DOUBLE DRAGON LEGEND

第九十話 戦いの終わりに


アムタジア全土を震撼させた、第二次MS戦争が終結した――
けして被害は少なくなく、西の主だった都市国家は、ほぼ壊滅状態。
東もB.O.S残党との小競り合いが長引き、戦いが終わる頃には酷い食糧難に見舞われた。
それでも。
それでも、人は生きていく事を諦めない。


戦いから半年が過ぎて、廃墟と化したサンクリストシュアの復興工事も半分が片付き、ぽつぽつ戻ってきた住民の姿が目立つようになった。
「死に損なってしまいましたわねぇ」
道端に腰を下ろして工事風景を眺めながら、美羽がぽつりと呟く。
「ワタクシ達、あの戦いで命を落とすのが最も綺麗な死に様だったのではなくて?」
それには頷かず、傍らに座った該は呟いた。
「死ななくてよかった。そう考えるべきだ……俺達には、まだやることがある」
「やること?」と聞き返す美羽へ振り返ると、該が頷く。
「そうだ。都市の復興、若者の育成。二度と同じ戦いを起こさせぬよう、政治へ介入する必要もある」
「政治……白き翼の好みそうな仕事ですわねぇ」
ふぅ、と溜息を漏らし、美羽は立ち上がった。
「ワタクシには判りませんわぁ、政の難しい話は。ワタクシは傭兵ですもの、戦いにしか興味がなくってよ」
「では戦いがなくなったら、どうするつもりなんだ?」との該の問いには、にっこりと微笑み彼の手を取った。
「そうですわねぇ。傭兵を廃業して、アナタの奥さんになりましょうかぁ」


サンクリストシュアの路地裏には、もぐりの医者リッシュの経営する医院があった。
今では店を畳み、王宮の一室で住み込み医師として働いている。
宮廷医師となった彼に呼ばれ、ローランド兄妹とリオはサンクリストシュアを訪れた。
「ここへ来たのは半年ぶりですね、リオ」
馬に跨ったアリアが言えば、彼女を乗せた馬が相づちを打つかのようにヒヒーンと嘶く。
「だいぶ復興が進んだようだな」と手綱を握るコーティも呟き、かと思えば踵で馬の横腹を蹴り飛ばした。
「おい、調子に乗るなよリオ。お前は俺達の足代わりだ。用事が済むまで酒場で待っていろ」
すかさずアリアが「お兄様」と兄を窘め、馬の背中を優しく撫でる。
「いつもすみません、リオ。リッシュさんは、あなたも込みで私達をお呼びしたのですから、あなたを一人で酒場に待たせたりしませんよ」
「……判っている」と今度は人の言葉で返すと、馬に変身したリオは、だんまりを決め込んだ。
コーティが腹を立てている理由は、アリアもリオも充分すぎるほどに判っている。
五年後に控えたアリアの結婚式。それが理由だ。
相手?勿論、決まっている。今、彼女を背に乗せている男が、そうだ。
アリアがプロポーズを受けてくれた日の感激は、今でもありありと思い出せる。
一瞬驚いたように目を見開き、すぐに彼女は「ありがとう」と頬を赤らめ、はにかんだ。
思い出すたびに頬の肉が緩んで仕方ないので、極力コーティの前では思い出さないよう心がけている。
リオは現在、コーティの部下としてローランド研究所で働いている。
本来の主人エジカ博士は、あの戦いの途中で消息を絶ち、ずっと行方不明になっていた。
それが今日、リッシュから再会の知らせを受けて、こうして三人揃って首都へ馳せ参じたのだ。
「どうして奴はお爺様の治療を引き受けていたのだろうな?」
コーティの疑問には、だんまりと化したリオの代わりにアリアが答える。
「あ、龍王様からお聞きしました。お爺様の脳を運び込んだ方がいて、蘇生手術を頼んだそうです」
「脳を?遺体ではなく?」
さして驚きもせず遺体だの脳だのと話す二人に、黙って聞いていたリオのほうが驚かされる。
アリアもコーティも、祖父が生きて運ばれたとは思っていなかったのか。
「蘇生手術か。では、今日呼ばれたという事は」
「成功か、失敗か。いずれにせよ、肉親である私達に連絡を……と思ったのでしょう、リッシュさんは」
「脳からの蘇生が成功すると思っているのか?お前は」
眉をひそめる兄の背を見つめて、アリアが頷く。
「新鮮なご遺体を用意していたとも、お聞きしております。蘇生ではなく移植手術だと思えば、或いは」
「ふむ……」
片手を顎にやり、コーティは口の中で呟いた。
「ならば、万が一は起こりえるか。しかし、それでは別人になっている可能性も高いな」
「はい」と面持ちを硬くしてアリアが頷き、項垂れる。
すぐに、でも、と顔をあげた。
「それでも、お爺様は、お爺様です」
「……そうだな。肉親である我々が引き取らねば、行き先がない」
己の中のわだかまりを、首を振って払いのけると、コーティはリオの横腹を蹴りつけた。
「少し急ぐぞ。走れ、リオ」
「お兄様!」と、今度こそアリアは語気を荒めて兄の背を掴む。
「MSへの暴力行為は虐待と取られますよ?重罪です」
だが悲しいかな、アリアがリオを庇えば庇うほどコーティの苛立ちも増加して、コーティは腹立たげに「判っている、今のは愛の鞭だ!」と返すと、リオを急かして大通りを疾走させた。
サンクリストシュアの救護室で挨拶を交わした後、さっそくリッシュが本題に入る。
「龍王様から話を伺っていたとの事で、話が早くて助かります。あなた方の祖父エジカ・ローランド博士は、ルックス・アーティンの依頼で運び込まれました」
「ルックスさんが!?」と、そこは初耳だったアリアが叫び、リッシュは「えぇ」と頷いた。
「彼が何故、エジカ博士のご遺体を所持していたのかは判りかねます……ですが蘇生手術を依頼した点から考えて、彼が殺害したのではないと私は思っています。彼はエジカ博士を保護したのではないでしょうか。そして、出来る事ならば生かしたかった」
「あなたと、その、ルックスという若者とは、どういったご関係なのです?」と、コーティが尋ねる。
「ルックスの義母は私の良く知る人物でした、この道の学者として」
「この道?」
眉をひそめるコーティへ頷き、リッシュは机に手をついて寄りかかった。
「えぇ、MS研究のね。だから私は、あなた方のお爺様も存じ上げていたのです」
「それで……祖父は……?」
遠慮がちに尋ねるアリアへ微笑むと、リッシュは奥の部屋を指さし「こちらです」と促す。
言われるがままに奥の部屋へ入り、ベッドの上に見慣れぬ顔を見つける。
若い男だ。
髪は、ふさふさと黒く、手も骨張っておらず、なにより顔つきが全く違う。エジカではない。
戸惑う三人の背を、リッシュが押した。
「エジカ博士です。体は他人のものですが、脳は間違いなく本人のものですよ」
「……お爺様!」
真っ先にアリアが駆け出し、ベッドの側へ寄り添った。
エジカの視線はアリアの頭上を通り越し、遅れて入ってきたリッシュに留まる。
「おぉ、おぉ、リッシュくん。今日の私は具合がすこぶる良いようだぞ」
ニコニコと微笑みかけるエジカに、リッシュも微笑みで返す。
「それは良かった。今日は、あなたにお客様をお連れしましたよ」
「お客様?どこかね」と、エジカは部屋を見渡した。
真横にいるアリアや彼女の背後に佇むコーティ、戸口に立つリオなど見えていないかのようだ。
「あなたの側に。アリアさん、お爺様の手を取っておあげなさい」
「えっ……?」
戸惑いの瞳で自分を見つめてくる少女へ、重ねてリッシュが言う。
「エジカさんは目が見えないのですよ。えぇ、完全にね」
「しかし、あなたの入室は判ったようだが?」
コーティが仏頂面になるのも、もっともだ。
エジカはリッシュを認識できている。にも関わらず、側に座った孫娘は認識できないだなんて。
リッシュは何でもないことのように、さらりと言った。
「私の姿も見えておりませんよ、あの方には。彼は全て、人物を足音で識別しています」
「足音で?」
でも、と言いかけるアリアへは緩く首を振り、付け足した。
「あなた方とは半年以上も、ご無沙汰でしたでしょう?ですから、あなた方の入室には気づかれなかった。それに」
「……名前と顔も知らない」
ボソッとリオが呟き、それにリッシュが頷く。
「えぇ。今のエジカさんは、あなた方を忘れています」
「忘れている?記憶がないのとは、違うのか」
コーティの疑問を「忘れているだけです」と完全に否定し、リッシュは棚からカルテを取り出した。
「何故なら過去の出来事を、エジカ博士は所々覚えておりますからね」
「お、覚えているんですかっ!?過去の記憶を!」
意外な発言にアリアやコーティは勿論のこと、リオも虚を突かれる。
「あの方は別人ではありません、あなたの知るお爺様です」
リッシュは微笑み、こそっと囁いた。
「私が、この手術を成功できたのも、実は龍王様のおかげなのですよ」
「龍王様の?」
意外な名前まで出てきて、アリアは二度驚かされる。
龍王様とは中央国の新しい国王であり、かつては共に戦った仲間でもある葵野力也だ。
MS戦争の終わりに彼が放った目映い光は癒しの力を持ち、瀕死に喘いでいた全ての命を救った。
「あの戦いで治癒の光が降り注いだ時、私はエジカ博士とコミュニケーションを取っていました。手術を終えた博士は全ての記憶をなくしており、他人としてしか蘇らせられなかった結果に対し私は密かに絶望していたのですが……あの光が止んだ頃、エジカ博士が不意に思い出したのです」
三人がハモる。
「何を?」
「過去の記憶です。テリア――ルックスの義理のお母さんが、まだ博士の元で働いていた時代の記憶を」
そう言って、リッシュは笑った。心から、嬉しそうに。
「脳が、生きていたから龍王様のお力が効いた。私は、そう考えています」
今はまだ完全ではないが、肉親と一緒に暮らせば、そのうち全ての記憶を思い出すのではないか。
それで自分達が呼ばれたのだ。エジカの記憶を取り戻す為に。
「お爺様、アリアです。一緒に帰りましょう、私達の研究所へ」
以前よりも若々しく張りのある手を握り、アリアがエジカの耳元に囁く。
「おぉ、お客さんかね?アリアというのか、可愛らしいお名前じゃの」
素っ頓狂な返事を聞き流し、コーティも祖父へ話しかけた。
「お爺様、コーティです。私も奇跡的に助かったのです。後はお爺様さえ戻って下されば、研究所も安泰です。いきましょう」
「いく?どこへ行くのかね」
キョロキョロするエジカをアリアとコーティが支え起こすのを横目に、リッシュがリオへ囁く。
「これで、やっと私も肩の荷が下りたよ。今日は来てくれて、本当にありがとう」
「礼を言うのは、こちらだ」
クチをへの字にむっつり曲げて、ちっとも感謝の色が見えない顔でリオは言い返した。
「博士を助けてくれたのみならず、保護してくれた。どれほど感謝しても足りないぐらいだ」
「お礼なら私を宮廷へ招き入れてくれた白き翼とサリア女王へ、どうぞ」
爽やかにやり過ごし、リッシュは目線でリオを促した。
「博士がお帰りだよ。あなたも手伝っておやりなさい、彼らとは家族なのでしょう?」
「あぁ」と、この時ばかりは僅かに口元を綻ばせ、リオもエジカの側へ近づいていった。


白き翼の指導の元、首都の復興作業は着々と進められ、街や宮殿に人が戻ってきた。
幾度に渡る襲撃で貴族の数は大幅に減ったが、替わりに庶民の逸材を得て王政復活の目処もついた。
何よりサリア女王の凱旋、そして白き翼の存在こそがサンクリストシュアの復活に大きな影響をもたらした。
「綺麗になったよねぇ、半年前と比べたら!」
ベランダで身を乗り出して友喜がはしゃぎ、隣で手すりにもたれかかっていた司も眼下を見下ろした。
「あぁ。元通りとまではいかないけど、それなりに整ってきたんじゃないかな」
しばらくぼんやりと景色を眺めていたが、やがて友喜が尋ねてきた。
「ねっ、ねっ、司。ここには、いつまでいるの?」
「そうだなぁ」
王政が復活した今、あとはサリアに任せて、ここを去ったほうがいい。
強大な力は戦場でこそ役に立つものだ。政治には必要ない。
「これだけ土台が完成したんだ。そろそろ僕の役目も終わりかな」
「じゃあ、東に来る?そうだ、あたしのお母さんを紹介してあげるね」と友喜がスカウトした、その直後。
タイミングを計ったように、サリアが姿を現した。
「こちらにおられたのですか、お二人とも」
途端にチッと露骨な舌打ちをする友喜に苦笑しながら、司が振り向く。
「やぁ、サリア。有望な人材捜しは順調かい?」
「えぇ、おかげさまで」
軽く会釈し、サリアがじっと司を見つめる。
「ここまで来られたのも、皆、あなたのおかげです」
「僕は何もしていない」
即座に司は否定し、サリアを見つめ返した。
「サンクリストシュアが、ここまで蘇ったのは全て君の力だ。君を慕う民が、君を信じて街を直した。そうじゃなければ、戦場と化して壊滅寸前だった街に戻ってくる意味がない」
「そんな……わたくしこそ、何もしておりません」
恥じたように目を伏せ、サリアが思いの丈を打ち明ける。
「あなたがいたから……白き翼がいると知ったからこそ、民は戻ったのです。あなたがサンクリストシュアの守護神になってくれるのだと、信じて」
「僕は首都の守護神になるつもりはない。サンクリストシュアには、正しい道へ民を導く王が一人いればいいんだ」
再度否定すると、友喜の手を取り司は戸口へ歩いていく。
その後を急ぎ足で追いかけ、サリアが哀願する。
「お待ち下さい、白き翼……いいえ、司!気を悪くしたのならば、謝ります。どうか、わたくしの側にいて下さい。わたくし達を今しばらくの間、導いては頂けませんか」
司は冷たく突き放す。
「君に必要なのは、僕じゃない」
そうよ、そうよ、と同意してやろうかと思ったが、司の顔が意外にも無表情なので友喜は言葉を引っ込めた。
視線は戸口を見つめて、司が続けた。
「今の君が必要としなければいけないのは、民の心だ」
友喜の手を握った司の手に、ぐっと力がこもる。
司を見上げた友喜は、彼が歯を食いしばっているのに気がついた。
これは司の本意じゃない。彼も内心では、サリアと別れるのを寂しがっているのかもしれない。
「それは……そうかもしれません。ですが、わたくしも一人の人間だというのを、お忘れなのではありませんか?」
サリアの言葉の勢いが弱まる。
きっと彼女は涙ぐんでいるはずだ。心優しく、ときに脆くもある少女なのだから。
だからこそ、振り向いてはいけない。このまま立ち去らねば、また情に流されてしまう。
「わたくしには、あなたが必要なのです……わたくしは、あなたを」
「それ以上は、言わないで下さい。あなたは国を治める女王なのですから」
ぴしゃりと遮り、司は友喜へ囁いた。
「行こう」
「でも、いいの?」
逆に友喜のほうが心配になって聞き返してしまったが、司は穏やかな表情を浮かべ、首を真横に振った。
「これから始まる新王政に、旧時代の人間は必要ないんだ。行こう。僕の役目は、もう終わった」
それに……と、小声でつけたした。友喜にだけは、聞こえるよう。
「僕が必要としているのは、一国の女王様じゃない。僕に必要な相手は、東の辺境で母親とのんびり暮らす女の子だよ」
「えっ!?それって」
たちまち友喜の笑顔が輝くのを横目に、司も笑顔で促した。
「さぁ、行こう。君の故郷まで案内してくれ、友喜」

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