Devil Master Limited

2-1.激動の地・イスラルア

首都オズガルドより南方五十キロ。
ぎりぎりオルレオン州内にある辺境都市が、イスラルアだ。
めぼしいものは何もない。
観光地でもなければ特産物があるわけでもない、至って普通の田舎町である。
そのような場所へメディアの有名人であるラダマータが、遣い魔と共に訪れる理由とはなんだろう。しかも、誰にも秘密で。
おまけに、ベルベイも同行していた。
ラダマータとベルベイ、二人の関係も気になるところだ。
「人には言えない悪事でも働くつもりなんじゃない?」とは、デヴィット。
「あなたじゃあるまいし」とやり返してから、バルロッサは地図を開いた。
公道に入る前、近場の書店で買い求めたイスラルア周辺の地図だ。
「僕じゃあるまいしって何だよ、僕が何の悪事を働いたとでも?」
ニヤニヤするデヴィットには、運転席のラングリットが応戦する。
「いつもエイジ相手に悪巧みしているんだろ。いやらしいやつをな、なぁ?エイジ」
いや、助手席に話題を振ってきた。
エイジはゴホゴホと激しく咽せ、ラングリットを睨みつける。
「今は馬鹿な雑談に花を咲かせている場合じゃない」
「その通りです」と頷いてきたのは、カゲロウだ。
ずっとモバイルに釘付けかと思いきや、顔を上げて雑談に参加している。
「イスラルアでテロが発生したようですよ。雑談に花を咲かせている暇は、なくなりましたね」
「テロだって!?」と先輩四人が驚くのを満足げに眺めると、カゲロウは他の人達が見やすいようにモバイルを掲げた。
「えぇ、つい先ほど起きたばかりの新着ほやほやです。それも悪魔を使ったテロで、テロリストが自分達は悪魔遣いだと堂々の名乗りをあげています」
「まさか、そのテロリストってなぁラダマータだってんじゃあ……」
恐る恐る尋ねてくるラングリットへは首を真横に振ると、カゲロウはモバイルをのぞき込む。
「いえ、犯行は複数名の悪魔遣いによるものです。彼らは声明を出しました。DECADENTと名乗っているようですね」
「DECADENT?そりゃまた絶望的な組織名だね。未来への希望が、まるで感じられない」
デヴィットが唸る横では、バルロッサが記事を目で追う。
「やだ、テロの余波が出ているじゃない。道路規制で公道は検問封鎖ですって。このまま行ったら、面倒に巻き込まれるわね」
「そうだな、俺達の身を証明できるものは悪魔遣いの職業カードぐらいなもんだ」
ラングリットも頷き、車の進路を変えた。
まっすぐ車でイスラルアへ入らず、どこかで電車に乗り換えるつもりか。
「電車もまずい、駅で張り込んでいる可能性がある」
エイジに止められたラングが「じゃあ、どうやって入るんだ?」と尋ね、バルロッサが地図を指さした。
「遠回りになるけど、砂漠を突っ切って入ればバレないんじゃないかしら」
首都からイスラルアへのルートは舗装された公道を通るのが一般的だが、砂漠を横断しても行けないことはない。
砂漠ルートなら検問を通ることなく、細かい私道から街の中へ侵入できる。
ただし並の車で砂の上を進むのは困難な上、野良悪魔に襲われる可能性も高い。
綺麗な道路が造られた今の時代、あえて砂漠を横断しようとする旅人は殆ど見かけない。
「砂漠を突っ切るだって?バルロッサ、君、頭がどうかしているよ。野良悪魔と戦っている暇なんて、今の僕らにゃありはしないんだぜ」
さっそくデヴィットが文句を言い、「じゃあ、他に良いルートがあって?」とバルロッサも青筋を立てて抗議する。
「野良悪魔ぐらい敵じゃなかろう。俺達は五人もいるんだぜ」とラングリットが安請け合いし、エイジを見た。
「エイジ、なんならランスロットに頼んで空間のショートカットをするってぇのは」
「却下だ」
エイジの返答はすげなく、彼は口をへの字に折り曲げた。
「本命が出てくるまでランスロットは極力消耗させたくない」
後部座席でカゲロウが独りごちる。
「なるほど。すさまじい能力には、すさまじい負担が必要ですか」
「不便なもんだね、特殊能力がチートな悪魔ってのも」
デヴィットも頷き、不満顔で虚空を見上げた。
「仕方ない。野良悪魔が出てきたら、僕のアーシュラと、それから言い出しっぺのバルロッサ。君んとこのエイペンジェストで撃退するとしようか」
「雑魚悪魔の一匹や二匹、アーシュラ一人で何とかなりそうなもんじゃない?」
軽口でやり返したものの、バルロッサはまんざらでもなさそうに自分の爪を眺めながら言った。
「ま、アーシュラ一人を疲労させるのも可哀想ですしね。彼一人で手間取りそうなら、エイペンも手伝ってあげるわ」

ラングリットの運転する四輪駆動は、砂の上を物ともせずに走っていく。
元々オフロード用、山道を楽々登っていける馬力のある車だ。
砂漠においても問題ない。
「一体どんなテロだったんだ?」
ラングリットに促され、カゲロウが答える。
「簡単にいえば、暗殺ですね。イスラルアの首脳人物を誘拐して殺したり、罪なき民衆や記者を見せしめに殺したり」
それから、とモバイルを指でなぞってページを切り替えた。
「建物爆破もやっています。まぁ爆破といっても爆発物ではなく、悪魔の能力による破壊ですが」
「実行犯は複数いるって言ってたな」
ラングはしかめっ面で、うーんと唸る。
「ラダマータがイスラルアで目撃されていたのと、何か関係があるのかねぇ」
「ないんじゃない?」とは、デヴィット。
奴のことだから、あまり深く考えないで言ったのかもしれない。
ラングリットはデヴィットを無視して、なおもカゲロウに問いかけた。
「行方不明の連中、ベルベイも含めた連中がテロに関与しているって可能性はあると思うか?」
後輩の返事は「どうとも言えませんね」という、素っ気ないものだった。
「もう少し、街に入ってテロの情報を集めない事には何とも」
「テロの情報なんて必要ないだろ」と混ぜっ返してきたのは、デヴィットだ。
「僕らが必要としている情報は、テロリストの動きじゃない。ラダマータとベルベイが、イスラルアで何をやっていたかだ」
「そうだな」と珍しくエイジがデヴィットの意見に賛同する。
「とにかく街に入ったら迅速に情報収集に徹しよう。寄り道は厳禁だ、テロに興味を持つのも禁止――」
言い終わらないうちに、車体が大きく横揺れする。
「うわっとぉ!?」
「ちょ、ちょっとラング?砂漠で横転なんて洒落にならないわよ、運転しっかりやってよ!」
後部で悲鳴が上がる中、ラングリットが急ブレーキを踏み、車が停止する。
助手席のエイジは前方を凝視していた。
車の前に浮かんでいる異形の者。
褐色よりも黒い肌。服は着ていない。背中には黒い羽が生えていた。
悪魔だ。
だが、野良ではない。
野良なら即座に襲いかかってくるはずだが、そいつは宙に浮かんで余裕の笑みを浮かべていた。
「てめぇ、不意討ちたぁイイ度胸じゃねーか!どこの遣い魔だ?しつけのなってねぇ野郎だぜ」
運転席で怒鳴るラングリットに、悪魔が答える。
『なるほど、ただの車ではないらしい……さすがは悪魔遣い、と褒めておくべきか』
「答えになってねーぞ!?お前の飼い主を教えろっつってんだ!」
怒るラングをエイジが「無駄だ、必要のない情報は答えないつもりだろう」と宥め、素早く車の外へ飛び出した。
「おい、危ねーぞ!!」
ラングの怒号を背中に受けながら、エイジは悪魔に尋ねた。
「何の用だ?俺達を悪魔遣いと知った上で攻撃を仕掛けてきたようだが」
『単刀直入に言おう』と悪魔が切り出してきた。
『我らの仲間になるならイスラルアへ来るがよい。だが、そうでない只の旅行者だというのなら元来た道を引き返すがよい』
「もしかして、君はテロリストの仲間かい?イスラルアで現在暴れているっていう」
デヴィットの質問へも鷹揚に頷き、悪魔は続けた。
『返答や如何に?』
エイジは少し考え、慎重な答えを出す。
「君達が何を目標に暴動を起こしたのかも判らないし、俺達に何のメリットがあるのかも判らない……もう少し、詳しい話を聞かせてくれないか?」
旅行者だとしらばっくれれば、追い返される。
戻ったフリをしてイスラルアへ入り込めば、今度は問答無用で襲われるかもしれない。
だからと言って、ここで拒絶するのは、もっと危うい。
全員の顔がテロリストに知られてしまう。
テロの情報などいらないと一時は思ったが、イスラルアの状況を調べる為にもテロの動きを知っておく必要がある。
『声明は聞かなかったのか』と悪魔に言われ、カゲロウがモバイルで検索する。
「あぁ、あった、これですね。ほぅほぅ、イスラルアに悪魔国家を作るんですか」
「悪魔国家ぁ?随分と大きな賭に出たね」とデヴィットは呆れ、バルロッサも興味なさげに溜息をつく。
「そんなもん作って、どうすんのよ。悪魔は嬉しいかもしれないけど、私達悪魔遣いには何のメリットもないじゃない」
『既にかなりの数が集まっている』
どこか自慢げな悪魔へ、エイジが尋ねる。
「具体的には、どれぐらいの?」
『三千人の悪魔遣いと遣い魔が』
「さっ、三千人ンンンッッ!?」
驚いた。せいぜい二十人かそこらの反乱だと思っていただけに、デヴィットの声は裏返る。
悪魔国家という発想も、馬鹿げている。
そんなものを作ったって、やがて政府の手が伸びてきたら機動隊に突入されて解散だ。
悪魔遣いは、しょっぴかれて職を失うだろう。
「おい、そのテロ組織……DECADENTにラダマータかベルベイってやつは、いるのか?」
ラングリットの問いに、悪魔が首を傾げる。
『個の悪魔遣いの名など我は興味なし。知りたくば仲間になって探すとよい』
「けど、三千人もいるんだろ?探すのは大変だな。名簿なんて気の利いたもんは作っちゃいないのかい?」
更に聞き出そうとデヴィットも車を降りて話しかけるが、別の声が悪魔の回答を遮った。
「もういい。悪魔国家と聞いて興味を示さない奴に用はない。ここで砂漠の塵となってもらおう」
足下の砂が盛り上がり、えっ?と驚く暇もなく、エイジは鋼鉄の腕にふわりと抱き上げられて後方へ飛び退る。
抱きかかえてくれたのはランスロットだ。
この悪魔は、ご主人様に呼び出してもらわずとも勝手に空間を行き来できる。
デヴィットも同じく襲われたようだが、こちらは事前に用心していたのか、呼び出されたアーシュラが襲撃してきた物を受け止めていた。
向いあうのは、巨大なサソリの形をしたもの。
そいつが二本足で立ち上がり、アーシュラとがっぷり四つに組んでいる。
どう見ても、ただのサソリではない。
悪魔に対抗できるのは、悪魔ぐらいなものだ。
エイジの足下を襲ってきたのも、同様のサソリ型悪魔であった。
こちらは腹ばいの格好で、獲物を挟み損ねた巨大な鋏をかち鳴らしている。
「げぇっ、何よあれ!?気持ち悪いわねぇっ」
まだ車内にいるバルロッサが文句を言い、ぱちんと指を鳴らして遣い魔へ命じた。
「エイペン、やっちゃいなさい。右斜め四十五度よ、岩陰の後ろ!」
途端に雷鳴が遙か遠くの岩陰を直撃し、慌てた様子で黒い影が飛び出してくる。
サソリ型悪魔か或いはメッセンジャーの悪魔を使役する悪魔遣いの、どちらかだろう。
カゲロウが歓喜する。
「さすがです、ルベロ先輩。既に悪魔を呼び出してあったとは。もう一人は案外近くにいますね、僕の感知センサーによれば――」
『車の下』
すぅっとパーミリオンが床に沈み込んだかと思うと、間髪入れずに車の下からも黒い影が転がり出てくる。
「――チッ、厄介な能力を持っていやがる。噂通りの悪魔だぜ」
声には聞き覚えがあった。
先ほど「もういい」と襲撃の号令をかけた奴の声だ。
男はまだ若く、二十代前半ぐらいに見えた。
金髪を短く刈り上げ、迷彩服を着ている。
目つきは鋭く、一般人とは思えない。
それもそうだ、奴はテロリストなのだ。一般人に見えるわけがない。
「敵は二人だけ?ナメられたもんだね、僕達も」
デヴィットが余裕風をふかしカゲロウも辺りを探知するが、これ以上の気配は見つからない。
悪魔は三体いるのに、悪魔遣いは二人だけ。計算があわない。
訝しがるエイジに、ランスロットがそっと耳打ちした。
『あのサソリっぽいの……地中で繋がっています。二つを別々の方向へ引っ張れば、両方押さえ込めるのでは?』
サソリ型は尻尾が地中に埋まっている。
注意深く眺めていると、時々ぴくり、ぴくりと二体の尻尾の根元が全く同じ脈打ちをしているのに気がついた。
それにしても「よく見抜けたな」とエイジが小声で褒めてやると、ランスロットは嬉しそうに頷いた。
『動きを見ていれば判ります。立っているほうが動くと、腹ばいのほうの尻尾の根元が深く沈むんです』
尻尾の根本なんて見る余裕もなかった。
しかも、尻尾で二体が繋がっているなんて誰が考えようか。
『波長も同じですし、二つで一つの悪魔なのは間違いありません』
宙を浮かんでいた黒い奴も、今は転がり出てきたご主人様に寄り添って身構えている。
「デヴィット、アーシュラにサソリを任せていいか?」
エイジの指示にデヴィットがニヤリと微笑む。
「いいけど、君の頼みを聞いた報酬は何がもらえるんだ?ほっぺにキスぐらいはしてもらわないと」
即座に「いちいち褒美を欲しがる仲間なんて聞いたことないわよ!?」と車内からは、ブーイング。
その間エイジはデヴィットの答えを待つでもなく、携帯電話を取り出すとカゲロウにかけた。
口元を押さえ、小声で彼に指示を出す。
「カゲロウ、サソリは地中で繋がっている。パーミリオンに命じて、アーシュラとは反対方向に誘導してもらえるか」
判りましたと打てば響く返事がきて、すぐに電話は切れた。
「黒い奴は私に任せて!」とバルロッサが言い、己の遣い魔へ次の命令を飛ばす。
「エイペン、空を飛ぶ奴は全部あなたの獲物よね」
晴れ渡る空に雷鳴が走り、黒い奴と悪魔遣いの元へ次から次へと稲妻が落ちてくる。
『――ッ!』
黒い奴は避けるので精一杯。
悪魔遣いに至っては脱兎の勢いで、その場を離れようとして、稲妻の直撃を全身に受けて、もんどりうつ。
男は「ぐあッ!」と叫んだっきり、ピクピクと体を痙攣させるばかりで起き上がってこない。
悪魔と違い、生身の人間は脆い生き物だ。
だが死んでもいない処を見ると、エイペンジェストに手加減をされた模様。
奴には聞き出したいことが山とある。エイペンの判断は正しい。
一方のサソリは片方がアーシュラと力比べをする間、パーミリオンが砂漠を潜る。
なるほど悪魔遣いの言うとおり、サソリは二体が尻尾で繋がっている一体の悪魔であった。
パーミリオンは、しばし相手を眺めて思案する。
『尻尾を切ると……どうなる?』
試してみたくあったが、下手に余計な真似をして厄介な結果が出てしまうのは困る。
それに尻尾は太くて、パーミリオン一人の手では切れそうにもなかった。
ただちにパーミリオンは考えるのをやめ、砂を飛び出し、腹ばいのサソリの目前に現れる。
獲物を見つけたサソリが振りかざしてくる鋏を寸前で避け、アーシュラの立つ方角とは逆方向に走り出す。
砂の上だというのに、パーミリオンの足取りは軽やかだ。
それでいて見かけよりは速くなく、サソリが追いつきそうで追いつかない、ぎりぎりのスピードを保っている。
パーミリオンを追いかけるサソリを横目に、アーシュラも行動を開始する。
四つに組み合っていた相手を抱きしめると、パーミリオンとは逆方向に引きずり持っていこうとした。
「ジャイガンッ、潜れ!ちぎれるぞッ」
敵の悪魔遣いが狙いに気づいて叫んだが、そうは問屋が卸さない。
『あっ……』と叫んでパーミリオンがわざと転んでみせれば、腹ばいのサソリは、ご主人様の命令も無視して彼女に飛びかかっていった。
もう片方はアーシュラががっちり抱きかかえているから、潜ろうにも潜れない。
やがてブツッと嫌な音がして、サソリが二体とも大きく痙攣する。
「ジャイガン!」と遠方の悪魔遣いが悲痛な声でサソリ型を呼んだ。
哀れジャイガンはアーシュラの腕の中で二回ばかり痙攣すると、かくりと頭を項垂れる。
『むっ?何が起きた』と首を傾げるアーシュラを地上に残し、パーミリオンは再び砂の中へ潜ってみた。
二つの体を繋いでいた尻尾が切れている。
これがジャイガンと呼ばれたサソリ型の生命線であったらしい。
やはり最初に尻尾を切ればよかったのだ――と自身の考えに満足し、パーミリオンは砂を進んでカゲロウの元まで戻ってくると、ご主人様の影の中へ潜って乱れた息を整えた。
立て続けに空を割る稲妻にカゲロウが目をやると、ちょうど黒い奴が雷に打たれて地に伏せるのを目撃した。
戦闘が終わった合図であった。

『にゃあぁん、もう終わったのニャ?』
ラングリットの膝の上で、黒猫が大きく伸びをする。
パーシェルときたら、皆が戦っているというのに車内でラングリットとじゃれあっていたらしい。
もっとも、その件で彼女とラングに文句を言う仲間もいなかった。
二体しかいない敵、悪魔が三体いれば充分である。
稲妻に撃たれて痙攣している悪魔遣いを五人で囲むと、デヴィットが奴を足でこづいて詰問する。
「おい、口ぐらいは訊けるだろ?DECADENTのメンバーってのは本当に三千人もいるのかい?」
「う……うっ……い、いずれは三千人に増やす、予定だ……」
しびれる舌で何とか答える男に、五人は顔を見合わせる。
「なんだ……フカシだったんだ、三千人って」
呆れるデヴィットを横目に、今度はエイジが尋ねた。
「メンバーにアリューという悪魔はいないか?ベルベイという名の悪魔遣いでもいい」
駄目元で聞いてみたのだが、意外な答えが返ってきた。
「う、くっ……い、いる……」
「いるのか!?」
再度エイジが確認を取ると、男は頷こうとして力が入らず小さく身じろぎした。
「いるが、しかし……」
「しかし?」
「イ、イ、イスラルアには……いない。本部は」
ごくりと唾を飲み込む皆の前で、不意に男が大きくカハッと息を吐いたかと思うと。
二、三度激しく痙攣し、ぎょろりと白目をひん剥いた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの!?エイペン、あなたちゃんと手加減したわよね!?」
バルロッサは必死になって彼を揺さぶるが、男は細かい痙攣を繰り返し、やがて全身からダランと力が抜けて崩れ落ちる。
脈を取ってみても、トクリとも感じられない。
男は一瞬にして死に至らしめられてしまったようだ。
『手加減は致しました……が、どうやら、これは』
エイペンが彼方の地平線へ目をやり、ランスロットもポツリと呟く。
『時限発動……ですね。彼の身に何かが起きた時、発動するものだったようです』
デヴィットが驚いて肩をすくめる。
「時限発動だって?けど、彼からは悪魔の気配なんて感じなかったぜ」
「気配もなにも」と混ぜっ返してきたのは、カゲロウだ。
「僕達は悪魔と戦い、悪魔を使役していました。今だって悪魔が近くにいるのに、微細な悪魔の気配なんて感じられますか?」
「そりゃ、まぁ」とデヴィットも言葉を濁し「君は気づかなかったのか?エリートなのに」とエイジに助けを求めるも、エイジも首を振り「時限発動の可能性なんて考えもしなかった」と、あっさり油断を認めた。
「こいつはテロリストの仲間だったんだろ?なのに腹ん中に時限悪魔を仕掛けられるなんて、とんでもねぇ話だぜ」
ラングが吐き捨て、黒猫を肩に乗せた。
「ベルベイも仲間になっているってんなら、早いとこ救い出してやんねぇと。時限発動で殺されちまったら、元も子もなくなるぞ」
白目を剥いた男の両目を閉じさせてやってから、エイジは立ち上がった。
「あぁ。急ごう、イスラルアへ。あの街で何が起きているのか徹底的に調べるんだ」