Dagoo2 -Fenrir's Daughter-

ダ・グー2 -フェンリルの娘-

19.しょっぱなからバラバラ

総本山への足は全て人ならざる者、魔族が担っている。
しかし一番最初、神殿を建てる時は人の手で行ったはずだ。
場所は山奥だというし、そこまで資材や重機を運び入れるのは大変だったろう。
かなり大掛かりな工事だ。それにしては、一度もニュースで見た覚えがない。
魔族は、いつからABHWと手を組んでいるのか。もしかして創立当時から?
ダグーは悶々と考えてみたが、一人で考えていたって答えの出る疑問ではない。
それに彼らの相関図など、ランカ救出には直接関係のない話だ。
「そろそろ出るよ」とアイリーンが呼びに来て、救出へ向かう面々は酒場に集まった。
「まずは裏口へ空間跳躍で移動します。生贄の部屋は聞き及んでいますが、直接飛べないとも聞きました。部屋へ向かうにあたり、我々は必ず廊下を移動しなければいけない……」とのクローカーの説明を受けて、ダグーが手をあげる。
「廊下に見張りは?」
「いません。しかし各部屋の入口には必ず見張りが二人立っているそうです。生贄の部屋は警備も厳重だと考えるのが妥当でしょう」
ダグーの質問に答えた後、クローカーは、しばし思案する。
ややあって見つめた先はダグーではなくシヅで、彼女の能力を問いた。
「あなたの能力は治癒だと聞きましたが、それ以外には何が使えるのですか」
シヅは、ふるふると首を真横に「...それしかない...あとは、他の人狼と同じ」と答え、再びクローカーは考え込む。
生贄のふりが通じるのは、監視カメラに対してだけだ。
例の情報提供者からは一応バイトの証とも言える名札のコピーを譲り受けているが、これで見張りを誤魔化せるとは到底思えない。
そもそも彼女は送り届けるだけの下っ端バイト、生贄の部屋へ入る理由が見つからない。
不審に思われるのは確実だ。
どうあっても戦闘に突入するのだけは絶対に避けたい。
しかし、使えそうなのはダグーとクォードの魅了ぐらいだ。
生贄に魔族が混ざっている以上、何らかの魔力対策を整えていよう。結界は使えない。
事実上、魔族は能力を封じられているも同然だ。
人狼の活躍に期待しようにも、彼らは普通の人より多少身体能力が優れているだけだろうし、あまり宛に出来ない。
そんな風に考えた辺りでアイリーンに声をかけられる。
「監視カメラの死角を通って見張りに素早く当て身を食らわせる。ってんじゃ駄目なのかい?」
「見張りの前にカメラがあったら、ジ・エンドだよな」とキエラが肩をすくめた。
「そもそも戦闘を避ける必要ってあんのか?」とクォードの口からトンデモ発言が飛び出して、ダグーはポカンと呆ける。
生贄の部屋近くで銃撃戦になれば、周りに被害が出るかもしれない。
うっかり死傷者を出してしまったら、こちらが犯罪者扱いだ。
ただでさえ無断侵入するのだ、これ以上の罪を重ねたくない。
ランカは助けたいけれど、自分が社会的に抹殺されるのは御免である。
「我々はABHWを壊滅させに行くんじゃありませんよ。ランカを取り返しに行くのです。無用な戦闘は避けるべきでしょう」とクローカーに言われても、クォードは口の端を歪めて不敵に笑い返す。
「どれだけ穏便に事を進めようとしても、見張りは邪魔するはずだ。一ヶ所に集めて監禁しているんじゃ尚更な。強行突破は囮を立てて、別部隊が見張りをブチのめす。それが一番手っ取り早いぜ」
誰に囮をやれというつもりだ。
内心ハラハラするダグーの前で、クローカーが確認を取る。
「……あなたが囮になる、と?」
「あぁ」と本人が頷く横で、「待ってくれ。送り届ける役目を装うんじゃなかったのか、クォードは」と割り込んだのはヴォルフだ。
「人ならざる者は生贄の部屋に入れません。生贄は裏口で引き渡されて、おしまいです」と、クローカー。
どのみち廊下を魔族がうろついていたんじゃ不審者然、カメラの死角を通っても見張りと揉めるのは必然か。
「散開するのかい?だったら生贄の監禁場所を教えておくれ。ウロウロしているうちに銃で撃たれたりしたらシャレにならないよ」
アイリーンに頼まれて、キエラが「じゃ、簡単な地図を書くから全員に渡しとくよ」と手頃な紙に手抜きの地図を描く間。
ダグーは、そっとヴォルフに摺り寄って囁いた。
「……ドンパチが始まっても、先輩は絶対無理しないで下さいね」
「当たり前だ」とヴォルフは頷き、ダグーの背中を優しく撫でてやる。
「お前こそ無理をするんじゃないぞ?危なくなったら、俺の陰に隠れるんだ」
仲睦まじい二人をシヅが、じぃっと凝視しているうちに、地図を描き終えたキエラが一人ずつに紙を渡してくる。
「万が一バラバラになっても、誰かが辿りつきゃ〜いいんだ。クォードが全員拾って帰れりゃ〜のハナシだけど」
行く前に不安を煽ってくるのは、やめてもらいたい。
「安心しろよ、ランカさえ見つかりゃあ後は用無しだ。適当に切り上げて全員拾って帰ってやる」
武装警備だと聞いていてもクォードは自信満々、余裕の笑みを浮かべている。
東京で出会った時も自ら戦闘を仕掛けてきたし、元々こういった荒々しい行動が得意なのであろう。
「俺が囮活動を始めたら、てめぇら人狼は全員変身しろ。人の姿で走り回るよりは迅速に動けるだろ」
クォードに命じられて、シヅが素直に「判った...」と頷く。
「狼男よりは狼のほうがいい、かな?」とダグーは先輩に尋ねて、ヴォルフも「走る際には足元にも気をつけろよ?トラップがあるかもしれん」と答えるのには、キエラがせせら笑う。
「自分らも歩く廊下にトラップを仕掛ける程には酔狂な奴らじゃないぜ、あいつら。まぁ、気をつけろってのには同意だけどよ」
クォードの側に集まり、一瞬にしてダグー達の姿が消える。
「ご武運を」と小さく呟き、キヅナは天に祈りを捧げた。


裏口には引き渡し係が待っている。
まずは、その者を気絶させるなりして中へ侵入する。
そういった流れであったはずのだが。
「イダッ!」と尻を床に思いっきり打ちつけて、涙目になったダグーは慌てて周囲を見渡した。
近くには誰もいない。まったくの一人だ。
「え?えっ!?せ、先輩?シヅッ?」
おかしい。クォードまで見当たらないというのは、どういうことだ。
「アイリーン、クォード!?どこだっ」と叫ぶダグーは、バラバラッと走り寄ってきた黒服軍団に周囲を包囲されてしまう。
「なんだ貴様は!?」と誰何されたので、泡を食って「あ、怪しいものではありません!」と答えるも、三百六十度ぐるり囲んだ銃口は向けられっぱなし、黒服の男には鋭い眼光で睨みつけられた。
「どこから現れた!貴様一人か!?」とも問われて、ダグーはオロオロするばかり。
正直に答えたら、味方にまで被害が及ぶ。
しかし、答えなかったら銃弾の雨あられが降り注いで蜂の巣になるのは確実だ。
選択肢のない未来予知で思わずグスッと涙ぐむダグーを見やり、銃を構えたまま、黒服の一人が擦り足で近づいてくる。
「なんだ、貴様……乗り込んできておいて、泣きべそか?」
さらに一歩、一歩と近づいて、潤んだ瞳と男の瞳が重なり合う。
――数秒後。
ごくっと生唾を飲み込み、黒服は頬を真っ赤に染めた。
「す、すまなかったな。大声で怒鳴ったりして」とダグーへ謝る彼には、味方が仰天だ。
「銃を降ろすな!危ないぞ!!」と外野に騒がれても男の視線はダグーを真っ直ぐ見つめ、片手を差し出した。
「怖がらなくても大丈夫だ。さぁ、俺についてこい。安全な場所へ連れて行ってやろう」
「何を言って、正気か!?」と仲間が騒いでも、男は聞く耳を持たない。
情熱的に見つめられたダグーは、お言葉に甘えておくことにした。
「えぇと、安全な場所って、あなたの部屋ですか……?」
ちらっと上目遣いに微笑んだだけで効果覿面、名前も知らない黒服の彼は鼻息を荒くしてダグーを力強く抱き寄せる。
「いいとも、ベイビー。俺の部屋がご希望か。そこで、じっくり愛を語り合おうじゃないか」
「待て、勝手な真似をするんじゃない!」と黒服の一人が腕を掴んで引き留めようとするも、勢いよく振りほどかれる。
「これ以上、ベイビーと俺の仲を引き裂こうってんなら銃弾をお見舞いするぜ?」
己の銃にチュッとキスをかましてダグーと一緒に歩いていく彼には、もはや黒服仲間もかける言葉が見つからない。
いや、何人かは廊下の向こうへ駆けていったから、上司へ仲間の乱心を報告しに行ったのかもしれない。
ひとまず彼の部屋にいる限りダグーの身は安全だが、その代わり部屋から出られなくなりそうではある。
肩を抱き寄せられた格好で、考えがまとまらないまま、ダグーは黒服の男と一緒に廊下を歩き去った。

ダグーと同様、シヅもまた、たった一人で廊下に出現する。
どうやら移動の際にトラブルが生じたものらしく、全員一緒の場所には出られなかったようだ。
だが、いい。集団行動のほうが却って苦手だ。
シヅは廊下に手をつけて瞬く間に狼へと変身する。
「いたぞ、あそこだ!」と駆けつけてきた黒服軍団の間を一気に駆け抜けた。
地図は頭に入っている。ただし、現在地が何処だか判らない。
廊下は、どこまでもまっすぐ続いており、両側の壁には部屋らしき扉が一つも見あたらない。
おまけに、どの壁も同じような灰色で塗りたくられており、目印となりそうな曲がり角さえないんじゃ、どこをどう走っているのかシヅ自身にも判らなくなってくる。
次第に走る足は遅くなり、やがて狼は立ち止まる。
捕まりたくなくて振り切ってしまったけれど、もしかして、さっきの黒服軍団に捕まったほうが良かったんじゃなかろうか。
少なくとも、彼らはシヅよりは内部構造を把握しているはずだ。
見つけて即射殺するとも思えない。
だが来た道を戻る途中でシヅは唖然となった。
「えっ...どうして、壁?」
まっすぐ走ってきたはずなのに、前方を壁が塞いでいる。
正しくはシャッターだ。誰かがシャッターを下ろして、シヅを元の場所へ帰れなくしてしまった。
困惑しながらシャッターの前で座っていると、やがて廊下の向こうから複数の足音が響いてくる。
よかった。多少手順は異なったけれど、予定通り道案内を得られそうだ。

クォードが出現したのは、大神殿の表玄関だった。
同行していたはずの人狼が側にいない点からも、こちらの侵入は予期されていたようだ。
一瞬罠だったのかと考えるも、そうじゃない、二度の無断来訪が彼らを警戒させたのだとクォードは結論づける。
魔族を収容しているぐらいだ。そこかしこに監視カメラはあると考えるべきだった。
ぐるり一帯、銃を構えた黒服軍団に出迎えられたが、そこはさして問題ではない。
空間跳躍を妨害されたのだ。警備には魔族も含まれている。
と、すれば――ここ表玄関において、異能力は使えると見ていい。
そうでなければ魔族を警備に回す意味がないし、空間跳躍だって妨害できなかった。
「貴様は何処の組織に頼まれた人ならざる者だ?大方、生贄を奪取しに来たんだろうが、そう簡単に」
黒服の御託を聞いてあげる筋合いもない。言葉途中でクォードは攻撃に転じた。
掌から放たれた光線は黒服が集まる場所目掛けて一直線に飛んでいき、彼らを四方八方へ吹っ飛ばす。
大丈夫、極力殺人は避けろとクローカーに念を押されているから、威力は普段の数倍弱めてある。
「な、なんだ、こいつ!好戦的だぞ!?」
「撃て、撃てェー!」
銃は威嚇だけのつもりだったのだろう。
しかしクォードに先制攻撃されたせいで警備は大混乱、銃を撃つ者や何も出来ずに棒立ちの者、悲鳴と共に屈んで避ける者などで動きがバラバラだ。
大神殿だの本拠地だのと言っていた割には、統制が全く取れていない。
警備員も所詮、雇われバイトでしかないのだろうか。
飛んでくる銃弾は全て結界で防ぎ、クォードは尚も密集した場所を狙い撃ちする。
神殿の真ん前に陣取って、ここには姿を見せていない相手へ向かって怒鳴った。
「出てこい、隠れて見ているんだろ?俺を捕まえたいなら、てめぇが直接相手しなッ!」
銃を捨てた黒服が一人、無謀にも突っ込んでくる。
そいつを難なく避けた直後、クォードは大きく後ろに飛びずさって間合いを外した。
背中を走り抜けた悪寒。
こいつが、そうか。
ゆっくりと起き上がった黒服は、見た目こそ他の人間と大差ない。
だが同族であるクォードには、はっきりと身体を包み込む魔力のオーラが見えていた。
「貴様を殺しはせぬ。しかし五体無事で帰れるとも思わぬことだ」
激昂するでも怒鳴り散らすでもなく、まわりの黒服と比べたら落ち着いている。
やはり襲撃は予想されていたのだ。
「てめぇがABHWに加担する理由はなんだ?」
クォードの問いに、相手は低く笑うだけで答えない。
まぁ、いい。そういう返しも重々予想できた。
どのみちクォードが中に入る必要はないし、囮役として出来るだけ警備を引きつけておきたい。
こいつを、人ならざる者をブチのめしてやったら、警備はムキになって増援を呼ぶに違いない。
「答えねぇか。なら、答えたくなるようボコボコに叩きのめしてやらぁ!」
威勢よく啖呵を切って、クォードは擬態を解く。
背中には黒い羽根が出現し、一瞬で肌が緑に染まり、髪の毛は紫へと色を変えた。
周りの人間がオォッ……!と恐怖や驚愕で慄く中、敵の魔族が突っ込んできて、両者は激しく激突した。

22/01/28 Up


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