Dagoo2 -Fenrir's Daughter-

ダ・グー2 -フェンリルの娘-

7.支部

西荻の情報提供によると各支部で行われる一日の活動内容は、こういったものであった。
まずは朝イチに集会を行い、教祖のありがたいお言葉を拝聴する。
解散後に食堂で朝食を取ったら、昼まで自由時間が与えられる。
自由時間といっても、だらだら過ごす者はおらず、殆どの者が瞑想に励み、昼食後にも集会がある。
全体修行を夜まで行い、夕飯を食べたら風呂に入って就寝。
毎日が、その繰り返しだ。
修行は己の精神を極限まで高めるために必要らしい。
何故極限まで高めなければいけないのかといえば、来たるべき終焉は始祖フェンリルと同等の精神レベルにならないと乗り越えられないからだと西荻は熱く語った。
各支部で修業の成果が認められた者は、本部へ行けるチャンスも巡ってくる。
本部では始祖から人智を越えた能力を授かるのだとか。
「自由がないよな。まるで奴隷だ」
キエラの呟きにダグーも頷く。
「それだけ厳しければ脱走者が出ているかもしれない。支部のお膝元で誰か見つけられないかな?」
修行をさぼったり反抗した者はいないのかと確認したが、一人も出ていないと西荻は答えていた。
だが、彼の知らない場所で処罰された人がいる可能性は高い。
西荻は所詮、広報の一人であり、組織で見れば下っ端だ。
本部が何処にあるのかも教わっていないんじゃ、受付窓口で一生を終わる程度の精神レベルであろう。
「どうかなァ。つか場所は判ったんだし、んなまどろっこしい真似するより直接支部に侵入したほうが早くね?」
せっかくの案もキエラには一蹴され、「服装も決められていると言っていましたね」とクローカーが眉を顰める。
「どこかで調達しなければいけません、あなたの分を」
「俺の?いや、全員のじゃないのか」と尋ね返すダグーへはクォードが応えた。
「俺達は擬態で誤魔化せるが、お前は、そうはいかないだろ」
魔族の擬態とは、服装から肌の色まで全てを幻覚で作り出す能力の一つだ。
幻覚は強大な魔力で形成され、同じ魔族でもない限り見破られない。
今だって、彼らは黒髪に無難なジャンパーやコートを羽織って日本人らしく見えている。
ダグーは魔族ではないから、擬態なんて使えない。
北海道支部へ乗り込むには変装するしかない。
「入口で見張って、適当な信者から剥ぎ取るか」との物騒なキエラ案に「そうするか」とクォードが頷き、クローカーはダグーを見やった。
「例のカラコンを今お持ちですか?アジア人だらけの支部で、あなたの目の色は目立ちます」
ダグーの瞳は灰色だ。
産まれつきの色で自分では何人か判らずとも、少なくともアジア人種ではないのだけは確かだ。
東京では、ずっと茶色のカラーコンタクトを嵌めていたから、外人扱いを受けることもなかった。
北海道支部は北海道にあるだけあって、信者は全員日本人である。
教祖のみが北欧人、西荻曰くスウェーデン人だという話だ。
教祖と始祖は違うのかというダグーの問いにも彼は違うと答え、丁寧に教えてくれた。
始祖はアングルボザード・ホーリーウォーの創造主であり、本部を収める神の遣いだ。
教祖は始祖の教えを各支部で伝える語り部でしかない。
始祖は何百年も生きており、姿が全く変わらないのだとも熱弁していたが、本部の場所を知らない奴が始祖の現在を知る由もない。
大方、教祖からの伝え聞きで知ったクチだろう。
彼らの崇めるフェンリルはケルト神話の巨大怪物であり、実質上はフェンリルの血族が始祖を名乗っている。
「神話なのに血族がいるのかよ。ますますもって胡散臭ェよなぁ」
肩をすくめるキエラにクローカーが言い添える。
「まともな精神状態で聞けば、そうなるでしょうね。ですが何度も聞かされて思い込まされてしまったとすれば、神話も実態を伴うのでしょう」
つまりは、洗脳だ。
ランカが洗脳される前に連れ戻さないと、厄介なことになる。
急ごうぜとクォードに促されて、一行は飛ぶスピードを速めた。


一日中神殿にこもって修行しているんじゃ、外に出てくる人なんていないのでは?
といったダグーの予想を裏切り、ゴミ捨てに顔を出した信者はキエラのボディブロー一発で地に沈んだ。
「よっしゃ、信者服ゲーット♪」
罪悪感もへったくれもなくキエラは嬉々として剥ぎ取り、パンツ一枚になった男性はクローカーが裏の雑木林に転がした。
もちろん、ゴミ袋を引き裂いて作った即席紐で両手を樹木に縛りつけられた格好で。
「こ、こんなところに放置されたら風邪ひいちゃうんじゃ……?」
冬の北海道で裸放置とあってはダグーが心配するのも当然だが、魔族らは、しれっとしたもので。
「人間社会では紙にくるまって一年を過ごす者もいると聞きます。我々が逃げ出すまでの時間を考えれば、大した長さではありませんよ」
クローカーの慈悲なき言葉を聞き流し、ダグーは信者ローブに首を突っ込んだ。
「じゃ、じゃあ、急いでランカを見つけよう」
信者のローブは、だぼっとした灰色のワンピースで、まるで童話に出てくる魔法使いのようだ。
全員同じ格好に変身した上で、表口を堂々と潜り抜けた。
一歩入ってダグーが抱いた感想は、だだっぴろい講堂――であった。
埃一つ落ちていないツルツルの廊下が伸びていて、両側の壁には規則正しく扉が並んでいる。
「信者は一人一人個室を与えられているんでしたね。適当な部屋に忍び込んで、中の人間と入れ替わっておきましょう」
クローカーは事も無げに犯罪行為を推奨してくるが、ダグーとしては極力乱暴な真似をしたくない。
しかし異議を申し立てる前にクォードとクローカーはバラバラに散っていき、廊下にはダグーとキエラの二人が残された。
「ダグーちゃんは、こういうの初めてだろ?俺と一緒に行動しとこうぜ」
「う、うん」と頷くダグーの背後へ「あの……」と声をかけてくる者がいて、慌てて振り返ってみると。
立っていたのは眼鏡をかけた、物腰穏やかな女性であった。
「新しく入信された方……ですよね?あなた方の導師様は、どちらへ行かれたんですか」
始祖教祖ときて、導師までいるのか。
前後を考えるに、新しい入信者を導く案内役だろうか。
西荻の話には出てこなかった新たな登場人物にダグーは内心焦りを覚えたが、隣に立つキエラは至極冷静だ。
「おトイレです。ここで待ってろって言われたんだけど、なかなか戻ってこなくて、どーしよって思ってたんです」
「そうですか……困りましたね」
信者とキエラの間でナチュラルに会話が成立しているのを見て、ひとまずダグーは胸をなでおろす。
「もし宜しければ、施設のほう、ご案内しましょうか?」と申し出てくるのを、キエラは笑顔で辞退する。
「や、いいです。入れ違いになったら困るし」
「そ、そうですよね……すみません。それじゃ、また。お昼の集会で、お会いしましょう」
何度もペコペコ頭を下げながら、女性がくるりと踵を返して歩き出した直後。
とん、と首筋に手刀を一発お見舞いして、あっさり昏倒させた信者をキエラが抱き上げる。
「さぁて。ネギしょってきたカモを利用させてもらいましょっか」
「ど、どうするつもりなんだ!?」
慌てるダグーにウィンクを飛ばして、キエラは笑った。
「彼女を部屋に送りがてら、利用させてもらうんだよ」
どうやって?
目覚めたら彼女だって不審がるだろうし、廊下へ追い出されるだけだと思うのだが。
「個室なんだろ?だったら、こいつが部屋でどうなろうと誰にも判らないってわけだ」
「ま……まさか、殺――」
恐ろしい予想をダグーが口走る前に、廊下で青年の二人組とすれ違う。
一旦は通り過ぎてから、二人組のうちの一人が戻ってきて、「瀬戸内さん、どうかなさったんですか?」と声をかけてきた。
「貧血かなぁ、突然倒れちゃって。廊下で寝かせとくわけにもいかないし、どこか休める場所まで運ぼうと思いまして。まさか勝手に、お部屋に入るわけにもいきませんし」
やはりナチュラルに答えるキエラに淀みはなく、二人組は疑いもせずに廊下の奥を振り返る。
「いえ、緊急事態ですし、お部屋に入るのも止む無しでしょう」
瀬戸内さんとやらは一目でダグーとキエラが新参だと判ったのに、この二人はダグーが新参かどうかも聞いてこない。
そればかりか瀬戸内の部屋が何処かも教えないあたり、信者なら知っていて当然といった態度を取ってきた。
「お疲れでしょう。替わりましょうか?」と片方が手を差し伸べてきたのを軽く断り、キエラが探りを入れる。
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます。では申し訳ないんですけど、お部屋までお送りしてきます」
キエラが二人と話している間、ダグーはさりげなくドアを一つ一つ目視で確認する。
名前プレートは、かかっていない。
ドアノブの上にはキラキラしたシールが貼られている。
色は青と赤と緑の三種類があるようだ。
何かの意味があるとしても、どういう意味なのか。
「どうしました?」と、もう一人が話しかけてきたのでダグーは素直に尋ねる。
「このシール……なんですか?」
「え?あぁ、もしかして新しく入られた方でしたか」と微笑み、ダグーと向き合って数秒後には、ボッと頬を火照らせて黙り込む。
無言で立ち尽くす相棒に気づいたか、もう一人が様子のおかしさに肩を揺さぶった。
「おい、どうしたんだ。ボーッとして」
どれだけユサユサされても魅了された青年は「……はぅ……」と呟き、ダグーに視線が一直線。
「ご気分が優れないようですね。お顔も赤いですし、熱があるのでは?」
キエラの問いに「さっきまで元気だったんですけどね」と呟き、青年は真っ赤になった彼の腕を掴んで歩き出す。
「すみません、私は彼を休憩室まで送っていきます。それじゃ」
去っていく背中を見送りながら、キエラが小声でダグーを促す。
「あいつらについてって休憩室の場所をチェックしといてくれ。ついでに、もう一人とも見つめあって魅了しておけば万全だな」
「その人はどうするんだ?」とのダグーの問いにも、やはり小声で返した。
「適当な場所に寝かせておけば、そのうち誰かが気づいてくれるだろ。俺も、すぐ行くから先に、ほら」
急遽予定変更で無駄に失神させてしまった彼女に心の中で謝りつつ、ダグーは二人を追いかける。
追いつき、二、三、会話を交わした後には二人揃っての情熱に潤んだ目を向けられながら、ダグーは休憩室へ足を踏み入れた。

21/07/26 Up


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