DOUBLE DRAGON LEGEND

第九話 突入−2


風切るスピードで白い犬が飛んでゆく。
無論、ただの犬ではない。
この翼の生えた狛犬は、かつて大戦乱の過去を生き抜いてきた伝説のMS『白き翼』である。
背には緑髪の青年葵野と、猪の該を乗せている。
彼らは一直線にB.O.Sの本拠地を目指していた。
城へ近づくにつれ、下からの砲撃も激しくなってくる。
葵野が「ひゃあっ!」と身を伏せる側で、該は『白き翼』こと司へ呼びかけた。
「ここから先は分かれて進もう。司は、このまま城を目指せ。俺達が囮になる」
「判りました!一旦急降下します、その時に飛び降りて下さいッ!」
言うが早いか犬は急速に高度を下げていく。
地面にぶつかるか否かというスレスレで、再び急上昇した。
そして、荷物を一つ降ろし損ねたことに気づく。
「葵野さんっ!どうして今のタイミングで降りなかったんですか!?」
なんと葵野ときたら、身をかがめてガクガクブルブルと震えている。
「だ、だって〜。高いしスピードあるしで怖くて降りれないよ、あんなの!」
地上を見下ろすと、茶色の塊がMDと殺戮MSの波に飲み込まれていくのが見えた。
該一人では劣勢も免れまい。
「なら、ゆっくり降りてくれと!?馬鹿な、そんなことをしていたら僕まで撃ち落とされます!」
もう一度急降下しても無駄だ。
飛び降りるというアクション自体、彼には無理なのだから。
まさか『神龍』の名を継いだ男が、こんな臆病な奴だったとは驚きだ。
該とて無理と判れば撤退するだろうし、ここは、しばらく一人で頑張ってもらうとしよう。
「……そういえば、こうしてお話しするのは初めてでしたね」
涙目で震えていた葵野が顔をあげる。
「ほぇ?」
「あなたの姉、葵野有希と僕は大昔、共に手を取り戦った事もある仲間でした。彼女の血は、あなたにも流れているのですか?」
淡々と話す司からは何の感情も伝わってこない。
姉が昔の仲間だと言うのなら、少しは弟である力也に対しても何かの感情が生まれそうなものだが。
「姉さんの血って……『癒す力』の事か?」
司が姉の仲間と言われても、葵野は驚かなかった。
白き翼が前大戦で神龍と共に戦ったのは、伝承にも残っている有名な話だからだ。
「そうです。あの力を受け継いでいるのなら、あなたが神龍を名乗るのも納得できるのですが」
しばしの沈黙の後、葵野は呟く。
「あるよ。力は持っている。でも、まだ使ったことはないんだ」
癒す力どころか変身能力すらも、生まれてから一度も使ったことがない。
そういう力があるのだと彼に教えてくれたのは、今は亡き姉の有希であった。
「……有希が死にかけている時、君は何処にいたんですか?」
再び沈黙。構わず司は話しかける。
「以前、B.O.Sが派手に襲ってきた事件があったでしょう。その頃には、もう君も生まれていたはずです。あの事件中に受けた傷が元で有希は死んだ。違いますか?」
背中で葵野が身じろぎしたように感じた。
だが、返事は聞こえてこない。
そうこうしているうちに、城が近づいてくる。
開いた窓を見つけ、白い犬は速度をあげた。
「……返事は、お互い生きて帰れた時に聞かせてもらいましょうか。今は、城へ突入します!」
城へ入った後は、お互いに目的とする相手を探すため分散しましょう。
そう司に言われた葵野は、黙って頷いた。


一の陣からは、もうもうと煙が上がっている。
三十は居たはずのMDやMSは、殆どがウィンキーの活躍により葬りさられてしまった。
リオとアリアを守らねばという意識が、彼を普段よりも強くしたのだろう。
ウィンキーは自分でも驚いていた。
「ワォ、オレッて結構強いんとちゃう?」
指揮官らしき少女の前に立ち塞がり、リオに跨ったアリアが降伏勧告を叫ぶ。
「私達は、あなたの命まで取ろうとは思っていません。素直に負けを認め、銃を収めて下さい!」
忌々しい馬と女だ。
こいつらに足止めされていたせいで、部下へろくな指示も与えられなかった。
Aドールは己の敗北を確信すると共に、奴らに一太刀ぐらいは与えてやろうと考えた。
「……そうだねぇ、あたしの負けだ。あんた達の名を教えておくれよ」
「私はアリア・ローランドと申します」
「そっちの馬と猿は?」
そっと銃を地面に置きながら、Aドールは馬の目を覗き込む。
Aドールに見つめられているうちに、リオは何だか落ち着かなくなってきた。
心には動揺が広がってゆく。
「オレか?オレはウィンキー・ドードーや!」
何者かがリオの心に直接、問いかけてくる。囁いてくる。
「馬の名を知りたいのですか?……いいでしょう、彼はリオ・マンダ。私の大切な友達です」
友達、か。
博士の助手である俺を下男と呼んだり友達と持ち上げたり、忙しいものだ。
そもそも博士の孫娘というだけなのに、俺を手足のように扱うなど何様のつもりだ。
――己の心で生まれた奇妙な感情にリオはハッとなる。
だが、嫌な感情は簡単には消え去らない。それどころか、どんどん大きくなっていく。
「リオに、アリア、ウィンキー……ね。無名の傭兵みたいだけど、強いじゃないか」
「ちょい前までは傭兵とちゃうかったんやから、無名なんはトーゼンや」
「えぇ。私達も傭兵ではありませんし……」
「傭兵じゃない?白き翼に雇われた傭兵じゃないっていうのかい」
皆の話し声が、やけに遠くから聞こえる。
リオの心は、己の内から語りかけてくる嫌な感情に押し流されていた。

アリア。
語り部の末裔であり十二真獣の一人だと、博士からは聞かされている。
彼女が生まれた頃から、俺は博士の助手を務めていた。
可愛いアリア。
君は覚えてないだろうが、君のおしめを取り替えたり水浴びを手伝っていたのは、この俺だよ。
君は昔から色白で可愛い女の子だよなぁ。
君が大きくなってからは裸を見ていないけれど、どれだけ成長したのかな。
君のお尻が俺の背中に当たっているけど、柔らかくて気持ちがいいよ。太股だって、そうだ。
服の下に隠されている君の胸も、きっと柔らかくて気持ちがいいんだろうなぁ。

リオの瞳が怪しく輝いたことに、アリアもウィンキーも気づいていない。
「あんた達は、城へ向かうつもりなんだね」
二人の注意を引きつけながら、なおもAドールはリオの瞳を通し、彼の脳内へ怪しい感情を送り込む。
トレイダーに造り出されたMSである彼女には、奇妙な能力があった。
相手の目を見つめることで、相手の心の深層に隠された負の感情を増加させる。
それが彼女、Aドールの持つ特異な力である。
「あぁ、まぁオレらが追いつく前に、勇者様が姫様を助け出しちまうやろけどな」
ウィンキーは気楽に答え、アリアもリオの手綱を軽く引く。
「……では、そろそろ行かせていただきますね。リオ、行きましょう」
「後ろから撃つよーな真似、せんといてや?んなことされたら、俺も容赦せんで」
猿が歩き出し、Aドールは苦笑する。
「しないよ。せっかく命が助かったんだ」
「せやろ、せやろ。ほな、またなぁ〜」
ドスドス、と猿がAドールの脇を走り抜けた。
続いてアリアもリオを促すが、馬の足は一歩も動こうとしない。
「リオ?どうしたのですか」
「リオ?どないしたんや、腹でも痛うなったんか?」と、前を走るウィンキーも立ち止まって振り返る。
すると黙っていたリオが、突然行動を起こした。
いきなり後ろ足で立ち上がり、変身を解いたのである。
当然、彼の背に乗っていたアリアは振り落とされ、地面に嫌というほど尻餅をつく。
「きゃあ!?」
間髪入れずリオは彼女の上に馬乗りとなり、力の限りにブラウスを引きちぎった。
ボタンが弾け、いとも簡単にブラウスは破けて、アリアの白い肌が露わになる。
ボリュームある果実の出現に「ワォ♪」と一時はウィンキーも釘付けになったものの、すぐ彼は我に返った。
「こ、こら!リオ、何しとんねん!?戦いは、まだ終わっとらんっちゅうにラブラブシーンの始まりかい!」
アリアも仰天して「リオ!? 一体何の真似――」と言いかけるが、リオの両手がアリアの胸を鷲づかみにし、途中で悲鳴に変わった。
リオは何度もアリアの名前を呟きながら、白い胸を乱暴に掴んでは揉みまくる。
愛撫と呼べる優しい行為ではなく、混乱するアリアへ恐怖を与えるだけの暴行であった。
「いや!嫌ですっ。リオ、止めて下さいッ。私は、私はまだ……ッ」
全力で彼を押しのけようとするアリアだが、痩せてもリオは成人男子、女の腕力でかなう相手ではない。
「あぁ、アリア、好きだ、ずっと前から愛している。俺の、俺のものになってくれ、アリアッ!」
譫言のように彼女の名を呼び続け、白い胸に口づける。
生暖かい感触が先端に触れ、アリアは仰け反った。
「いやぁっ!」
尚も暴走する彼を止めたのは、ウィンキーの機転によるものであった。
猿から人型へ戻ると素早く背後へ回り、彼は思いっきりリオの股間を蹴り上げたのである。
「うらぁッ!目ェ覚ませや、ボケがァ!!」
「はぐぁッッ……!」
蹴られて直後、両手で股間を押さえ、ふらふらと二歩、三歩前に進んだ後、リオは昏倒する。
倒れた口元からは唾液と一緒に吐瀉物も流れ出た。
吐いてしまうとは、相当の衝撃を受けたものらしい。
股間を蹴られた時の痛みはウィンキーとて男性だから、よく知っている。
普段ならば絶対に蹴られたくないし、蹴りたくもない場所だ。
だが衝撃といえば、襲われたアリアだって半端な衝撃ではあるまい。この蹴りは天罰の代わりだ。
まだ呆然としているアリアへ上着をかけてやりながら、ウィンキーは気まずそうに声をかけた。
「……大丈夫かぃや?」
「え、えぇ……なんとか。あの、ありがとうございました……」
彼女の返事も定型通りといった感じで、意識は何処か遠くにあるようだ。
不意にウィンキーが慌てて周囲を見渡す。
「……!?あの女、何処行きよったんや!」
Aドールの姿が見あたらない。
リオの乱心騒ぎに気を取られている間に、逃げられたか。
アリアはジッとリオを見つめている。その瞳に、涙が浮かんだ。
「リオ……どうして……?」
慰める言葉は思いつかず、さりとて放っておく事も出来ず、ウィンキーは彼女に話しかける。
「リオとアリアちゃんは知りあいやったっけな。……で、その〜、リオのことは愛してんのん?それとも、嫌いなん?リオのほうはアリアちゃんのこと、超ラブみたいやったけど」
襲いかかりながらも、リオはアリアへ愛を打ち明けていた。
無口で無愛想な普段の彼とは同一人物と思えないほど、熱烈に、何度も。
質問には答えず、逆にアリアが問い返してくる。
「……ウィンキーさん。私、幾つぐらいに見えますか?」
「そやなぁ……大体、十七から十九歳ってトコやろか」
先ほど見てしまった胸の膨らみまでもを思い出し、ついデヘヘと顔が緩んでしまう。
基本的にタンタンみたいなツルペタ幼女を好む彼だが、アリアのように可憐な美少女というのも捨てがたい。
実を言うとリオがアリアの胸を揉んでいるのを見た時は、股間がムズムズと疼いてしまったのだ。
胸があれだけボインちゃんなのだ、ついでに下の茂みも拝んでおきたかった。
スケベ笑いで顔を緩ませるウィンキーを横目に、アリアがポツリと呟く。
「私……まだ十二歳なんです」
何を言われたのか、と、キョトンと彼女を見つめるウィンキー。
静寂が辺りを支配し――

「どええええええええええええええええええええええっっっ!!?」

ようやくウィンキーのオバカな脳が、アリアの言ったことを理解した。
「体は成長していますけれど、脳も心も、まだ子供なんです。ですからリオの事を愛しているかどうかは……私自身にも、よく判らないんです」
リオのこと、好きは好きですけど、と言い足して、彼女は俯いてしまう。
しかし精神的に子供なのでは、まだ愛が理解できなくても仕方ない。リオには気の毒だが。
「ま……おいおい判るようになるやろ。それより、こいつや。こいつ、どないしよ?」
リオは、まだ昏倒している。
だからといって、ここへ放置していく訳にもいかないだろう。
先ほどは思いっきり蹴飛ばしてやったから、もしかしたら睾丸が破裂してしまった可能性もある。
睾丸が破裂するというのは、想像もつかない激痛がリオを襲うということだ。
下手したら、それだけで死んでしまう場合もある。
それでもウィンキーが肩を揺すってみると、二度三度、ウーンと呻いてリオは意識を取り戻した。
「頑丈なタマタマで助かったわ。さすがは馬だけに、タマタマもウマ並みっちゅうこっちゃな」
下品な一言に、アリアは顔を赤らめる。
一方、起き上がってしばらくは呆けていたリオだが、アリアの服装に気づくや否や慌てて近寄ってきた。
「ど、どうした!アリア、その格好は一体誰にやられた!?」
自分でやっておいて、何を寝ぼけたことを。
しかし彼の真剣な表情を見る限り、ふざけているようにも誤魔化しているようにも見えない。
アリアとウィンキーは顔を見合わせ、アリアがリオへ尋ねた。
「あの、リオ……あなたは、いきなり自分から変身を解いたのですよ。覚えていませんか?」
彼は改めて自分が馬の姿でないことに気づいたのか、ペタペタと己の体を触りまくった。
「本当だ……俺は、一体いつの間に……?」
本気で、あの時の記憶がないというのか。
解いた覚えすらないということは、変身を解く前から意識を失っていたということになる。
「もしかして……あの女の子が、何かしたのでしょうか」
いなくなったAドール。
簡単に降伏したけれど、今になって思えば、それも怪しすぎる。
彼女はB.O.Sを守る特別なMSだ。
何の力も持っていないということは、ないだろう。
だが「何かって?なんや」とウィンキーに尋ねられ、アリアは首を振った。
「判りません、けれど……あの場でリオをおかしくできる人がいたとすれば、それは彼女しかいないんです」
ただ一人、状況の飲み込めないリオだけが、おたおたと狼狽えている。
「俺が?おかしくなった?アリア、一体どういうことなんだ。何があったのか、説明してくれ……!」
まさか記憶のないうちに、とんでもないことをしてしまったのか。
恐れが彼を襲い、リオは涙目になっている。
そこへ真実を教えるのは、あまりにも残酷であった。
ウィンキーとアリアは、もう一度お互いの顔を見合わせ、今度はウィンキーが答える。
「なんでもない、なんにもなかったんや。アリアちゃんの服が破けとんのは、お前が突然立って振り落とされたからっちゅーことにしとけ?そのほうが、きっとシアワセになれるで」
「ごッ、誤魔化さないでくれ!」
なおも食い下がるリオを、まぁまぁと宥め、アリアも口添えする。
「あとでちゃんと説明しますから、今は城へ急ぎましょう。他の皆さんが心配です」
「ほ、本当だな?本当に、あとで説明を」
「はい。ですから馬になって下さいな。一刻も早く、皆さんに追いつかないと」
アリアはニッコリと微笑み、ようやく納得したのかリオも馬へと変身した。

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