Devil Master Limited

1-4.最悪にして最強

エイジがパーティションの一角にあるデヴィットの席を覗き込むと、彼はキーボードで何やら打ち込んでいる最中であった。
真面目に仕事をしているのかと思えば、そうではない。
通販のページを開き、熱心に眺めているのはキャラクターの絵がプリントされた『抱き枕』だ。
ずいぶん真剣な眼差しで眺めているものだから、声をかけようかどうしようか悩んだのだが、結局終わるのが待ちきれず、エイジは背後から声をかけた。
「――抱き枕がないと眠れないお年頃ですか?」
特に驚いたふうでもなく、デヴィットが椅子を回転させて優雅に振り向く。
「やぁ、エイジ。なに、独り身の夜長は人肌が恋しくてね。恋人がいれば万事解決なんだけど、いないから代わりになるものを探していたのさ」
だからといって仕事中に通販を漁るのは如何なものだろう。
エイジの表情から不満を読み取ったか、デヴィットは自ら話題を逸らしてきた。
「それより僕に何の用だい?君から声をかけてくれるなんて珍しいじゃないか」
「実は――」とエイジが話すよりも先に。
「僕とコンビを組みたいっていう、お誘いかな?」
ずいっと距離を狭められ、反射的にエイジは後ろへ一歩下がる。
どうにも苦手だ、デヴィットという男が。
何を考えているのか判らないし、いい噂も全く聞かない。
今もニヤニヤと嫌な笑いを口元に張りつかせて、こちらを見ているし。
「コンビでは、ありません」
視線を外して、エイジは一つ咳払い。
「実は内密の依頼を受けまして、その依頼への協力をデヴィット先輩に頼みたいと」
「ほぅ。内密ね。それって、もしかして社長直々に頼まれたっていう依頼のこと?」
「何故それを」と言いかけるエイジの顎を手ですくい上げると、デヴィットは顔を近寄せてくる。
「もう、とっくにあちこちで噂になっているよ。君が誰それを熱心に誘っていたって話のオマケつきでね」
生暖かい息を顔に吹きかけられ、ぞわぁっとエイジは総毛立つ。
荒々しくデヴィットの手を振り払い、嫌悪丸出しの目で彼を睨みつけた。
「知っているのならば、話は早いです。これ以上ここで話すのもなんですから、続きは会議室で」
だがデヴィットときたら、エイジに睨まれているというのに余裕綽々のポーズで肩をすくめると、曖昧な反応を見せる。
「まだ僕は引き受けるとも何とも言っていないんだけどね」
「では、断ると?」
勿論、彼が断る事も想定内だった。
むしろ断ってくれた方がエイジにとっては都合が良い。
しかしデヴィットはニヤリと口の端を歪め、「断るとも言っていないな」と笑った。
エイジが苛々追求する。
「どっちなんですか、早く決めて下さい」
するとデヴィットは、ふぅっとこれ見よがしな溜息をついて、にじり寄ってくる。
反射的に後ずさるエイジを面白げに見つめながら、「判っていないな」と呟いた。
「何がどう判っていないと言うんですか」
臆している自分にも軽い苛立ちを覚えながら、エイジは辛抱強く会話を続ける。
むかつく先輩は鼻でエイジを笑うと、さらに距離を縮めてきた。
「僕に協力を依頼するんなら、それ相応の態度で接してくれなくちゃ」
先ほどから一応、先輩への敬意を払って敬語で話しかけている。
これ以上、何を求めるというのか。否、何が不満だというのだ?
相手の求めるものが判らず、エイジは困惑する。
そのエイジの顎を、もう一度手ですくいあげて上を向かせると、接触すれすれまで顔を近づけてきたデヴィットが囁いた。
「まずは、僕に対して敬語で話すのをやめてもらおうか」
「えっ……?」
呆然とするエイジに、重ねてデヴィットは言う。
「僕は敬語ってやつが嫌いでねぇ、どんな相手でも対等の立場で話をしてもらいたいのさ。あぁ、それと」
じっと瞳を覗き込んで付け足した。
「僕を先輩として扱いたいのなら、敬語ではなく態度で示してくれないと」
「ど……どうすれば」
「そうだな、キスしてくれよ。敬愛なる先輩の為に」
冗談ではない。
そのテの趣味などエイジにはないし、そうでなくても相手は大の苦手とするデヴィットである。
勢いよく、それこそデヴィットがゴチンと床に頭をぶつける勢いで振り払うと、エイジはパーティションを飛び出した。
ちょうど、その時である。
彼を心配してバルロッサが駆けつけたのは。
「どうしたの?すごい音がしたけど、大丈夫!?」とエイジを気遣う彼女へ応えたのは、当のエイジではなく。
「大丈夫じゃないよ……あぁ、イタタ……」
頭をぶつけた本人、デヴィットが涙目で立ち上がる。
「酷いなぁ〜。これが先輩に対する態度ってわけかい?エイジくん」
「あら、あなたが先輩風を吹かすなんて珍しいわね。いつもは敬語だって嫌がるくせに」
「冗談だよ」
飛んできたバルロッサの毒を、さらりと受け流すと、デヴィットはシニカルな笑いを口元に浮かべる。
「エイジ、君にチームを組みたいと言われて断る奴は愚か者だね。協力するよ、キスは成功した時の報酬にでも」
途端に「キス!?」とバルロッサが金切り声をあげる。
「キスって何の話よ!あなた、まさかエイジに、もう」
そこへ「おっとっと、まだ此処におったんかい」と顔を出したのは、ラングリットとパーシェルだ。
会社の中で堂々と悪魔を連れ回す同僚を冷たい視線で一瞥すると、ぐるりと皆の顔を見渡してデヴィットは肩をすくめた。
「おやおや、こいつは驚いた。これが君の選んだメンバーかい?エイジ。デキのいいヤツから悪いヤツまで集めて、一体どんな任務なのかな。社長直々のお仕事ってのは」
ごほんと咳払いし、エイジは体勢を取り繕う。
バルロッサ、ラングリットが来てくれたことで、恐怖と嫌悪にかき乱されたエイジの心にも余裕が生まれる。
要は二人っきりにさえならなければ、いいのだ。デヴィットと。
「……それを今から説明しますので、会議室まで来て下さい」
「おっとっと、敬語は」と近づいてこようとするデヴィットを手で制し、エイジは言い直した。
「失礼、チームを組む以上は仲間だったな。敬語の苦手なメンバーもいるようだし、ここからは普通に話そう。会議室までついてきてくれ」
あくまでもデヴィットからは距離を置き、自分と奴の間にパーシェルを挟む形で移動する。
デヴィットはつまらなそうに口を尖らせていたが、エイジがちらりと振り返ると、ニヤニヤといつもの笑いで受け返す。
――やはり苦手だ。この男だけは。


詳しい仕事内容を聞いたデヴィットの一声は「なるほどねぇ」であった。
「それで?残る一人のメンバーを、君はカゲロウに決めたってわけだ」
「あぁ」
素直に頷いたエイジを横目でちらりと意味ありげに見つめ、デヴィットは顎を撫でる。
「しかし、カゲロウねぇ?大して目立ってもいない新米社員が、どこまで役に立つのやら」
「新米とて侮るもんじゃないぞ」とラングリットが口を挟んだ。
「可もなく不可もなしってのは、逆に捉えりゃオールマイティって意味にもなるんだからな」
ちょっと前までは彼もカゲロウの存在を忘れていたくせして、えらい褒めっぷりだ。
「それに目立つ、目立たないで考えるなら、目立たない存在のほうがいいんじゃないかしら」とバルロッサも口添えする。
「何しろ、この依頼は内密に事を進めなければいけないんですものね。そうでしょう?エイジ」
それにも素直に頷くと、エイジは視線を窓の外へ移す。
社員の誰もが存在を知らないカゲロウ。
それでいて、きちんと利益を上げているらしい。
彼を誘おうと考えたのは、何も影が薄いからってだけじゃない。
誰もの記憶から抜け落ちているのに、確実に我が社の社員として存在する彼に一度会ってみたかったのだ。
入社できたからには、悪魔遣いとして光るものを持ち合わせているはずだ。
それが知りたい。
「大体」とデヴィットが再び話し始めたので、エイジは自分の思考から現実へ引き戻される。
「君達とだって初めて手を組むんだぜ?僕は」
「そうね。だって、あなたは破壊行為がお好きなようだし」
「美学の違いってやつだ」なんて言葉をラングリットの口から聞こうとは。
エイジがデヴィットを苦手とするように、ラングリットやバルロッサもデヴィットを苦手としていたのか。
「おやおや、ご挨拶だね」
全く堪えていない薄ら笑いを浮かべると、デヴィットは真っ向から二人を見つめる。
「誤解なきよう一応断っておくけどね。破壊行為が好きなのは、僕じゃない。僕の相棒が、破壊行為を趣味としているのさ」
「似たようなものよ」
バルロッサも、やり返す。
「相棒が暴走している時は止めるのが悪魔遣いの義務ってものではなくて?止めもしないで暴れさせておいて、今さら趣味じゃないって言われても到底信じられないわ」
彼女の剣幕には、ふぅっと、これ見よがしに大きな溜息を吐きだして、デヴィットは肩をすくめる。
「まぁ、いいよ。君の中では、僕は破壊行為の好きな男なんだろうさ」
だったら、最初から言い訳など言わなければいいものを。
エイジはそう思ったが、彼の好きなように言わせておいた。
「それよりも、だ。僕達は初めてチームを組むってのに、仲間がどんな手の内を持つのかも知らないじゃないか。これはチームとして致命的だと思わないか?」
「また顔合わせ、か」
やれやれとラングリットが唸るのを真似して、パーシェルも『やれやれニャ』と呟いてみせる。
先ほどから、ご主人様達が何を話しているのかは判らないけど、一つだけ判った事がある。
我が主ラングリットは、この会話に飽きている。
先ほどから激しく貧乏揺すりをしているのが、何よりの証拠だ。
無駄話なんか終わりにして、さっさと依頼に取りかかりたいのだろう。
それにはパーシェルも同感である。
「あぁ、君の悪魔の様子はさっきから充分に観察させてもらったから、もういいよ、ラングリット。君の遣い魔は飽きっぽくて、話を聞くのが苦手なようだね」
言葉の端に見え隠れする悪意に気づいたか、パーシェルが顔をあげる。
『なんニャ!? パーシェルをバカにするニャ!』
フーッと威嚇のポーズを取る猫娘には目もくれず、デヴィットはバルロッサとエイジを促した。
「エイジ、バルロッサ。君達の遣い魔を呼び出してくれよ。僕もアーシュラを呼び出すからさ」
「ここで?」とバルロッサが眉をひそめたのは、己の遣い魔を呼び出す件に関してではない。
アーシュラを、ここへ呼び出す事への危惧だ。
噂じゃ凶暴な悪魔だという話ではないか。
そんな奴を呼び出して平気なのか?
「呼び出さなきゃ、どんな遣い魔でどんな能力を持っているのかを事前に知り得ないだろ?まさか君は、依頼を始めてから作戦を立てようと思っているんじゃあるまいね」
デヴィットは判っているのかいないのか、さっさと呪文の詠唱に入る。
仕方なくバルロッサとエイジも、自分達の遣い魔を呼び出した。
会議室に目映い光が走り、エイペンジェストが姿を現す。
何もない空間が二つに割れて、黒い隙間から現れ出たのはランスロットだ。
黒いモヤがデヴィットの真横に出現し、中からアーシュラが現れる。
四人の悪魔が一同に集結した。
『ほぅ……』
上から下まで無遠慮にジロジロとアーシュラを眺め回し、エイペンジェストが感嘆の溜息をつく。
『無駄なく鍛えられている。さすがは歩く破壊兵器と呼ばれた悪魔ですね』
筋肉隆々というのではない。
アーシュラの肉体は、意外やスリムであった。
ただし、つくべき場所に筋肉はついている。
スリムながらも六つに割れた腹筋を見て、パーシェルが目を細める。
『洗濯板みたいニャ』
やけに庶民的な発想をする悪魔である。
ランスロットだけは、アーシュラを眺めていなかった。
鎧甲冑の視線はまっすぐエイジへ向かい、他の者など視界に入っていないかのようだ。
『お前達が』とアーシュラが発したので、ランスロット以外の全員がそちらを注目する。
『我と手を組む悪魔なのか?』
『その通りです』
軽く会釈し、エイペンジェストが応える。
『私の名はエイペンジェスト。以後、お見知りおきを』
『パーシェルなのニャ!』
元気よくパーシェルも挨拶し、片手をアーシュラに差し出す。
フンと鼻で笑って握手を拒んだアーシュラは、エイペンジェストを睨みつける。
『くれぐれも我の邪魔をするんじゃない。我の足を引っ張るな。これは、絶対だ』
いきり立ったのは悪魔ではなく、ご主人様達のほうだ。
「なんですって!?」
「おいデヴィット、お前の遣い魔は随分と傲慢じゃないか?」
デヴィットは薄笑いしただけで何も言い返さず、代わりにクイッと顎で前方を示す。
バルロッサとラングリットも見た。
エイペンジェストが苦笑いし、パーシェルが脳天気に笑っているさまを。
『これはこれは……性格も噂通りですね、素晴らしい。えぇ、いいですよ。我々は足を引っ張らぬよう、協力すると致しましょう』
微笑むエイペンジェストの横では、パーシェルが調子を併せる。
彼女の場合は平常運転といったほうが正しいか。
『よろしくニャー!アーシュ』
握手を拒まれたばかりだというのに、ニコニコしている。
悪魔達は、ご主人様が思うよりも寛大であった。
いや、寛大というのは正しくない。
良くも悪くもマイペースなのだ、基本的に。
そして、それは一人無言のランスロットにも言えることであった。
無言の鎧甲冑を相手に、アーシュラが尊大に言い放つ。
『貴様もだ、ランスロット。我の戦いを邪魔するのであれば』
『邪魔など致しませんよ』
涼しい声で、ランスロットが遮る。
『あなたはあなたで、好きに暴れていて下さい。私達は私達で自由にやります』
それよりも、とエイジへ視線を向けたまま、ランスロットは続けた。
『顔見せは済みました。お次は能力を見せ合えば宜しいのですか?』
「あぁ……そうだな。俺達も把握しておきたい。一応、能力の説明ぐらいはしておいてくれるか」
四人の悪魔を見渡して、エイジが相づちを打つ。
最初にアピールを始めたのは、エイペンジェストだった。
『私は雷を使います。遠くの敵も、近くの敵も。私の雷をくらって無事だった者は、そうそうおりません』
「雷か……呼び出すのに時間はかかるのか?」と、これはラングリットの質問に、エイペンジェストは短く答えた。
『愚問ですね』
人間の唱える術と違って、悪魔は己の能力を使うのに詠唱を必要としない。
使おうと思えば瞬時に使える。能力とは、そういうものだ。
『はいはーい!パーシェルは猫道を辿れるニャ』
続いての自己アピールはパーシェル。
「猫道、ねぇ?なんだい、それ」
首を傾げるデヴィットへ、ふんっと勢いよく鼻息をはき出すと。
『猫が通る道なのニャ!』
要領を得ない答えを返すパーシェル。ラングリットが補足した。
「猫だけに判る獣道ってのがあってな……そいつを猫道と呼ぶ。パーシェルは猫と会話して、そいつを見つけ出すのが得意なんだ」
猫道は全ての道と繋がっている、いわば近道のようなものである。
「では、猫がいないと見つけることも叶わない……?」
エイジの疑問には苦笑して、ラングリットは顎をかいた。
「まぁな」
「ふぅん、他には?猫だから夜目はきくほうじゃないのかい」と、デヴィット。
たちまち気分を害して『パーシェルは猫じゃないニャッ!』と怒鳴る遣い魔を、まぁまぁと宥めると、ラングリットは答えた。
「きくことはきく。だが、こいつはパーシェルが猫に似ているからってんじゃない。夜目の利き具合は他の悪魔と大して変わらんよ」
エイペンジェストがアーシュラを促した。
『次はあなたですよ、アーシュラ。あなたは、どのような能力をお持ちなのです?』
アーシュラの答えは簡潔であった。
『我の能力は飛行と魔力の増幅だ。それ以外は持ちえない』
『え〜?しょぼいのニャ。最強の悪魔と謳われているから期待してたのに』
思わずパーシェルが本音を吐き、コラコラとラングリットが止める間もなく。
アーシュラが壮絶な笑みを、にまりと浮かべる。
『悪魔の本懐はチャチな能力などではない。お望みとあらば、貴様の体を一瞬にして肉塊へと変えてやってもよいのだぞ?』
アーシェルが笑った直後、部屋中を強烈な殺気が包み込む。
ヒッと喉の奥を小さく鳴らして、バルロッサが身を硬くする。
エイジも同様だ。動けない。
横では冷や汗を滲ませたラングリットが、同じく硬直していた。
一歩でも動いたら、殺られる――!
そう思った時、殺気は四散した。
すっかり怯えて腰を抜かしたパーシェルを、アーシュラは侮蔑の表情で見下ろした。
『言ってみれば戦闘能力、それこそが我の能力だ。飛行や魔力増幅など、産まれたついでについてきた能力に過ぎない』
『なるほど……お見事です』
硬直のとけたエイペンジェストが無理に微笑み、最後のランスロットを促す。
『次はランスロット、あなたです』
だが、しかし鎧甲冑は直立不動、全く動く気配を見せないではないか。
「ランスロット?どうし――」
どうした、と最後まで言わせてもらえず、次の瞬間エイジはランスロットに抱きしめられる。
キ、キャアアアアーーーーーーー!!!怖い、怖い怖い怖い怖いですぅぅぅっ!殺される!こんな人と上手くやっていけません、エイジ様助けて、おぉーたぁーすぅーけぇー!!』
恥も外聞もなく泣き叫び鎧をガチャガチャ言わせるランスロットには、誰もが呆然と見守るばかり。
ただ一人、彼女の臆病を知るエイジだけは、ぎゅうぎゅうと押しつぶされながら必死で慰めにかかった。
「大丈夫だ、安心しろ!俺が今までお前を見捨てて逃げたことなどあったか!?俺とお前は常に一緒だろ、だから平気だ!絶対にお前をアーシュラの餌食になど、させるものか!」
何度も鎧を叩いて、そんな言葉をかけるうちに。
ランスロットの動揺も次第に和らいできたのか、ようやくエイジは抱きしめから解放された。
『そ、そうですよね……私とエイジ様は一心同体、離れることなど永遠にない関係でした。私としたことが、つい』
「それはいいから」とエイジが途中で遮る。
だんだん恥ずかしくなってきたのか、彼の頬は赤く染まっていた。
「お前の能力を見せてやれ。皆も見たがっている」
『あ、ハイ』
すっかり落ち着きを取り戻したランスロットは、槍を片手に誰もいない席の真正面へ立つ。
『私の能力はですね、空間を断ち切ります。ほら、このように』
何もない空間を槍で撫でる。
すると遠目に並んでいた長机が斜めに歪み、真っ二つになったかと思うと足が宙に浮いたではないか。
「えっ?」となり、バルロッサが目を激しくこする。
デヴィットやラングリットも目を丸くした。
『これが……空間を裂く能力……素晴らしい』
ポツリとエイペンジェストが呟き、腰を抜かしていたはずのパーシェルがキャッキャと喜ぶ。
『すごーい!手品みたいなのニャ〜♪』
『それは、どうやって戻すのだ?』と尋ねてきたのは、アーシュラだ。
仏頂面で面白くもなさそうな表情の彼へ、一拍の間をおいてから、ランスロットが答える。
『あぁ、それはですね、このようにすれば』
何もない空間を小手が撫でる。
すると、真っ二つになったはずの長机は一斉に元へ戻った。
「なるほど……まさにマジックだ」
デヴィットが呟くのへは、エイジが訂正する。
「ただの不思議現象じゃない。先ほどの割れた空間の中へは、俺達も侵入することが可能だ」
「へぇ……じゃあ、使い方によっては猫道よりも近道に?」
デヴィットの思いつきに「そうかもしれない」と一旦は同意しておきながら。
エイジは、一応パーシェルをフォローするつもりで付け足した。
「ただし、乱用は出来ない。ランスロットの精神消耗が激しすぎるのでな。そういう点では猫道のほうが便利だろう」