Dagoo2 -Fenrir's Daughter-

ダ・グー2 -フェンリルの娘-

17.人ならざる者

表玄関でデモを装った団体が見張りと揉めている間に潜り込んで、教祖を探す――
作戦を聞いた時には、至る処に監視カメラが仕掛けられた建物なのに無茶難題を言うなぁと思ったものだが、潜入作戦はダグーが想像していたよりも遥かに簡単であった。
皆が表口で問答している間にキエラが結界を張り、死角となる場所の壁をクローカーが破壊して中に入り込む。
教祖を見つけるまでは信者に見つからないよう結界を張ったまま移動すると言われて、なら表の陽動なんて要らなかったのではとダグーが問うと、クローカーは首を真横に振った。
「とんでもない。あれが囮になっているからこそ易々と入れたのですよ」
「ダグーちゃん、ABHWに味方している魔族の存在を忘れんじゃねーぞ」
キエラにも釘を刺されたダグーは口を尖らせる。
「忘れていないよ。ただ、いるならいるで何で反応がないんだ?」
「ここには、いないのかもしれませんね」と囁いたのはミンディで、結界で守られているというのに慎重な足取りだ。
三十人のうちの大多数が表門に残り、彼女に同行したのはダグーとシヅの他には魔族が二人のみだ。
クォードは隠れ里に残してきた。万が一を考えて。
「このまま宛もなく彷徨うのは効率的ではありません。キエラの結界も無限ではありませんのでね……ミンディさん、教祖の居場所に見当はつきますか?」
クローカーの問いに頷きで返すと、ミンディは廊下の奥を指さした。
「ABHWの神殿は、どこも同じ造りになっています。ですから、ここもきっと一緒でしょう。廊下で信者の部屋を細かく区切り、共同生活スペース、つまり食堂やトイレは中央に集めて、教祖の部屋は尋問部屋と監禁部屋の向こうにあります」
「なら、一気に部屋まで行こうか」と気楽にキエラが言った直後、「危ない!」と思わぬシヅの大声に全員が足を止める。
間髪入れず何かがチュイン!と音を立てて床に弾かれて、壁に小さな穴をあけた。
何が起きたのか全然判らず、ダグーは呆気にとられるばかりだ。
一番最初に動けたのはクローカーで、廊下の先を睨みつける。
「やはり、いましたね……いつ仕掛けてくるのかと考えていましたが」
差し出した片手から眩い光線が一直線に放たれて、壁の一部が崩壊する。
いくら結界を張っているといっても、派手過ぎのやりすぎではなかろうか。
ぼやっと佇むダグーにはキエラの「ぼーっとしてんな、ダグーちゃんっ。敵襲だッ!」といった叱咤が飛んできて、いや、そもそも結界を張っているから誰にも見えないはずじゃなかったのか?と言い返そうとしたダグーは、いつの間にか狼化したシヅに首根っこを咥えられて後ろに飛びずさった。
「え、え?ちょっと、シヅ、ってミンディさんも!?」
戦闘態勢に入っていないのなんてダグーだけで、ミンディも狼女と化して油断なく身構えている。
ダグーには何も感じ取れないのだが、他の皆は判っているようで、キエラが廊下の先へ向かって吼えた。
「先制奇襲しといて姿は見せないとか、そっちの人ならざる者は随分と卑怯なチキンだなぁ!?さっさと出て来いよ、居るってのがバレたんだからよォ!」
返事はない。
こちらの数が多いので、陰から攻撃する手段を徹底するつもりなのかもしれない。
それにしても、いきなり攻撃してくるとは思わなかった。
壁に穴をあけた物の正体は銃弾のようだ。硝煙の匂いが漂ってくる。
クローカーは武器を使わなくても攻撃できるのに、向こうの魔族は銃を使うのか。
密かに首をひねるダグーにも、はっきり聞こえる範囲で声が問いかけてきた。
「汝はフェンリルの末裔ではないか!何故、フェンリルの娘ともあろう者が壁を破壊して侵入する!?」
結界を見破ったんだから、こちらが何者なのか判った上で攻撃してきたのかと思いきや、正体を知って動揺しているようにも感じられる。
ダグーやクローカーが言い訳する前に、本人が答えを出す。
『乱暴な真似で入り込んだこと、先にお詫びしておきます。ですが、あなた方へ危害を加えにきたのではありません。正攻法では門前払いされるので、仕方なく強行突破を選んだまでです』
「汝が訪問したのであれば、表口は開かれるはずだ。だが、まぁ、よい。強行突破の無礼は捨ておくとして、汝が引き連れている者達はなんだ?」
続けざまの尋問にも、ミンディは素直に答える。
『ボディガードです。先ほどの奇襲は私では気づけませんでした。彼女のおかげで一命をとりとめたようなものです』
ミンディはシヅに視線を向けて微笑み、しばしの間が空いた。
「ボディガード……まさか汝も人ならざる者を雇っていたとは」
『えぇ、この子は勘が鋭いんです。狼ですから』
ミンディがシヅを狼女だともアーティウルフだとも紹介せず狼だと濁したのは、相手が姿を見せないせいか。
声はしわがれていて、男か女かも判らない。どちらとも取れる。
キエラの張った結界を見破れるのなら人間じゃないと見るのが妥当だが、しかし使ったのは銃、それも一発だけだ。
奇襲者は声の主一人だけなのか。それとも、もう一人二人隠れて息を潜めている?
キョロキョロするダグーへも声が話しかけてきた。
「そうオドオドするでない。ボディガードにしては落ち着きのない奴だ」
「そ、そんなこと言われても。いきなり攻撃されたら、誰だって怖くなりますよ」と言い返すダグーに苦笑したのか、忍び笑いまで聞こえてきて。
ようやく廊下を歩いて皆の前に姿を現したのは、パッと見、小柄な老婆だ。
しかしクローカーやキエラが警戒を解かない以上、見た目通りの人物ではあるまい。
「あんたがABHW側の人ならざる者か。よく俺達の前に現れられたもんだ」
挑発するキエラを手で押し留め、ミンディが人の姿に戻って会釈する。
「はじめまして、異郷の方。私を一方的に知っているということは、あなたなら教祖の居場所もご存じなのでしょう?」
「あぁ、そればかりかABHWが魔族に襲われる理由も知っている」と答え、老婆がニヤリと笑う。
「取り返しに来たんだろう。我らが同胞が何人か送られているからな」
「祭壇に?」と尋ねるクローカーヘ頷き、老婆は彼を見上げた。
「支部の教祖は祭壇の場所を知らぬし、教わった処で部外者には行きつけぬ。総本山を知りたければABHWに雇われるより他に方法なし」
「就職ねぇ〜。ABHWのバイト募集広告なんて一度も見た覚えねーけど?」と軽口を叩くキエラには「そりゃあそうだ。欲しいのは人間ではなく、人ならざる者なのだからな」と老婆も軽口でやり返した。
「夜だ。丑三つ時に空を見よ。狼煙が上がる方角へ歩けば、ABHWの集会を見つけられよう」
「そんなこと、俺達に教えちゃっていいのかよ?」とも聞き返すキエラに薄い笑みを浮かべて老婆が言うには「無駄に教祖を怯えさせられるほうが後の始末に困るのだ。それに、この程度であれば情報漏洩にもならぬ」との事だ。
「だったら」と人懐っこい笑顔を浮かべて、ダグーも会話に加わった。
「あなたが教祖に頼んで、こちらの二人を雇うよう推薦して下さいませんか?」
「口利きをしろと?それは駄目だ、明確な裏切り――」と言いかけて、ごくりと老婆の喉が鳴る。
じぃっとダグーと見つめあって数秒後には慌てふためいて視線を外し、頬は真っ赤に急上気、本人にも原因不明な異常事態が発生した。
額に浮かんでは流れ落ちる汗を手で何度も拭う彼女に、ダグーは容赦なく畳みかける。
「駄目……ですか?」
ちょっと泣きそうな表情を作っただけで老婆は早々と前言撤回、ダグーを安心させようと満面の笑顔で宣言する。
「あぁ、泣くでない。よかろう、二人の口利きは俺に任せるがいい。そなたは家に帰れ。ここは、そなたのような愛らしい者がいてはならぬ場所ぞ」
とんとん拍子に進んでいくバイト斡旋に待ったをかけたのはミンディだ。
「待ってください。支部の教祖は本拠地の場所を知らないのでしょう?なら、ここのバイトに雇われるのは無意味です」
「教祖はな」
ミンディには素っ気なく答えたかと思うと、老婆が目を細めてダグーを見つめる。
「俺が知っている。だがフェンリルの娘、汝には教えられぬ」
「あなたは……」と言いかけて、しかしミンディは言葉の続きを飲み込むと、シヅとダグーに帰路を促した。
「教えてもらえないのでしたら、仕方ありません。帰りましょうか、二人とも」
「えっ?いいんですか、まだ何も聞き出していないのに」と驚くダグーの背を押して、ミンディが耳元で囁いてくる。
「あの人は万が一を考えて言葉を選んでいます。ここで問答を続けるのは、あの人を困らせるだけで進展しません」
それに、と小さく付け足した。
「人ならざる者は彼らなりの考えでABHWに入り込んでいるようですね……少し、認識を改めないと」
ミンディが何の思い違いをしていたのかは、ダグーには判りえない。
ひとまずクローカーとキエラが内部を探ってくれるのだと合点したダグーは、壁の穴を通って出ていったのであった。


キエラとクローカーを除いた面々は隠れ里に戻り、一連の話を聞き終えたアイリーンが疑問を呈する。
「そもそも、人ならざる者がABHWに味方するメリットって何なんだい?」
「それは……直接尋ねてみないと判りません」とキヅナは言葉を濁し、ミンディを振り返った。
「支部ごとに配置されているばかりか、彼らが本拠地の場所を知る者だったとは盲点でした」
「教祖は信者をまとめるリーダーでしかないのか」とヴォルフも落胆した様子で呟き、ダグーを見やる。
「お手柄だ、ダグー。本拠地を知る奴を魅了しちまうたぁ」
相手が魅了されるまで全くの無意識による見つめあいだったのだが、そこんとこは先輩にも内緒である。
ダグーは照れ笑いを浮かべて謙遜した。
「相手が好戦的で助かりましたよ。あの広い中を右往左往しなくて済んだんですから」
「前々からチャンスを狙っていたんじゃねぇか?」とはクォードの弁。
「狙っていたって何を?」と首を傾げる人狼たちに持論を説く。
「外部の魔族来訪を待っていたんじゃないかってこった。自分では手が出せなくても他の奴らを送り込めば、生贄になった同族を救えるかもしれねぇだろ」
「自分程度でも見破れる結界を張るような奴を送り込むのか?下手すりゃ祭壇をパワーアップさせるだけに終わるかもしれない、危険な賭けじゃないか」
どこまでも否定的なレオにシヅが問う。
「レオが彼女と同じ立場だったら、どう動く...?」
「俺か?俺なら、たとえ犬死になったとしても自分で助けに行くよ。仲間を無駄死にさせるよりはマシだ」
レオの返事は率直で、酒場に集まった何人かの人狼が力強く頷いた。
「それか何人かキープしといて、ある程度集まったら一緒に本拠地へ特攻するかだよな」とブルーノが肩をすくめてみせて、人狼としては手堅い手段で攻略したいと考えるようだ。
魔族の彼だか彼女だかは、そうは考えなかったのだろう。種族間の思想の違いで。
あの人はキエラとクローカーに場所を教えるかわり、自分は行かないつもりなのかもしれない。
あの二人が、二人だけで本拠地へ向かわないことを祈るばかりだ。
まぁ、キエラはともかくクローカーは冷静だから、間違っても無謀な真似はしないと信じているが。
「しかし、なんだって二人を借りたんだ?口頭では教えられない複雑な場所にあるのかねぇ」
初歩的な疑問を人狼のスパンキーが繰り出して、それにはミンディが答える。
「あれが、あの人に出来るギリギリの範囲だったのでしょう。結界が破られた時点で私たちの姿は監視カメラにも捉えられていたはずです」
彼女の思惑が何であれ、カメラに見張られている限り、下手なことは言えない。
二人が勧誘なりで洗脳なりで向こう側に取り込まれる危険も、考えていなくはない。
しかしクローカーは手ごわい奴だ。そう簡単にはABHWの思うがままになるまい。
過去に彼と戦ったことのあるダグーは、そう信じている。
クォード曰く魔族は目的の為なら仲間さえ利用する種族のようだが、クローカーも同じ思考であれば向こうに味方するメリットが全くない。
彼の性格を考えても、自力でランカを助けに行くタイプであろう。
大丈夫、大丈夫。
理性では大丈夫を繰り返しつつ、一時間、二時間と過ぎても全然帰ってくる気配の見えない二人に、だんだんダグーは不安になってきた。
逸る気持ちを抑えきれずに二人だけで突貫してしまったとしたら、どうしよう。
或いは勧誘されたふりで本拠地まで連れていかれたのかもしれない。だから、帰りが遅いのか?
もう、二度と帰ってこなかったら――
ダグーを押しつぶす不安の塊は「たっだいま〜」という、超軽いノリの挨拶で四散する。
「やー、ついでに飯ゴチしてもらっちゃったぜ。ABHWのバイトって、そんなに実入りがいいのかねぇ」
手には幾つか紙袋を下げているし、本拠地を教えてもらう以外にも色々とお世話になったようだ。
こちらの気も知らんと、はしゃぎまくるキエラを見ているうちに、ダグーの両目には、じわっと涙が浮かぶ。
「だ……ダグーさん」と気遣うキヅナの声で気づいたのか、ずかずか歩いてきたキエラはキヅナを押しのけると、涙ぐむダグーを抱き寄せた。
「あらら〜ダグーちゃん、俺がいなくて、そこまで寂しかった?俺のお土産やるから泣くなよ、なっ」
ダグーが何か文句を言うよりも先に「おふさげは、あとでおやりなさい」とクローカーが水を差し、場の空気を真面目な方向へ切り替える。
「本拠地の場所が判明しました。場所はモンフハイルハン山」
「モン……?」と首を傾げる人狼の横では、別の人狼が鼻息荒く「奴ら、登山隊でも組んで生贄を送り込んでいるってのか」と問い返すのには首を振り、クローカーが言い直す。
「人間が労して登山する必要は、ありますか?人ならざる者を使えば一瞬です」
魔族には一度覚えた場所へ簡単に移動できる手段があると説明されて、ひとまず人狼たちは納得する。
だから、あの老婆もダグーやミンディではなく魔族二人を借り受けたのだ。
「よく、素直に教えてくれたもんだな?」とヴォルフに聞かれたキエラは肩をすくめる。
「まぁね。やっこさん、ちょいと油断していたもんだから二人がかりでボコにしてやったら、飯は奢ってくれるわ土産は持たせてくれるわで、あんなに素直な同族は珍しい部類かもしんね〜な」
あの人に何があったのかは、あえて詳しく聞くまい。
ダグーは深く、彼女に同情した。

21/12/03 Up


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