6.強行突破
話を聞く――というからには、正面切って聞き出すのだとダグーは思っていた。しかし、まだるっこしい真似は抜きだとクローカーは薄く笑う。
「人間界にいるからといって、人間社会のルールに従って動く必要などないでしょう?我々には我々のやり方があります」
馬鹿正直に尋ねたって、はぐらかされるだけだ。
向こうは組織の存在自体を隠しているのである。
「クォードが結界を張ります。その上でキエラが暗示で動きを止め、私が彼らの心を読みましょう」
以前戦った時は、キエラもクローカーも物理攻撃しかしてこなかったように記憶している。
暗示で動きを止めたり心を読んだりなんて能力は、初耳だ。
「心を読むって、そんなこと可能なのか!?」と驚くダグーを、キエラが軽く茶化してくる。
「額面通りに受け取るたァ、ダグーちゃんってば本当にピュアだなぁ。要は鎌かけで答えを誘導するって事さ」
「人間は強く圧をかけると保身で情報を吐いてしまう弱い生き物です。少々命の危険を味わわせてやれば即落ちしますよ」
一体何をやるつもりなのか、笑顔なのが却って怖い。
「あまり酷い真似は」と下がり眉になるダグーへ、クォードが肩をすくめた。
「人殺しカルト集団に情けをかけるのか?まぁ、いいがよ。ここじゃ脅す程度だ、安心しな」
西荻のいる建物まではタクシーを使って移動した。
道路沿いでありながら、両隣には何もなくポツンと一軒だけ建てられている。
この建物が怪しく見えるのは、自分たちが怪しんでいるからだとダグーは考えた。
怪しんでいないなら空き家だと思って素通りする、何の変哲もない一軒家に見えるだろう。
「……よし、張れた」とクォードが呟き、キエラとクローカーが顔を見合わせて頷く。
続けてキエラがダグーにも「突入すんぜ、ダグーちゃん」と声をかけて、戸を開けた。
突然ノックもなしに開いた扉に、中にいた人物がハッと顔を上げて席を立つ。
「なんですか、あなたがたは」と詰め寄ってくる中年には、キエラがヘラヘラ笑って答えた。
「やーすんません、いきなり訪ねちゃって。ここってアングルボザード・ホーリーウォーの受付窓口っすよねぇ?」
「アングル、なんだって?」と尋ね返す無精髭の中年男性は唖然としており、演技には見えない。
奥に座っていた女性もツカツカ歩いてきて、「ここは、そのなんとかっていうのの受付窓口じゃありません。お帰り下さい」と眼鏡を光らせ追い出しにかかるのを、キエラが真っ向から見つめる。
「人類の滅亡までカウントダウンにしちゃあ、随分のんびり人集めしているんだな」
女性がピクリと肩を震わせたようにダグーには見えたのだが、それも見間違いかと思うほどの一瞬で、女性は先ほどと変わらぬ声色で「なんのお話ですか?宗教勧誘なら警察を呼びますよ」とキエラを睨みつけた。
「一ヶ所に信者を集めた場所があるはずだ。そいつは、どこだ?」
「一体何を――」
キエラの身体に触れた途端、まるで静電気でも走ったかのように「あうっ!」と女性は手を引っ込め、「何しやがんだ、てめぇ!」といきり立つ髭オヤジも言葉途中で青ざめて床に崩れ落ちる。
なんだ、一体何が起きた?
端で見ていたダグーには、さっぱり分からない。
同じく何が起きたのか判らずにいたのが、もう一人いた。
奥の扉が開いて、走り出てきた人物を見たダグーは、あっとなる。
西荻じゃないか。いるなら、なんで二人が騒いでいる時に出てこなかったんだ?
「乱暴しないで下さい!ここには何もありませんっ」
喚きたてる彼をも眼力で押さえつけると、キエラは口の端を歪に吊り上げた。
「そうだな、ここには何もねぇな。教えろ。北海道支部は、どこにある?」
「ぐ……ぅ、き、貴様ら、一体……」
西荻は苦悶の声を上げ、床に這いつくばっている。
髭親父は立ち上がろうとしているようだが、見えない力に押さえつけられているのか不自然な姿勢で尻をついているし、隣では腕を抑えて女性が泣きそうな顔で座り込んでいるしで、ダグーは、だんだん彼らが気の毒になってきた。
支部の場所を聞くだけだってのに、こんなふうに無理やり抑え込まなくてもいいじゃないか。
しかしツレの魔族に慈悲はなく、一歩前に出たクローカーは威圧の眼差しで三人に問いかけた。
「素直に言えば呪縛を解いて差し上げましょう。北海道支部の場所は何処ですか?素直に教えないのであれば」
壁の時計を指さした途端、大きな破裂音と共に時計が大爆発。
ネジやら秒針が飛び散って、酷い有様だ。
「きゃあ!」と怯えた悲鳴が女性の口を飛び出すのも何のその、涼しい顔でクローカーが続ける。
「――この時計と同じ運命をたどると思って下さい」
「て、てめぇ一体、何者だ?破滅の死者……なのか?」
およそ、この場で言うには相応しくない中二病な単語を中年が発し、驚くダグーを横目にクォードがニヤリと笑う。
「なんだ?破滅の死者ってのは。敵対する魔物がいやがんのか」
西荻に睨みつけられて中年は一旦口を閉ざすも、机の上の珈琲缶が立て続けに破裂した時には「ウワァァァ、殺さないでくれっ!」と哀れに命乞いを始めた。
非常用のベルはおろか、さすまたすら常備されていないのを目視で確認して、ダグーはそっと溜息をつく。
多分ここは郵便の受け取り等に使われている事務所で、何者かに襲撃されるのは想定していない。
のんびり暇をこいていた処に、とんだ災難が舞い込んだものだ。
だが西荻がいる点からも、ここがABHWと無関係な企業の事務所じゃないのは確実だ。
その西荻は憎々しげにキエラを睨みつけ、威勢よく吠えた。
缶コーヒーや壁時計が吹き飛んだぐらいじゃ、彼をビビらせることは出来ないようだ。
超常現象が起きている中では逆に不自然な態度である。
「あんた達は何の恨みがあって、こんな真似をするんですか!ここはアングルなんとかとは無関係な」
「あの」と、ここでダグーは彼に声をかけたのだが、クローカーの行動にかき消された。
「素直に言わないおつもりですか。なら、いいでしょう」
クローカーの指先から光の筋が走ったかと思うと、女性の背後、壁が勢いよく弾け飛ぶ。
飛び散った破片でピッと頬が切れ、眼鏡にヒビが入った瞬間、張り詰めた神経の糸も切れたかして「ひ……ィ、い、いやぁぁぁ……」と子供のように泣き出した彼女を見て、クローカーは薄く笑った。
「次は頭を吹き飛ばしましょうか?西荻さん、彼女を助けられるのは、あなたの回答にかかっています」
「くっ」
西荻には睨みつけるぐらいしか、抵抗する術がない。
ダグーが彼の立場だったら、さっさと情報を吐いている処だが、名刺持ちの意地が彼を頑固にさせているのか。
「フェンリル様ぁ、ご加護を、助けてぇ」
泣きじゃくっている女性の足元を濡らすのは、黄色い液体だ。
恐怖に耐えきれず、お漏らししてしまったのだろう。気持ちは、よく判る。
ダグーは心が痛んだが、西荻ではなくフェンリルに助けを求めているのは気になった。
西荻は、空想の怪物よりも頼りにならないのだろうか。
まぁ、全員キエラに威圧で動きを封じられているんじゃ空想の怪物に神頼みする他あるまい。
「あのー」と、もう一度遠慮がちに割り込んで、ダグーは西荻の側へしゃがみこんだ。
「すみません、俺を覚えていますか?ダグーです。仙台でお会いした……」
「あ……え……?だ、ダグー……しゃんっ!?」
見つめあって数秒後、頬を真っ赤に火照らせる西荻へ頷くと、ダグーは彼に尋ねる。
「そうです、ダグーです。あなたに貰った名刺を眺めていて気になったんですけど、ABHW日本支部ってなんですか?」
無理やり脅さなくたって、相手の目を見て穏便に話せば教えてくれるはずだ。
ダグーの信条通りか、或いはアーティウルフの魅惑能力が効果を成したのか。
ぐびっと生唾を飲み込み、西荻は熱のこもった視線でダグーを見つめながら、各支部の場所とABHWの活動内容を包み隠さずダグーに教えてくれたのであった。
「そーいや、すっかり忘れてたわ。ダグーちゃんってば魅了の能力があったんだっけ」
その魅了に引っかかっているはずのキエラが、ぬけぬけと言う。
ダグーが突っ込むと、キエラは「最初はな」と笑い、抱きかかえているダグーの顎を掬いあげた。
「今は違うぜ?ダグーちゃんのことは本気で愛してる」
そのままキスまでしてこようとするのは、直前でクォードが阻止した。
「じゃれあうのは後にしろ。支部へ急ぐぞ」
北海道支部は札幌市にある山の頂きに位置する。
一般には登山を禁止されている山なのだが、そこの所有者がABHWと深いつながりを持つスポンサーだとは西荻談。
訪れても追い返されるのではと困惑するダグーへ、親切にも案内状を書いてくれた。
ベソベソ泣きじゃくる女性と腰が抜けた中年男性にも一応の謝罪を残し、一同は事務所を後にした。
「あちこち振り回されるなぁ。信者が点在してんのも、わざとなのかね」
ぼやくキエラにクローカーが「そこまでして本拠地を隠さねばならない集団ということでしょう」と頷き、傍らを飛ぶクォードに話を振る。
「私が起こした現象に対して、彼らは常人らしからぬ反応を見せました。組織の中にも、我々と同じ特殊能力を持つ者がいると考えるべきでしょうか?」
「信者がフェンリルに命乞いするぐらいだ、怪物級の何かが潜んでいたとしても俺は驚かねぇよ」とクォードは意地悪く笑い、ちらりとダグーに目をやった。
「お前が探しているアイリーン、だったか。そいつはアーティウルフが何なのか知った上で、お前を助けたんだよな?そいつもABHWに所属しているとなると……アーティウルフはフェンリルと何らかの関係があるのかもな」
「え?」
きょとんとするダグーの頬をツンツン指で突っつき、キエラが微笑みかける。
「このカワイイダグーちゃんが、架空の化け物と関係あるわけね〜じゃん。中二病なのは信者だけにしといてほしいぜ。なっ、ダグーちゃん」
関係あるか否かはダグーにも判らない。
ただ、アイリーンはアーティウルフが人狼と同じ類の生き物だと知っていた節があった。
だからこそ、フェンリルの娘――人狼同様、長寿な人に預けようと思ったのだ。
結局途中で行き倒れて、ダグーは未だにフェンリルの娘なる人物と出会えていないのだが、代わりに人狼のヴォルフと出会い、幸せな人生を送れた。
ヴォルフと出会えたのは、アイリーンが施設から連れ出してくれたおかげだ。
そのお礼を言いたくて、彼女を探す旅に出た。
「ABHW支部に入り込んだら、分散してランカを探そうぜ」とのクォードの案に「じゃあ、俺はダグーちゃんと一緒な」とキエラが勝手に話を進めるのを流し聞きしながら、ダグーはダグーでアイリーンと出会った時に何と言って話しかけようかと想いを馳せた。
所属しているといった噂だけで北海道にいると判明したわけではないけれど、彼女に会うのが待ちきれない。
アイリーンを思い出した瞬間、ランカのことはダグーの脳裏から消え去ったのであった。
21/06/21 Up