Devil Master Limited

1-2.突きつけられた難題

Common Evilは歴史の長い悪魔遣い派遣会社だ。
最高責任者、すなわち社長は今年で三十代目にあたる。
若くして社長になった男で、名をゲイネスト=シュバイアーといった。
ゲイネストも、かつては悪魔遣いとして活躍していた身だ。
従って役員の天下りよりは、悪魔の情報に精通している。
悪魔に詳しい男なら、ちゃんと話し合えば悪魔との同棲を認めてくれるかもしれない。
ランスロットとの同棲を承認してもらう為、エイジは今からゲイネストの元へ行くところであった。
社長が断固として認めてくれないのなら、会社を辞めるつもりでもいた。
別に大手じゃなくても悪魔遣いの勤め口は、ごまんとあるのだ。
多少給料額が落ちたって構いやしない。
ランスロットと一緒に暮らせるのならば。
……交渉前から弱気になって、どうする。
エイジは気を引き締めなおし、社長室のドアをノックした。
「失礼します」
「入り給え」の声を受けて、後ろ手にドアを閉める。
社長は窓際に立って窓の外を眺めていたようだが、エイジのほうを振り向いた。
「おぉ、エイジ君か。どうしたのかね?今日は」
「昨日の件ですが――」
「昨日の?」
「はい」
単刀直入ですがと前置きしてから、エイジは話し始める。
悪魔遣いのコンディション、悪魔と悪魔遣いのメンタル接点、常に身の側へ悪魔を置く利点などを長々と話し、まとめに入ろうとした時だった。
社長が苦笑してエイジの話に待ったをかけたのは。
「君がどれだけ君の相棒に愛情を注いでいるのかは、よく判ったよ。君は余程、悪魔を単なる仕事上の道具として使役したくないらしいね」
当然だ。ランスロットは仕事の道具じゃない。
それに契約を結んで以降、ずっと一緒に暮らしてきたのだ。
突然別居しろと言われたって、納得できるわけがない。
「だが、例外を認めるには条件が必要だ――そうだ、急ぎの依頼があるんだが、聞いてもらえるかね?」
最初からエイジに頼む事を前提で用意していたのだろう。
でなければ急ぎの仕事など、とっくに誰かに頼んでいるはずだ。
「どのような依頼でしょう?」
面倒を省いて尋ねると、今度はゲイネストが長々と話し始める。
その依頼とは、こうだ。

数日前から音信不通になっている悪魔遣いがいる。
名前はベルベイ=ナイヴ。悪魔の名はアリュー。
彼女は以前より悪魔遣いの待遇に不満を持っており、勤務態度はけして良好とはいえなかった。
その彼女が、勤め先に無断で姿を消した。
アリューの特殊能力が能力だけに、会社としては全力で彼女の行方を捜したい。

「何なのです?アリューの特殊能力とは」
エイジの問いに、社長が答える。
「洗脳だよ。ある特定の条件下において、人を自由自在に操れる。もし彼女が軍人に近づいて洗脳しようものなら、大変なことになるだろう」
洗脳――
地味だが使いようによっては、善にも悪にもなれる能力だ。
ベルベイは悪魔遣いの待遇に不満を持っていたというし、よからぬ事を考えていなければよいのだが。
「彼女の勤め先は、捕らえる際の注意について何か言っていましたか?」
「あぁ……悪魔の生存は最重要視、ベルベイの生死は問わないそうだ」
社長の瞳が、きらりと光る。
眉間にしわをよせ、エイジは呟いた。
「たとえ殺してでも悪事を阻止しろ……と?」
「そういうことだ。全く恐ろしい会社だよ。悪魔のみならず、悪魔遣いまでもを道具としか見ていない」
悪魔遣いが死ねば、契約を結んでいた悪魔は自由になれる。
再び、別の悪魔遣いと契約を結ぶ事も可能だ。
裏切り者を再雇用するよりは、新しい悪魔遣いを雇った方がいいと結論づけたに違いない。
会社が欲しいのはベルベイじゃない。アリューの能力だ。
だからこそ、彼女は現状に不満を感じて逃げ出したのかもしれなかった。
「どこ、なんです?彼女が勤めていた会社というのは」
教えてもらえないだろうと思いつつも、エイジは一応尋ねてみた。
悪魔遣いを使い捨てるようなブラック会社は、是非知っておきたい。
今後の未来で、転職する時の為に。
だが社長は「依頼の守秘義務を忘れたのかね?」と言って、かぶりを振った。
やはり教えてはくれないようだ。業界上のお約束というやつか。
「エイジ君、君にはベルベイ=ナイヴの保護を頼みたい。何処よりも早く、彼女が追っ手に殺されるよりも早く、彼女の身柄を確保するのだ」
元悪魔遣いとしても、同業者が同業者の手によって殺されるのを見るのは忍びないのだろう。
しかし、洗脳か。彼女の相棒は厄介な能力を持っている。
すぐに返事をしないエイジを見て、なんと思ったか、社長が付け足した。
「あぁ、むろん君一人でやれと言うつもりはない。助っ人が必要なら、何人か誘ってみるといいだろう。ただし、あまり大勢で行動するのは、やめておきたまえ。ベルベイに悟られる危険がある」
そんなのは、ゲイネストに言われるまでもなく判っている。
それに大勢だと意見の相違が発生するし、何かと方針をまとめにくい。
もし引き受けるなら最も信頼が置けて、且つ優秀な人材を少数つれていくのがよい。
「同行者の選択は、君に一任する。誰をつれていくか決まったら、報告してくれたまえ」
エイジは頷き、一旦社長室を後にした。


さて……誰を誘うか?
Common Evilには多種多彩な悪魔が揃っている。
無論、そいつらを使役する悪魔遣いも個性派揃いである。
あまり性格の合わない人間は、連れて行きたくない。
エイジは嘆息し、机の上に並べた社員ファイルに目を通す。

ラングリット=アルマー。
こいつの陽気さ加減は一部の社員に人気がある。だがエイジから見れば、やかましいだけだ。

バルロッサ=ルベロ。
エイジは、どうにも彼女が苦手である。エイペンジェストの能力は、けして悪くないのだが……

ミューゼ=ディゼル。
彼女の遣い魔キャリーは探索活動に向いている。つれていくとしたら、まず彼女を誘うべきか?

メラン=メルテベス。
酒さえ飲まなければ、扱いやすい部類の人間だ。遣い魔は諜報活動向き。

悪魔遣いの人格だけを取り上げるなら、ベータ=アランゼルも比較的つきあい易い人物だ。
でも、遣い魔は取り立てて強くもない。
一応保留メンバーに入れておこう。
デヴィット=ボーンの名前を見た瞬間、エイジは赤ペンで彼の名前に線を引く。
奴は駄目だ。
気持ち悪いし、馴れ馴れしいし、おまけに遣い魔との連携も滅茶苦茶だ。
アーシュラとデヴィットを連れて行くぐらいなら、パーシェルとラングリットを連れて行くほうがマシだろう。
パーシェルの能力は、確か猫道だったか。探索向けの能力である。
だが、あまり探索向けばかりに絞ってしまうと、今度は捕らえる時に難儀する。
ランスロットの能力は強大だが、使った後の体力消耗が激しい。
できることなら、ランスロットの力は確実に捕らえられる範囲へ近づけるまで温存しておきたい。
ミューゼ、ラングリット、メラン、それから――エイジはリストを眺め、一番下の人物に目を留める。
カゲロウ。今年入社したばかりの新入社員だ。
フルネームはカゲロウ=ミスティック。
彼の遣い魔はバランスの取れた万能型だと聞いている。彼も誘ってみるか。
『どうですか、決まりそうですか?』
ランスロットがエイジの前に紅茶を置き、隣へ腰掛ける。
自宅へ戻り真っ先に依頼の件を話すと、ランスロットはエイジにメンバー編成を委ねたいと申し出た。
悪魔にも悪魔同士で相性がある。にも関わらず、ランスロットはエイジの決定に従うと言ってくれたのだ。
遣い魔の好意に応える為にも、できるだけ、まともで役に立つ連中を選ばねばなるまい。
ランスロットの負担にならないような奴を……
断られる可能性もあるから、人数は多めに考えておく必要がある。
五、六人ばかりの名前に印をつけて、リストを整頓する。
明日は彼らに声をかけてみよう。
エイジは一番上に載せたデヴィットの履歴書に貼られた顔写真を、グシャグシャと赤く塗りつぶした。
こいつだけは絶対に駄目だ。
アーシュラはランスロットの負担にしか、なりえない。


翌日、会社でさっそくエイジはスカウトを開始する。
噂は瞬く間に社内で広まり、これはチャンスとばかりに色々な奴がエイジの元を訪れるようになった。
「俺を誘ってくれ!俺とパーシェルは必ずお前の役に立つ!!」
ビッと親指を立てられて、エイジは冷めた目で相手を見つめる。
「ラングリット先輩の遣い魔は猫道……でしたっけ?他に何が出来るんです」
「おっと、俺に敬語はノンノンだ。気軽にタメで話してくれて構わないんだぜ」
ノッてきたと勘違いしたか、ラングがエイジの机に尻を降ろす。
「そう、他の奴らにゃ真似できない猫道を、パーシェルは唯一探せるんだ!それだけじゃない、戦闘だってアーシュラには負けちゃいないぜ」
本人は意気揚々だが、ならば、もっと業績が上に行っているはずではないのか。
ラングリットの業績なら知っている。
並より少し上か、少し下を常に行き来している案配だ。
パーシェルの大きな特徴は、誰にもない特殊能力【猫道】にある。
能力面でも悪くないのだが、パーシェル自身が残念な遣い魔の典型であった。
なにしろ、頭が悪い。依頼内容を一度で覚えられない、とも聞いた。
ラングとコンビを組んだ事のある同僚の愚痴だ。
駄目だ。要領が悪い悪魔など、ランスロットの足を引っ張るに決まっている。
やはり第一候補はミューゼとバルロッサか。
バルロッサの遣い魔エイペンジェストは、遠距離戦に優れた能力の持ち主だ。
多少気の短いのは難点だが、その代わり頭の回転が早い。
既に、バルロッサにはメールを送ってある。
昼休みでよければ会いましょう、という返事が来た。
疎ましげにラングへ目をやると、エイジは言った。
「まずは心当たりに声をかけている。枠が余ったら、あんたの同行も考えよう」
「オゥ、そうしてくれ!余るといいな、枠!」
とても応援されているとは思えない言葉に、ますますエイジは疎ましそうにラングを睨んだ。

ミューゼは昼になっても、社内へ姿を現さなかった。
聞けば、彼女は今とても多忙な依頼中だという。なら、彼女を誘うのは迷惑か。
心の中でミューゼの名前に線を引き、代わりにメランを誘ってみようと考えながら、エイジは席を立つ。
食堂でバルロッサと会う約束をしていた。
食堂に入ってすぐ、彼女に名を呼ばれる。
「ここよ〜!」と大きく手を振るバルロッサは目立ち、食堂にいた全員の視線を独り占めだ。
近づくのは恥ずかしいが、ここで逃げても始まらない。
エイジは渋々彼女のいるテーブルへ行くと、対面に腰掛けた。
「メラン先輩は一緒じゃなかったんですか」
彼女も同行するとメールには書いてあったはずだ。
だが、バルロッサは顔を近づけると「それがねぇ、大変なのよ」と切り出した。
ウッとなるエイジにはお構いなく、彼女が言うには――
「入院だって!?」
思わずガタンと席を立ちあがりかけるエイジを抑え、バルロッサがヒソヒソと囁く。
「ヘマやっちゃったみたいなのよねぇ。無理をした、とでも言うべきかしら?ほら、あなたに協力を求めたっていう例のアレ。あれが原因みたいよ」
アレか。
確か、悪魔に取り憑かれた不良少女を悪魔ごと更正させろといった無茶な依頼だったはず。
女の子の扱いは苦手だし、ましてや正義のお説教などガラではない。
そういった理由で協力を拒んだのだが、エイジが拒否ったせいでメランはムキになってしまったようだ。
しかしミューズもメランも駄目となると、探索用の仲間を見つけるのが困難になってきた。
あと残っている有力な探索役は、誰がいる?
脳内で検索をかけていると、バルロッサが言った。
「メールにあった依頼の件だけど、私はオーケーよ。エイペンもやってみたいって言っているわ」
「助かります」
心から礼を述べると、彼女の顔が迫ってきた。
むわっと香ってくる化粧の匂いが、たまらない。
「いいえ、エイジの頼みですもの。あなたに頼まれたら、引き受けない奴なんて、いないんじゃないかしら?」
鼻から口に呼吸を切り替えて、エイジは引きつり笑顔で彼女に尋ねた。
「そうだといいのですが、探索用の仲間と考えていたメンバーが二人も不在です。バルロッサ先輩の見立てでは、他に誰が適任だと思いますか?」
そうねぇ、としばらく考え込む仕草を見せた後、バルロッサが答える。
「オリヴィアは、どう?あいつの遣い魔ってモロ探索向きよ」
オリヴィア=ショーマンか。
地味な女なので、存在ごと忘れていた。
彼女の遣い魔リッピヒィは、バルロの言うとおり情報集めに特化したタイプだ。
ただ一つ問題があるとすれば、オリヴィアの性格がエイジには掴み切れていない。
いつも、ぼんやり窓の外を眺めていて、無気力にも見える。
つれていって大丈夫なのか?
――背に腹は代えられない。
オリヴィアも駄目なら、あとは烏合無象の実力者ばかりだ。
最終的にはラングの処のパーシェルぐらいしか残らなくなってしまう。
まずは、彼女に打診してみよう。
さっそく電話を取り出しエイジは彼女の番号にかけてみるが、何度かけても繋がらない。
「ねぇ、その仕事、急ぐんでしょう?だったら、すぐにつかまる人を選んだほうが――」
バルロッサが助言するのと、食堂に駆け込んできた誰かが大騒ぎしたのは、ほぼ一緒で。
「大変だ、オリヴィアが入院したってよ!」
たちまち食堂は、ざわざわと騒がしくなり、声が聞き取りづらくなった。
「え〜、嘘ぉ。あの万年窓際社員が何すれば入院するってのよ」
誰かがぼやけば、駆け込んできた同僚が答える。
「襲撃されたらしいぞ!あぁ、依頼とは無関係な場所で」
「依頼とは無関係!?」
いずれにせよ、只事ではない。悪魔遣いが何者かの襲撃に遭うなど。
噂を持ち込んだ奴は、まだ何か言っていて、エイジは耳を傾ける。
「医者が彼女に聞いた話だと、相手はどうも悪魔遣いらしいんだ!」
再び、食堂が大きなざわめきに包まれる。
同業者を狙う同業者――エイジの脳裏には、一人の人物像が浮かび上がった。
「もう相手は動き出しているってわけね」と青い顔をしてバルロッサが呟く。
まだベルベイが犯人だと決まったわけではない。
だが、用心しておくに越したことはない。そして、疑ってかかるのも。
探索向けの彼女を狙うなど、襲撃者は追っ手がかかるのを恐れているかのようだ。
「ミューゼもメランもオリヴィアも駄目か……となると」
もう好き嫌いで、選り好みしていられなくなった。
ラングリットに連絡を取るべく、エイジは電話をかけ直した。