13.真夜中の激突
おかしい、誰がどう考えても、おかしい。自問自答を繰り返し、とうとう「あーっ!!」と大声で叫ぶと、雪島仁志は屋上で、ごろりと横になった。
ここは、自分以外に誰もいない。
それもそうだ、今は休み時間じゃないのだから。
教室では二時間目の授業が始まっている。
雪島は授業をサボッて、屋上で時間を潰していた。
愛理にフラれてからというもの、学校に来るのは憂鬱であった。
だが、ずる休みは雪島の母親が許さない。
かといってサボるにしても、一人では、つまらない。
だから、学校の中でサボることにした。
屋上か保健室で昼寝でもしていりゃ、そのうち気が晴れる。
そう思っていたのに、全然気が晴れない。
そればかりか、脳裏に浮かぶのは自分をフッた女ではなく。
「なぁぁんで、あのオッサンばっか思い出してんだよ、俺はっ!」
フラれた後に出会った警備員ばかりに脳裏を横切られ、自分でも訳のわからない現象に雪島は困惑する。
男は蔵田と名乗っていた。
名前だけなら、雪島も聞いたことがあった。
女子が盛んに噂していた、新入りの警備員。
そいつの名前も蔵田だった。
格好いい若い警備員へ、差し入れを持って行くだの何だのとはしゃぐ女子どもを見て、呆れたのは内緒である。
格好いいというだけで、よくプレゼントなど贈る気になるもんだ。
そいつが、どんな性格かも判らないじゃないか。
だが――
実際に蔵田と目を合わせた瞬間、雪島は思考をジャックされる。
彼の為に何かしてあげたい。
彼を喜ばせたい。
彼のいろんな表情を見てみたい。
といった願望だらけで、頭の中がいっぱいになり。
さらには彼を抱きしめたい、キスしたいといった性欲までもが心の中へどっと押し寄せてきて、自分でもギョッとなった。
雪島は今までに一度たりとも、男に欲情したことはない。
好きになる相手は、いつも女の子だ。
男相手にキスしたいなんて思ったのは、生まれて初めてだった。
自分が自分の知らない何かになってしまいそうで怖かった。
だから、逃げた。蔵田の元から。
あれ以来、幸いなことに一度も奴とは遭遇していない。
だというのに、雪島の脳裏を占めるのは蔵田の顔ばかり。
今だって真剣に悩んでいるはずなのに脳内の蔵田は裸になっていて、おぞましいイメージ映像を雪島は慌てて脳裏から追い払った。
「なんなんだよ、俺の頭……おかしくなっちゃったのか」
精神科で一度、見てもらったほうがいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、雪島は、よろよろと立ち上がった。
ちょっと前まで、安穏とした学園生活を送っていたはずなのに。
愛理にフラれた辺りから、急におかしくなってしまった。
いや、もっと言うなれば変な手紙を読んだ辺りからだ。
全てが、おかしくなってしまったのは……
あんな手紙、読まなきゃ良かったんだ。
そうすれば、きっとこんな事態にも、ならなかったはず。
空を見上げて、雪島は重たい溜息をついた。
――後悔しても、今さら後の祭りだと。
授業が終わり、生徒の姿が校舎から消える。
誰もいないはずの屋上には、三つの人影があった。
「どうですか?めぼしい獲物はおりましたか」
黒髪の男・クローカーに尋ねられ、小柄な少年は首を振る。
白鳥直輝。
学校では、そう名乗っていたが、その正体は魔族である。
本来の名はクォードといった。
「さっぱりだな。お前らは、どうだ?」
「二、三人捕らえてみたけど、ちょっぴりしか取れなかったよ」
そう答えたのは白髪の青年、キエラだ。
「こんなんじゃノルマ達成まで、あと何年かかるやら……狩り場を変えたほうがいいのかな?」
「いや……」
クローカーは考える素振りを見せ、否定した。
「彼らが我々の望みをかなえてくれるかもしれません」
「お前らを邪魔してきた警備員ってやつか?」と、クォード。
「えぇ」と頷き、クローカーは校庭を見下ろした。
警備員が現れるのは、夜だけだ。
奴らを捕らえて魔力を奪い、記憶を消して帰してやる。
これを、一晩のうちにやらねばならない。
これまでは、めぼしい獲物を結界に取り込んで魔力を抜き取っていた。
しかし行方不明の噂が出回るようになった今、その策はもう使えない。
騒ぎが広まっては、まずいのだ。
人間どもに、こちらの存在を知られては困った事になる。
今のところ自分達を知っているのは、あの警備員達だけのはず。
なら、奴らを襲って魔力も記憶も奪ってやれば万事解決だ。
ただ、問題があるとすれば――
「クォード、あなたの言っていた異質な存在ですが、それは昼間にも感じられるのですか?」
クォードは断言した。
「昼間は、いねぇ。気配が残っているだけだ」
「では、やはり」
生徒でも教師でもない。となれば、答えは明白。
腕時計に目をやり、キエラが呟いた。
「そろそろ奴らがお出ましになる時間だぞ」
「では……迎え撃つ準備をしましょうか」
闇へとけ込むクローカーを呼び止めたのは、クォードだ。
「召喚をけしかけるのは、後にしてくれねぇか?まずは全員の魔力を測りたい」
「魔力を測る?見ただけで判るってのか」
首を傾げるキエラへ、彼はニヤリと笑った。
「一番魔力のある奴を探ればいいんだろ?全員と事を構えるつもりはねぇ、面倒だからな」
「しかし」と異を唱えたのは、クローカーで。
「彼らは常に団体行動を取っています」
「そうだな、あんたが余計なもんを差し向けたおかげで」
非難めいた言い方にキエラが口を尖らすも、クォードが先に言い終える。
「人間として会うだけなら平気だろ。俺はまだ、誰にも顔を見られちゃいないんだから」
「生徒として会うのですか?しかし……」
壁に掛かった時計は、夜の七時を指している。
最終下校時刻を、とうに過ぎていた。
「あんたらの仲間だと思って襲いかかってくるなら、それでも構わねぇ。魔力を測ったら適当に退散するさ」
「その、測るってやつだけど」
キエラに呼び止められ、クォードがふんと鼻を鳴らす。
「お前ら少しは潜在能力を感じ取る努力でも、したらどうだ?強いからって調子に乗っていると、いつか足下をすくわれるぜ」
魔族の足下をすくう敵の存在とは?
だが、クォードはキエラもクローカーも気づかなかった異質な残留気配を感じ取っている。
彼の言うとおり、二人とも、どこか油断があったのかもしれない。
「――判りました。日々精進すると致しましょう」
大人しくクローカーが引き下がり、キエラも渋々、己を納得させる。
「ひとまず今日のトコは顔見るだけにしとくか?あぁ、戦闘になったら呼んでくれよ。加勢すっから」
「いいだろ。その時は召喚でも何でも盛大にやってくれ」
そう言い残し、クォードは屋上を降りていった。
「今日も捕物帖を続けるのか?」と、これは御堂探偵の言葉にダグーは頷いた。
「もちろん。彼らを捕らえるまで続けます」
「けどよ、あいつらが本気になったら俺達で捕まえられるのか」
御堂の懸念はもっともだが、横から佐熊が冷やかしてくる。
「なんですか、もうギブアップですか?意外と臆病な方だったんですね、あなたは」
「仕方ねェだろが!あんなもんを出してくるなんざ、こちとら予想してなかったぞ」
「あんなもんって?」
山岸が尋ねてくるのへは、犬神が曖昧に誤魔化した。
「いえ、大したものではありません。罠を仕掛けられていたのです」
「罠だってぇ!?」
驚く山岸を横目に、大原は唸る。
「学校の器物を勝手に動かしていたのか?厄介な連中だ」
涼しい顔で佐熊が遮った。
「簡単に入り込めてしまうセキュリティーにも問題があります。ですが一筋縄ではいかない相手のようですし、仕方ありませんね」
「ガラスを蹴り破って三階の窓から逃走するような奴らだもんねぇ」
珍しく笹川がフォローに入り、山岸と大原を見やる。
「前回同様、お二人さんには見回りをお願いしますぜ」
「お、おう」「判った」
二人が口々に頷くのを見て、ダグーは他の面々を呼び寄せる。
「もし例の緑色が出たら、笹川さんと犬神くんで相手を。キエラが出たら、交渉は俺に任せて欲しい」
「あなたに?」
犬神が首を傾げる。佐熊も口を挟んだ。
「まるで自分なら説得できると言いたげですね。奴と遭遇した時に、何があったんです?」
「口説かれたのよォ」と答えたのは、本人ではなく笹川だ。
「キエラちんはダグーちんにホの字っぽいぞよ。いわゆる一目惚れってやつ?」
「一目惚れ、だァ?」
御堂が素っ頓狂な声をあげ、ナンセンスと言わんばかりに佐熊が首を振る。
「魔族に惚れられるって、一体どんな状況ですか」
犬神が、ぼそりと呟いた。
「キエラは見つけ次第、即刻倒す必要がありますね」
暗く沈んだ目で見つめられ、たじろぎながらもダグーは反論する。
「い、いや、倒すのは当然だけど一応話し合いを」
それを押し留めたのは、佐熊だ。
「しても無駄ですよ、奴が本当にあなたに惚れているのなら」
どうして、と尋ねる前に犬神の口から回答が漏れる。
「どうせ、あなたの肉体を要求してくるに決まっています。そんな要求……絶対のむわけには、いきません」
押し寄せてくる殺意のオーラに、こちらまで気圧されそうだ。
早々にダグーは話を仕切り直した。
「じゃ、じゃあキエラは見つけ次第、全員でかかろう。クローカーが出てきた場合も、同様に」
「もし全員出てきたら?」とは笹川の問いに、暗い目のまま犬神が答える。
「全員で一斉に叩きのめします」
「結局何が出てこようと叩きのめす寸法か」
呆れたように御堂が言い、佐熊は肩をすくめた。
「最初から、そのつもりでしたよ。作戦なんて立てるまでもなく」
ちょうどいいタイミングで山岸が声をかけてくる。
「おい、そっちの話し合いは終わったか?俺達は、そろそろ見回りに出るぞ」
「あ、はい。そちらも、お気をつけて」
二人を見送ってから、ダグーも行動開始の合図を出す。
「それじゃ、俺達も行こう」
山岸と大原の二人には前回同様、西校舎を見回りに行かせた。
「二回続けて同じ場所に現れるかねぇ?」
御堂は半信半疑だったが、ダグーには自信があった。
「クローカーもキエラも東校舎で遭遇しました。もしかしたら、この校舎に彼らの探すものが」
「誰だッ!」
いきなり笹川が叫んで懐中電灯の光を前方へ向けたので、ダグーは残りの言葉を飲み込んだ。
まさか、こんな早くに遭遇するとは思ってもみなかった。
まだ東校舎に入ったばかりだ。
これまでは三階か四階まで行かないと遭遇しなかったのに。
下駄箱の脇から、小さな人影が姿を現す。
「目がいいのか、気配を読むのが上手いのか……」
懐中電灯で照らされた少年は、学園の制服を着ていた。
黒々とした髪の毛を逆立てている。
背丈は女子と同じぐらい。目測で百六十センチ前後か。
つり上がった三白眼で、ふてぶてしい笑みを浮かべている。
「どっちもさ☆」
ヘンテコポーズで答える笹川を無視し、少年が話しかけてきた。
「おい、蔵田ってのは、どいつだ」
「えっ?」と驚くダグーを制し、佐熊が一歩前に出る。
「そいつに何の用があるというんです?君は何者ですか」
少年は佐熊を一瞥し、せせら笑った。
「俺か?俺は白鳥、最近二年に転入してきた転校生だよ。てめぇらこそ何者だ?警備員ってふうにゃ見えねぇが」
「我々は臨時の警備員です。増員命令を受けたのですよ。最近、不法侵入者が後を絶ちませんのでね」
いけしゃあしゃあと嘘を放ち、佐熊は白鳥を睨みつけた。
「それより、生徒が何故こんな時間にいるんです。下校時刻は、とっくに過ぎていますよ?」
じろじろと全員を眺め回し、白鳥は小さく呟いた。
「ふん、どいつもこいつも気配を抑えるのが上手いときた」
「えっ?」と聞き返すダグーは、次の瞬間ふわりと大きく宙を舞い、廊下に叩きつけられる。
やったのは言うまでもない。白鳥と名乗った少年だ。
少年がダグーを投げ飛ばし、廊下に叩きつけた。
意表をつかれた動きに、犬神も佐熊も初動が遅れる。
唯一彼の動きを予測できていたのが笹川で、ダグーは頭から叩きつけられる瞬間、寸での処で笹川に受け止められる。
「え、えっ?」
笹川に後ろから抱きかかえられる格好になるまで、ダグーは自分が投げ飛ばされたことにも気づけなかった。
「うぉっとっと、意外と重たいのねダグーちん」
よろめきながらも、がっしりダグーを抱える笹川を見て、白鳥が口元の端を歪めた。
「てめぇか」
「何が?」と聞き返す笹川へ、応えた。
「一番魔力の高い奴が、だよッ!」
言うが早いか伸ばされてきた手は、しかし空を掴む。
ダグーを手放した笹川が、後ろに飛び退いたせいだ。
おかげでダグーは、思いっきりゴチンと床へ頭を打ちつけるハメに。
しかし、涙目で呻いてばかりもいられない。
「おっとっと〜、気の短い奴だねぇ。こっちから襲いかかるつもりが逆奇襲されちまったぃ」
態度こそ戯けているが、笹川に油断はない。
それは他の皆とて同じ事。
犬神は小箱を取り出しているし、御堂もようやく状況を把握した。
「こいつ、クローカーの仲間か!」
クローカーに、まだ仲間がいたとは。
おまけに奴は転校生だと名乗っていたではないか。
生徒の中に魔族がいるなど、あってはならない事態である。
しかし、襲いかかってきたのが一人だけとは意外だった。
キエラやクローカーは一緒ではないのか。
キョロキョロするダグーは、不意に「ひゃぁ!」と叫んで腰を抜かす。
「どうしましたか、ダグーさん!?」
思わぬ悲鳴に驚いて、走り出そうとした犬神が足を止める。
「おーっと、そこまでだ。動くなよ」
若い男の声が響く。
ダグーと抱き合う形で現れたのは白髪の男、キエラだ。
「何やってんだよ、おめぇが足引っ張ってどうすんだ!?」
探偵には間髪入れず怒鳴られたが、面目ない。
ダグーだって、逃げられるものなら逃げたかったのだ。
何しろ、いきなり首筋に生暖かい息を吹きかけられたのだから。
だが、キエラが逃亡を許してくれなかった。
腰を抜かして床へ尻餅をついたと思う暇もなく、抱き上げられる。
がっちり両腕で抱きしめられているから、全然振りほどけない。
「人質……ですか」
佐熊がチッと舌打ちする音まで聞こえてきて、ますますダグーは申し訳なさで顔も上げられない。
「戦闘はしないって約束だったろうがよォ」
ダグーを抱きしめたまま、キエラが白鳥へ文句を言う。
対して白鳥は反省の色もなく、キエラの懐を顎で指す。
「そいつだよ」
「あ?何が」
訳が判らないといった顔の仲間へ、再度言った。
「そいつが異形の気配を持っている奴だ」
「えっ!?」と今度こそはキエラにも伝わって。
改めてマジマジ見つめられ、ダグーは居心地悪くなってきた。
「お前、人間じゃなかったの?」
キエラに尋ねられ、ダグーは「人間だよ」と答えたのだが、重ねて白鳥が話しかけてきたので魔族の意識はそちらに向いた。
「そいつが何者なのかまでは、俺にも判らねぇ……だが明らかに人とは異なる潜在能力を、そいつは持っている」
「な〜るほどねぇ」
場違いに明るい声で遮ってきたのは、笹川だ。
「潜在能力を見破れる奴が、俺の他にもいたとはね。しかも、そいつは魔族ときた。お前……第五級以上か?」
第五級とは、何のランク付けなのか。
話の流れからすると、恐らくは魔族の強さであろう。
笹川の問いには答えず、白鳥は口の端を大きく歪める。
「答えてやる義理なんざねぇな」
「あっそ」
いやにあっさり引き下がったかと思うと、笹川もニヤリと笑った。
「なら、捕らえて吐かせるまでさ」
「強気なのは結構だけど」
キエラも混ざってきて、ぎゅっと腕に力を込める。
「うっ」と小さく呻いたダグーに、その場の誰もが注目した。
「こっちには人質がいるってのを忘れんなよ?お前らが抵抗するってんなら、どうしよっかな〜。ぼきっと首を折っちまうか、それとも」
たちまち顔面蒼白になり、犬神が叫ぶ。
「や……やめろッ!」
「おめーらの目的は魔力なんだろ!?」
御堂も口添えする。
「だったら魔力ってのを俺達から引っこ抜いて出ていきやがれ!」
「――そう簡単に引っこ抜けるものでもないのですよ」
暗闇から人の声。
慌てて飛び退く御堂など歯牙にもかけず、悠々とクローカーが姿を現す。
「吸い取るには、我々も魔力を消耗しますのでね」
魔族が揃って姿を現したというのに、最初の手はず通りにいかなくなった。
ダグーが人質に取られている。大きな誤算だ。
襲いかかれば、倒すより先に人質が殺されるのは誰にでも予想できる。
「おい、ひとまずコイツからだけでも吸い取ろう」
動けないのをいいことに、キエラはダグーに頬ずりしている。
項垂れているから表情は見えないが、きっとダグーも嫌に違いない。
ぎりっと犬神の口の中で歯が軋んだ。
「魔力が一番高いのは、あいつだぜ?」
白鳥が指さしたのは笹川だ。
だが、クローカーは怪訝に首を傾げた。
「そうでしょうか」
「今は抑えているだけだ」と、白鳥も譲らない。
「こいつらは魔力の出力を、ある程度抑えることができるらしい」
ダグーを床へ叩きつけようとした瞬間、それが解き放たれた。
笹川が魔力を使って、ダグーを受け止めてくれたのだ。
「なるほど……」
何事か考える素振りを見せ、やがてクローカーが顔をあげる。
「だとすると、強敵ですね。我々の手には余りそうだ」
「何を悩む必要がある?」
どこまでも白鳥は強気だ。
「魔力の高い奴から一気に取った方が早いだろうが」
対してクローカーは、あくまでも慎重な態度を崩さない。
「高すぎる可能性がある、と言っているのです。まずは確実に取れる獲物から仕留めていきましょう」
「だよな」とキエラは、クローカーに賛成のようだ。
無理もない。
大好きなダグーを抱きかかえているのだからして。
「吸い取るのは俺がやっていいよな?」
嬉々としてダグーの頬へキスの嵐をかましている。
このままではダグーが、どこかへ連れ去られてしまう。
「ま……待て!ダグーを何処へ連れて行くつもりだ!?」
御堂の問いに「ダグー?」と振り返ったクローカーが微笑む。
「なるほど……本名はダグーというのですか。道理で」
「おい、行こうぜ」と仲間に急かされ、クローカーは笑みを消す。
「あなた方に行き先を告げる必要など、ないでしょう。安心なさい。翌日までには、お返ししますよ」
白鳥が、クローカーの側へ歩いてくる。
何をするのかと身構える面々の前に、掌を突き出してきた。
「あばよ。お前らとは、また近いうちに出会うだろうがな」
掌に光が集まる。笹川が叫んだ。
「――危ないッ!伏せろ!!」
全員が床に伏せるのと、ほぼ同時に、頭上を光線が走り、廊下の突き当たりで激しい爆音が轟いた。
もうもうと廊下に煙が立ちこめる。
「おいおい……やっちゃってくれんじゃねェ〜かよォ」
廊下の突き当たりの壁には、ぽっかり大穴が開いていた。
「直撃していたら、死んでいましたね……」
ぼそりと不吉な呟きを佐熊が漏らし、犬神はというと手にした小箱を軽く叩き、中のものに低く命じた。
「おいぬ様、奴らを追いませぃ」
途端に、ひゅっと黒い影が箱の中から飛び出して、大穴を飛び越え、いずこかへと姿を消した。
「追跡させるのはいいとして、だ。どうするよ?これ」
大穴を顎で示す探偵に、佐熊は肩をすくめる。
「どうしようもありませんね。爆弾持ったテロリストが襲撃したとでも報告しておきますか?」
「ふざけている場合じゃねーぞ!?」
怒る御堂にも、彼は素っ気ない。
「俺に怒ったって仕方ないでしょう。奴らに言って下さい」
「問題は」と笹川が横やりを入れてくる。
「ダグーが誘拐されたって点だぬ」
「壁の穴だって充分問題だろ!?」
話の通じない連中に、いい加減御堂もキレそうだ。
だが佐熊も笹川も、御堂に怒られたぐらいで態度を変える奴じゃない。
「それは警備員の皆さんが何とか誤魔化してくれましょうぞ」
笹川はカラカラと笑い、犬神を振り仰ぐ。
「どぉ?追跡は上手くいきそうかな」
小箱を懐にしまい、犬神が答える。
「まだ何とも言えません……ですが、必ず見つけ出してみせます。今夜中に」
「今夜中に?たって、どこ行ったのかも判らないってのに」
突っ込む御堂を制し、犬神は続けた。
「そう遠くへは行っていないでしょう。彼らは当分この学園に用があるのですから」
冷静に見えるが、犬神の顔は青ざめている。
ダグーへの心配でいっぱいなのだろう。
御堂は彼へ尋ねようと思っていた質問を、笹川にぶつけた。
「なぁ。魔力を吸い取られたら、どうなっちまうんだ?」
「ん?人それぞれだぁね。取られた量にもよるし」
「一般論で頼む」と食い下がられ、笹川は「ん〜」と唸ってから答える。
「吸い取られても平気ってパターンもあれば、全部吸い取られて寝たきりになってしまうパターンもあり……まぁ、でも今回の場合、後者はないんじゃないかな?」
「どうして、断言できるんでぇ」
喧嘩腰の探偵に、笹川はアハハと笑った。
「犬っちも言うとったじゃねーの、奴らは当分この学園に用があるって。死者を出したらマズイんだよ。警戒されちゃうからな、獲物に」
「では、あの大穴は?」と佐熊が口を挟んできた。
「彼らは俺達を殺す気だったんじゃないんですか?」
いや、と首を振り笹川は壁に開いた大穴を見つめる。
「俺が気づいて避けられるよう、あえてゆっくり攻撃してきたんだ。本気で殺る気だったら、間合いを詰めて一気に放ったと思うよ」
では、あの壁の大穴は威嚇だったと言うつもりか。
威嚇にしては、派手すぎる威力である。
「ったく。コソコソしてーのか目立ちたいのか、どっちなんだ?行動を一貫しやがれってんだ」
御堂のぼやきに、ぽつりと笹川が呟く。
「行動を一貫できるほど、まだ連携が取れていないのかもしれない」
だが、それに御堂が突っ込むよりも先に、犬神が動いた。
「見つけました。屋上です。屋上に結界があると、おいぬ様が」
「よし!早速乗り込もうぜ、奴らの好きにさせちゃなんねー」
意気揚々と笹川が走り出し、佐熊や犬神も後を追いかける。
向かう先は、屋上だ。