Dagoo2 -Fenrir's Daughter-

ダ・グー2 -フェンリルの娘-

5.信仰

宗教を信じるのは心が弱い人か、嫌な出来事があって心を折られた人ばかりだとダグーは思っていた。
しかしクォードによると、最近はそういった人だけではないと言う話だ。
頑固な現実至上主義であっても簡単に陰謀説だの滅亡説といった話に騙され、妄信してしまう。
昔よりも人類は、他人の言葉を信じやすくなっているのだそうだ。
「天災だ人災だって災難が多々起きると、人間はすぐ不安になりやがるからな。誰かの救いが必要なんだ」
その誰かが宗教であり、ネット上の情報源なのであろう。
身近な人は信用できないのかとダグーは首を傾げたが、その人の状況に置かれてみないと何とも考えようがない。
「ランカは食べ物に釣られたのだとして、他の人々は災害から逃れる方法を知る為に入信を決めたようですね」
会場の残留思念には、はっきりと人々の不安が刻まれていたのだとクローカーは言う。
とすると、ランカ以外の目を覚まさせるのは容易ではない。
元より、この人数で全員を助けられると楽観視する気はダグーにもない。
北海道行きの便を取る必要はない。魔族なら空を飛べば一気に辿り着ける。
だが、辿り着いた後どうやって神殿を探せばいいのか。
手掛かりは、たった一枚の名刺しかない。
名刺の主を探すにしたって、素直に答えてくれるとも思えない。
「こいつには強力な念がかけられている」と、名刺を手に取ってクォードが吐き捨てる。
「念?」と首を傾げるダグーには、キエラが補足した。
「強い意識っていうのかなァ。受け取り側を信用させる思念が練りこまれてる。フツーの奴は気づかないだろうけど、心が弱っている奴や繊細な奴だと、この電話にかけてみようって気になるかもな」
念が込められていたとして、それが何なのか。
さらに問うと、「残留思念と同じです」とクローカーが答える。
「西荻の居所を割り出すのと並行して、この念をかけた張本人の気配も追跡します」
「念をかけた人って西荻じゃないのか?だって、これ、彼の名刺だし」
なおも納得がいかずダグーは悩んだが、魔族たちには話を曖昧に終わらせられてしまった。
「ダグーちゃんは人間社会で生きているんだしさ、もっと世間慣れしたほうがいいぜ?」
ぽむぽむとキエラに肩を叩かれ、さも気の毒そうな目で眺められては、納得できるものではない。
「宗教関連者は群れて動くのが好きだからな。西荻は只の下っ端だ」
クォードが呟き、空を見上げた。
「行くなら早いほうがいい。今からひとっ飛びするか?」と、これはクローカーに尋ねたもので、クローカーも頷いた。
「えぇ、急ぎましょう」


ABHW北海道支部に連れていかれたランカは、この上ないほど退屈を持て余していた。
禊名は"ミミル"だと言われたが、その名で呼ばれても返事が出来そうにないと彼女は考えた。
ランカの名前はランカだ。それ以外の何でもない。
誰が名付け親なのか、生みの親も知らない身の上だが、彼女はこの名前を気に入っていた。
後からつけられた名前に興味はない。
ここに来れば北海道の名産物が食べ放題だと言われたから、ついてきたまでだ。
しかしランカを案内した西荻とは、神殿の入口で判れたっきりだ。
いつになったら名産物を、ごちそうしてくれるのか。
禊名をもらうのは、大した儀式ではなかった。
横一列に並ばされて、右から順番に見知らぬオッサンが変な名前をつけていく。
漢字名の日本人でも等しく全員カタカナネームを貰った後は、自由にしていいとの一言で解散となった。
それで、こうしてブラブラ建物内を歩き回っているのだが、どこも似たような内装で代わり映えしない。
時折すれ違う人々も似たようなローブ姿で、誰が誰だか見分けがつかない。
禊名を貰った後に着替えろと言われたことなど、すっかりランカの頭からは抜け落ちていたが、すれ違う面々全てに着替えろと注意された時には、はぁっと大きな溜息が彼女の口から洩れた。
着ろ着ろと強制されると、絶対に着たくなくなる。
こんな、見るからにダサいダボダボの服でうろつく趣味はランカにない。
制服があるからといって全員が着る必要もあるまい。
この分だと他にも余計なお世話な規則が幾つかありそうだが、全部無視しようと決めた。
大体ランカに言わせれば宗教自体が究極の慣れあい大会で、こんなものを信じる奴は余程の寂しがり屋だ。
ABHWが宗教団体だというのは、人間社会で何年か暮らしていれば察しがつく。
全員が同じ格好に揃えて、敷地内に神殿があって、団員用の別名まで用意しているのだ。
三百六十度、どこから見ても宗教団体のテンプレートである。
廊下の途中にあったゴミ箱へローブを放り込むと、ランカはアテのない探索を続けた。
廊下の端まで歩いたって、きっと同じ景色に辿り着くだけだと判っていても。


北海道へ到着したダグー一行は一息入れる暇もなく、気配探知に取り掛かる。
といってもダグーが出来ることは何一つなく、手持ち無沙汰な彼に気を遣ってか、クローカーは観光を提案してきた。
ランカが心配なのに呑気に観光なんて出来ないよと渋るダグーには、キエラが笑いかける。
「焦ったからって見つかるもんでもねーし、ひょっとしたら町の中で手掛かりがあるかもしんねーし」
「こちらが囮になるって手もあるな」とはクォードの弁で、行くなら一緒についていくと言い出した。
「君が?キエラじゃなくて?」と驚くダグーには、クローカーも重ねて言う。
「囮を兼ねるのでしたら、クォードが適任です。彼は私と同等の魔力を持ちますし、偽装も得意です」
「魔力って普通の人間にも感知できるの?」
ダグーの問いに首を振り、クローカーが答える。
「これから探すのは普通の人間ではありません。大量殺戮を計画する狂信者です。狂気が狂気を呼ぶ――思念を元に、似たような思念を持つ人を呼び寄せるのです」
「連中は思念を感じ取れる人間を特定して集めている。そういった層を偽装すりゃ食いついてくるかもしれねぇぜ」
クォードの主張に「この世の終わりだ〜!って騒ぐとか?」とダグーが実例を出してみたら、キエラには大爆笑された。
「マチナカで、んな酔狂な戯言ほざいたら職質コースだぜ?だからダグーちゃんは、もっと人間観察しろってのよ」
ブゥと頬を膨らませて不貞腐れるダグーにも判る言葉で、クローカーが締める。
「北海道には彼らの支部があります。何の建物か地元の人間にも知られていないけれど、知らないうちに建っていた。そのような建物を、足でも地図でもいいので片っ端から探してください。ネットで噂にのぼらないようなら、彼らの支部は正式な看板を出していないでしょう」
その間こちらは西荻と名刺の念の主を探すと言われ、ダグーは頷いた。
「地図検索なら任せてくれ!歩いて探すより、こっちのほうが得意だよ」
やっと自分でも役に立ちそうな出番が回ってきた。
その喜びが無意識に表に出てしまったとは、しかも魔族三人に見抜かれ密かに笑われていたとは、全く気付かないダグーであった。

ダグーが地図検索で怪しげな建物を見つけるよりも早く、西荻の居場所は特定できた。
クローカー曰く、彼の現在地は北海道稚内市。
名刺の念も同じ場所に留まっている処から、そこにABHWと関係する建物があるのだと推測される。
気配の留まる場所を地図と重ね合わせた結果、国道沿いに何とも判断できない建物が見つかった。
「本当に、こんな目立つ場所に彼らが?」
不審がるダグーへクォードが言い返す。
「目立つか?観光地からは外れているし、地元住民も車で素通りする場所だぞ」
問題の建物は、パッと見は個人運営の飲食店をターゲットとした賃貸のようである。
しかし、ストリートビューで見た限りじゃ看板が何も出ていない。
ちんまりした一軒家だ。とても大勢の信者を匿っているとは思えない。
「ここに全員いるとは限らないでしょう。本体は別の場所にあると考えるべきです」
さして気にせずクローカーはダグーの疑問をはねのけ、号令を出した。
「行ってみましょう。まずは講演会について、西荻から詳しく聞き出すとしましょうか」

21/05/21 Up


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