、なんで悪魔王国なんてもんに心を動かされたのか」
「あんたに聞かれるとは思ってもみなかったねぇ」と、それまで黙っていたラダマータが口を挟む。
彼女も、いつもの格好ではない。
長袖を着込み、下は黒の羊毛パンツだ。色気のイの字もない。
「あんたは一番企業に不満を持っていると思っていたよ」
「どうして、そう思うんだい?」と、デヴィット。
「あんたの遣い魔は凶暴だからさ。殺さず倒す、会社の方針には嫌気が差しているんじゃないのかい」
「それに」とハムダッドが言葉を引き継ぎ、デヴィットの傍らで腕組みする悪魔を見やる。
「馬車馬の如くこき使われる人生にも飽き飽きしているのではないか?」
「そいつを悪魔国家が解消してくれるってのか?自給自足で悪魔遣いだけの王国が成り立つとでも?」
ハハッと笑い、デヴィットは肩をすくめた。
「夢物語だね」
無理に決まっている。
デヴィットでなくても誰でも、そう考えるはずだ。
あれだけ大々的に報道された今、ここへ政府軍が攻め込んでくるのは時間の問題だ。
悪魔遣いと戦う為に、政府が悪魔遣いを雇うことも重々考えられる。
そうなれば実力は五分と五分。
数の分だけ政府軍が優勢であろう。いずれは攻め落とされる。
それに――それに、とデヴィットは、かぶりを振った。
会社での待遇に不満はない。
現状には満足している。不満だと思ったこともない。
誰かに使われる人生というが、どんな職業にも、そいつは付きまとうじゃないか。
誰かに使われることで、労働が収入に変換されると言い換えたほうが判りやすかろう。
自給自足でも暮らしていけないことはない。
だが、より豊かな生活を目指すのなら誰かに雇われたほうが近道だし、懐の暖まり具合も段違いだ。
デヴィットには今の生活を捨てる気なんて、更々なかった。
ここより待遇のいい会社を他に知らない。
ましてや自給自足で畑を耕す趣味も、自分にはない。
「僕は君達と違って貧乏人なんだ。日々を生きていくのに精一杯でね。セレブの世界に飽きてテロリストごっこをやっている君達と一緒にしないで欲しいなァ」
「交渉決裂か」
ハムダッドが低く呟き、デヴィットも頷き返す。
「ということだね」
両者は同時にバッと後ろへ飛び退り、ハムダッドが相棒へ声をかける。
「ゆけ、レトフェルス!」
デヴィットが命じる前に黒い影が、さっと目の前を横切った。
床から飛び出してきた何かと正面きってぶつかり合い、お互いに間合いを外す。
「さすがだね、僕の危機に気づいて来てくれるとは」
『黙れ』と一言で切り捨てると、アーシュラはレトフェルスを睨みつけた。
こいつの能力は知っている。
デヴィットに教えてもらったが、敵の影を食って意のままに操るらしい。
面白い。
雑魚の相手は飽き飽きしてきたところだ。
『勝負だ』
油断なく身構えるアーシュラへ、同じく身構えたレトフェルスが応える。
『ルーキーが相手か。準備運動には、ちょうどいい』
言うが早いか床に潜ろうとする悪魔を、アーシュラが疾風の勢いで押さえ込みにかかる。
だが両手は空を切り、レトフェルスの姿はかき消えた。
床に潜ったのではない。あの動作は偽装だ。
床に潜ると見せかけて、姿を消して隠れているだけだ。
デヴィットは、そうアーシュラに指示を与えようと思ったが、相棒のほうが動きは迅速であった。
『無駄だ!』
手当たり次第に魔力弾をぶっ放し、見境のない攻撃に「ひぃっ!」とラダマータが悲鳴をあげる。
ハムダッドも顔をしかめ、物陰に転がり込んだ。
「チィッ。噂通り、とんでもない破壊魔だな」
物陰に隠れてから、不意にデヴィットの姿を見失ったことにハムダッドは気づく。
先ほどまでニヤニヤ顔で立っていたはずの奴は何処だ。
遣い魔を放って他の場所へ行くとは考えにくいから、玄関の何処かには居るはずなのだが――
廊下を見渡しても、奴がいない。
そうこうするうちに天井が崩れてきて、ハムダッドは「むぅっ」と身をひねって瓦礫をかわす。
「レトフェルス!早期に決めろ、影を食え!!」
怒鳴ったが、崩れた壁やら天井のせいで、もうもうと粉塵の立ちこめる状態では影を食うどころの話ではない。
しまった。奴め、手当たり次第にぶっ放していると見せかけて、これが真の狙いだったのか?
いや――再び落ちてきた瓦礫を避けて、ハムダッドは考え直す。
あれは素だ。
何も考えずに、ぶっ放しているだけだ。相手を燻り出す為だけに。
本当に計算尽くでやるつもりなら、己のご主人様まで巻き込む位置で発動したりすまい。
そのご主人様は、とっくに姿をくらましたようだ。
こうなることを予期していたかのように。
「じょ、冗談じゃねぇ!生き埋めはごめんだ、逃げろーッ!」
誰かが廊下で叫び、何人か、裏口へ突進していく。
表玄関にはアーシュラが立ちふさがっているので、逃げるなら裏口しかない。
だが、すぐに逆方向から走ってきた連中と廊下で鉢合わせ怒号が飛び交った。
「何してやがる!邪魔だ、どけッ」
「こ、鋼鉄のランスロットだ、鋼鉄のランスロットが出やがった!」
――鋼鉄のランスロットだと?
間の悪い時に、やってきてくれたものだ。
いや、二人が打ち合わせて襲撃してきたとしたら、なんらおかしなことではない。
先ほど自分で、そう言ったばかりではないか。
隠れられる領域の少なくなってきた壁際に身を縮め込ませ、ハムダッドは必死で頭をフル回転させる。
奴らは、一体誰の依頼で動いている?
政府軍の依頼にしては、到着が早すぎる。
否、政府はまだ動いてもいないのだ。依頼を受けられるはずがない。
「冗談じゃないよ!」と、ラダマータの口からも悪態が飛び出す。
足止めを引き受けるとは言った。
言ったが、しかし命をかける戦いになるとは思ってもみなかった。
デヴィットの予想通り、ラダマータもハムダッドもセレブの世界には飽き飽きしていた。
そこへ話を持ちかけてきたのがアリューだ。
彼の広げた大風呂敷は夢物語であったが、同時に今までにないスリリングな匂いを感じさせた。
だから、乗った。協力を約束した。
彼の計画が完成するまでの時間稼ぎ役を、引き受けた。
テロリストを偽装すれば、政府軍がやってくるだろうと踏んでいた。
政府に雇われるような悪魔遣い如き、自分達の敵ではない。
軍を倒せば、さらに知名度が跳ね上がる。
日頃政府に恨みを持つ奴らが依頼を持ちかけてくるかもしれない。
そういったメリットも含めての協力だったのだが、まさか、たった二人の使役悪魔にしてやられるとは。
表口にアーシュラ、裏口にはランスロットを迎えて今やアジトの中は、てんやわんやだ。
所詮、儲け口にあぶれた三下悪魔遣いの集団である。
ラダマータ、ハムダッド、ウォンの三人を除けば。
「潮時、か――?」
呟いたハムダッドは身を起こす。
その瞬間を狙ったかのように、魔力弾が彼のいる壁に直撃した。
「ぐぁっ!!」
避けきれず、まともに瓦礫をくらったハムダッドが倒れ込む。
レトフェルスが叫んだ。
『ハムダッド!!』
叫んだ直後、悪魔も、くぐもった悲鳴をあげて宙に浮く。
姿を消したままだというのに、何者かに頭を掴まれた。
何者かなんて言うまでもない、掴んできたのはアーシュラだ。
爪がギリギリとレトフェルスの頭に食い込んでくる。
瞬く間に血が滲み、額に垂れてきた。
『グ、アッ』
じたばたと藻掻くが、悲しいほどの身長差がレトフェルスを自由にさせてくれない。
レトフェルスよりアーシュラのほうが遥かに大きい。
そいつが爪を食い込ませ、頭を掴んでいるのだ。
簡単に振りほどけるものではない。
『どうした。お得意の影食いとやらは使わんのか?』
もうもうと立ちこめる粉塵を見つめ、レトフェルスは言い返した。
『この状況の、どこに影があると、グァッ』
爪が肉を穿ってくる。
脳味噌まで届くんじゃないかというぐらい、深く、強く。
アーシュラの顔が怒りで歪む。
『ルーキー風情とでかい口を叩いた割に、この程度か。つまらんクズだ、貴様は』
「ハイ、そこまでだアーシュラ。駄目だよ、殺したりしちゃ。相手は有名人の遣い魔だからね、殺したりしたら請求書の山が来ちゃうぞ」
どこかでデヴィットの声が聞こえたが、アーシュラは当然のように無視した。
力いっぱい手の中のものを握りしめる。
『生きる価値もないクズだ。死ね』
ぶちゃっとレトフェルスの頭が潰れ、緑の血がピチャンとアーシュラの頬に跳ねる。
だらんと力なくレトフェルスの体が垂れ下がった。
断末魔をあげる暇もなく、哀れ影食いは絶命してしまった。
ルーキーと侮っていた使役悪魔如きに。
「あーあ、やっちゃったよ。ま、暴走した遣い魔のせいで、僕の責任じゃないよな」
無責任なあるじが小さく呟き、撤退を命じてくる。
「そろそろラングとカゲロウが上手くやった頃だろうし、僕達はおいとまするとしようぜ」
アーシュラは命令を無視し、壮絶な笑みを浮かべた。
『まだだ。まだ暴れ足りぬ。建物を崩壊するまで暴れ尽くしてやろうぞ』
「コラコラ、いい加減にしろよ。建物は崩壊させちゃ駄目だって。作戦を忘れたのかい?僕らは所詮、陽動だ」
軽口を叩いて、デヴィットが粉塵立ちこめる中を歩いてくる。
どこに隠れていたのか、彼は無傷だった。
ついでに滅してくれれば、一石二鳥だったものを。
「あんた達、一体誰の依頼を受けてやってきたのさ!?」
ヒステリックに喚くラダマータを一瞥し、デヴィットは肩をすくめた。
「だから、依頼じゃないんだって。いや、一応依頼ではあるかな?けど、あんた達を倒せって内容じゃない。僕らの目的は最初から、ただ一つ。人捜しさ」
ハムダッドの声が聞こえないけれど、まさか死んでしまったのではないか。
彼のいた場所に目を向け、デヴィットは小さく嘆息した。
辺り一面、瓦礫の山だ。
その瓦礫に埋もれるようにして、呻いている老人が見える。
大丈夫、良かった、生きている。
生きてはいるが、現場復帰は遅くなりそうだ。
体の半分が瓦礫に埋まっているのでは。
いや、遣い魔が死んだのでは現場復帰どころじゃない。即引退だ。
だがまぁ、悪いのは彼自身だ。僕のせいじゃない。
デヴィットは、もう一度溜息をついた。