Devil Master Limited

2-6.悪夢への誘い

足跡が迫ってくる。
一旦立ち止まり、なにやら小声でボソボソ会話が聞こえた後、バタンと何処かで扉の開く音が聞こえた。
連中は一軒ずつ家捜しを始めることにしたようだ。
ジェイムズが、どうするつもりだと目で問いかけてくる。
それには答えず、エイジは息を潜めて外の様子を伺った。
足音は全部で五人。明らかに誰かを捜している。
時折何事か言い合っているが、声が小さすぎて何を言っているのかまでは聞き取れない。
だが廃屋での人捜しとなると、連中に探されている人物は限られてくるのではないか。
もし、あの二人組が仲間に報告したとしたら。
連中は、ここまで探しに来るだろうか。
エイジの視線は自然とジェイムズに止まり、ジェイムズもまた、エイジを見つめ返す。
見つめあううちに、ジェイムズの息づかいが荒くなっていくる。
こんな時に興奮するとは大した度胸だ。
ドン引きしたエイジは視線を外すと、再び足音の様子に集中した。
先ほど入った家の捜索は終わったらしく、今度は少し遠ざかった場所で扉の開く音がする。
どれと正確にアタリをつけた捜索ではない。
しかし、手当たり次第というわけでもない。
もしかしたら人の隠れられる家と、そうでない家が存在するのかもしれない。
それを、彼らは知っている――?
なら、ここの扉が開けられるのも時間の問題だ。
五つの足音が遠い廃屋へ全員分入ったところで、エイジは行動を起こした。
素早く扉の隙間から表に飛び出すと、一気に逆方向へ走り出す。
物音に気づいた何人かが「いたぞ!」だの「逃げやがった!」だのと叫ぶのを背中に聞きながら。


「――あれ」
「おっ!デヴィットじゃねぇかっ」
道を何度か切り替えた先で、デヴィットはラングリットとばったり再会した。
背後にはカゲロウもいる。
二人一緒ということは、ラングが彼を救出したのだろうか。
「デヴィットさん、酷いじゃないですか。どうして僕を見殺しにしたんです?」
息を切らせながらカゲロウが問うのへは「僕にメリットがなかったからに決まっているだろ」と非情な一言で切り返すと、やはり息を切らせているラングリットへ話しかけた。
「どうしたんだ?二人とも走ってきたみたいだけど、誰かに追われているのかい」
「いや、追われていたわけじゃない」とラングは答え、周囲に素早く視線を巡らせる。
誰もいないのを確認してから話し始めた。
「パーシェルが連中に捕まったかもしれんのだ。そいつを確かめに、大通りへ戻るところだった」
「パーシェルが?」
眉をひそめるデヴィットには、カゲロウが補足する。
「遣い魔と別行動を取っていたそうです、それで」
「あぁ……なるほど」
パーシェルの能力は猫道――
となれば、ラングリットは迷わずパーシェルを呼び出すに決まっている。
猫道は正しい道をはじき出すのに、もっとも適した能力だ。
悪魔の気配が発生すれば、テロリストに見つかる確率も当然高まる。
連中というのは、テロリストだ。
ラングリットはテロリストと遭遇したのだ。
一対一なら、パーシェルでも勝ち目はあっただろう。
だが、相手が複数名だったなら?
ラングリットの取った手を考え、デヴィットは彼を責め立てる。
「遣い魔を囮に使ったのか?ダメだろ、君のパーシェルは諜報担当なのに。戦いを仕掛けられたとしても、相手にしないで猫道を使って逃げればよかったんだ。そうすれば、今よりはマシな状況になったはずだよ」
「面目ねぇ」と、この時ばかりはラングリットも神妙に謝り、だからこそ、と付け加える。
「今頃パーシェルは泣いているはずだ。俺がいないと、てんで駄目な甘えん坊にゃんこだからな。あいつを助けられるのは、俺しかいない」
「そうかな?」と、デヴィットが眉をひそめる。
「遣い魔もなしに、君一人で悪魔遣いの集団へ突っ込もうっていうのかい?無謀にも程があるよ」
「えぇ、ですからデヴィットさん、あなたかバルロッサさんに連絡を取ろうと思っていたんです」
カゲロウが引き継ぎ、デヴィットとラングリットを交互に見つめて微笑んだ。
「うまいタイミングで合流できましたね。これでパーシェル救出が可能になりました」
ラングリットとしてはデヴィットよりバルロッサに協力を頼みたかったのだが、仕方ない。
依然としてバルロッサの携帯には電話が繋がらないし、何より、こうして話しているだけでも時間が惜しい。
「カゲロウくん、君の悪魔は救出劇で使い物にならないのか?」
デヴィットに問われ、カゲロウは肩をすくめる。
「僕の遣い魔も、どちらかというと潜入担当ですからね。戦闘は苦手です」
「やれやれ」と大袈裟に溜息を吐き出し、デヴィットは悪態をついた。
「戦闘担当は僕とバルロとエイジの遣い魔ってわけか。そして残り二人は音信不通……仕方ない、僕も手を貸すよ。どのみち連中とは接触しなきゃベルベイの情報も掴めない事だしね」
いかにも渋々といった言い回しだが、デヴィットは薄く笑っている。
本音じゃ、まんざらでもないのだ。
二人もの仲間に頼られて嫌だと感じる奴は、そういまい。
「そいつは、ありがたいぜ」
あまり有り難く思っていなさそうな表情ではあったものの、ラングリットが礼を言う。
カゲロウは最後のスイッチを踏む前に、先輩二人へ確認を取った。
「ここを開けば大通りへ出ます。行きますか?」
「あぁ――いや、ちょっと待って」
「よし、行こう」
デヴィットとラングリットの返事が重なり「なんだ、なにがちょっと待てなんだ?」とラングがデヴィットに尋ねる。
デヴィットは浮かぬ顔で、ちらりと背後へ視線をやり、「あぁ、いや、なんでもない」と首を振った。
不可解な態度に首を傾げたのは一瞬で、すぐにラングリットが場を仕切る。
「いくぞ」
カゲロウもデヴィットの様子が気になるようであったが、「はい」と返事をしスイッチを強く踏んだ。


――どこをどう、走り回ったのか。
色も順序もお構いなしに手当たり次第スイッチを踏み、エイジは迷路のような街を駆け抜ける。
しかし追ってくる人影を撒くことは叶わず、袋小路で追い詰められた時には追っ手の数は五人から十人に増えていた。
ぜぇぜぇと息を切らし、追っ手の一人がエイジを睨みつける。
「予想以上に足が速いじゃないか。だが、もう逃げ場はねぇ」
エイジも肩で息をしながら追っ手の様子を、じっと眺めた。
横一列に並ばれて一分の隙もない。
どうする。
ランスロットを呼び出して目の前の連中を片付けるか、それとも大人しく連行されるか――?
エイジの決断は早かった。
「お前達は、俺が誰なのか知っていて追いかけてきたのか?」
今はまだ、戦う瞬間ではない。
ランスロットを呼び出せば一発でカタがつく。
だが、彼らとの関係は悪化するだろう。
自分はテロリストと戦いに来た訳ではない。
ベルベイの足取りを聞き出したいだけだ。
「知っているさ!」と一人が叫んだ。
「エイジ=ストロン、鋼鉄のランスロットのマスターだろうがッ」
鋼鉄のランスロット?と聞き返しそうになって、エイジは口をつぐむ。
同業者から己の遣い魔が、そのような異名で呼ばれている事を、今、初めて知った。
鋼鉄のランスロットか。
悪くはない、如何にも強そうじゃないか。
エイジの口元に浮かんだ笑みを見て、テロリストの一人が怯えた声をあげた。
「よ、余裕ぶっこいてんじゃねーぞッ!?や、やろうってんなら相手になんぞ、コラァ!」
そいつを「待て」と制すると、エイジは追ってきた面々の顔を見渡した。
「俺は、お前達と戦うつもりはない。話の通じる者にあわせてくれ、少々聞きたいことがある」
一同に動揺が走る。
最初に話しかけてきた奴が聞き返す。
「どういうことだ?あんた、誰かの依頼を受けて俺達を倒しにきたってんじゃないのか」
「あぁ」とエイジは頷き、両側へ近づいてきた者に大人しく腕を取られた。
「人を探しているだけだ。とにかく、お前達のリーダーに会わせてもらおう」
リーダー格なら知っているはずだ。
メンバーに誰がいて、どこに配置されているのかを。
そして、本拠地が何処にあるのかも必ず知っている。
雑魚に関わるのは時間の無駄だ。
十人に囲まれるようにして、エイジは歩き出した。
連中の立てこもる建物を目指して。

エイジを捕まえる――
そう命じられて出て行った連中が戻ってきて、彼らの連れてきた相手を見てバルロッサは息を呑む。
エイジが、まさか、いとも簡単に捕まるとは!
ランスロットは呼び出さなかったのか、しかし何故?
皆が外へ出て見守る中、一歩前に出て「そこで止まりな!」と叫んだのはラダマータだ。
ぎりぎり手の届かぬ間合いの外で立ち止まったエイジを残し、下っ端がさぁっと脇へ下がっていく。
ハムダッドも前に出てきて、エイジに問いかけた。
「若造が。幾らで仕事を引き受けた?」
ハナから用事はテロリスト殲滅だと決めつけてかかる相手に、一歩も退かずにエイジが答え返す。
「違う、依頼で来たんじゃない。人を探しているだけだ」
「探し人だってぇ?」
横合いからラダマータが口を挟む。
「そうやって油断させて隙を突くのが、あんたのやり方かい?強い遣い魔をお持ちの割には、やることがせこいねぇ」
挑発には乗らず、エイジは続けた。
「ベルベイ=ナイヴ、女性の悪魔遣いだ。遣い魔の名前はアリュー。ここイスラルアで姿を目撃されたとの情報を掴んでいる。ミス・ドラグナー、あなたも一緒にいたという話だが」
ラダマータに視線を移すも、彼女に動揺は見られない。
ベルベイの名前にも一切反応しなかった。
よほどのポーカーフェイスなのか、それとも本当に知らないのか。
「知らないねぇ、そんな女。それに、あんたの言い分が正しいって確証もないしね」
知らないはずはない。
目撃者は人間ではない、悪魔だ。
どこぞの遣い魔がラダマータとベルベイだと、はっきり認識しているのだ。
悪魔は人間よりも視力と記憶力が格段に良い。
それにラダマータは超がつくほどの有名人だというではないか。
見間違えは、ないと見た方がいいだろう。
遣い魔が嘘をつくとも思えない。
彼らが同業者を騙すメリットが見あたらない。
嘘をついているのはラダマータだ。
「どう言えば、信じてもらえる……?」
平行線の会話にエイジが焦れて尋ねれば、ラダマータは腰を折り曲げてエイジの顔を覗き込む。
弾みでちらりと胸の谷間が見えて、彼が顔をしかめるのにもお構いなく己の考えを披露した。
「そうさねぇ。嘘偽りがないってのを、確かめさせてもらおうじゃないの」
「確かめる?どうやって」と訝しがるエイジへ一歩近づくと、ラダマータは小さく呪文を唱える。
間髪入れずに真紫の煙がボワンとあがり、辺り一帯に強い薔薇の香りが立ちこめる。
『お呼びでしょうか?ご主人様』
艶っぽい声と共に姿を現したのはクィーンリリス。
美しい黒髪に、褐色の肌。
やはり薄い布を体にまとっており、露出度ではマスターに勝るとも劣らずといった格好だ。
「クィーンリリスが、あんたの思考を読み取るよ。じっとしておいで、すぐに済むからさ」
見知らぬ遣い魔に指で顎を持ち上げられて、エイジの背中にぞわっと悪寒が走る。
それに、思考を読むだって?
クィーインリリスの能力は、確か――
思い出そうとするエイジの脳で、目映い光がスパークする。
瞬く間に思考は四散して、エイジは何も考えられなくなった。


意識が戻ってくると同時に、エイジは跳ね起きる。
ベッドの上にいた。
洗いざらしの、真っ白なシーツの上に。
自分が着ているものもパジャマだと判り、エイジは軽く混乱する。
どういうことだ。
先ほどまで、自分はイスラルアで大勢の悪魔遣いと対峙していたはずなのに。
――夢なのか?
辺りを見回すが、真っ暗で何も見えない。
ベッドだけが、ぽつんと暗闇の中に浮いているような状態であった。
やはり、夢か。
それにしては、いやに意識が、はっきりしている。
不意に人影が揺らめき、近づいてきた。
『エイジ様』
ランスロットだ。
何故か鎧を身につけておらず、人の姿――女性のナリで現れた。
青がかった緑の髪の毛をポニーテールで縛り、服はラフなシャツにジーンズ地のズボンと軽装だ。
久しぶりに、この姿を見た気がする。
幼い頃は、よくこの姿で一緒に風呂へ入ったりしたものだが、いつの間にか遣い魔は鎧を着るようになってしまった。
……いや、拒否したのは自分だ。
歳を取って羞恥心が芽生え、裸のランスロットと一緒に風呂へ入るのが恥ずかしくなった。
だから、ランスロットは鎧を着るようになった。
あるじの命令に背くまいとして。
『エイジ様』
ランスロットは微笑みながら、ベッドの上に登ってきた。
「ランスロッ――」
名を呼ぼうとして唇を重ねられ、エイジは硬直する。
ランスロットの舌が入り込み、歯の後ろを舐められて、無我夢中でエイジは己の遣い魔を突き飛ばした。
「――ッ!何を、一体!?」
突き飛ばした際、肉体の感触と重みが、はっきりと両手に伝わってきた。
夢とは思えないほど実体がある。
それに、さっきのキスだって。柔らかい感触を唇越しに感じた。
『エイジ様、どうして嫌がるのですか』
笑みを絶やさず尋ねてくるランスロットに、かぁっとエイジの頬が熱くなる。
「ど、どうしてって」
『エイジ様、我慢は良くありませんよ。私、知っているんですから』
ベッドに押し倒され、真正面から瞳を真っ直ぐ覗き込まれて、エイジは柄にもなく狼狽えた。
こんなに近い距離で見つめ合ったのは初めてだ。
「知っているって、何をだ」
『エイジ様、誰かを想って、こんなことをしていたでしょう』
ランスロットの指が動き、エイジのズボンの上を突く。
振り払う暇もないうちに、するりと右手がズボンの中へ入ってきた。
「ま、待てっ」
腕を掴んで引き離そうとするエイジだが、つぅっと悪魔の指が竿をなぞった瞬間、「んァンッ」と自分でも思ってもみないほどの高い声をあげていた。
なんだ、今の声は!?
声ばかりじゃない。
背中を、ぞくぞくと駆け抜けるものがある。
淫夢を調べていた時に、自分でやった"自慰行為"にも似た感覚だ。
快感――とでも、呼べばいいのか。
気持ちいいような、くすぐったいような。
『あの時、エイジ様は誰かの名前を呼んでおいででした。一体、どなたをお呼びになっていたんですか?』
ランスロットの言葉が耳をくすぐる。
細い指が竿から先端へ移り、くりくりとなぞられ、エイジの体はビクンと弓なりに跳ね上がる。
駄目だ。
触っているのがランスロットだと思うだけで、理性を保てない。
体が勝手に反応してしまう。
しっかりしろ。
これは夢だ。
夢なんだ。
ランスロットが、こいつが、こんな真似をするはずがない。
平時のあいつは、ハグでさえ許してくれない相手なのだ。
こちらは、ご主人様だというのに。
その時、決まって言われるのが、遣い魔とあるじで、このような真似をしてはいけない――の一言である。
このような真似とは、なんだ。
信頼する者同士が抱き合って、何が悪い?
自身の考えに没頭しようとしていたエイジは、さらなる快感を与えられ「ふァッ!」と甲高い声をあげた。
熱くてザラザラしたもの。
ランスロットの舌が、れろれろとエイジの乳首を舐めている。
エイジが気づいたと判るや否やランスロットはクスリと微笑み、乳首を甘噛みしてきた。
それが、なんとも言えぬ快感をもたらし、エイジは体を痙攣させる。
「ん、んっ……や、めろ、ランス、ロット……!」
やめろと口では言いつつも、エイジは腰を浮かせてランスロットに体をすり寄せる。
恐らくは無意識の行動だろう。
両手はシーツを握りしめ、ぎゅっと両目をつぶって歯を食いしばっている。
ジーンズ越しに柔らかい太ももがエイジの足に絡みつく。
ランスロットが熱い吐息を漏らし、ちらりと流し目でエイジを見やった。
『こんなに乳首を尖らせて、本当は気持ちいいんでしょう?私の前で我慢は無用ですよ、エイジ様』
竿を握られ、エイジは「んくぅっ」と小さく呻く。
ひんやりとした手が、ゆっくり、優しく、エイジのモノを扱いている。
想像通りだ。
そりゃ当たり前だ。だって、これは夢なんだから。
でも、夢とは思えないほど気持ちいい。

――本当に、夢なんだろうか?

夢だと思っているのは自分だけで、もしかしたら夢ではなく本当に起きているのではないか。
そっと瞼を開ければ目の前にランスロットの顔はなく、下のほうで声がする。
『もう濡れ濡れじゃないですか、エイジ様ったらエッチなんだから……』
目線を己の股間へ降ろしていくと、にっこり微笑むランスロットと目があった。
両手でエイジのモノを握っている。いやに顔との距離が近い。
何をする気だと伺っていると、ぱくりとランスロットがエイジの竿を咥え込むものだから、みたびエイジは甲高い悲鳴をあげて、大きく仰け反った。
『ふふ……エイジ様の我慢汁、おいしい……』
我慢汁が何なのかは判らずとも、この場で言われる言葉だ。
きっと卑猥なものに違いない。
そんな言葉がランスロットのくちから紡ぎ出されるのも、衝撃的ではあった。
エイジの知るランスロットは、生真面目で大人しく恥ずかしがり屋で、そして清く正しい悪魔である。
男性の生殖器を触ったり舐めたり、あげくの果てにチュウチュウと音を立てて吸ったりするはずがないのだ。
ないと判っているのに、夢だと自覚しているのに、しかし夢から覚めることが出来ないのは何故だ。
舌が触れる、息がかかると意識した直後、体が強烈に反応してしまう。
されたくないなんて言ってみたけど、本当はそうじゃない。
して欲しいのだ。
触って欲しいし、触ってみたいとも思っている自分にエイジは気がついた。
否、気がついたというのは正しくない。
ずっと願っていたのに、無理矢理理性で封じ込めてきたのだ。
何故、目が覚めないのか。
自分が、夢から覚めたくないと思っているからだ。
そうだ。
何を我慢することがある。
これは夢だ。
夢で我慢する必要なんか、ない。
うっすらと、双眸に涙がにじむ。
かすれた声でエイジは遣い魔の名を呼んだ。
「……ランスロット」
『なんでしょう?エイジ様』
「好きだ」
一度声に出したら、止まらなくなった。
涙も、言葉も。
「好きだ、大好きだ。ランスロット、お前は俺を」
ずっと、ずっと我慢してきた。
幼少の頃に、初めてランスロットと出会って、それから大人になるまで、なった後でも。
遣い魔と悪魔遣いは必要以上に仲良くしちゃ駄目だと言われたから、年老いた先輩達に。
異種族同士の恋愛なんて、けして上手くいくはずがないと。
悲しい結果しか生み出さないと、念を押されて納得させられた。
けれど、心の何処かで納得できていない自分がいた。
何故、上手くいくはずがないと決めつけるのか。
過去に失敗した奴がいたから?
俺達は違う。そいつらとは違う。
ずっと一緒に暮らしてきたのだ。親子以上の信頼がある。
愛がある。
家族よりも強く結ばれた、魂の絆だ。
「お前は俺を、俺のことを、どう思っている?好きなのか、嫌いなのか」
尋ねながらも、俺は答えを知っているとエイジは考えた。
ランスロットは、けしてエイジを悲しませるような返事をしない。
だって、自分の遣い魔なのだから。
『私の心も体も、あなた様のものですよ、エイジ様』
シャツを脱ぎ捨てたランスロットが笑う。
『初めて出会った時から、お慕い申し上げておりました。愛しております、エイジ様』
裸になった悪魔が覆い被さり、エイジは彼女を強く抱きしめた。


端から見れば、何が起きたのか判らなかったであろう。
クィーンリリスがエイジの顎を持ち上げた途端、エイジの目は虚ろになり、彼はがくりと膝をつくと、そのまま動かなくなった。
「い……一体、何をしたの?」
バルロッサが小声で隣の男に囁けば、すぐさま小声の返事が戻ってくる。
「淫夢だよ。淫夢を仕掛けたんだ。クィーンリリスは見つめ合うだけで相手に夢を見せることが出来るんだ」
なんとしたことか、止める暇もありゃしなかった。
いや、クィーンリリスの能力は事前に知っていたのだから、止めようと思えば止められたはずであった。
にも関わらずバルロッサが妨害し損ねたのは、彼女が動きづらい状況にあったせいだ。
まず、遣い魔がテロリストの手の内に落ちている。
加えてエイジが連行されてきた時、一帯が敵だらけでは、なんともしようがない。
せめて一対一、あるいは少数だったなら阻止できたものを――と後悔しても後の祭りというやつで。
ぼんやり立ち膝で意識を失ったエイジを見、さらに尋ねた。
「あのままにしておくの?それとも」
隣の男が答える前に、ラダマータが行動を起こす。
「さて、と。このまま、ここに転がしておくわけにもいかないよねぇ。ハムダッド、悪いけど彼を担いでおくれな。あたしらは先に行っているよ」
ハムダッドは苦笑して、それでもエイジを易々と抱き上げる。
「ふむ、思ったよりは軽いな」
小さく呟き片手でエイジの顔を撫でて瞼を閉じてやると、建物のほうへ歩き出した。
ラダマータや他の面々も建物に戻ってゆく。
口々に「たいしたことがなかった」だの、「さすがラダマータ様だ」だのと囁きあいながら。
淫魔如きにエイジが負けたなどと思われるのは、バルロッサにとって不快である。
ランスロットさえ呼び出していれば、彼は絶対勝てたはずだ。
何故、呼び出さなかったのだろう。
ぎりぎりまで悪魔を呼び出すなと言っていたのはエイジ本人だが、今が悪魔を必要とする場面ではなかったのか。
彼の元へ駆け寄って叩き起こしたい衝動を堪えながら、バルロッサも建物の中へと戻っていった。