Devil Master Limited

2-8.誓いを

『――はっ!?』
完全に燃え尽きて意識が途絶えた後、再び目覚めたランスロットが勢いよく身を起こすと、そこはまだ亜空間の中で、傍らにはパーミリオンと、それから困ったような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべたエイジが座っていた。
『あ……私、消滅していない……?』
自分が服を着ているのにも気がついた。
エイジも裸ではない。
ちゃんと、ここへ来る際に着ていた衣類を纏っている。
「俺を助けてくれたのは、お前だと聞いた」
エイジが話し始めたので、ランスロットは注目する。
「パーミリオンが教えてくれたんだ。俺は、お前に助けられてばかりだな……いつもありがとう」
ぺこりと頭を下げるご主人様には遣い魔のほうが恐縮して、『いいえ、そんな!あるじを守るのは』と言いかけるも、エイジの言葉には続きがあったようで、それに気づいたランスロットは口をつぐんだ。
「この任務が終わったら、お前に伝えたいことがある」
一体何を告げるつもりだろう。
いや、任務が終わるまで待てだなんて、待てるわけがない。
今すぐ聞きたいランスロットは、エイジに掴みかかる。
『エイジ様ッ。それじゃ、まるで死亡フラグです!言いたいことがおありでしたら今すぐ申し上げて下さいませ!!』
「し、死亡フラグ?」と困惑するエイジの腕を取り、なおも追いすがった。
『エイジ様、エイジ様が私を呼び出してくれない間、すごく不安だったんですよ?今回は上手くいったからいいですけど、こんな事が何度もあったら、私、心配しすぎて心が潰れて死んでしまいます。ですから、伝えたいことがあるんでしたら一緒にいる今、教えて下さい。もう二度と、連絡が取れなくなるのは嫌ですから!』
ちょっとばかり泣きそうな顔を見せただけで、あっさりご主人様は折れてくる。
「ん、わ、判った……では、言おう」
言いかけて、パーミリオンをちらりと見る。
空気を察して、彼女が頷いた。
『先に戻っているわ、出口まで』
ふわりと浮かぶと、ハイスピードで元来た方角を飛んでいく。
あっという間に姿が見えなくなった。
完全に気配を遠方に感じるようになってから、改めてエイジが咳払いする。
「んん、ゴホンッ。では……言うが……」
いやに勿体つけるご主人様を、期待に満ちた目で見つめるランスロット。
「これもパーミリオンから聞いたんだが……お前は俺の心の中を見たそうだな?ならば、俺の気持ちがどうであるかも知ったはずだ。だが、俺はあえて実体に戻った今、改めて実体のお前に言っておきたい」
一旦言葉を切り、しばらく視線を彷徨わせていたが、やがて決心がついたのか、エイジは真っ直ぐランスロットを見つめて続きを言った。
「お前が好きだ。初めて出会った時から今に至るまで、ずっと。老人達が何を言おうと知ったことか。悪魔遣いの職を剥奪されても構わない。たとえ契約が解除されたとしても、お前と離れるつもりはない。この愛は永遠だ」
やはり本人の口から直接言われるのと、パーミリオンの推測を聞かされるのとでは全然違う。
ランスロットの心臓はバクバクと激しく脈打ち、自然と頬が熱くなる。
エイジも頬を紅潮させ、額に汗をにじませて、恥ずかしがりながらも目は真剣にランスロットを見据えている。
「お前は永遠に俺のものだと言ったそうだが、俺には、その記憶がない。改めて、聞かせてくれないか?お前の気持ちを……本心を、俺に」
間髪入れずにランスロットは答えた。
『す、好きですっ!初めて会った時から好きでした!!』
言ってから、そうじゃない、好きになったのは随分後だと思ったが言葉の勢いは止まらない。
『もちろん、その、恋愛対象として!私は永遠に、死ぬまで、身も心もエイジ様のものです!いつまでも、ずっとずっと、おそばに居させて下さいっ』
「当たり前だ」と頷き、ぎゅっとエイジが抱きしめてくる。
逆らわず、ランスロットはエイジの胸に身を任せた。


暗闇をくぐり抜け、ラングリット達の隠れる場所へエイジと悪魔二人が顔を出す。
三人は不思議な場所にいた。
波止場だ。砂漠の中に、ぽつんと波止場がある。
「おっ。戻ってきたな、おはようさんエイジ」
ラングリットに片手をあげられ、照れくさそうにエイジも手をあげ返す。
「心配をかけて、すまなかった」
珍しい物を見たとでも言いたげなデヴィットに「何か?」とエイジが尋ねると、デヴィットは「いぃや、別に?」と首を振りニマニマ笑う。
「君がどんな淫夢を見ていたのかって考えただけさ」
『エイジ様に不埒な台詞を吐くのは許しませんよッ』
途端にギャンギャン騒ぎ出すランスロットを手で制し、カゲロウが命じる。
「それより君は一旦魔界へ引っ込んでください。敵に気づかれる恐れがあります」
まだ言い足りなかったけれど彼の言うことは一理あり、渋々ランスロットは空間を開いて戻っていく。
ただし去り際、エイジへ『アジトへ出向く際には、ちゃんと呼び出して下さいね』と念を押すのは忘れなかった。
パーミリオンもカゲロウの影へ潜り込み、悪魔の気配が消えたところでラングリットが話を再開する。
「エイジ、俺達は連中のアジトへ乗り込む算段を考えていたんだ」
連中というのは、もちろんテロリストの事だ。
目的はパーシェル奪還。
だがランスロットの乱入により奪還はエイジを優先したと語り、ラングリットがエイジを見やる。
バルロッサとは相変わらず連絡が取れない。
アジトで彼女を見かけなかったかとラングリットに尋ねられ、エイジは首を真横に振った。
「すまない、俺が囚われたのは一瞬の出来事だったんだ。あの大勢の中にバルロッサがいたかどうかも覚えていない」
「そうか……うん、まぁ、そんなところじゃないかと思ったよ」
うんうんと何度も頷き、ラングは少し声のトーンを落としてエイジに頭を下げる。
「謝るのは、こっちもだ。エイジ、お前が捕まったのはクィーンリリスの能力を教えておかなかった俺達のミスだ」
「いや、俺が捕まったのは俺自身の油断だ」とエイジも言い返し、ラングの頭を上げさせる。
「悪魔を出さないでいれば、話し合いだけで済むと考えたんだ。まさか無抵抗の者に悪魔を仕掛けてくるとは思わなかった」
「そりゃ確かに油断だね」と、デヴィット。
「相手はテロリストなんだぜ?軍隊もないような街を襲って占拠する連中だ。そんな連中が大人しく君の話に納得すると思っていたなんて、お人好しすぎるよ、君は」
エイジのいない場では、しおらしい反省を口にしていたはずの彼だが、今は本調子で肩をすくめたりしている。
カゲロウは、よっぽど茶化してやろうかと思ったが、エイジが先に口を開いた。
「あぁ、その通りだ。手間をかけさせてしまって本当にすまなかった」
何度も素直に謝るエイジに調子を狂わされたのか、ポリポリと頬をかき、さすがの皮肉屋も言葉を濁す。
「いいんだよ、そんなに謝らなくても。君が無事で戻ってきたんなら、さ」
話の方向を変えて通りの向こうへ視線をやる。
「改めてパーシェル奪還といこうじゃないか。僕のアーシュラとエイジのランスロットがいるなら、奇襲もやりやすくなったんじゃないか?」
いや、とラングが首を振って異を唱える。
「連中はエイジがいなくなったのに気づいたはずだ。防衛が固められていると見た方がいいな」
「固めたところで、どうせ烏合の衆だろ」とデヴィットもやり返し、エイジを振り返った。
「注意すべきはラダマータの連れているクィーンリリスぐらいじゃないのか?それだって、アーシュラが間合いをつめて一撃必殺で殴れば楽勝さ」
エイジは緩く首を振り、訂正する。
「ラダマータだけじゃない。アジトにはハムダッドもいた」
「ハムダッド?影食いもアジトにいるってのかよ!」
ラングは天を仰ぎ、カゲロウが彼に尋ねる。
「影食いの能力は?検索で出てこない極秘業界情報、彼にもありますか?」
「いや、検索で出てくる以上の情報は僕達も知らないよ」と答えたのはデヴィットだ。
影食いの異名を持つハムダッドの遣い魔は、名をレトフェルスという。
相手の影を食い、思いのままに操る。
要は影の出来る場所で戦わなければいいのだが、上手いこと影の出来ない場所に奴を誘い出すのは難しい。
光が当たれば影は出来る。
なら、光のない場所へ彼を誘いこむには――?
「影食い対策なら一計がある。それより俺とデヴィットが敵を引きつけている間、カゲロウとラングリットはパーシェルを探してくれ」
エイジは言い、ちらりとデヴィットを見て付け足した。
「ただし息の根は止めなくていい。二人のどちらかにはベルベイの足取りを聞かねばならん」
「OK、やりすぎないようアーシュラには釘を刺しておくよ」
デヴィットは気軽に引き受け、指で丸を作ってみせる。
奇襲作戦は、まとまった。
最初にアーシュラが正面から突撃する。
戦闘が始まった数分後には、裏口からランスロットが突貫する。
前後で挟み撃ちにするのだ。
お互い狙いの敵を誘導したら、騒ぎに紛れてカゲロウとラングも侵入する。
「パーシェルの気配、君は判るのかい?」
デヴィットに聞かれ「完全に判るってんじゃないが」と前置きしてから、ラングが答える。
「俺には、こいつがある。これを開けばパーシェルが反応するはずだ」
懐から取り出したのは猫缶、スーパーでも売られている猫の餌だ。
缶の横側には【ニャンニャン印・極上まだらフレーク】と書かれている。
「猫缶?」
「ふざけている場合じゃないぜ?ラング」
首を傾げる仲間に向かって、ラングリットはウィンクした。
「ふざけちゃいないさ。パーシェルは、こいつの匂いが大好きでな。どんな状態にいようと、これの匂いがすれば一発で目を覚ます」
「ふーん、君のとこの遣い魔は、なんというか……ま、いいや。とにかく救出は君達に任せるから、しっかりやってくれよな」
ジト目になりながらも、デヴィットは話を締めると全員の顔を見渡した。
「それじゃ、行こう。善は急げっていうしね、パーシェルがいつまでも無事とは限らないし」
「だから行く前に不穏な事を言うのは、やめろってーの!」
ラングリットの文句を背にデヴィットは、さっさと歩き出す。
エイジ達も彼の後を追って歩き出した。

エイジが部屋の中から忽然と消えてしまったのは、既にテロリスト全員が知るところとなっていた。
扉を施錠していたのに中の人物が消えるなんて、原因は一つしか思い当たらない。
「鋼鉄のランスロットね。やつは単騎で動ける悪魔だったのよ、マスターの召喚を必要としない」
ぎりっと歯を噛みしめるラダマータに、ハムダッドの突っ込みが入る。
「遣い魔が単騎で行動するのは、悪魔遣いの規約に反するのではないか?」
「馬鹿ね、悪魔が人間の定めた規約なんて守るもんですか」
とても悪魔遣いとは思えぬ言葉をラダマータが吐き、腹いせまぎれか近くにあったソファを蹴りつける。
「もうエイジの淫夢は解かれているはず……なのにクィーンリリスが戻ってこないってのは、どういうことなの?」
苛立ちには人質を逃がした以外にも、あった。
己の遣い魔が消息不明となってしまったのだ。
何度ラダマータが呪文を唱えても、姿を現さない。
今、この状態でランスロットに襲われたら、対抗できるのはレトフェルスぐらいだ。
他の仲間は弱すぎて話にならない。
鋼鉄のランスロットは第三級、まともに戦っても手強い悪魔なのである。
「最深層まで入り込んでいたのだったな。もし、そこで予想外の攻撃を受けたら、どうなる?」
ハムダッドに問われ少し考えた後、ラダマータが答える。
「そうさね……攻撃の度合いにもよるけど、強い魔力で吹き飛ばされたら意識を失うかもしれない」
攻撃を受けた場所も気にかかる。
この街の何処かなら、まだ探しようもある。
しかし、もし亜空間で攻撃を受けたのなら。
空間を切り開ける悪魔以外、探しようがない。
エイジを連れ出したのはランスロットだ。断言してもいい。
だとすれば、エイジの淫夢を解いたのもランスロットがやったと見ていいだろう。
淫夢を解ける能力がランスロットにあるのかは知らないが、エイジが単身で此処へ来たとも限らない。
テロリスト殲滅を、もし彼が引き受けていたとすれば、仲間がいると考えたほうがいい。
哀れ、クィーンリリスは亜空間に閉じこめられてしまったか。
口にこそ出さなかったがハムダッドは自身の考えに納得すると、己の遣い魔を呼び出した。
「レトフェルス」
むくむくと影が動き人の形を作ったかと思うと、ハムダッドを遥かに越える巨漢が姿を現す。
『出番か、マスター』
「うむ、お前の助力を必要とする時期がきた。相手は鋼鉄のランスロットだ、出来るか?」
巨漢は浅く腰を曲げて会釈をすると、ニヤリと口元をねじ曲げる。
『出来るかと聞くのは小者への質問だ。勝負は先手必勝、違うか?マスター』
「頼もしいねぇ」
皮肉か本気かラダマータが呟くのへは、ハムダッドも短く応える。
「奴に勝つには先手を打つしかあるまい。レトフェルスの言うとおりだ」

――だが、彼らは一つ見落としていた。
いや、不覚にも忘れていた。
エイジの所属する会社、Common Evil。
その会社には、エイジなんか足下にも及ばないほど凶悪な悪魔遣いが、かつて猛威をふるっていた事を……