Dagoo

ダ・グー

12.転校生

――二日後。
朝のチャイムが鳴り響き、教師が壇上に立つ。
「皆、静かにしろ」
教室が静まるのを待ってから「入って」と戸口を振り仰いだ。
ガラリと戸を開けて入ってきた人物に注目が集まる。
転校生であった。
今日から、自分達の仲間になる新しい生徒である。
金持ちの息子と聞いていたが、上品な雰囲気は漂ってこない。
思っていたよりも目つきが悪い。つり目の三白眼だ。
身長は横に立った教師の胸ほどまでしかない。
目に見えて小柄だな、という印象だ。
少年は口の端を釣り上げて教室を見渡していたが、教師に自己紹介を催促されて口を開く。
「白鳥直輝だ。俺の都合で、この学校に通う事にした」
親父の都合でも家の都合でもなく、自分の都合だと言う。
こんな挨拶は初めてで、生徒の誰もが面食らった。
教師も面食らっていたが、そこは、さすがに年の功。
「それじゃ、白鳥くんの席は……」
席を決めようと教室を見渡すも、白鳥が先に歩き出す。
既に生徒の座っている席の横で、立ち止まった。
「ここにする」
えっ?という顔で、着席した男子生徒が彼を見上げる。
教師も戸惑いの色を浮かべて、白鳥に話しかけた。
「そこは南条くんの席だよ。君は――」
だが白鳥は聞いちゃいないのか、南条を睨みつけて一言。
「どけ」
命令されたほうは、穏やかではいられない。
「い、いや、でも、この席は僕の」
「俺がどけと言ったら、どくんだよ」
絶句する南条。
いや、絶句したのは彼だけじゃない。
今や教室中が静まりかえっている。
ある生徒は怖々、或いは驚愕の眼差しで、くちをポカンと開けたまま白鳥を見つめていた。
――すると。
不意にガタンと席を立ち、南条へ命令する者が現れた。
「南条くん、譲ってあげなさいよ」
南条の隣に座る女生徒、鈴木みのりだ。
何を言い出すんだ?と驚く南条に、またも声がかかる。
「そうよ、南条くん。譲ってあげて、白鳥くんに」
今度は別の女生徒、斜め後方に座っていた佐藤文恵だった。
オロオロする南条、そして教師の見ている前で、女子が次々立ち上がり、南条に席を譲れと強制し始める。
言っているのは女子だけだ。
男子も、南条や教師と同じく困惑している。
女子は今や全員が起立し、南条を責め立てていた。
白鳥くんと席を替われ、白鳥くんに席を譲ってやれ。
異常な雰囲気であった。
白鳥だけが、口元にニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
やがて根負けたのか、恐ろしくなったか、南条が「うわぁぁーッ!!」と叫んで席を立った。
「わかったよ、譲ればいいんだろ!?譲れば!」
泣きそうな顔で叫ぶと、空いている席へ座り直す。
南条の席だった場所へ白鳥が着席した瞬間、南条を責め立てていた女子達も次々と着席する。
一瞬にして、教室の空気が元に戻った。
ぽかんとしている男教師へ、白鳥が話しかけた。
「よぉ先生、いつまで呆けてやがるんだ?さっさとホームルームってのを始めろよ」
その言葉をきっかけに、異様な事態で硬直していた教室全ての男子達の針も動き出す。
「な……なんだったんだ?」
女子の顔を見渡したところで、何も得るものはない。
先ほどまでの鬼気迫る表情はどこにもなく、少女は皆、いつも通りの振る舞いをしている。
南条の席が転校生に奪われた。
それ以外の事など、始めから起きなかったかのように。
「よ、よぉ、お前、どうして、さっきあんなに」
佐藤の隣に座る男子が、彼女へ話しかける。
「ん、何?さっきって?」
きょとんとした顔で聞き返されては、言いだしづらい。
「い、いや……」
男だけが挙動不審なまま、朝のホームルームは始まった。


二年五組に来た転入生の噂は、あっという間に広がって、放課後、知佳とダグーの雑談でも話題になった。
「この時期に転校生って珍しいよね」
最近はすっかりうち解けて、お互いタメ語で話している。
「それでね、五組の女子が言うには凄い子なんだって」
「凄いって、どういう風に?」
「まず、家がお金持ちで……シラトリ……白鳥コンツェルン?の一人息子さんだそうよ」
白鳥コンツェルンなら、ダグーにも聞き覚えがある。
有名な大企業だ。
ランカがよく見ている番組のスポンサーでもある。
幾つもの子会社を持ち、幅広い分野で生産業を営んでいる。
近頃は新素材を開発したとかで、ニュースに取り上げられていた。
「へぇ、すごいじゃないか。そんな大企業の息子さんが」
「そうなの!それにね」
と、知佳のおしゃべりは止むことを知らない。
「五組の女の子達は、彼にメロメロなんですって」
「メロメロ?惚れちゃったって事かい?」
「えぇ、そうよ」
クスクスと笑い、知佳は言った。
女子が全員、転校生の取り巻き状態になったらしい。
何をするにも白鳥の自由、彼の望む物は何でも女子が提供する。
白鳥が命じれば、女子達は何でもやった。
掃除当番の代役から弁当の差し入れ、はては彼の分の宿題まで。
まるで五組の王様だ。
――とは、五組の男子から聞いた話である。
「すごいね……相当カリスマのある子なのかな」
「そうかも。蔵田くん、あなたもうかうかしていられないわよ?」
「僕が?」
ダグーが目を丸くして聞き返す。
うかうかとは、どういう意味だ。
転校生と女子人気を争って、どうしろと?
ここで成すべきことは人気取りじゃない。情報収集だ。
そりゃ、嫌われるよりは好かれた方が嬉しいけれど。
「そ。あなたから白鳥くんに乗り換える子も出てきそうだし」
軽く笑ってダグーは受け流す。
「そりゃあ僕よりは、同学年の子のほうが」
「そうかしら」と知佳は首を捻り、真顔でダグーを見つめた。
「私は蔵田くんのほうが、いいと思うけど」
「まぁ、知佳さんは、ね」と微笑みかけ、ダグーも彼女を見つめる。
「子供達と違って、転校生よりは僕とのほうが歳も近いし」
知佳がポツリと言う。
「……歳だけじゃないよ、いいと思うのは」
ほとんど囁くような小声だ。
だが、ん?となるダグーを見、すぐに取り繕った。
「うぅん、なんでもない。とにかく、私は蔵田くんのほうが格好いいと思っているから」
満面の笑みで微笑まれ、ダグーもニッコリ微笑み返す。
「知佳さんにそう言って貰えるのは光栄だね、ありがとう」
きゅっと軽く手を握ったら、たちまち知佳がぽうっと赤らむ。
もう、それだけで今日の雑談はお開きとなった。
知佳が恥ずかしがって、ダグーを仕事へ追いやったからである。


五組の女子が全員取り巻きになった、その一週間後には、白鳥は学校全体での有名人となっていた。
もはや彼を知らない生徒は一人もいない。
そして彼に夢中になる女生徒も、日に日に数を増していった。
この現象に心穏やかでいられないのは、龍騎である。
白鳥に注目しているのは、二年だけじゃない。
一年や三年の女子にも、彼の追っかけが出始めている。
何故だ。
あんなチビで三白眼の、どこがいいというんだ。彼女達は。
同級生の女子を手足の如く、こき使っているとも聞いた。
最低じゃないか、男として。
だが龍騎のクラスでも、毎日、白鳥の噂話が聞こえてくる。
噂をしているのは、主に女子だ。
奴に羨望の目を向けている男子は、見たことがない。
男子が白鳥へ向けるのは、嫉妬や畏怖の眼差しだ。
さもあらん。龍騎だって戦慄していた。
奴の圧倒的な、女子のみに通じるカリスマは何なんだ?
カリスマ――そうとしか、言いようがない。
お世辞にも、格好いいとも可愛いとも言いかねるルックス。
性格だって横暴で偉そうだ。
にも関わらず、白鳥人気は上昇中。
このままでは自分の地位も危うくなる、と龍騎は危惧した。
いけない。
このまま、あいつを野放しにしていては。
昼休みになると、龍騎は携帯でメールを送った。
送り先は雪島と森垣。
部活仲間であり、秋吉を虐めた時の仲間でもある。
白鳥も、秋吉と同じ目に遭わせてやる。
その為にも、二人と連絡を取って計画を練る必要があった。


最終下校のチャイムが鳴り、教室から生徒の姿が消える。
――いや、一人だけ残っている生徒がいた。
白鳥直輝。噂の転校生だ。
彼は一つ一つ机を調べていたが、ふぅんと唸って立ち止まる。
立ち止まったのは、雪島の使っている机だ。
三年の教室で二年が一体、何をしているのか?
くんくんと匂いを嗅ぎ、続いて手で机の表面を軽く撫でる。
しばらくして、彼は呟いた。
「……なるほどな」
不意に、空気が揺らぐ。
「何が成る程、なのです?」
先ほどまで人の気配のなかった場所に、黒い影が姿を現す。
黒いスーツに、黒い長髪。
クローカーであった。
何もない空間から人が現れたというのに、白鳥に動じた様子はない。
そればかりか、平然と話を続けた。
「ここへ来てから、ずっと妙な気配を感じていたんだ。それが、やっと判ったのさ」
「妙な気配?」
「そうだ」と頷き、白鳥は窓の外を見やる。
日は落ちて、夜が来ようとしていた。
「俺と似て非なる能力、とでもいうべきか……この学校には俺達とは別の異質な奴が一人、紛れ込んでいるぜ」
「マジで?」と叫んだのは、クローカーではない。
クローカーの背後に現れた白髪の青年、キエラだ。
「あぁ、マジだ」と白鳥が言い返し、口の端を釣り上げた。
「案外、お前らが会ったおかしな人間って奴らかもしれねぇな」
そう言われて、クローカーとキエラは互いに顔を見合わせる。
あの中に、異質な存在が?
そのような気配、全く感じなかったが……
いずれにせよ面倒な連中ではある。
何しろクローカーの召喚した魔族を、一撃で撃退したのだから。
「では今夜、彼らと接触してみましょうか」
クローカーの発言に、キエラが声をあげる。
「接触?わざと会うってのか、何の為に」
「正体を見極めようってんだろ」
応えたのは、クローカーではない。白鳥だ。
「いいぜ、乗ってやる。俺も確認しておきたいしな、邪魔する奴らの顔を」
「戦いになったら援護を頼みますよ、白鳥君……」
クローカーは微笑み、最後の部分だけ訂正する。
「いいえ、クォードとお呼びした方がいいでしょうか?」
「どっちでもいいさ。好きなほうで呼べよ」
白鳥は鼻で笑った。


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