DOUBLE DRAGON LEGEND

第九十一話 全ての元へ


東大陸の辺境に、友喜の生まれた村がある。
サンクリストシュアを出た司は、彼女の案内で村へ向かう。
仲良く連れ添う二人を、遠目に眺める二つの人影があった。
「……いいのか?ついていかなくて」
レイの問いに、デキシンズは肩をすくめて答えた。
「いいんだ」
「本当に?やせ我慢をするのは意味がないぞ」
再度レイに問われ「やせ我慢なんてしてないよ」と答えてから、デキシンズは膝の上の籠を愛おしそうに撫でる。
籠の中には蛙が一匹、入っていた。銀色の目をした珍しい蛙だ。
「今、無理についていかなくたって行き先は判っているんだ。落ち着いた頃に追いかければいいさ」
レイはフンと鼻を鳴らし、毒づいた。
「お前が追いつく頃には結婚しているかもしれんぞ、あの二人」
「そうなったらそうなったで、レイ。お前が俺を引き取ってくれよ」
冗談めかしておどけるデキシンズに、レイは何処までも素っ気ない。
「馬鹿馬鹿しい冗談はやめろ、不愉快だ。ヒゲを抜くぞ」
「判ったよ、ごめん。悪かった」と謝ってから、デキシンズは改めて尋ねた。
「レイは、これからどうするんだ?このままずっと、東で暮らしていくのかい」
「私か?そうだな……ダミアンやR博士を捜すつもりだ。二人が見つかるまでは、私にとって戦争が終結したとは言えないからな」
毅然と答え、逆にレイが聞き返してくる。
「デキシンズ、お前こそ何故すぐに白き翼を追わない?奴と共に暮らすのが、お前の求める幸せではなかったのか」
戦争が終わるかという直前、ジ・アスタロトの残党は揃って姿をくらました。
トレイダーもR博士もダミアンも、今もって全くの消息不明だ。
キャミサとデミールは見つかった。
キャミサは無惨な遺体で、デミールはMSに変身した姿のままで。
デキシンズが膝に抱えた籠の中の蛙、それがそうだ。
デミールは何故かMS変化が解けなくなっていた。
原因は不明。本人の意思によるものではないかとは、医者の推測である。
マスター亡き後、デミールを元に戻せるのは自分しかいない、とデキシンズは思うようになっていった。
或いは後悔の念が、そうさせたのかもしれない。あの時、兄を説得できなかった自分自身に対する。
「……俺が本当に幸せになれるのは、兄さんが元に戻った時だよ」
ぽつりと呟くと、デキシンズが立ち上がる。
「それまでは、君の目的につきあうことにしよう。ダミアンとR博士の行方を追おうじゃないか」
「面倒な旅になるぞ?白き翼の元へ行けなくなるかもしれんが、いいのか」
眉間にしわを寄せて尋ねる元同僚へは、明るく微笑んだ。
「なぁに、そうならんよう早めに片付ければいいのさ。さぁ、時間が惜しい。一刻も早く出かけよう」
「待て、まだ何も情報が……」
さっさと歩き出すデキシンズを止めかけたレイは、ふぅっと大きな溜息をつく。
「仕方ない。奴の暇つぶしに私がつきあってやるとしよう」
諦め心地に、それでいて、どこか嬉しそうに呟くと、前を行く男の背中を追いかけた。


西が徐々に復興する中、東の受けた傷も徐々に癒されつつあった。
中央国では新国王の戴冠式が行われ、葵野力也が王の座についた。
中央広場には大きなテントが張られ、子供達が嬉々として駆け寄ってくる。
サーカスの公演が、これから始まるようだ。
派手な衣装を身につけた女が二人、ビラを配ってまわっている。
一人は小さな少女、もう一人は大人の女性だ。
「さぁーよってらっしゃい、みてらっしゃい!どうぶつサーカス団、本日公演だよぉっ」
「奇跡の演舞をご覧あれ!他では見られない大迫力よっ」
次々と近くを歩く人々の手に渡り、ほぉとかはぁといった感嘆の声が、あちこちであがる中、差し出されたチラシを一瞥し、目つきの悪い男はニヤリと口の端を釣り上げた。
「何年も同じ謳い文句を使い回しやがって、目新しさのねぇサーカス団だな」
たちまちタンタンが額に青筋を浮かべて、男に詰め寄るも。
「何よ、あたし達の公演にイチャモンつける気!?って、あらっ!」
相手は実によく見知った顔で、一緒にチラシを配っていたトァロウも目を輝かせた。
「誰かと思えば坂井くんじゃない、お久しぶりィ〜」
「よォ、あんたも相変わらずだな、胸のサイズ」
言われてトァロウが自分の体を見下ろしている間に、タンタンが毒づいた。
「あんたも相変わらずよね、そのサイッテーな性格!」
「なんだよ、褒めたんだぜ?相変わらずデッケェ〜なって」
坂井は悪びれず肩をすくめると、タンタンを無視してトァロウに話しかける。
「戦争が終わったってんで、晴れてサーカス団も復活か。該も一緒にやってんのか?」
「うぅん」とトァロウは寂しげに微笑んだ。
「彼は今、一緒じゃないの」
殊更声を大きくして、タンタンが横入りしてくる。
「でも平気よ!該がいなくたって、あたし達には秘密兵器が三人もいるんだから!」
「三人?ウィンキー以外にも、助っ人がいたってか」
首を傾げる坂井へは、トァロウが補足した。
「えぇ、ウィンキーが連れてきてくれたのよ。ルックス・アーティンって子と、リラルルって子。坂井くんは知ってるかな?」
知っているも何も、つい半年前まで一緒に戦っていた仲間だ。
「ルックスにリラルルだぁ〜?あいつら、生きていやがったのかよ」
生きていたばかりか、サーカス団に入団していたとは驚きだ。特にルックス。
あいつ、曲芸なんて出来たのか。まぁ、それは天然おバカのリラルルにも言えるが。
「そうなの。三人とも、うちについたばかりの頃はボロボロでね……ウィンキーは記憶も失っていたわ」
当時を思い出したのか、トァロウも悲しげに俯いた。
「記憶を?またかよ、あいつ一度記憶を失ってから壊れやすくなってんじゃねーのか」
アチャーとばかりに天を仰ぐ坂井へ、タンタンがパタパタと手を振って訂正する。
「あ、でも大丈夫よ?今は治ってっから」
「あぁ、そうかい。んで大猿と小猿を看板に、サーカス団も大繁盛ってわけだ」
最初に出会った頃と比べると、サーカス団のテントも立派になったものだ。
旅一座だった頃は貧相でテントと呼ぶのもおこがましかったのに、今じゃ大きな赤テントだ。
「まぁね〜。あんたも暇だったら来る?雑用ぐらいには使ってやってもいいわよ」
タンタンにはスカウトされたが、坂井は手を振って、お断りした。
「結構だよ、俺も用事があるんでね。これから龍王様に会ってくるのさ」
「あんたが?王宮に?へぇ〜、何の用で?押し売りすんの?」
明らかに信じていない。
戦争が終わってしまえば、坂井もタンタンもヒラの庶民である。
王族である龍王様に会うなど不可能だと、頭から決めつけているのであろう。
坂井は内心ムッときたが、無視する事に決めた。
ここでタンタンと小競り合いを続けるのは、大いなる時間の無駄遣いだ。
「いってらっしゃい〜、気をつけてね」
何に気をつければいいのやらトァロウの見送り文句を背に受けて、坂井はさっさと歩き去った。

タンタンでは会えずとも、坂井ならば容易に会見の場を設けてくれる。
何故なら葵野に取って坂井は、大切な友人であり、幼なじみであり、恋人でもあるからだ。
坂井の思惑通り、謁見を申し込むと、さして待たされもせずに王の間へ通された。
「達吉……久しぶり、会いたかった!」
会うや否や葵野には胸に飛び込まれ、オットットとなりながら坂井はしっかり受け止めてやる。
「半年ぶりか?お前は変わったよな、少し太ったんじゃねーか」
からかわれ、ぷぅっと葵野が頬を膨らませる。
「あっ、酷い。これでも激務で毎日大変なんだぞ」
戦争後、葵野と坂井を取り巻く環境は一変した。
何しろ葵野は次期国王なのだ。
戦争終結と同時に中央国からは迎えが来て、翌週には戴冠式が行われる。
新王となった今、やれ国政だ会議だ外交だと駆り出され、ろくに自分の時間も取れない有様だ。
すっかり蚊帳の外に追っぽりだされた坂井は他にすることもなく、仕方なく実家に舞い戻る。
親父の説教、幼なじみの嫌味を一身に受けた後は、一人ぶらりと東大陸を一周してきた。
一周して判ったのは、戦争後と戦争前でのMSの扱いが全く違うという点だ。
傭兵止まりだったMSの評価が一般人と同じ、或いはそれ以上にまで引き上げられた。そう感じた。
何故、そうなったのかは判らない。
一説には、龍王の引き起こした現象――癒しの光が原因ではないかと考えられている。
MSは役に立つ。それが世間にも認められたのだろう。
あの戦争に疑問を持つ者は少なくない。だが、起こして良かったのだと坂井は考える。
起こさなかったら悪しき集団の手によって、MSが家畜以下の扱いになっていたかもしれないのだ。
人が人として扱われる。能力に感謝して喜ばれる。こんなに嬉しい事はない。
「激務ねぇ〜。ま、せいぜい頑張って昔みたいな裕福国家に戻してくれよ、龍王サマ」
「あ、その龍王様っての、やめて」
すねた顔で見上げられ、思わず坂井は苦笑する。
変わったようで、やはり葵野は葵野だ。
友達に称号で呼ばれるのを嫌うトコなんざ、全然成長していない。
「俺と達吉の仲じゃないか。今まで通り、力也って呼んで欲しいなぁ」
「ハイハイ、力也ちゃん。そういうトコは、まるっきり変わっちゃいねぇのな」
軽口で返せば、ぎゅぅっと抱きつかれる。
「変わっちゃった俺なんて嫌でしょ?こういう俺が好きだって、前に達吉言ってくれたよね」
「そうだったか?忘れちまったよ、昔に言った事なんざ」
「そんな昔でもないよ」と呟いて、葵野が唇を併せてくる。
唇を吸い返し、坂井も背中に手を回して強く抱きしめた。
「ん……っ、は、達吉……寂しかった……」
葵野には潤んだ瞳で見上げられ、急激に愛おしさがこみ上げる。
だが押し倒す一歩手前で坂井は自分を押し留め、低く囁いた。
「お前、もう新王になっちまったんだよな。なら、やがては王子様を作らなきゃいけねぇってわけだ」
何を言われているのか、よく判っていないのか「え?う、うん……」と、ぼんやり返す葵野へ重ねて尋ねる。
「結婚、いつするんだ?」
「えっ!?」と、ようやく意識の覚醒した葵野が慌てふためく。
「け、結婚って何の話っ!?」
「だから!お前は王様だろ?」
坂井は苛々しながら、それでも懇切丁寧に説明してやった。
「王様なら国家繁栄の為に、次期国王ってのを常に一人は確保しとかにゃならねぇだろうが。お前の血が混ざった子供だよ。そいつを作るにゃ〜女がいる、要は后だ。もう結婚相手は決まってんのか?あのババアのこった、手際よく用意してあるんじゃねーのか」
「い、いやいやいや、そんなの用意されているなんて、聞いてないし!」
それに、と抱きつく力を強めて葵野は言った。
「そんなの、いらないし……俺は達吉さえ側にいてくれたら、他は何もいらないよ」
相変わらずのデレっぷりだが、話の通じなさも変わっていない。
「アホか、お前は!お前がいらねーっつっても周りは許しちゃくんねーだろ!?中央国は葵野の血筋が代々王位を継いでんだ。お前の血を引く跡継ぎが絶対必要なんだよ、この国には!」
癇癪を起こして怒鳴る坂井を葵野は悲しげな瞳で見つめていたが、ややあってから、きっぱりと答えた。
「だったら、世襲制を止めればいい。末永く国家繁栄するには才能のある人間が国を引き継ぐべきだよ」
「おっ……お前」
うまい反撃が思いつかず、どもる坂井へ畳みかけるように葵野が言う。
「王は権力にしがみつかず、国をよりよい方向へ持っていく方法を常に考えるものだ。それに今の俺は跡継ぎを考えるより先に、やらなきゃいけない事が山積みなんだよ。結婚や子作りをやる暇はない」
「い、いっぱしの口を訊くようになったじゃねぇか」
苦し紛れにボソリと呟く坂井へ顔を近づけると、葵野は微笑んだ。
「なんてね。全部、司の受け売りだよ。俺は王として、いや、人間としても、まだ未熟だから……だから、達吉が側にいて支えてくれると嬉しいんだけどな?」
「俺なんかでいいのかよ?俺は政治も国民の幸せも考えてやれねぇ男だぞ、他に有能な」
「達吉がいいんだ。他の誰でもなく」
じぃっと見つめられては、断れるわけもなく。否、断るつもりなど初めからない。
「ま、そこまで言われちゃ断るバカもいねぇよな。いいぜ、一緒にいてやる」
恩着せがましく承諾する坂井に「やったぁ!」と喜んだ葵野は、急に何かを思い出したのか「あ、でも」と表情を暗くさせる。
「なんだ?どうした、やっぱり止めとくなんてーんじゃ」
坂井の軽口を遮り、しょぼくれた顔の葵野が言うには。
「達吉は、リッちゃんも好きだったんだよね……?いいかな、彼女は諦めてもらっても」
思わぬタイミングで思わぬ相手の名前を持ち出され、素で坂井はブゥッと吹き出した。
「な!なんだよ、吹くほど笑わなくたって!」と真っ赤になって怒る葵野へは、腹を抱えて応えてやる。
「俺がリッコを好き、だァ?冗談は変な王族衣装だけにしとけよ、力也ぁ〜」
確かに律子を好きだと思っていた時期は、あった。
ただし、それは幼なじみとしての好きであり、恋愛の好きではない。
律子にしても、そうだろう。
彼女の好きな恋愛対象は葵野で、坂井は仲の良い喧嘩友達でしかなかった。
ひとしきり馬鹿笑いしてオオウケした後、笑いすぎて涙の浮かんだ目尻を指でぬぐい、坂井は言った。
「そっか、お前は知んねーんだったな。あいつが今どうなってんのか教えてやるよ」
「えっ、えっ?リッちゃんに何かあったの?」
慌てる葵野を再び抱き寄せると、耳元で坂井が囁く。
「あいつ、結婚したぜ。相手は馴染みの客だ。今じゃ二児の母ってやつさ」
ポカーンと大口を開けて、「え……」と硬直した葵野は。
「ええぇぇえぇっ!?」
やがて、宮廷中に響き渡るんじゃないかってほどの大声を上げた。
「う、うっそぉ!リッちゃんは、ずっと達吉が好きなんだとばかり思ってたよ!?」
どこをどう見りゃ、そんな勘違いができるのやら。
律子が葵野にベタ惚れだったのは、町中の皆が知っていたはずだ。律子のやつも、可哀想に。
もっとも、今は二人も子供を持つ母親だ。今更初恋に失恋したところで、どうってこたない。
「ま、そんなわけでリッコも無事結婚したんだ。俺達も、そろそろじゃね〜か?」
「そろそろって?」
キョトンとする葵野へ軽くキスすると、坂井は片目を閉じて笑った。
「結婚だよ、結婚。俺とお前で結婚しようぜ。なぁに、男同士で結婚しちゃいけねぇって法はねぇんだ。あったとしても、なくせばいい。お前は、この国の王様だしな」
坂井の爆弾発言は葵野が理解するまで少々時間を要したが、やがて理解できたのか龍王様は満面の笑みを浮かべて「うん!」と力強く頷いたのだった。


fine.
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