2.講演
仙台駅周辺は東京と景色が、さして変わらない。キエラの抱いた感想はダグーにしても同じで、勝手にド田舎だと思い込んでいた自分を恥じる。
目的が観光ではないにしろ、観光してはいけないとも言われていない。
ダグーはランカを伴い、宿を発って数時間後には開けた場所、仙台城跡に到着する。
ここからは仙台市が一望できると聞いたのだ。宿の主人に。
主人は、やたらダグーに親切で、大量の観光用パンフレットを渡してくれたばかりか、タクシーを呼んであげる、料金もこちら持ちでいいですよと押し切られ、ランカと二人ありがたく、ご厚意に甘えておいた。
「ほぁー……広いのだ」
ぐるり見渡して月並みな感想を呟くランカの側に立ち、ダグーも景色を眺めていると、不意に背後から声をかけられた。
「あの……すみません」
振り向けば女性の二人組で、顔に見覚えはない。
手にはカメラを携えているから、きっとシャッターを押して欲しいのだ。
そう考えたダグーは、笑顔で「写真ですか?いいですよ」と先回りして答えたのだが。
「いえ、そうじゃなくて……」
カメラを手にしたほうが、じっとダグーを熱く上目遣いに見つめてくる。
「しゃ、写真っ。写真、撮ってもいいですか?」
「えっ?あ、あぁ、なるほど。すみません、どうぞ」
ここに立っていたのが邪魔だったのか、とばかりに横にずれたダグーを見、女性は二人とも首をブンブン振った。
「そ、そうじゃなくて。あなたを写真に撮りたいんです!」
再び、えっ?と驚く彼にカメラを向け、早くも写真に撮る気満々だ。
写真を撮られるのは構わない。だが、自分なんかが被写体でいいのだろうか。
それよりも綺麗な景色や伊達政宗像を写真に収めたほうが、旅行の想い出にもなると思うのだが。
しかしダグーが二人を見ると、二人ともキラキラと輝いた眼で、こちらを見つめている。
何故かは判らないが、彼女たちはダグーを写真に撮りたくなったのだ。
無下に断るのも悪い気がして、ごほんと咳払いしたダグーは了承の意を見せる。
「え、えぇと。それじゃ、どこで撮りましょうか」
「あ、ありがとうございますっ!」
「それじゃ、政宗公の前に立ってもらえますか?」
像の前で棒立ちの写真を二、三枚立て続けに撮られ、あと何枚撮るつもりだと考えるダグーへ「これで最後です。笑ってくださーい」と号令がかかり、ひとまず何が何だか判らないまでもニッコリしたのだが、最後のシャッターを切る直前、さっと黒い影が飛び出して。
「あーっ!?」
パシャッと押された一枚には、しっかりちゃっかりランカが写ってしまったのであった。
城跡を離れ、ダグーとランカは近くにある飲食店で落ち着く。
「一体なんだったのだ、あの二人」
鼻水を垂らすほど寒がっているくせに、ランカはソフトクリームを頼み、今も鼻水をズルズルさせながら舐めている。
「さっぱり判らないな……俺なんか撮ってもバッテリーの無駄だと思うんだけどね」
二人組は写真を撮った後もダグーと同行したいようであったのだが、ダグーが、やんわりとお断りして別れた。
「そんなことないぞ、ダグーはカッコイイから……ハッ!もしかして、スカウトだったのか!?」
今更ながらにキョロキョロしているが、あの二人が此処までついてきているはずもなく、ダグーは手でランカを宥める。
「スカウトって何の?いや、なんにせよ、俺が何かにスカウトされるとも思えないよ」
「そんなことないのだ!ダグーはカッコいいからアイドルにだってなれるのだ!!」
ドンとテーブルを叩いた衝撃で、ソフトクリームがべチャッと横倒しになる。
「あ」
「あ、あぁぁー!ソフトクリームがーー!」
この世の終わりが来たかの如し大声を張り上げるランカを慰めるべく、ダグーが慌てて「待て待て、もう一つ買ってくるから」と席を立った瞬間、またしても横手から声がかけられる。
「あの、すみません」
今度は男性だ。
三人連れで、どの顔にも当然見覚えはない。
三人ともコートを羽織り、肩には鞄を下げていた。
そのうちの一人が、ダグーに微笑みかける。
「今、お時間ありますか?」
「は、はい?なんでしょう」
こうしている間にもランカの大泣きは一層激しくなるし、正直に言うと知らない人に関わっている暇はないのだが、声をかけられては無下にも出来ず、ダグーも頷き返すしかない。
「はい。僕ら、この近くの大学で講堂を借りて講演会を開いているんですが、どうも人の集まりが悪くって……それで申し訳ないんですが、あなたに手伝ってもらえたら、と思いまして。いえ、初対面で、こんな頼みごとをするのは失礼かとは思ったんですけど」
腰の低い青年を押しのけて、別の青年がポカンとするダグー相手に語りだす。
「入ってきた瞬間から、おっ?って思ったんですよ。人目を惹く人が現れたなぁって!あなたなら絶対人を集められる。呼び込みに向いているんじゃないかと思いますよ、どうですか?」
どうですかと言われたって、今は、それどころではない。
ランカはビャンビャン泣いているし、テーブルは溶けたソフトクリームでベタベタだ。
ちらりとダグーの視線を伺って、最後の一人も会話に加わった。
「あ、ソフトクリームでしたら僕が買ってきます。何味がいいですか?」
ダグーが断るよりも先にランカがパッと顔を上げて「イチゴ味!」と元気よく答える。
困った。
これで、本格的に彼らの話を聞かなくちゃいけなくなった。
青年たちは隣の席に腰かけると、さっそく用件を切り出してくる。
「それじゃ、詳しい話をしましょうか」
一人が名刺を差し出してきたので、仕方なく受け取った。
名刺には『ABHW日本支部 広報担当 西荻竜弥』と書かれている。
目の前に座る、ふわっとしたショートボブの髪形の青年と名刺を見比べ、ダグーも話を促した。
「呼び込みとおっしゃっていましたが、具体的には何をすればいいんですか?」
「簡単ですよ。講演会をやっているので見に来てください……と、道行く人に呼び掛けてもらえれば」
西荻青年は答え、鞄からチラシを取り出してテーブルに置いた。
チラシには『人類の滅亡までカウントダウン!?』といった物騒な煽りがデカデカと踊っており、中央には恐怖におののく人々の写真が載っていて、その上に被さるようにして『――しかし諦めてはいけない』と文字が謳う。
パッと見でダグーが抱いた感想は、宗教の集会であった。
しかし宗教なら宗教だと、最初に名乗るだろう。名刺にも宗教だとは書いていなかった。
「……人類の滅亡とは大きく出ましたね」
チラシの感想を述べると、西荻は笑顔を浮かべてダグーの顔を覗き込んでくる。
「でしょう?パッションは派手であればあるほど人目を惹きますから。でも、講演会となると難しいものを想像して腰が引けてしまうようです。何も難しいことはない、ただ椅子に座って話を聴くだけだ……といったことを道行く人に説明してもらいたいんです。いや、僕ら自身も呼び込んでいたんですが、どうにも成果は芳しくなく……」
西荻は笑顔が柔らかく、人当たりの良さそうな顔をしている。
彼でも人を集められないんじゃ、自分がやっても同じなんじゃ?なんてことをダグーは考えもしたのだが、困っている人をほったらかして宿に帰ってしまうのは後味が悪い。
ソフトクリームを奢ってもらった礼もある。
横ではランカがベチャベチャと一心不乱にイチゴ味のソフトクリームを舐めており、代わりに買ってきてくれた青年が、その様子を嬉しそうに眺めていた。
「あ、もちろんタダでやってくれとは言いません!」
渋い反応だと思ったのか、西荻のツレが鞄をごそごそやって財布を取り出す。
「もちろんバイト代は、お支払いしますよ。そちらのお時間を使わせていただくわけですから」
「いえ、バイト代は不要ですよ」
そんな言葉がポロリとダグーの口を出て、三人が驚くのを目前に付け足した。
「どうせ暇つぶしの観光中だったんです。困っている人がいるなら助け合わなくちゃね。呼び込み、やってみます。あまり期待しないで待っていてください」
じっとダグーに見つめられ、三人の頬が瞬く間に赤く染まる。
「あ……あ、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げる西荻を筆頭に「やった、思い切って言ってみて良かった!」と肩を叩きあって喜ぶ青年たちを眺めながら、ダグーは考える。
呼び込みするついでにアイリーンの手掛かりを集めるのは悪くない案だ。
今し方脳裏に浮かんだアイディアを試すべく、呼び込みを引き受けたダグーは、さっそく大通りへ向かった。
チラシを片手に、片っ端から人を呼び止め、講演会の話をする――
だが、言うは易く行うは難し。
誰を呼び止めても、さっさと歩き去ってしまい、ダグーは途方に暮れる。
「もう止めるか?退屈なのだ」
街路樹の下に座り込んで足を投げ出したランカに呆れた様子で言われ、ダグーも、ふぅっと溜息を洩らした。
なるほど、これは難しい。
西荻が見知らぬ赤の他人にまでSOSしようというものだ。
話を聞いてもらう以前の問題である。誰も足を止めてくれないのでは。
こんな冷たい仕打ちを受けたのは生まれて初めてで、知らずダグーは、じわりと涙ぐんでしまう。
これまでは道を尋ねるにしても宿を探すにしても、話しかければ誰かしら足を止めてくれた。
そうだ、ついこの間までいた学校だって呼び止めれば子供たちは話を聞いてくれたじゃないか。
手にしたチラシに目を落とす。
これまでと今を比較して、違うのは、このチラシだけだ。
こんなものを持っているから、警戒されてしまうのか?
しかし、これは手放せない。これの為に呼び込みをしているのだからして。
黙り込んでしまったダグーを見上げ、ランカが心配そうに声をかけてくる。
「……大丈夫か?ダグー。誰も話を聞いてくれないんだったら、興味をひかせればいいのだ」
どうやって?涙を浮かべて足元の少女を見やると、ランカはグッと親指を突き出してきた。
「ランカに任せるのだ!」
さっと歩道に飛び出したかと思うと、大声を張り上げる。
「さぁ〜、よってらっしゃい、みてらっしゃい!ランカの大道芸、始まるのだー!」
何をするのかと呆気にとられるダグーを横っちょに、ランカはピョンピョンと身軽に飛び回り、助走もなしに宙返り。
かと思えば、猿の如し軽快なフットワークで街路樹に、するすると登った。
「よっ、ほっ、はっ!」
威勢の良い掛け声につられ、道行く人も何事かと足を止める。
突如なんの前振りもなく奇怪な行動を始めた少女に、皆の目が釘づけだ。
「ハイー、ハイ、ハイ、ハイ!」
足を止める人が増えて、やがて人だかりになってきて、ランカを囲む形で人々は輪を作り、彼女の掛け声に併せて手拍子までが沸き起こる。
――不意に、ダグーの脳裏をクローカーのしかめっ面がよぎった。
目立つ真似をするな。彼は、そう言っていたはずだ。
今の状況はといえば、思いっきり目立っている。
確かに、これなら人は集まるだろう。
チラシを配って勧誘するなら、今がチャンスだ。しかし――
こんな方法で集まった人にチラシを渡したとして、それは呼び込みしたと言えるのか?
立ち尽くすダグーを、人だかりになった人々のほうが先に見つけた。
「ねぇ、そのチラシ何?」と気安く年下の少女に話しかけられたのをきっかけとして、周りの人々も覗き込んでくる。
「講演会?へぇ、東北大でやってるんだ」
「この大道芸と関係あるの?」
「本番は、どこで見られるのかな」
「へぇー人類の滅亡?映画?それともお芝居?」
人々は勝手にチラシを奪い取って口々に騒ぎ立て、終いには『そこの大道芸!!無許可で開いてはいけません!』とメガホン越しに警官までがやってきて、人の輪は散り散りになった。
野次馬と一緒に逃げながら、ダグーは「講演会なんです、詳しくはチラシをごらんくださーい!」と叫んで走り去る。
安全な場所まで走ってきて、ようやくダグーは気付いた。
ランカと、いつの間にか、はぐれていたことに。
21/03/17 Up