Dagoo2 -Fenrir's Daughter-

ダ・グー2 -フェンリルの娘-

15.先輩

多少情報の行き違いがあって右往左往したけれど、ようやく一行はフェンリルの娘がいる国へ到着する。
飛行機が到着した時点で夜になっていた。
空港から車で中腹まで向かい、さらに先は徒歩だと言われてキエラなんぞは辟易していたが、そんなことも気にならないぐらいダグーは気持ちが昂っていた。
やっと会える。
幼い頃、目指せと言われて結局未だに会えていなかった相手と。
どんな人なのだろう?
きっとカリスマの頂点に立つような神々しい人で、見た瞬間、ひれ伏してしまうかもしれない。
山道を歩くうちに、木造建築の一軒家が見えてきた。
水色の壁に黒い屋根。カリスマの頂点が住んでいるとは思えないほど、素朴な民家だ。
「ただいま帰りました」
丁寧にノックしてから、英語で声をかけてキヅナが戸を開ける。
すぐに「はーい」と返事が来て、パタパタと廊下を走ってきたのはエプロン姿の若い女性だ。
「おじゃまします」と軽く会釈して入ろうとするダグーを上から下まで眺めまわして、パンと手を打つ。
「あ、もしかして、この方がダグーさん?」とはキヅナへの問いに、キヅナが「よく、お分かりで」と答えるのには、にっこり微笑んで付け足した。
「えぇ。だってヴォルフさんが言っていた通りの外見なんですもの。実によく特徴を掴んでおられます」
「白狼は何処にいるんだい?」とアイリーンが尋ね、女性は奥を示した。
「地下の酒場で寛いでもらっています。今日の集会は十時から始めますが、そちら、お連れ様は如何なさいますか?」
地下室があるのか。
表向き、平屋に見えたのだが。
隠れ里というから、未開の集落ないしサンタクロース村みたいな場所を想像していた。
しかし、山奥にある建物は此処一軒だけだ。
地下が、どれだけ広かろうと百人は盛り過ぎではないのか。
キョロキョロするダグーをアイリーンが窘める。
「この家の一階はフェイクだよ。隠れ里の真価は地下にある。何、地上に集落をつくると政府がうるさいんだ。見れば、あんたも驚くだろうさ」
傍らではキヅナが勝手に「集会には彼らも参加します」とスケジュールを取り決めており、しかしクォードもクローカーも文句を言わないのは、それで構わないのだろう。
キエラだけが「酒場が地下にあるっつってたけど俺、今、手持ちが寂しいんだよね。代金はタダ、いや、ツケてくれると嬉しいんだけど」と注文をつけて、女性に「お代は取りませんよ。ここを訪れた人は全てファミリーです」と苦笑される。
「そういえば、まだ名乗っておりませんでしたね。私はクローカー、そこの小うるさいのはキエラと申します」
クローカーの見た目は、黒服に身を包んだ長髪の青年だ。
だが女性は彼が何者なのか、人狼か否かも聞いてこなかった。
そうした連絡は、キヅナとのメールで済ませてあるのかもしれない。
「小うるさいっての、ひどくね?俺ァごくフツーの青年だっての」とキエラが苦笑いする。
キエラの外見は若い青年でありながら、白い髪の毛と黒いシャツがコントラストで目に痛い。
クォードは中学生ぐらいの背丈で、黒髪を逆立てた少年に見える。
彼らは東京でも、この擬態で通していた。なにか拘りがあるのかもしれない。
「クォードだ。俺達が何者なのかは、ご存じのようだな」と口元を歪めるクォードを一瞥し、女性も頷く。
「えぇ。優秀な秘書が事前に教えてくれましたのでね」
「あなたは...?」とシヅの誰何に、女性は微笑んで会釈した。
「いつ名乗りを上げようかと考えておりました。ようこそ、人狼の里へ。私はこの里を治める族長、ミンディ=フェンリルと申します」


ひとしきり驚いて大騒ぎした後、改めて一行は地下へ降りる。
「族長っていうのはサ、奥にドーンと構えて民族衣装でポーズ取っているもんじゃねーの?」と一体どんなイメージを抱いていたのやらなキエラの戯言など頭から無視して、ミンディがダグーとシヅへ話しかけてくる。
「もう、ずっとずっと楽しみにしていたんですよ!キヅナが、こうして探し出してくれるのを。なにしろ未来人ですよ、未来人!私達の未来がどうなったのか、とても興味がわくじゃありませんか」
興奮を隠しきれないミンディと比べると、ダグーは引け腰気味だ。
「え、と。未来人といっても、俺達が覚えているのは研究所の中だけで……」
「構いません。あなたの能力、シヅさんもですが研究所の中で、どのような訓練を行っていたのか、建物の中で覚えている装置、なんでもいいんです。色々と教えてくださいね!」
「...白い、白い建物。壁も、床も...食事はいつもペーストだった。そういう話を...すればいいの?」
ポツリとシヅが呟いて静まり返ったのも一瞬で、階段の終着点にあった扉を開けた途端、ざわめきが一行を出迎えた。
それまで、ここにいるメンバーで談笑していたのだろう。
広い部屋いっぱいに丸いテーブルと椅子が何個も置かれていて、部屋の奥にはカウンターと、それから別の部屋に繋がる扉が見える。
ざわめきは英語や中国語、フィンランド語にスウェーデン語、フランス語などが混ざり合っていたが、毛深い男性が席を立つや否やダグーの手を握って引き寄せる。
「君がダグー?想像以上に可愛いね」と耳元で囁かれた言語はドイツ語だ。
即座にぺしっと彼の手を軽く殴って手放させると、ミンディが笑顔で窘める。
「ハイ、駄目よ。ブルーノ。抜け駆けしちゃ」
かと思えばキヅナを振り返り、「まだ集会まで時間があるし、皆さんにカクテルを作ってもらえる?私は料理の支度に戻らないといけないから」とテキパキ指図して、カウンターの奥にある扉へと消えていった。
ブルーノと話していた時はドイツ語だったのに、キヅナとの内輪な会話はフィンランド語だった。
計何か国語を話せるのだろう、人狼の族長は。
ポカンと突っ立っていたダグーは、キエラに腕を突かれて我に返る。
「一応、俺らは英語と日本語しかワカリマセーンってことにしとくから。ダグーちゃんも適当に標準語を決めといたほうがいいんじゃねーの?」
日本語での内緒話に「いや適当も何も、ドイツ語と英語と日本語ぐらいしか判らないよ」とダグーは答えて、空いている席に腰を下ろした。
地下に降りて第一歩が酒場になっているとは、確かにアイリーンが言う通り驚きの構造だ。
壁のあちこちに、別の部屋へ繋がる扉がある。
アリの巣の如く地下を掘り進めたのが隠れ里ってわけか。
酒場にひしめき合っているのだけでも、三十人はいる。
テーブルを挟んで何か談笑していたのが今は全員が此方を興味津々見つめており、少々居心地が悪い。
また一人、席を立って近づいてきた。
見た目は黒髪、やや釣り目な青年だ。
「あなたは日本人ですか?」と、ぎこちない日本語で尋ねられて、ダグーは流暢に答える。
「判らないんだ。シヅは日本国籍らしいんだけど」
「日本語、お上手ですね」
「独学で覚えたんだ。日本にアイリーンがいるって情報をネットで聞いてね」とダグーが答えると、アイリーンは驚いた表情を浮かべて「あたしの噂がネットで?こりゃマズイねぇ」と小さく舌打ちした。
「アイリーンは諜報員です。ネットで噂、なっていたのですか?」と青年に尋ねられたので、ダグーは、これにも素直に答えてやった。
「その情報は結局ガセだったんだけどね。噂じゃアイリーンはアングルボザード・ホーリーウォーのメンバーになっていたんだ」
アングルボザード・ホーリーウォーの名称を出した途端、場が大きくざわめく。
「その噂を、ネットの何処で?」と追及してくる青年を退けて、アイリーンがダグーに尋ねた。
「アングルボザード・ホーリーウォーも秘密裏な存在なんだが、誰が噂していたのか、あたしも気になるねぇ」
「HNでしか遣り取りしていませんから……誰なのかは特定できません」
一番最初にアイリーンの名前を見た場所なら覚えている。
匿名で書き込める掲示板サイトだ。
はっきり言ってしまうと容姿を貶める内容だったのだが、その容姿がダグーの記憶にあるアイリーンと一致した。
だから最初は掲示板で遣り取りして、途中でメールに切り替えた。
続きをメールでやろうと言い出したのは向こうが先だ。
そして最終的に出たのが、アングルボザード・ホーリーウォーという具体的な組織名であった。
「一文字も間違わずに覚えているとなると、噂の又聞きではなく組織メンバーなのではありませんか?」
クローカーが思いついたようにポツリと呟き、酒場が一気に盛り上がる。
口々に、そいつのメールアドレスを教えろだの掲示板のアドレスを教えろだのと騒がれて、ダグーは慌ててタブレットを鞄から取り出した。
「メールアドレスはフリーのものでした。俺との遣り取り用に取ってくれたそうなので、もう破棄されてしまったかもしれません」
「ダグーちゃんをアングルボザード・ホーリーウォーに誘導して、信者に仕立て上げるつもりだったのか……?」
キエラは少々考え込んだ後、カウンターでカクテルを作るキヅナへ尋ねる。
「向こうは知ってんのか?ダグーちゃんがアーティウルフだってのを」
「知らないんじゃないでしょうか」と答え、しばしキヅナも考える。
北海道でダグーがABHWの三下と出会ったのは偶然か、それとも故意に狙ってきたのかを。
ランカなる魔族の仲間が誘拐されたのは、ほぼ偶然と見ていいだろう。
総本山へ送る寸前まで、ランカが何者なのかは向こうにも判っていなかったはずだ。
事前に判っていたら、きっと出会いのアプローチそのものが違っていた。
何故ダグーにチラシ配りを頼んできたのか。そこが気になる。
アイリーンに食いついてきた時から目をつけていたのか、それとも――
不意に東側の扉が開いて、どやどや大人数の男女が入ってくる。
時計を見ると、午後十時。集会の始まりだ。
「よぉー、キヅナ!帰ってきていたのか」と初老の男性に声をかけられて、キヅナが微笑む。
「えぇ、ついさっき。ちゃんと目的も果たしましたので、約束通り褒めてくださいね」
太った女性に続いて大柄な男性が戸を跨ぎ、ぐるっと酒場を見渡して目的の人物に目を留める。
「なるほど。約束通り、か。やけに簡単に見つけられたもんだ」と独り言ちて、見覚えのある笑みを浮かべた。
じっと見つめあううちにダグーの瞳には、じわりと涙が浮かんできた。
「ど、どうした、ダグーちゃん!?」と慌てるキエラは、視界の隅にすら入らない。

やっと、会えた。
先輩に――

21/10/26 Up


⍙(Top)
←Back Top Next→