Dagoo2 -Fenrir's Daughter-

ダ・グー2 -フェンリルの娘-

23.上や下への大混乱

ヴォルフは一人、大神殿の外に出ていた。
警備員と追いかけっこをしているうちに、外へ出てしまったといったほうが正しい。
一人で抜け出たって戻れも帰れもせず、藪に隠れて様子を窺う。
外まで追いかけてくる警備員は一人もいない。あくまでも警備は中に限られるようだ。
いずれにせよ、もう一度入り込んで仲間と合流せねばなるまい。
ダグーの身が一番心配だ。
ダグーとは昔、森で偶然出会った。
不思議な身の上を聞かされて、半信半疑ではあったが、幼い子供を放置するわけにもいかず、成り行きで養った。
ほわほわして緊張感が欠片もない温厚な子だった。
大きくなった今も、さほど性格は変わっちゃいない。
ダグーが狼に変身できないよう暗示をかけたのは、人間社会において人狼は忌み嫌われる存在だったからだ。
人ならざる者との出会いを経て、今は暗示が解けている。
しかしダグーの性格を考えると、やはり戦いは無理なんじゃなかろうか。
懐には磁気カードが二枚ある。
しつこく追いかけてくる警備員を二人ほど、やむなく叩きのめして奪ったものだ。
どこかのキーと思われるが、どの扉を開くのかは分からない。
あるいは、鍵は全扉共通なのかもしれない。
二人とも渡されているからには、どの部屋にも必ず鍵がかけられているという事だ。
面倒だ。
誘拐されたのは人ならざる者だというし、だったら自力で逃げ出してくりゃいいじゃないか。
だが、面倒でもダグーが行くと言った以上はヴォルフも同行するしかなかった。
いざ突撃してみれば全員バラバラな場所に出たらしく、ダグーもシヅも安否が知れない。
あの大穴は何だったんだろう。
神殿内部の光景を思い出し、ヴォルフは腕を組んで考える。
吊るされた狼の死体も意味不明だ。
連中は本気で信じているのか。召喚といった儀式が、本当に実現できると。
シャーマン全盛期の時代から生きているヴォルフでも、魔術自体がまやかしだと思っている。
占術、心霊術と呼び名は多々異なれど、やっていることは大差ない。
それっぽい格好で、それっぽい言動を放っておけば、無垢な人々へのハッタリになる。
スピリチュアリズムとは、そうしたものだ。
それ自体は現代にも引き継がれているが、あくまでも人の心理に呼びかけるだけであって、物理的に何かを呼び出すのは不可能だ。
本気で信じているんだとしたら、相当イカれている。
あまり深く関わりあいになりたくない組織なのだけは、まず間違いない。
この時点で充分いかがわしいというのに、未来では人工的に人狼を生み出しているらしい。
ソースは人狼研究所に所属する人ならざる者で、連中が未来だの過去だのに行き来できる自体がヴォルフには信じがたいのだが、人ならざる者の情報を嘘だと断定してしまうと、今度はダグーとシヅの存在がおかしくなってしまう。
異常な速さで怪我が治り、他人を治癒する能力や強制的な魅了を持つ人狼など、この世で、あの二人しか見たことがない。
人狼研究所の調べによると、人狼は遺伝子異常が原因ではないかという論で落ち着きつつある。
その論でいくと、ダグーとシヅは遺伝子操作された人狼になりはすまいか。
他人を勝手に改造してしまう悪の組織が存在するなんて、人類の未来は世も末だ。
今のうちにABHWを根絶しておいたほうが人狼の為にも良かろうが、今の段階で組織がなくなったらダグーはどうなるのか。
突然、パッと消えてしまうかもしれない。
そんな不幸な事態を引き起こすぐらいなら、この組織は、そっとしておくべきだ。
数人足らずの民間人でどうこうできる規模ではなさそうだし、それよりもダグーを早く探してやらなきゃあ。
あれこれ考えながら、ヴォルフは神殿へ再度足を踏み入れた。

あ〜も〜、やばいよ、やばいよ。
さっきから、そればかりが頭の中でグルグル回っている。
人狼が抗議に押しかけてくるんじゃないかとは予想していたけど、まさかピンポイントに飛び込んでくるとは予想していなかった。
慌てて妨害したけど、今度は全員バラバラになっちゃって、一人は儀式の間に落ちてしまった。
三人廊下に落とせて、これは成功にカウントしていいだろう。
ただ、そのあとが良くなかった。
無能警備員どもは追いかけるばかりで、せっかく銃を渡されているってのに全然発砲してくれないし、こんなことなら民間人を雇うんじゃなくてタダ飯食らいの居候を働かせたほうがマシだったんじゃないか?
全部、今の始祖が悪い。
私だってホントは部屋でゴロゴロしたくて、ここに来たってのに、なんでか警備員をやらされる羽目になったのも、始祖が勝手に決めたせいだ。
ここは現代社会の吹き溜まり、前科持ちで仕事のアテがない人間や居場所をなくした魔族が集まる巨大シェアハウスだと聞いた。
実際には、なんやら魔界の唯一無二な大魔王を呼び出して世界を混乱に陥れる組織だったわけだが、そこらへんは、どうでもいい。
タダ飯だ、タダ飯に加えて屋根壁のある場所で暮らしたかった。それだけだ。
なのに何でか警備員の仕事を真面目にやっている自分がいる。何でだ、ホワ〜〜イ?
他の警備員と一緒にバタバタ走りながら、人ならざる者、またの名を魔族ハブライの思考はグルグル回り続ける。
前方を行くのは漆黒の狼女、侵入者のうちの一人だ。
大柄なくせに俊足で、こちとら全力疾走だというのに全然追いつけない。
おまけに小回りがきいて、あっちに行ったと思ったら急停止のちにジャンプでこちらの頭上を飛び越えたりして、大道芸さながらの身体能力を見せつけてくれる。
何者なんだ。そして何用で忍び込んできたのか。
いや、もう何者でもいい。足を止めろ、止めてください。
ずっと走りどおしで限界が近い。具体的には心臓バクバクで倒れそう、SOS。
こんなの全然、自分らしくない。居候の誰かと警備の役目を交代してほしい。
この人狼と同行していた魔族は神殿の玄関へおっぽり出して、ロゥイに向かわせた。
儀式の間に落っこちた人狼の対処は、サラビニテに任せた。
あれっきり二人からは連絡がないけれど、撃退ないし捕縛できたと思いたい。
あの二人は自分より贅肉がついていないし筋肉もあるし、顔は良かったし若いし度胸があるし魔力だって高かったし?
ハブライはゼェゼェ息を切らせて真っ赤な顔で、警備員のお尻を追いかけるのが精一杯。
次第に皆との距離を離されながら、太った体を揺らして廊下をヨタヨタ走っていった。


図らずも全員バラバラに出たおかげで、警備員の統制が取れなくなった。
あちこちでバタバタ走り回る音が反響している。
ただし、部屋に監禁されたシヅには扉の向こうで耳を澄ますぐらいしか出来なかったのだが。
逃げ回るのをやめた後は大人しく黒服軍団に捕まって、連れてこられたのが、この部屋だ。
部屋には魔族が十人つまっていて、魔族ではなく人狼が来るなんて珍しいと散々珍獣扱いされた。
全員生贄なのかと尋ねると、そうではないとの返事が来る。
彼らは自らの意思で志願した。
魔族の王を呼び寄せるんだと得意げに語られて、はて、呼び出すのはフェンリルじゃなかったのかとシヅは首を傾げた。
詳細が伝わっていないのか、それとも部屋の住民が騙されているのかは知らないが、ここにランカなる銀髪の少女は不在のようだし、召喚だなんだかはスルーして別の部屋を調べに行きたい。
しかし鍵を持つ黒服は、すでに出ていった後だ。
中からは扉が開かない仕掛けになっている。
外に出られないのは不便じゃないのかと問うと、生活必需品と食事が中に揃っているから問題ないと返ってきた。
監禁されている意識は皆無だ。気楽なシェアハウス気分なのだろう。
これだけバタバタ大騒ぎになっているというのに、始祖らしき人間が出てこないのも気になった。
部屋の住民によると、始祖は自室に閉じこもって帳簿と睨めっこしたり、世界情勢を調べているらしい。
もっと魔族を集めるのが現在の目的だと言う。具体的には行き場をなくした宿無し魔族をだ。
人間社会に、どれほどの魔族が混ざり込んでいるのか、シヅは目眩を覚える。
彼らは姿を偽装するから、下手すりゃ隣人が魔族な可能性もあるわけで、軽く人間不信に陥りそうだ。
やがてバタバタ走り回る靴音とは別に、コツコツ歩いてきた音が扉の前で立ち止まる。
ピッと小さな電子音が鳴って、部屋に入ってきたのは黒服ではなく。
「おっと。ここにいたのはシヅだったか。まぁいい、一緒に来い」
ヴォルフだ。なんでカードを彼が持っているのかは聞かずとも大体分かる。
魔族たちに見送られて、二人は難なく廊下へ抜け出た。
去り際ちらりと閉めた扉を振り返って、ヴォルフが呟く。
「入った途端、争いになるんじゃないかと不安だったんだが、温厚な奴もいるんだな、人ならざる者ってなぁ」
「興味ないんだと、思う...」と静かに首を振り、シヅは早足になる。
「あの人達、大魔王を召喚するんだって言っていた...だから、人狼には興味ないんだと思う」
「なるほど?大魔王、ねぇ……詳しく聞きたいところだが、聞いたところで何だという気もするな」
早足になりがちな少女の腕をとっ捕まえ、ヴォルフは耳元で囁いた。
「追いかける対象がいないのに急ぎ足なのは不自然だ。ダグーが心配だろうが、ここじゃ駆け足厳禁だ」
「わかった」と頷き、そっとヴォルフの腕から逃れると、シヅは彼を見上げる。
「ダグー...どこにいるか、わかる?」
「判らん。俺の勘じゃ中央が怪しいと思うんだが、お前さんの見解を聞きたいね」
「中央?」と聞き返すシヅへ頷き、ヴォルフは廊下の先を指し示す。
「この先にグルグル回る一本道があるんだ。如何にもトラップっぽくて引き返したんだが、行き止まりに部屋があるかもしれん」
行き止まりだと、警備員に追いかけられたら逃げ場がない。
しかし、そういう場所にダグーが追い込まれていたら?一応、何があるかぐらいは確認しておこう。
どのみち仲間を探し出すには、全域を歩かなければいけないような状態だし。

22/03/07 Up


⍙(Top)
←Back Top Next→