DOUBLE DRAGON LEGEND

第八話 突入


B.O.S本拠地――
部下から最悪の報告を受け、トレイダーは悩ましげに溜息をついた。
「……困ったことをしてくれたものだね」
目の前には、手足を拘束された女性が転がっている。
誰であろう、この女性こそは西大陸首都のサリア女王であった。
胸が微かに上下している。気絶しているようだ。
傍らには呆然と佇む二人の女。
一人は青ざめたまま肩を抱き、もう一人は先ほどから座り込んで、ひっくひっくとしゃくりあげている。
頬が赤く腫れている処を見るに、誰かに平手打ちでもされたのだろう。
「まったく。女王を誘拐してこいと、誰が命じましたのかしら?」
部屋には、もう一人いた。
こちらの女性は黒衣に身を固め、窓際に佇んでいる。
「私は頼んでいないよ」とトレイダーは受け答え、困った原因を作った部下――
SドールとAドールを見つめた。
「このような真似をして、私が喜ぶとでも思っていたのかね?」
穏やかではあるが、それ故に静かな怒りが含まれているようで、二重に怖い。
答えたのは泣きじゃくる水色の髪の少女ではなく、青ざめて立っていた桃色の髪の女、Sドールであった。
「だ、だって!西の女王が目障りだと、トレイダー様は何度もおっしゃっていたじゃないですかッ!」
「確かに存在が危険であるとは言ったこともあるがね」
視線をSドールからサリアに移し、トレイダーは続ける。
「消せと命じた覚えはない。いいかね、二人とも。我々は表だって戦いに介入してはならない。MDを仕掛けたのは、あくまでも東の大国、中央国でなければならない……これは、西の大国と東の大国を戦わせるための奇襲だったのだよ」
「このことは、MDを動かす前にも説明したはずですわぁ」と、横から美羽も口を挟む。
Sドールがキッと睨みつけてくるのにも構わず、薄く笑う。
「トレイダー、部下の不始末は上司である貴方が取って下さるのでしょうね?財団も貴方の活躍を楽しみにしておりましてよ」
「判っている。私もB.O.Sの総司令を勤める立場だ、然るべき責任は取ろう」
会話を交わす二人を見つめながら、Sドールは内心で憎悪の炎を燃やす。
この女、美羽と言ったか、新参者のくせにトレイダー様と対等の口をきくのが許せない。
いくら財団から遣わされてきた審問官の一人とはいえ、トレイダー様はMD研究の第一人者なのに!
憎々しげに睨みつけてくるSドールをチラリと見た後、倒れている女王にも目を向け美羽は肩を竦めた。
「では、あなた方が戦っている間、女王の身の安全はワタクシが管理しておきますわねぇ」
トレイダーも素直に「あぁ、頼む」と女王を彼女に預け、まだ泣いているAドールへも声をかけた。
「Aドール、こちらへおいで。君達の力を借りる時が来た」
泣きじゃくっていたAドールが顔をあげ、よろよろと立ち上がる。
「トレイダー様……誰と戦うの?エーコ達、誰と戦えばいいの?」
呟く少女の頭を優しく撫で、トレイダーは言った。
「女王を守る戦士が、やがて此処へ来る。彼らと戦うのだ」


坂井の道案内でB.O.S本拠地へ向かう間、一行はアリアから更なる情報を聞き出していた。
「じゃあ、アリアのお祖父さんは前からBOSの存在を知っていたのか?」
そう尋ねる葵野へ頷き、アリアが答える。
「祖父は独自のネットワークを持っておりますから……MDが何処で作られているのかを、まず調べたんです」
「そうしたら、B.O.Sが出てきた?」とミリティアが聞くのへは首を振り、彼女は言う。
「いいえ。出てきたのは西のキングアームズ財団でした」
「キングアームズ財団?」
皆が一様に首を傾げる中、該だけは皆と違う反応を示した。
ピクリと身を震わせ、硬い表情で視線を落とす。
「えぇ。皆さんは聞き馴染みがないと思いますが――キングアームズは、MDひいてはMSの研究機関を資金面で援助している財団です」
「研究機関……そんなのがあるんか?」
ウィンキーが呟く横で、それに応えたのは司だ。
「一般人には馴染みが薄いかもしれませんが、彼らがMSを研究していたおかげで僕達も世間に認められたのです」
「どういうこっちゃ?」
「MSとは伝染病ではない。変身能力を持つ以外は、極めて普通の人間である。と――彼らが世間に研究内容を発表したおかげで、僕達は世界中の人達から迫害を受けずにすんだのです」
アリアも頷き、補足する。
「えぇ。財団の中には政界へ力を持つ者もおりましたから、研究内容は真実であると伝えられました」
「でもMSは判るとして、MDの研究って?MDなんて、殺戮のための道具じゃないか!」
MSは何千年も前に突如発生した奇病の一つである。
それを研究し、奇病がどういったものであるかを解明するのは、いいことだと思う。
しかしMDはMSの進化とは関係なく生まれた、殺戮用の兵器だ。
そんなものを研究することに、何の意味があろう。
葵野の憤りにアリアは目を伏せ、力なく答えた。
「MDも、最初は殺戮用の兵器ではなかったのですよ。本当は便利さを求める人々が造り出した、人の手の代わりとなるはずの新しい仲間だったのです」
「便利な道具ほど戦争に使われる。ま、世の中の仕組みなんて、いつだって科学者泣かせだよな」
などと判ったようなことを言い、肩を竦めたのは坂井。
傍らでは該も頷き「その道具で戦争を起こそうとしているのが、B.O.Sという訳か」と締めた。
「えぇ、正確にはB.O.Sの総司令……トレイダー・ジス・アルカイド。彼もMSを研究していたと聞きます。恐らくはMDも研究していたのでしょう」
「あの変態野郎か」
憎々しげに吐き捨てる坂井を見、葵野は心配そうに囁く。
「……知ってる人なのか?坂井」
もし知人だとしたら、戦いにくくならないだろうか。
いや、しかし相手はBOSの総司令だ。
何故、坂井が総司令の名を知っている?
不審がる葵野へ目を向けると、坂井は思い出すのも嫌そうに答えた。
「言っただろ?俺は情報集めるためなら体も張れるって。会ったんだよ、そいつに」
「え!?」と驚いたのは葵野だけではなく、ミリティアやウィンキーもだ。
「会ったって、何処でや!?敵の総司令たるオッサンと、んな簡単に会えるもんなんか!?」
「ご招待されたんだ。野郎、俺に気があるらしいぜ?」
その時起きた事件については、これ以上語りたくもないが。
ニヤリと微笑む坂井を見てミリティアは眉をしかめ、ウィンキーも「な〜んや、それ!総司令は変態かぃな」と声をあげる。
それ以上は二人の想像に任せるとして、坂井は先ほどから無口なリオへ話を振った。
「おい、馬野郎。さっきから黙ってやがるが、お前は有力な情報を持ってねぇのか?」
馬野郎と罵られても、リオは黙って坂井を無視した。
答えたのはアリアである。
「リオは祖父の家で働いている下男です。ですから情報は何一つ知りません。私のことを心配して同行してくれました。いうなれば、彼は私のボディガードですね」
そう言って、微笑む。
「……あっ。そう言えば、前に君は言っていたよね?十二真獣がどうのこうのって」
不意に葵野が思い出して話を蒸し返すが、それを遮ったのは坂井。
前方に建物が見えてきたからだ。
「見えたぜ。あれがBOSの本拠地だ。で?これからどうするんだ、英雄サン」
皆の注目を浴び、司は答えた。
「これより全員突入します。森に紛れて建物まで接近、そこからは分散して建物内部を目指しましょう」
ただ――と皆の顔を見渡して彼は、こうも伝えた。
「僕は単独で動きます。皆さんは各二人ずつ組んで」
「一人で突入なんて無茶ですわ!」
大声で遮ったのはミリティアだ。
「そやそや。いくら前大戦の英雄にして白き翼やーちゅうても、向こうはMD軍団がおるんやろ?危険やで」
相棒のウィンキーが同意し、その側では葵野もウンウンと頷き、坂井は肩を竦める。
「あんたが単独で動くってんなら、俺と葵野も別行動を取らせてもらうぜ。奴らを潰すのは俺達の役目だからな」
だが坂井の言葉に、葵野は「え!?」と驚いている。
別行動というのは、打ち合わせのない発言だったようだ。
「ちょっと!アンタ達まで勝手なこと言わないの!」
タンタンが激怒し、該も珍しく彼女に賛成した。
「単独で情報を集めて危ない目にも遭ったのだろう?ここは全員で突入するべきだ」
「えぇ、それに」と、アリアも皆を見渡し告げた。
「向こうには手強いMSが三人います。心してかからないと」
「MS?MSって殺人MSじゃなくて?」
葵野の問いに首を振り、アリアは答える。
「それとは別に三人いるのです。私達と同じ、心あるMSが」
「さしずめ三将軍といった処ですね」
司も頷き、アリアを促す。
「彼らについての情報はないのですか?」
アリアはリオを振り返り、少しの間、躊躇していたようだが、彼が頷くのを見てから話し始めた。
「彼の周りには、常にSADドールと呼ばれる三人の人工MSがいます……いえ、いました」
「いました?今はおらへんの?」
「いえ……三人のうち、Dドールは現在B.O.Sには居ません。ですが彼女に替わるMSが派遣されたという噂を私の祖父がキャッチしています。ですから、あの建物にはMSが三人いるのです」
「そんなことより!人工MSですって!?トレイダーという男は、MSを人工的に生み出すこともできますの?」
眉を吊り上げたミリティアに問い詰められ、アリアは困ったように視線を外した。
「それは……トレイダー本人に訊かないと。私には、これ以上の詳しいことは判りません」
司も「貴女は語り部ですからね。研究者ではない」とフォローし、彼女を慰める。
「有力な情報をありがとうございます。貴女のおかげで、多少はB.O.Sの攻略が考えられそうです」
「今ので、どう攻略するのか決まったっちゅ〜んか?さすが英雄サマやのー」
茶化すウィンキーをミリティアが睨みつけ、葵野が話の先を促す。
「それで?最終的には、どうするんだ?」
「敵は恐らく、三人のMSを将とした布陣を敷いて待ちかまえているはずです。ですから僕達は途中までは一緒に行動して、それぞれの陣はグループを組んで叩き伏せる事にしましょう」
司の案、そしてアレコレと話し合った結果、ウィンキーとリオとアリアは一の陣を。
タンタンと坂井とミリティアが二の陣を。
そして司と葵野と該は三の陣を倒すという作戦で落ち着いた。
無論、布陣が組まれていないのならば、それはそれで全員が建物に突入すればいいだけの話。
司が女王を捜し、坂井と葵野でトレイダーを探す。
残りの者達は建物の中で暴れ回り、破壊すればよい。
建物が迫ってくるにつれ、見えてきたモノもある。
「おるで、おるでェ!ぎょうさんおるわ、MDにMSの軍団が!」
やはり、布陣は組まれていたのだ。
建物の前に見えていた黒い影、それは大量のMSならびにMD軍団であった。
「皆、作戦通りに頼みます!」
司の号令を最後に一行は草むらへ飛び込み、葵野とアリアを除く面々は走りながらMSへと変身を遂げた。


「――来たわね」
断崖絶壁にそびえる古城を背に、桃色の髪の女性が一人呟く。
彼女の前には水色の髪の少女Aドールの布陣が、後ろには美羽の指揮する布陣が敷かれている。
女王を取り返しに白き翼は必ずやってくる……そしてトレイダーの予想通りに彼は来た。
MSらしき仲間を従えて。
数キロ手前、Aドールの布陣が大きく乱れている。
白き翼率いるMS軍団と衝突したのだろう。
奴らの中には十二真獣も含まれているとトレイダーは言っていた。
Aドールには荷が重すぎるかもしれない。
やがて来るであろう敵に備え、彼女は部下達に命じた。
「散って!包囲網で一斉射をかけるわよ!」

Sドールの予想通り、Aドールは奇襲してきたMS軍団に劣勢を強いられていた。
こちらも数があるとはいえ、烏合の衆。
いってしまえば力量はAドール一人分にも足らぬ雑魚である。
向こうは一人一人がAドールと同等の力を持つMS。どちらが強いかなどは、言うまでもない。
「坂井!俺達は先行するッ」
葵野の叫びに、坂井も大きく頷き「そっちの足ィ引っ張るんじゃねぇぞ、小龍様!」と叫び返す。
葵野と該は白き狛犬の背へ飛び乗り、タンタンと坂井もミリティアの背中へ飛び乗った。
空を舞う二組のMSは、軽々とAドールの頭上を飛び越える。
「このッ!」
追いかけようとする彼女の前方を塞いだのは馬と変化したリオと、その背に乗るアリア。
リオの手綱を引っ張り、アリアが叫ぶ。
「彼らは追わせません!あなたの相手は、私達がします!!」
大猿と化したウィンキーは、既にMD軍団を相手に暴れている。
MDの手足をねじ切り、頭を馬鹿力で吹っ飛ばし、尻尾を巻きつけ地に叩きつける。
前座というのは気に食わないが、アリアとリオの二人だけに此処を任せるのは不安すぎる。
それに二の陣は一の陣より強いだろうから、向こうにミリティアを回すのも仕方ないと言えよう。
司は女王を救い出すという、重要な役目を帯びている。
坂井も然りだ、彼はB.O.Sのボスと面識がある。
となると、彼らを先行させるのも仕方ない。
弱いタンタンや戦えない葵野は、もはや戦力外だし、該一人にアリアとリオの世話を任せるのも気の毒すぎる。
つまり、一の陣で主力となれるのはウィンキーしかいないのである。
そう煽てられ、ウィンキーは渋々納得した。
図体のでかい大猿を乗せるのをミリティアと司が嫌がった、なんて事実は伏せておくことにして。
大猿の快進撃で見る見るうちに数が減ってゆくMD軍団を目にして、Aドールは焦りを覚えた。
それに、この馬。
大した打撃は受けていないが、ちょこまかと小賢しく、こちらの攻撃を避けまくっていて腹立たしい。
どうやら乗っている女が指示を出し、馬は指示通りに動いているようだ。
それに気づいたAドールの目は怪しく輝いた。

Aドールの部隊が壊滅的にやられている間、Sドールの布陣にも女王救助のMS軍団は現れた。
それも、空からの奇襲だ。
「群れの中に突撃しますわ!二人は飛び降りて、まっすぐ敵将の元へ向かって下さいませッ」
紅く燃え上がる鳥、鳳凰が叫び、背中の二匹も叫び返す。
「りょ、りょーかいっ!」「OK!」
まずは身軽に虎が飛び降りて、続けて兎も慌てて鳳凰の背中から飛び降りる。
一緒に飛来した白い犬は取り逃がした。
美羽が対応してくれることを祈りつつ、Sドールは部下に指示を飛ばす。
「来たわ!一斉射撃、開始ィー!!」
だが「当たるかよッ!」と虎は、さっと身をかわし、鳳凰も「炎に銃撃が勝てるものですか!」と、炎を飛ばして反撃してきた。
「ぎゃああああ!!」
一人、情けなく逃げ回っているのは兎のタンタンぐらいだ。
その襟首を軽く噛んで摘み上げると、坂井は自分の背中に乗せてやった。
「足引っ張ってんじゃねーぞ?チビ」
「ち、チビで悪かったわねぇ!」と怒るタンタンは無視し、前方へ目をやる。
「あのピンク髪女が二の陣のボスか。よし、しっかり掴まってろよ!一気に行くッ」
言うが早いか、群れの中へ一気に突っ込んだ。
銃弾が雨霰と降り注ぐ中を器用に避けながら、坂井はSドール目掛けて突っ走る。
背中で「ひぎゃあああああ!!!」と泣き叫ぶタンタンの意志は、もちろん無視の方向で。

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