Devil Master Limited

1-8.悪魔達のネットワーク

あるじが人間界へ召還するまで、魔族は魔界で待機する。
これは悪魔遣いに使役される悪魔なら、誰もが知っている常識のルールである。
魔界と一口に言っても広い世界だから、普段は滅多に同僚と出会う機会もない。
だが今、アーシュラ、エイペンジェスト、パーシェル、そしてランスロットの四名は同じ場に座していた。
『クィーンリリスが消息不明だそうだな』
アーシュラの一言目にランスロットが首を傾げる横では、本性の姿に戻りしエイペンジェストが重々しく頷く。
『えぇ。ベルベイと名乗る悪魔遣いが失踪した後に……ですね』
『失礼、クィーンリリスとは?』と横入りしてきた鎧甲冑をジロリと睨み、アーシュラが答える。
『淫魔だ』
あまりにも短い答えを補足するかのように、蟷螂も付け足した。
『あなたは、ご存じありませんか?ラダマータ=ドラグナーという名の悪魔遣いを』
すぐさまランスロットの脳裏には、一つの人物像が浮かび上がる。
人間の作ったトランジスタポータブルテーブルヴィジョン、略してTVによく出ていた顔だ。
ラダマータは破廉恥な衣装を身にまとっていたので、一番初めに見た時は不快に感じた己の感情まで思い出す。
その悪魔遣いと悪魔が消息を絶ったとは、どういうことだ。
『ラダマータに使役されし者がクィーンリリスなのですよ。彼女が行方をくらましたのは人間達の発行するニュースペイパーや、ポータルでも話題になっていますね』
エイペンジェストの丁寧な説明を右から左へ聞き流し、ランスロットは思案する。
あんな薄着の女がふらふらと、どこかへ出歩いていったとして、もしエイジ様と偶然出会ったりしたら大変だ。
我が主が淫魔や淫乱女に誘惑される事態があっては、たまったものではない。
どこをほっつき歩いているのか知らないが、とっとと見つかって引き戻されれば良いものを。
『インマってなんニャ?インゲンマメの仲間ニャ?』
素っ頓狂な声が足下からあがり、皆がそちらを見下ろした。
黒猫がパタパタと嬉しそうに二つに分かれた尻尾を振りながら、皆を見上げている。
馬鹿丁寧にエイペンジェストが修正した。
『インゲン豆ではありません。淫魔、要は幻を見せるのが得意な悪魔とでもいいましょうか』
『幻ニャ?見せられるだけなら問題ないニャ、ラングリット様とパーシェルの二人でぼっこぼこなのニャ!』
何やら嬉々として物騒な発言をかますパーシェルを丸無視し、アーシュラがエイペンジェストに問う。
『奴が敵に回る可能性は、あると思うか?』
『何とも言えませんね』
エイペンジェストは慎重であった。
『情報が少なすぎます』
ただ、とも付け足した。
『行方をくらましているのは、どうやらクィーンリリスだけではないようですよ』
ばさりとテーブルの上に投げ出したのは、人間の発行しているニュースペイパーだ。
彼のあるじバルロッサが毎月取っているものを一部だけ拝借してきた。
『レトフェルスとオブルハートも行方をくらましたようです』
レトフェルスはハムダッド=イェルムの、そしてオブルハートはウォン=ホイの遣い魔だ。
彼らの姿はランスロットにも見覚えがあった。
TVでも何度か見かけた姿だ。
人間相手に己の能力を見せびらかし奇術ゴッコをするなんてと軽蔑した覚えがある。
レトフェルスは通称影食い。
文字通り、ありとあらゆる物の影を食らい、食らった物を意のままに操る。
オブルハートは主ウォンと一体化して戦う珍しい種類の悪魔だ。
悪魔と合体したウォンは手が何本も生えた姿になるせいか、千手遣いの異名を取った。
『このタイミングでか』と、アーシュラ。
『このタイミングで、です』とエイペンジェストも頷き返す。
『偶然という可能性も、もちろんあります。しかし接点のない三人が同時に姿を消すのは確率の低い偶然かと』
ランスロットも口を挟んだ。
『彼らの現在地を明確にする必要がありますね、我々の任務をスムーズに済ませる為にも』
『だが、どうやって?』と尋ね返すアーシュラへは、考えあぐねる鎧甲冑の代わりにエイペンジェストが答える。
『魔界で情報を集めましょう』
『ならば、それは貴様に任せるとしよう』
アーシュラはどこまでも偉そうだが、エイペンジェストが、それを気にした様子はなく。
『判りました』と頷き、立ち上がる彼をパーシェルが『どこ行くニャ?』と呼び止めるのへは、微笑で受け応えた。
『私なりの情報網を駆使して、彼らの動きを掴んでみせます。あなた方はそれまで、適当に個々の主の相手でもして暇を潰していて下さい』
背中の羽を広げ、ふわりと蟷螂が舞い上がる。
緑の巨体が赤紫の空へ消えてゆくのを眺めながら、アーシュラがぼそりと吐き捨てた。
『フン、蟷螂野郎の情報網だと?繁殖で数だけは増えた弱小悪魔の集まりか』
『そんな言い方はないでしょう』と、すかさずランスロットがお説教に入り、その足下ではパーシェルが大きく欠伸。
『暇を潰してろって言われても、ラングリット様が呼んでくれない事には、ままならないニャ。つまんないニャ』
かと思えば、パタパタと尻尾を振ってランスロットを見上げてきた。
『仕方ないから、お前らで暇つぶしするニャ。ランスロットのアレコレ聞きたいニャ』
『な、何故私なんですか!?』
狼狽えるランスロットをニヤニヤと眺める黒猫が言うには。
『ランスロットはパーシェルと一緒ニャ。ランスロットもパーシェルも、ご主人様が大好きニャ。そうニャ?』
まるでアーシュラがデヴィットを嫌っているかのような言い草だ。
だがランスロットが気を遣ってアーシュラの様子を伺ってみると、案外的外れでもないらしい。
この猛々しい悪魔は怒るでもなく、ただ、口の端を歪めて静かに笑っていた。
『宜しいでしょう。何をお聞きしたいのですか?』
腰を据えて尋ね返すランスロットに、瞳をキラキラ輝かせたパーシェルが質問する。
『はいはーい!ランスロットはエイジのこと、どれだけ好きニャ?』
『どれだけって……剣となり盾となって、お守りする覚悟で』
『そんな建前聞いてないニャ!本音で話せニャ。パーシェルはラングリット様のこと、大大大大、だ〜いっ好きニャ!!パーシェルはラングリット様とオフロに入ったり、体中ペロペロしたいし、されたいニャ……』
『あぁ、お風呂でしたら、つい最近までエイジ様とは毎日入っておりましたよ』
事も無げに答えるランスロットへ『マジニャ!?』と耳をピンと立てて興奮するパーシェル。
『えぇ、本当ですよ』
黒猫がウットリと見上げ『どうしたら、そんな風に仲良くなれるニャ?』と尋ねるのへは、ランスロットも大真面目に答えた。
『どうって、長年の生活の賜ですよ。毎日一緒に暮らしていれば、それが普通になるんです。ですからパーシェルもラングリット様にお願いして、一緒に暮らせばいいんですよ』
『ナイスアイディアニャ!ラングリット様に呼ばれたら、さっそくお願いしてみるニャ♪』
キャッキャと女子会よろしく雑談に興じる仲間を横目にアーシュラは一人、ぼそっと吐き捨てた。
『……くだらん』


ナイヴ家を後にした悪魔遣いが次に向かったのは、オズガルドの中央街ガルド地区にある雑誌社であった。
約束無しの突然訪問では追い払われるんじゃないかとバルロッサは危惧したのだが、意外や意外。
編集者の一人と、やたら親密な挨拶を交わした後、デヴィットが彼を皆に紹介した。
「こちら学生時代の後輩で、ロイド=アブラハムくん。今はココ、モックスフォード社で記者をやっているってわけさ」
モックスフォードは多種多様な雑誌を発行している。
その中でも一番の売れ行きが、悪魔遣いと悪魔をテーマにしたコラム週刊誌なのだそうだ。
「記者連中に顔が利くたぁ驚いたぜ」と正直な感想を述べ、ラングリットが顎をかく。
「ボーン先輩には学生時代、随分とお世話になりました。先輩の頼みとあっちゃ情報提供しないわけにはいかないですよ」
ロイドは笑みを絶やさず、皆の顔を見渡している。
どこまでが社交辞令で本気なのかが判らず、バルロッサもエイジも曖昧に挨拶を返した。
「今が旬の話題といえば、やっぱりアレですね。アレ。噂の有名人三人が揃いも揃って消息不明!」
「その有名人の消息を知る為に、今日は此処へやってきたんだ」と、デヴィット。
何か掴んでいないかと尋ねられ「いやぁ〜、それはまだ」と歯切れ悪く答えた後、ロイドが小声で囁いてくるもんだから五人も自然と中腰になって聞き耳を立てた。
「実はですね、もう一人、消息を絶った悪魔遣いの噂を耳にしたんス」
「ほぅ?」
もしベルベイの件だとしたら、驚きだ。
彼女は一般民が嗅ぎつけるほどには、有名じゃないはずなのだから。
「アナグレッド=ザグレイってご存じですか?」
ロイドの出してきた名前にラングリットとバルロッサが、ほぼ同時に反応する。
「あぁ、確か七年前に引退したっていう」
「懐かしい名前を出してきたわね」
聞き覚えのないエイジが二人に目線をやると、バルロッサが応えた。
「七年前まで現役だった悪魔遣いよ。一般人には、そこそこ有名だったんじゃないかしら?悪魔を使って貧しい人達の治療を行っていたの。手術するフリをしてね」
その代わり本業では無名もいいところで、引退宣言をして初めて彼が悪魔遣いだと知った者も多かったという。
「まさかザグレイも現在行方不明だってんじゃ」と言いかけるラングリットを制し、ロイドが首を真横に振る。
「いえ、ザグレイじゃなくて彼の弟子が、もっか行方をくらましているんです」
「弟子?」
「弟子なんて、いたの?」
またまたラングとバルロッサが同時にハモり、ロイドは胸を反らして満足げに頷いた。
「七年前の引退時に、悪魔の契約を譲渡した相手がいたんです。そいつがザグレイ氏の弟子、ナタリー=マスカレイドって人なんですよ」
「譲渡?でも、譲渡って……」
バルロッサが困惑するのも、もっともで、悪魔の譲渡は法によって禁止されている。
「モチロン違法です」
あっさり言って、でも、とロイドは付け足した。
「治癒能力を持つ悪魔は希少価値ですからね。僕ァ、ザグレイの気持ちが判りますよ。医者にかかれない貧しい人間を救う為、自分の愛弟子に悪魔を譲り渡したっての」
長く慈善事業をやっていた人間なら考える、当然の結論だろう。
かくして師匠の悪魔を引き継ぎ、事業をも引き継いだナタリーが、何故行方をくらまさねばならなかったのか。
それを問うと、ロイドも頭をかいて「理由がさっぱり判らないと来た。だから問題なんですよ」と答えた。
「彼女の事業は上手くいっていた。貧乏人だけじゃなく中流家庭も相手にしていたんです。だから、そこそこ儲けは出ていたはずなんだ。なのに、ある日突然いなくなってしまった。でも突然蒸発するような、そんな責任感のない人じゃないって、どの患者も口を揃えて言うんです」
「事件に巻き込まれた可能性がある、ってこと?」
バルロッサの呟きへ頷き、ロイドは話を締めくくる。
「何かが裏で起きているんじゃないかって僕達は予想しています。あ、僕達ってのは編集部の連中ですけどね」
今、悪魔遣いの業界で起きている事件といえば、やはりベルベイの失踪だろう。
彼女には謀反の疑惑も、かけられている。
だが、もしベルベイを含めた全ての失踪事件に、何らかの繋がりがあるとしたら?
ベルベイも一被害者なんだろうか。
いずれにせよ、これ以上の情報は引き出せそうもない。
最後にと断って、デヴィットがロイドへ尋ねた。
「消息不明になっている三人、及びナタリーの詳しいプロフィールを教えてもらえないか?一般に公開されていないような内容だと嬉しいんだけど」
「いいですよ、先輩になら僕が独自に調べた四人の情報を教えちゃいます」
ぶしつけなお願いにもロイドはニコニコと笑って受け答え、後で先輩のメール宛に転送すると約束してくれた。
「さすがロイドくん、持つべきものは可愛い後輩だねぇ」
「僕と先輩の仲じゃないですか」
他四人がドン引きして見守るのもお構いなしに二人はぎゅっと濃厚なハグをかわし、熱い視線で見つめ合う。
「何だ、お前ら。もしかしてアッチのケでも」
何やら失言を言いかけるラングリットの声におっかぶせるようにして、デヴィットは別れを告げた。
「さて、ロイドくん。名残惜しいけど僕らは行かなきゃいけない。仕事中、お邪魔したね。それじゃあな」
「ハイ、先輩もお仕事頑張って下さい。応援してるっす!」
頬を紅潮させた男に見送られ、一行は編集部を後にした。

車に乗り込み、ようやく一息つけたとばかりにバルロッサが大きく息を吐く。
運転席でシートベルトを締めたラングリットが、さっそく軽口を叩いてきた。
「デヴィット、さっきの野郎は何だ?お前のホモダチか」
「後輩だと言っただろ。彼は僕を尊敬しているんだ」
さらりと受け流し、デヴィットはお菓子の袋を破ろうとして、もう残っていなかった事に気がつくと、モバイルプロセッサを起動させたカゲロウを横から覗き込む。
「カゲロウくん、君、ちょっとモバイル依存症じゃないの?たまには外の景色も眺めてごらんよ」
カゲロウは顔もあげずに答えた。
「調べなくてはいけません。先ほどの話が本当か嘘か」
「僕の後輩が嘘をつくとでも?」
むっとするデヴィットの横で、バルロッサがこれ見よがしな溜息をつく。
「あなたの後輩だから信用できないんじゃない?」
「なんだよ、君まで陰湿だなぁ。陰湿なことばかり言っていると、エイジに嫌われちゃうぞ?なぁ、エイジ」
思わぬ場面で名前を出されたが、助手席に乗り込んだエイジは振り返りもせず、かといって肯定もせず、己の考えに没頭していた。
消息を絶つ悪魔遣いの多さと、ベルベイの一件は関係しているのだろうか。
疑いを消そうにも、いなくなった人数と比べて、こちらの手数は、あまりにも少ない。
悪魔達にも手伝ってもらう必要がありそうだ。
だが彼らに、それが出来るのだろうか?
特にアーシュラとランスロット。
この二人が諜報で役に立つとは、お世辞にも思えない。
それに、パーシェルもだ。
能力の上では諜報用悪魔扱いになっているが、恐ろしく頭が悪い。
パーミリオンとエイペンジェストぐらいだ、使えそうなのは。
しかし二人ばかり加わったって、焼け石に水ではないか。
もっと効率よく情報を掴む方法はないものだろうか。
それともカゲロウの言うように、ワールド接続で情報を地道に探すしか方法がない……?
悶々と考え込んでいたエイジの脳裏に、不意に甲高い声が響いてきた。
この声はランスロットだ。
ランスロットが直接エイジの脳裏に声を届けてきている。
今朝はずっと不機嫌だっただけに嬉しくもあり、まだ車内だというのに思わずエイジは己が遣い魔を呼び出していた。
『エイジ様、エイジ様、聞こえま……きゃあっ!?』
「きゃあ!!」「うわぁっ!?」「ぐえっ!」
後部座席で四種多様の悲鳴があがる。
突如降ってわいた鎧甲冑にバルロッサとデヴィット、それからカゲロウも押しつぶされたようだ。
「ちょ、ちょっとエイジ〜!いきなり何するのよっていうか、重たい!どいてっ」
『ああぁぁぁ、すみませんすみませんっ』
「すみませんはいいから、早くどいてくれったら!」
後方の阿鼻叫喚など一切気にせず、エイジは嬉々として話を促す。
「どうした?ランスロット。お前から声をかけてくるとは珍しいな」
『あ、あぁ、はい……』とお尻の下を気にしながら、ランスロットも答える。
『あのですね、今、我々が掴んだ情報によりますと、クィーンリリスを目撃した者が魔界にいたんです』
「えっ!?」と驚いたのはエイジだけじゃない。
車内にいた全員が驚いた。
どうにかして自分の巨体を置ける場所を探しながら、なおもランスロットが報告するには。
とある遣い魔が、人間界へ召還されている時にラダマータとクィーンリリスを目撃したというのだ。
目撃地点は首都オズガルドより遠く離れた辺境の地、イスラルアだ。
そればかりじゃない。彼女達には同行者がいた。
『誰だと思います?』と勿体つける遣い魔に「誰でもいいよ、いいから早くどけ!」と、お尻の下からは悲鳴じみた文句があがる。
エイジも眉間に皺を寄せ、腕を組む。
「まさかベルベイだと言うんじゃないだろうな」
『その通りです!さすがエイジ様、お見事でございますっ』
キャッキャと喜ぶ鎧甲冑にゴリゴリと押しつぶされ、バルロッサ達は「ぐぅぅ」と潰れたヒキガエルよろしく苦悶の呻きをあげるしかない。
ま、下敷きになっている仲間達はさておいて。
喜ぶランスロットを横目で一瞥し、エイジはそっと安堵の溜息をついた。
我が遣い魔は、すっかり機嫌を直してくれたようだ。
昨夜から今朝にかけての不機嫌さが、清々しいほど消えている。
「ランスロット、ありがとう。おかげで手間が省けた」
『そんな、お礼など……当然のことをしたまでです』
エイジが礼を言うと、もじもじと鎧はテレて、かと思えば顔をあげて付け足した。
『お礼を言うなら、エイペンジェストに言ってあげて下さい。情報を集めたのは彼の手柄です』
「そうか、なら俺が感謝していたと彼にも伝えておいてくれ」
エイジは上機嫌でランスロットを魔界へ帰し、プレスから解放されたバルロッサが身を起こし、ぶつぶつと詛いの言葉を吐き出した。
「なによ、全部エイペンの手柄だったんじゃないの。それをあの鎧ったら、さも自分の手柄みたいに得意げに話しちゃって」
「おいおい、黒いものが全部表に漏れているぞ?」
難を逃れたラングリットが茶々を入れ、傍らのエイジにも話を振った。
「ひとまず次の目的地が見つかって良かったな。行ってみるか?イスラルアへ」
今更行ったって彼女達が残っているとは思えない。
が、何らかの痕跡は残されているかもしれない。
駄目元で行ってみるだけ行ってみよう。
そうエイジが答えると、車はそのままイスラルア方面へ進路を変更した。