Dagoo

ダ・グー

4.トレジャーハンター協会

まず、最初に何を教えるべきか。
ダグーを見下ろしながら、ヴォルフは考え込む。
ダグーは不器用な手つきで一生懸命、ジャガイモの皮を剥いている。
ナイフの使い方は知っていた。
生活の基礎ぐらいは施設で学んできたのかと思いきや、ダグーに出来たのは皮剥きまでで。
後は何をどうしたらいいのか判らないと途方に暮れる少年へポトフの作り方を伝授してやりながら、まずは自炊できる程度に料理のやり方を教えてやろうと思ったヴォルフであった。

一週間もする頃には見様見真似でダグーも料理のいろはぐらいはマスターして、ようやく本題を教えられる段階になったとヴォルフは独りごちる。
本題とは、本業のトレジャーハンティングについての知識だ。
宝物を闇雲に探せばいいという問題ではない。
どれが宝なのかも判らなければ、見つけた後、誰に売ればいいのかも判らない。商売が成り立たない。
トレジャーハンターは個人事業でありながら、多くの人手を必要とした。
これが宝だと教えてくれる客。
見つけてきた宝を鑑定してくれる鑑定士。
何より、客を斡旋してくれる仲介屋がいないことには、ままならない。
トレジャーハントの仲介を執り仕切っているのが、トレジャーハンター協会と呼ばれる組織である。
表向きは古美術商だが、裏へ回れば多くのトレジャーハンターが集まり、情報交換も盛んに行われている。
一人では危ない依頼を引き受ける時、仲間を捜すのにも協会の力を必要とする。
無論、協会の協力を得た際には何割かピンハネされるのだが、それでも個人で全てやる事を考えたら協会に頼った方が安上がりである。
まずは協会へ連れて行って全体の雰囲気を見せて、仕事へ連れて行くのは、それからだ。
それに、そろそろ手持ちの金が心許なくなっている。
ラーコーツィ・ジェルジ一世の遺品も見つかりそうにないし、新しい獲物を探さねばなるまい。

一番活発な支部はエジプトにあった。
トルコとは海を挟んだ対面だが、近く見えるのは地図上での話であって、実際に移動するとなると長距離だ。
無論、トルコにも協会の支部がないわけではない。
ひとまずヴォルフはダグーを連れて、地元の支部へ顔を出した。
「ふぇ〜……人が少ないね?」
ダグーの第一感想は正直で、その場にいた全員が苦笑する。
だがダグーの言うとおり、トルコの支部は、いつ来ても人の影はまばらで閑散としている。
窓口に座っている協会員も、いつ来ても一人しかいない。
眠そうな顔で肘をついて、コックリコックリやっている。
窓口の側に立っていた巨漢の大男が近づいてきて、ヴォルフに声をかけた。
「おい白狼、そのガキは何だ?どこの女に孕ませた」
「俺の子じゃない。拾ったんだ」
「拾ったァ?酔狂だな、跡継ぎでも作ろうって魂胆か」
片眉を跳ね上げて、せせら笑う同業者に「そうじゃない」と、もう一度首を真横に振ってから、ヴォルフは、ちらりとダグーを見下ろした。
「ダグーは俺の相棒だ。可愛い後輩になる予定だよ」
「相棒!?お前の相棒が、こんなチビだって!?おいおい、気は確かか白狼!」
「充分正気さ。チビだって、いずれは大きく育つ」
ぽむぽむ、とダグーの頭を軽く叩いてヴォルフは口元を歪ませる。
「それにダグーは物覚えがいい。俺を越える立派なトレジャーハンターに育ててやるよ」
そこへ「白狼って、だぁれ?」とダグーの無邪気な声が割り込んできて、一瞬呆気にとられた後、大男はヴォルフへ嘲笑を向ける。
「おいおい、相棒にしようって相手に自分の通り名も教えてねーのか?」
ヴォルフは「いずれ教えるつもりだったよ」と答え、後はダグーを見て続けた。
「白狼ってのは、俺の業界でのアダナだ。俺が変身した時の格好を見て、そう呼ぶ奴もいるってだけのこった」
「じゃあ、俺も白狼先輩って呼んだ方がいい?」と尋ねてくるダグーへは優しく微笑んで、かぶりを振る。
「いや、先輩でいい」
ついでにダグーの耳元へ口を近づけ、ひそひそと囁く。
「俺が人狼ってのは、街の連中には内緒だからな」
許可したらダグーのこと、町中でも平気で白狼先輩と呼んで来かねない。
もし誰かに聞きとがめられ、理由まで聞かれたら、正直なダグーはきっと嬉々として秘密を話してしまうだろう。
同業者の間で呼ばれる分には構わないが、街の連中にまで人狼をカミングアウトする勇気はない。
無論、同業者とて全てが人狼ではない。普通の人間のほうが多いぐらいだ。
だが、トレジャーハンターは公で胸を張れる職業でもない。
皆、普段は隠している節があった。
他人の領土に踏み入って無断で取ってくるのだ。泥棒家業と紙一重と言ってもいい。
土地の所有者に許可を取ってから発掘に入る者もいないことはないが、そいつは一部に限られた金持ちの特権だった。
許可を取るには、元手が必要である。
そうしたわけで同業の誰かが秘密を抱いていても、それを公言しようなどと思う輩は、まずいない。
他人の秘密を暴露してしまえば、次に報復を受けるのは自分だ。
誰だって今の自分の居場所は守りたいと思うもの。
よってヴォルフの抱える秘密も、暗黙の了解によって守られていた。
「白狼ってことはぁ……白いの?」
首を傾げるダグーの頭を撫で、ヴォルフが頷く。
「そうだ」
「いつか、見せてね」
嬉しそうに笑うダグーを見ていると、こちらまで嬉しくなってしまう。
ヴォルフも笑って答えた。
「あぁ」
「チッ。すっかり骨抜きだな」と吐き捨てて、絡んできた大男が去っていくのを横目に見ながら、ヴォルフはダグーの手を引き、協会の奥へ案内する。
「ダグー、俺達の仕事は、まずあの窓口で依頼人を紹介してもらうことから始まる」
「うん」と素直に頷き、ダグーはジッと居眠りをこいている協会員を見つめた。
「寝ている時は、どうするの?」
「叩き起こす。こうやって、な」
言うが早いか窓口へ近づくと、ヴォルフは受付の頭をごちんと拳骨で殴りつける。
「あだッ!」
悲鳴と共に目を覚ました協会員はヴォルフを見上げて尋ねてきた。
「あぁ、あんたか。今日はどんな獲物をお探しだい?」
「それより、こないだのスポット。ありゃあ〜見事にハズレだったぜ?酷いじゃないか、ちゃんと前調べしてくんなきゃ」
一通り文句を並べ立ててから、ヴォルフも本題に入る。
「新人をつれてきたんだ。こいつと一緒でも出来るようなのを頼む」
「新人?」と、文句は一通りスルーして窓口がダグーを見下ろした。
「こりゃまた、随分ちっちゃな奴を連れてきたなぁ!あんたの子供かい?」
あと何回、顔見知りには同じ事を尋ねられるのかと少々うんざりしながらヴォルフは律儀に答えた。
「いぃや、拾い子だ。将来性がありそうなんでね、相棒兼弟子にした」
途端に窓口は大爆笑。
「将来性!将来性ねぇ、なんの将来性やら」
膝を叩いてオオウケした後、やっと依頼の斡旋に取りかかった。
「いいぜ、初心者向けの簡単なお宝が入っていたんだが、あんたにくれてやろう。場所はカイロだ、旅賃は大丈夫だろうね?」
肩をすくめ「誰に聞いているんだ?」と軽口で返してから、ヴォルフが言う。
「それにしても随分とメジャーな場所だな、ピラミッドでも漁れってか」
「まぁ、そんなところだ。引き受けるってんなら依頼主と連絡取ってやるが……どうする?」
ちらっとダグーを一瞥し、ダグーがぽやんとしているのを見て、受付は多少ガッカリしたようであった。
ピラミッドの名前を聞いても無反応では、本当に宝探しの将来性があるのかどうか怪しいものだ。
宝探しのメッカといえば海底、そして古代の民が残せし巨大な墓と決まっている。
ただし海底のサルベージは多額の軍資金を必要とする為、おいそれと斡旋できる仕事でもない。
トレジャーハンターを目指すなら場所を聞いただけで目を輝かしてくれなくては、こちらも仕事に張り合いが出ない。
受付が見ているのに気づき、ダグーがほわっと笑い返す。
「こんにちは」と挨拶しただけなのに、たちまち受付はボッと顔を赤らめ視線を外した。
これには「おい、どうした?」とヴォルフも怪訝に眉をひそめるが、受付の男は「な、なんでもない」とだけ返し、契約書をヴォルフに投げてよこした。
「いつものようにサイン、頼むぜ。依頼人には連絡をつけておく――そうさな、二日後に、また来てくれ」
「あぁ、判った」
乱暴にサインを殴り書きし、ヴォルフはダグーをつれて家に戻る。


いずれは大きな支部へも連れていくつもりだった。
しかし、まさか初仕事でカイロへ向かうことになるとは思ってもみなかった。
「ダグー、また船旅の始まりだ」
荷物をザックに詰め込みながら、ヴォルフが言う。
船旅は経験済みだ。この家へ戻ってくるまでに。
幸いダグーは船酔いもせず、初めて見たであろう海の景色に興奮気味であった。
「また船に?わぁ、今度は何日ぐらいでつく予定なの」
「さぁて、何日かかるかな……運が良ければ五日程度で到着できるかもしれんが」
船旅といっても、立派な旅客船に乗るわけじゃない。
ヴォルフが選ぶのは、いつも漁船か密漁船の類だ。
正式な船ではないから、移動経路も船主任せ。到着時間など予想できるものではない。
「長旅になっても我慢できるな?」と尋ねると、「先輩がいるから平気だよ」などと可愛い答えが返ってくる。
「それに海ってキラキラしていて綺麗だし……俺、何時間眺めていても飽きないなぁ」
帰路の時に見た景色を思い出したのか、ダグーは瞳を輝かせる。
「そうか、綺麗か。なら、そのうちサルベージにも手をだしてみるか?」
などと聞いてみたものの、本気で海底発掘に挑む気はヴォルフにはない。
海底発掘は、とかく金がかかる割に実りの少ないハンティングなのだ。
一発当てれば高額だが、当たる確立が非常に低い。
「猿ページ?」と首をひねるダグーに、サルベージの基本知識を教えてやってから。
すっかり準備の整った荷物を満足げに眺め、ヴォルフは夕飯のドルマを皿に盛り分けた。
「出発は、早けりゃ一週間後だ。それまでにやり残した事があるんだったら、終わらせておけよ」
笑顔で尋ねるヴォルフをジッと見上げ、ダグーが答える。
「やり残したことなんてないよ?先輩が行くっていうなら、俺はどこにでもついて行くし。だって先輩とは、いつでも一緒にいたいもん」
またまた期待通りの可愛い返事がきたもんだから、ヴォルフはダグーの頭を、これでもかというぐらいに撫で回してやった。


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