Dagoo

ダ・グー

5.俺のこと、好き?

それからダグーとヴォルフは、いくつもの都市をトレジャーハンターとして放浪した。
初依頼では足手まといだったダグーも、二十年を過ぎる頃には立派な青年に成長し、ヴォルフを喜ばせた。
背はすらりと伸び、それなりに筋肉もついてガッシリしてきたが、笑顔の愛らしさは、しっかり残っている。
あと、はっきり言ってイケメンだ。
ダグーに会う者みんなが魅了されているのだから、けして育て親の贔屓目ではない。
幼少時は、こんなぽやっとした少年がトレジャーハンターになれるのか。
その懸念はヴォルフにもあったのだが、ダグーは周囲の心配を余所に驚くべき発達を見せる。
反面、感情面はいつまで経っても子供で、寝る前には必ずヴォルフへ確認してくる言葉があった。
「ねぇ……先輩は俺のこと、好き?」
小首を傾げて上目遣いに見上げてくる様は、そういった趣味が全くない者でもドキリとさせられる。
ヴォルフは必ず「好きに決まっとる!」と答えた後、ぐりぐりと頭を撫で回してやるのが日課と化していた。
今日もお約束の会話をかわし、ダグーが眠りにつく。
今の土地へ流れてきて、はや五十年が経とうとしていた。
二人はトルコを遠く離れ、今は中近東諸国を転々としている。ここもいずれ、離れねばなるまい。
何十年経っても成長しない人間など、人間社会にとけ込めるはずもないからだ。
五十年が過ぎてトレジャー協会会長死亡のニュースを聞いて、初めてダグーは人間が老いて、いずれは死ぬ生き物だと知ったようだった。
何故、自分は普通の人間と違って老いていかないのか?
それについても疑問を持ったのか、ヴォルフに尋ねてよこした。
なのでヴォルフは説明してやった。人狼は、周囲の人間とは違う時を生きるのだと。
外見成長は二十歳前後で止まり、後は緩やかに老いていく。
緩やか加減は個人差もあるが、大体が百年単位だ。
俺達は、普通の人間とは一緒に暮らせない――
人狼は人狼としか暮らせないのだ。歳を取るサイクルが、あまりにも違う為に。
だからこそ、なのかもしれない。ダグーが毎夜ヴォルフへ愛を確認してくるのは。
そしてヴォルフも毎晩好きだと答えながら、その愛が自分の中で変化していくのを感じとっていた。

最初は、我が子を愛でる気持ちで接していた。
実際ダグーは、とてもよく懐いていたし、ヴォルフの言うことは何でも素直に聞く、手間のかからない子供であった。
最初の依頼では危なっかしい処があったものの、ヴォルフが注意してやると、次の依頼では学習して注意深くなった。
ぽやんとしている割には物覚えがよい。これなら相棒として充分やっていける。
そうこうするうちに少年時代は終わりを告げ、ダグーの体に成長期が訪れる。
逞しくなり、愛らしい顔つきは精悍になった。
運動神経は元々良かったのだが、さらに成長して、状況に併せて臨機応変な行動が出来るようになった。
鍵開けと鑑定も覚え、多少のお宝なら自分で価格予想できるようにもなった。
そして尻は肉付きがよくなり、ウェットスーツを着た状態で狭い穴に潜り込んだりした日にゃあ、飛びつきたいほどプリプリとした尻が目の前に――
そこまで考えて、ヴォルフは垂れてきた涎をぐいっと腕で拭う。
いつからだろう。ダグーに対する感情が己の中で変化してしまったのは。
いつの間にか、ヴォルフはダグーを性的な目で見るようになっていた。
無論、本来の自分はゲイではない。
むらむらするのはダグーを目の前にした時だけだ。
ダグーと一緒にいると、全裸に剥いてやりたいだの、抱きしめたいだのといった感情が胸一杯に広がってくる。
何故ダグーに対して、いやらしい妄想をしてしまうのか。
しかも、相手は我が子として育ててきたはずなのに。男の子なのに。
最初は大いに悩んだりもしたが、行く街全てにおいて男女不問でコナをかけられるダグーを見ているうちに、ダグーに魅力を感じる自称ゲイではない男は自分だけではないと知り、ヴォルフは妙な安心感をも覚えたのだった。
むらむらしてしまうのは、きっとダグーに魅力がありすぎるせいなのだ。
ただ、自分の欲望をいつまで押しとどめていられるのか。それだけは不安だった。
いつか自分はダグーを滅茶苦茶に犯してしまいそうで怖い。
それのせいで、ダグーの自分を見る目が変わってしまうのも恐ろしい。
ダグーは、というとヴォルフに欲情しているようには窺えない。
というより、彼には恋愛感情があるのかどうかも疑わしい。
男女どちらにも優しく、親しい対応を見せている。
ナンパされてもニコニコしていて、嫌がるそぶりを見た試しがない。
人と話すのが好きなのだろう。
思い返せば、ヴォルフと初めて話をした時も警戒心はゼロだった。
さすがに古物商のいやらしい脂ぎったジジィにキスされそうになった時はヴォルフが止めに入ったが、襲われた直後だというのに、さようならとにこやかに手をふるダグーを引き連れ、ヴォルフは決意した。
あんなヒヒジジィにやらせるぐらいなら俺が先に奪ってやる。
問題は、いつ、どのタイミングで奪うかだが……


「遺跡、ですか。今度はどこの」
「ヨルダンだ」
ばさっと資料を机に投げ出し、ヴォルフは意気揚々と話す。
新しい獲物を見つけてきたのだ。行き先はヨルダンのペトラ遺跡。
ダグーが尋ねる。
「随分とまたメジャーな場所を選んできましたね。ターゲットは何ですか?」
「箱だとよ」
「箱?」と首を傾げるダグーに、ヴォルフが頷く。
「そうだ。遺跡の中から、こんな」
資料を捲って、箱の絵が描かれたページを机の上に広げてみせる。
「箱を取ってくりゃあいいそうだ」
縦横の長さを見ても、両手で抱えられる程度の小箱だ。細かな飾り模様が一面に入っている。
色は緑色。ヴォルフによると、箱そのものの色ではなく緑青でサビているとのことであった。
いかにもな宝箱だ。まだ、このような物が、あの中に残されていたとは。
「中に何が入っているんでしょうね?」
興味津々ダグーが聞いてくるも、ヴォルフは「さぁな」と手をふり、まるで興味なさそうに答えた。
「俺達が見つけてくるのは箱としか聞かされていないんでね。中身に何が入っていようと関係ねぇよ」
「え、でも箱ですよ?何が入っているのか気になるじゃないですか」
なおもダグーが食い下がってきたので、ヴォルフは苦笑してダグーの頭を撫でてやった。
「じゃあ、箱を見つけた時こっそり中身を見てみるか?あぁ、もちろん箱のやつが素直に中身を見せてくれるなら、だが」
ダグーもニコニコして頷いた。
「そうしましょう」
トレジャーハンティングに行く用意は、すぐに整った。
何十年も同じ事をやっているのだ、いい加減覚えもする。
ウェットスーツを上着の下に着込みながら、ヴォルフが命じる。
「いいかダグー、今回も狭い場所の探索はお前が担当だ」
「はい」と素直に頷き、ダグーは甘えた声を出す。
「その代わり……」
「あぁ、危険がないよう見張っててやるから安心しろ」
「そうじゃなくて、あ、それもあるけど」とダグーは首を振り、付け足した。
「頑張った分、お駄賃をつけて下さいね」
この頃のダグーは少しワガママを言うようになってきて、でも、その分の活躍はきちんとしていたからヴォルフも文句の言いようがない。
ついつい甘い顔でお駄賃をサービスしてやったとしても、仕方のない話だ。
お駄賃として与えた金を、彼が何に使っているのかヴォルフは知らない。
手荷物が増えた様子もないし、もしかしたら貯金しているのかもしれなかった。

遺跡に入るのは夜だ。昼間は人の目がある。
渓谷といえど、それは同じで二人は夜になってから侵入した。
遺跡の中で上着を脱ぎ、ウェットスーツ一枚になる。
服装は出来るだけ身軽なほうがいい。
こと、彼らのようにロープやフックを使わない者達の場合は。
「あるとすれば宝物殿だろうな、学者連中でも入り込まないような狭い場所を探すんだ」
ペトラ遺跡は広大な敷地で、渓谷の岩を削って造られた建物が並んでいる。
劇場や宮殿といった巨大建築もあるのだが、ヴォルフは脇目もふらず宝物殿に目をつけた。
「どうして宝物殿だと思うんです?あそこは学者や同業者が荒らしつくしたはずですが」
ダグーのもっともな疑問に「狭い場所と言っただろ。それに」と歩きながらヴォルフが答える。
「お宝ってのは大事な物を収める場所に置いてあるもんだ」
「それは、まぁ……あ、中身って通貨ですかね?」
度々足の止まりかける相棒を「いいから、行くぞ」と急かし、ヴォルフは宝物殿に入っていくと、ぐるり一周を見渡してニンマリと微笑んだ。
高い位置に細い通路を見つけたのだ。
到底、人の手が届く場所ではない。
ロープをつたって登っていくにしても、待っているのは不安定な足場だ。
「よし、あそこから調べるぞ」
ヴォルフの視線を追いかけ、ダグーも口元を緩めた。
先輩の勘は信じていい。これまでのハントで、半分以上の成果をあげている。
「判りました」
人では届かないが、強靱な脚力を誇る人狼なら最初の一歩を乗っける取っかかりさえあれば充分だ。
「せぇのっ」と最初の一歩を踏み出した後は、軽快にリズムよく垂直の壁を駆けのぼる。
一瞬にして高い、細い足場に到着した二人は慎重に歩みを進めた。
人の体重がかかった途端、崩れる足場などザラにある。
この足場は、大丈夫なようだ。
確かな岩の感触を足の裏で受け止めながら、隙間の奥へと歩いていく。
反対側へ抜けてしまうのではないかと思うほど長い通路の奥は、行き止まりであった。
やはり岩を掘って造った、深い穴を見つける。
井戸にも見えるが、こんな高台に井戸を造るはずがないから、当時は別の利用がされていたと見るのが普通だろう。
覗き込んでみて、ダグーはあっと叫ぶ。
「見つけましたよ!途中で引っかかっています」
深い穴の途中に、目的のブツがあった。
途中で張り出した小さな出っ張りの上に乗っかっている。
「俺は無理だな、肩幅が通らん」
目視で穴の幅を計算し、ヴォルフが呟く。
当初の予定通りダグーが担当するしかない。
箱は手を伸ばせば届きそうな位置にある。
降りていくのは無理だろう、そこまで広い穴でもない。
「んじゃあ、周りを見張っていて下さいね。よいしょっと」
ダグーが穴に身を乗り出し、奥底の出っ張りへと手を伸ばす。
その間、いつも通りヴォルフは周囲の警戒をしていたのだが――
不意に目線がダグーの尻を捉えてしまい、捉えてしまったが最後、目を離せなくなる。
ウェットスーツ一枚に覆われた尻は、見事な曲線を描いている。
しかも、無防備そのものだ。
ダグーが必死になって手を伸ばすたびに、尻も揺れ動く。
ぐぐぐっと力を入れれば、尻にも力が入った。
ぎゅびっとヴォルフの喉が嫌な音を立てる。
彼は、そっとダグーの側へ近づくと、ダグーの尻の側へかがみ込んだ。
「……よし、届いた!」とダグーが小さく叫んだのと、ヴォルフがダグーの尻へ掴みかかるのとでは、どちらが先だったのか。
「えひゃいっ!?」
突如尻を襲った謎の感触に、ダグーの喉からは変な叫びが漏れる。
大きな手が、自分の尻を撫で回している。
撫でるだけならまだしも、指が入ってきてはいけない渓谷にまで侵入してきて、ダグーはゾクゾクと身震いした。
「ちょ、ちょっと先輩……何やっているんですか、やめてください……っ」
ウェットスーツの上から、ヴォルフの指がダグーの尻の穴をツンツンしてくる。
突かれるたびに力が抜けてしまいそうになり、ダグーは箱を落とすまいと必死で抱きかかえた。
おまけに外からは「はぁはぁ、たまらんのぅ、たまらんのぅ」と、ヴォルフの呟く謎の呪詛まで聞こえてくる。
早いとこ身を起こさないと、これ以上、何をされるか判らない上、箱まで奈落の底に落としてしまいそうだ。
「くっ……ぐぐぐ、このぉっ!」
身を起こす為に力強く反動をつけた足が、しゃがみ込んでダグーの尻を撫でくり回していたヴォルフの顎を直撃し。
「ぐぼぁっ!」と叫んで転倒するヴォルフなどお構いなしに、ダグーは穴の中から這いだした。
「は、はぁっ、はぁ、はぁ……も、もぉぉっ、何するんですか、先輩のバカ、バカバカ!!」
勢いに任せて罵倒を吐き出してから、ダグーは尊敬する先輩を見た。
顎を押さえて呻いている。
さっき何かを蹴っ飛ばしたと思ったが、どうやら先輩を蹴っ飛ばしたらしい。
同情はできない。箱を取る邪魔をした天罰だ。
「なんで邪魔してきたんです?箱を取れって言ったのは先輩でしょ」
ふぅっと大きく息を吐き出してから、もう一度尋ねると、ヴォルフが顔をあげて呟いた。
「邪魔する気はなかったんだが、その……お前の尻が、あんまりにも美味そうに見えたんでな、つい」
ダグーを見つめる瞳は熱っぽく、鼻からは血が垂れている。
鼻血は蹴った衝撃としても、熱っぽい視線は、この場に相応しくない態度だ。
「美味そうって、なんです?意味が判りませんよ」
きょとんとするダグーを抱き寄せ、ヴォルフは耳元で囁いた。
「お前が好きすぎて、今日の俺はおかしくなってしまったようだ。すまん」
「……うん、知ってる。先輩が俺を好きなこと」とダグーも囁き返し、ぎゅっとヴォルフの背中へ手を回す。
「俺は、お前が好きだ。愛している。今日、それを再確信した」
好きだと言われたのは数え切れないが、愛していると言われたのは、今日が初めてだ。
不思議と心がくすぐられる。悪くはない、良い言葉だ。
散々セクハラで邪魔された怒りは瞬く間にダグーの脳裏から消え去って、代わりに生まれたのは暖かい感情だった。
しばらく、お互いにぎゅっと抱きあった後。
ダグーの乱れた息も落ち着いてきた頃に「それ、宝か?」とヴォルフに尋ねられ、ダグーは素直に差し出した。
途中で何度も、誰かさんのせいで取り落としそうになった目的の小箱を。


その夜、ダグーは生まれて初めて唇を重ね合い、生まれて初めて誰かの腕に抱かれてベッドの上で朝まで過ごした。
何もかもが生まれて初めての経験だったが、嫌な感覚ではない。むしろ心地よいとさえ感じた。
ヴォルフがダグーを愛しているように、ダグーもヴォルフが大好きだ。
大好きな相手にされる行為が、気持ちよくないわけがない。
ヴォルフの腕に体を委ねながら、ダグーは幼い頃によくされた昼寝時のマッサージを思い出していた。


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