Dagoo2 -Fenrir's Daughter-

ダ・グー2 -フェンリルの娘-

22.NAKAMA

道案内を申し出たロゥイだが、クォードを信用しての提案ではない。
いきなり襲ってくる相手など、たとえ同族といえど信頼がおけないし、演技と呼ぶにはハンパない攻撃で、本気で殺されるんじゃないかと思ったぐらいだ。
黒服がいなくなったから演技をやめた――なんてのは、嘘だ。
死にたくないから白旗をあげた、が本音である。
向こうが勝手に勘違いして探りを入れてきたのをヨシとして、仲間の救出目的で潜入した魔族を装ってみたが、実のところロゥイがここにいるのは生活費を浮かせるための居候が目的で、助ける相手なんて一人もいない。
そもそも、ここに集まった魔族は現世で行き場のない連中か、大魔族を召喚するプロジェクトに参加する者たちだ。
救出も何も自分から志願した奴らである。ごく一部のバカを除けば。
クォードには同行者がいた。人狼が四人。
恐らくは人狼研究所に雇われて、人ならざる者を名乗っている系だろう。
たった五人で攻略できると思っていたのだとすれば、甘く見られたものだ。
警備に回された魔族は三人しかいないものの、人間の警備員が三十名弱住み込みで二十四時間、交代で勤務体制にあたっている。
人間の警備員は全員銃を所持している。威嚇じゃない、実弾入りの銃を。
人狼研究所絡みの襲撃を想定しての厳重警備だ。
フェンリルの末裔を名乗る人狼と揉めて以降、ずっと小競り合いが続いている。
連中には、すっかり敵視されており、近く儀式を妨害しに攻め込んでくるのではといった噂があがっていた。
末裔を名乗っておきながら、彼らはフェンリル召喚を脅威と捉えたのだ。
彼らのリーダー、ミンディなんかは、はっきり宣戦布告してきたと聞いている。
何故だろう?何故、そこまで躍起になって妨害しようと考えるのか。
自分の生活と直接リンクしてこない召喚なんて、放っておいたって無害なはずなのに。
ロゥイには、それほどの脅威だと思えない。
実際にはフェンリルではなく大魔族を召喚するのだとしても。
召喚が上手くいくとも思っていない。
儀式の真似事をしておけば宗教っぽくなるし、税金対策にもなるんだと彼らを理解した。
ここに辿り着いた際には食い扶持に溢れたから居候したい旨を正直に話したが、ロゥイが当てがわれたのは警備の役職であった。
儀式要員と比べると居候は多すぎて、何もしないんだったら警備の真似事でもしていろという事なのだろう。
何故、数多くいる居候の中から自分が警備役に選ばれたのかは判らない。
しかし、三食屋根付き暮らしの礼をしたいと考えて承諾した。
クォードは拉致された同族を救いに来たのだと言う。
嘘だ。信じられない。
本当に迷子を捜しにきたのだとしても、同行者に人狼を選ぶ意味が判らない。
魔族と人狼の組み合わせで真っ先に思いつくのは、人狼研究所しかない。
人狼は信用ならない。ミンディの件があるばかりに。
しかし抵抗すれば殺されるかもしれない危機感を前に、ひとまずは大人しく従うフリを決めた。
警備は、あくまでも対人狼、対人間であって対魔族は想定していない。
無論、人狼研究所に属する同族と戦う可能性は捨てきれないが、そうした場合は、すみやかに分断した後、三人がかりで説得に当たる作戦になっていた。
だというのに分断後うまく一ヶ所に集まれなかったのは、分断した人狼の一人が、よりによって儀式の間に落っこちるミスが発生したせいだ。
そちらには警備の一人が向かったからいいとして、問題は、もう一人だ。何故来ない。
集合してくれなかったせいで、ロゥイがタイマンバトルする羽目になった。
分断ミスでパニックになっているのか、それとも向こうは向こうで緊急事態が発生したのか――
いずれにせよ、この侵入者は自分一人で対処しなくてはいけない。
まずは中央の部屋に案内して、そこに閉じ込めておくべきか。
あの部屋にいるのは居候を決め込んだ文無しと、食べ物に釣られて同行したバカだけだ。
件のプロジェクトとは無関係な輩しかいないから、ABHWの計画を漏らされる危険はない。
問題はドアだ。
鍵を渡せと言われているが、渡したら警備失格でクビが飛ぶ。
それ以前に、こいつを部屋に閉じ込められなくなってしまう。
今のうちに、鍵を渡さなくても済むような上手い嘘を考えておこう。
黙々と歩く背中へクォードが話しかけてくる。
「先に言っておくが、俺を騙そうとするんじゃねぇぞ?」
今まさに騙す算段を考えていたロゥイはギクッとなったが、構わずクォードが話を続けた。
「こうして手を組んだ以上、俺達は、もう仲間だ。お前が素直に協力するってんなら、俺も極力お前を守ってやるよ」

NA・KA・MA……!

仲間、なんと甘美な響きであろうか。
ロゥイの心に温かい感情がドワッと流れ込む。
一応警備の職に就いている今は同じ警備員がロゥイの仲間といえなくもないのだが、なんでか彼らは仕事以外の会話をかわそうとしてくれないし、同族の警備員もクールな対応で素っ気なく、どうしても仲間意識が持てずにいた。
それが、よもやガチバトルした相手に仲間だと認識されるとは。
先の戦闘で友情が目覚めたんだと受け取っても宜しくて?
一方のクォードも、ぷるぷる小刻みに震えて棒立ちなロゥイの態度に首を傾げる。
心なしか瞳は情熱的に潤んでいるし、今の会話のどこに感動するポイントがあっただろうか。
と、考えていたら、がっちり抱き着かれて二度驚かされる。
「大丈夫だ、お前は何があろうとも俺が守ってみせよう!」
「いや、守るのは俺が、お前を、だぞ?お前が他の警備員に手を出しちゃ拙いだろうが」
暑苦しいハグを退けて、クォードは念のため、もう一度確認を取っておく。
「お前の立場は、俺に脅されて案内しているってことにしておけ。それなら不可抗力、警備をクビにならなくて済むだろ」
ますますロゥイの中で感動の嵐が吹き荒れまくる。
こちらの身の振りまで心配してくれるとは、なんと善人であろうか。
疑って悪かったと言わざるを得ない。
「オーケー、行こうぜ相棒。中央の部屋に入ったら鍵を渡す。目的の人物を見つけ次第、即脱出だ!」
何度押しのけてもグイグイ距離を狭められて、ぴったり密着してくる馴れ馴れしさにクォードは内心辟易する。
これだから、ぼっちの相手は苦手なのだ。どいつも距離感を図り損ねる奴ばかりで。
鼻息荒く密着しつつも、足取りからは迷いが消えて前に進んでいく。
一定間隔で曲がっていると思ったら、今度は一本道に出た。
一本道でありながら、幾度となく角を曲がる。
グルグル回りながら中央へ近づいているんだとクォードが考えているうちに、廊下の最終地点に到着した。
「ここが生贄の部屋だ。俺は廊下で待っていよう」
踵を返そうとするロゥイの腕を、クォードが掴んで引っ張り寄せる。
「いや、お前も来い」
思わぬ距離の近さに、ロゥイの心臓は飛びあがった。
こちらがハグした時は嫌がったくせに、こちらの予期せぬタイミングで抱きついてくるたぁ反則だ。
ぐびりっと傍目にも判るほど大きな音で唾を飲み込んだロゥイは、しっかりクォードと密着する。
「あ、あぁ。俺から離れるんじゃないぞ」
「お前が離れようとしたんだろうが。ここにもカメラがあるんだろ?だったら演技を忘れるんじゃねぇ」
小声で囁いてきたりして、クォードは至って冷静だ。
そうだ、監視カメラの存在を迂闊にもロゥイは、すっかり忘れていた。
クォードに話した暗示の件は本当だ。
一定時間で気を失い、しばらくすると部屋から出ている自分に気づく。
部屋に入ったら鍵は渡せない。監視カメラがある以上。
扉の前で悩むロゥイにクォードが囁きかけてくる。
「鍵を渡せないってんなら、こうやって密着したまま入ればいい。お前が出るなら俺も一緒に出る」
「し、しかし、それでは生贄と話す時間もないのでは?」
ロゥイの懸念は尤もだが、クォードは「探す相手は判ってんだ。無理にでも廊下に引っ張り出してやる」と言いのけた。


入口の機械にカードを差し込むとピッと小さな音が鳴って、扉のロックが外れる。
手前にあるのは六人掛けのダイニング、奥に見えるのはキッチンか?
ダイニングチェアには数人の若者、それからダグーとランカも一緒に腰かけて雑談に花を咲かせていた。
ランカはともかく、ダグーは何をやっているんだ。
さっそくクォードの神経はイラッときたが、監視カメラの手前、極力穏やかな口調で話しかける。
「よぉ、失礼するぜ。ちょいと野暮用が出来ちまってな、一人二人呼びに来たんだ。ダグー、それからランカ。お前らでいい、俺達についてこい」
「野暮用?」と首を傾げたのは、ダグーの対面で談笑していた青年だ。
「何をさせようってんだよ、俺のダグーに」
言う側からランカに向こう脛を蹴っ飛ばされて蹲る羽目に。
「だーかーらー!ダグーはランカの婿だと、あと何万回言ったら判るのだ!?」
蹴ったのは言うまでもない、仁王立ちで頬を膨らます銀髪の少女だ。
「ランカ、乱暴は駄目だ」とランカを宥めつつ、ダグーが困惑の表情を向けてくる。
何故クォードが黒服と一緒にいて、しかも廊下に出ろと命じてくるのかが判らないとみえる。
咄嗟のアドリブすら出来ないとは、つくづく足手まといな奴で頭が痛い。
クォードの眉間に寄った縦皺に並々ならぬ殺気を感じたのか、他の奴らもガタガタと席を立ってダグーを守る位置に身構える。
「ダグーちゃんは私らが身を挺して守るけんね。さぁ、さっさと用件をお言いったら」
髪の長い女性が鼻息荒く意気込む横では、出っ歯の中年も「ダ、ダグーを怖い目に遭わせたら……許さない」と凄んでくる。
そんな藪睨みに凄んでみせたって、携帯ゲームを片手に握っているんじゃ怖くも何ともない。
クォードはダグーを守ろうとする面々を無言で品定めする。
背が高くてスレンダーな青年。ランカと、そう変わらない背丈の少女。
見た目は人間にしか見えないが、ランカを含めた六人、ここにいるからには全員擬態なのだろう。
ただ、こいつらは何をするでもなく部屋で遊んでいただけのようだ。生贄と呼ぶには呑気な暮らしである。
不意にグイッと後ろへ引っ張られて、ロゥイの暗示が働いたんだと察したクォードは再度命じた。
「ダグー、ランカ、廊下に出ろ。詳しい内容は出てから話す」
「う、うん」
慌ててダグーは人垣を押しやり、囲んだ皆に断りを入れる。
「俺は大丈夫だから……皆は部屋で待っていてくれるかい」
「判りました!」
どいつも瞳はキラキラ、頬を紅潮させて興奮している辺り、ダグーの魅了は全員に行き渡っていたようだ。
それもそうか。こいつらはダグーと向かい合って談笑していたのだから。
ランカとダグー、二人を廊下に誘い出すと、クォードは踵を返す。
「さぁ、行くぞ。こんなとこ、長居は無用だ」
だが前後の説明一切なしに命令されて、ダグーが迅速に動けると思ったら見当違いも甚だしい。
「え、えっと、でも先輩やアイリーンは?」
もたもた尋ねてくるのを、クォードはピシャリと一喝する。
「俺達がカメラに映った以上、ここに警備員が来るのは時間の問題だ。あいつらを探す為にも、まずは別の場所に移動したほうが安全だろ?もし安全な場所があるってんだったら、そこまでの案内を頼むぜ、ロゥイ」
「え?ロゥイ?誰?」とも狼狽えるダグーに答えたのは、当の本人で。
「フッ。俺がクォードの仲間にして相棒のロゥイだ」
意味もなく髪をかきあげてポーズを決める黒服には、ダグーも唖然とするしかない。
だが唖然としてたってクォードがダグーの疑問に答えてくれるはずもなく、結局のところダグーに理解できたのは、訳が分からないままランカの手を取って二人の後に続くしかないという事だけであった。

22/03/02 Up


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