DOUBLE DRAGON LEGEND

第十話 突入−3


第二の陣でも、決着がつこうとしていた――
「やっぱMDじゃ倒した気になれねぇぜ。生身の体を、ブチッと引きちぎらなきゃなァ?」
悪者めいた言葉をほざいているのは黄色と黒の縞模様、虎の姿に身を変えた坂井。
美しい縞模様は全身血まみれになっている。
自分の血ではない、殺戮MSの返り血を浴びたのだ。
その背でガクガクと震えていたはずのタンタンは、坂井の上で踏ん反り返ってSドールを見下ろした。
「ふふゥん。まッ、あたし達にかかればMDなんて雑魚ね、ザ・コ!」
勿論言うまでもないが、彼女は何もしていない。
数多くいたMDや殺戮MSを倒したのは、坂井とミリティアによる手柄である。
タンタンの偉そうな口上を気にすることなく、人に戻ったミリティアも口元に手を当てて誇らしげに笑う。
「ふふ、戦い方のコツさえ判ってしまえばチョロイもんですわ」
物心ついた頃からトレジャーハンターとして活動してきたが、自分がこれほど強いとは思ってもみなかった。
そうは言っても、殺戮MSの半分以上は坂井が蹴散らしてくれたのである。
彼女は上空を飛び回るMDと、空を飛べる一部のMSを叩き落したに過ぎない。
坂井は獅子奮迅の活躍で、しかも生身のMSが相手でも全く容赦ない。
Sドールのいる周辺はそうでもないが、後ろを振り返れば血の海に沈むバラバラの死体が転がっている。
全て坂井がやったものだ。
腕や首に噛みつき、引きちぎる。腸を引きずり出し、振り回した。
思い出したくもない光景が脳裏に浮かび、ミリティアは忘れようと、二、三度首を振る。
「くッ……!」
Sドールのほうも、まさか坂井が、ここまで強いとは思っていなかったのだろう。
額に汗を滲ませ、じりじりと後ずさりしている。
ここまで坂井が殺しまくるとは、思わなかったに違いない。
ミリティアやタンタンにだって意外だったのだ、彼の残虐非道っぷりは。
『正義』を名乗るからには寸止め、或いは戦闘不能に留める程度に戦うのではないか、と普通なら、そう考える。
実際ミリティアは、そうして戦ってきた。
だから倒されたMSの中には、まだ何人か息のある者もいた。
「ここを通してもらうぜ。抵抗するなら――殺すまでだ」
じりじりと躙り寄る虎。どちらが悪人だか判らなくなる。
呆れたミリティアが「投降するなら、命だけは……」と提案しかけた時、突如Sドールの口を割って甲高い悲鳴が飛び出した。
「い……いやぁぁぁ!
同時にキーンという高い音が耳の中で弾け、ミリティアもタンタンも、そして坂井も顔をしかめる。
「な、何ですの?この、音は」
Sドールは叫び続けている。
声が原因だと感づいた坂井が飛びかかった。
「こいつだ、こいつを黙らせりゃあッ!」
だが噛みつこうかという瞬間、叫びが大きくなり、虎は頭から地面に落ちるようにして、もんどり打つ。
「だっはぁ!」
勢いでタンタンも背中から転げおち、無様に転がる坂井を叱咤した。
「ちょっとォ!あんた何やって、うぁっ」
言葉は途中で途切れ、兎も地べたに転がった。
「くきぃぃぃっ、頭が、イタイ、痛いようっ!」
見ればミリティアも地面に膝をついている。
「な……なん、ですの?この声……く、頭が……ッ」
叫びながら、Sドールがニヤリと微笑んだような気がした。
隙だらけだというのに、彼女があげている叫びのせいで三人とも身動きが取れない。
頭が割れるように痛い。
Aドール同様トレイダーに造りだされた身であるSドールにも、通常のMSとは異なる能力が隠されていた。
叫び、或いは咆吼による音波攻撃。
殺傷力は皆無だが、受けた相手は頭痛や吐き気、目眩に襲われて身動きが取れなくなる。
一人では無力に思えるが、誰かとコンビを組むとなれば強力な力へと変化するであろう。
ぐったりと身を横たえるタンタン、苦しげに頭を抑えるミリティア。
そして未だ戦意を失わずに、こちらを睨みつけている坂井。
それらを一瞥し、Sドールは残っているMDへ号令を下した。
「――さぁ、この愚か者を始末しておしまいッ!」
一瞬だけ呪縛が解け「このッ」と動き出した坂井は、再び彼女のあげた叫びによって地べたを這いずった。
間髪入れずMDが一斉に、のたうち回る三人へ襲いかかる。
「ぎゃぃん!」
タンタンが悲鳴をあげ、MDにやられた傷口を押さえる。
傷口からはドクドクと血が溢れだし、出血の止まらない恐怖にタンタンは顔を歪めた。
膝をつくミリティアも、為す術なくMDの蹴りを食らって地べたを転がった。
「あぅ……ッ!」
坂井も、仲間の恨みとばかりに群がったMSによって耳を引き裂かれ、体中の毛を毟られた。
「てッ、てめぇら!ふざッけんなァァ……ッッ」
頭痛に悩まされながら坂井は叫ぶが、敵の猛攻が止むはずもなく。
「ハァーッ、ハッハッハッ!お前達、そいつらを徹底的に痛めつけ!殺しておやり!」
Sドールは勝利を確信する。

だが――!

「……あ?」
不意に軽い目眩。
くらりとする眠気がSドールを襲い、彼女は叫ぶのをやめる。
眠い。
なんだこれは。
立っていられないほど、眠い…………
坂井やタンタンが見守る中、桃色の髪の娘は大きくあくびをして、ぱったりと倒れてしまった。
いや、異変が起きたのはSドールだけではない。
坂井達を襲っていたMSも然りである。
皆、くらっと目眩を起こした後、ばたばたと倒れてしまう。
死んだのではなく単に眠っているようだが、それにしたって突然眠り出すなんて不自然にも程がある。
眠らないのは鋼鉄仕掛けのMDだけだ。
それらも横合いから突風のように飛びかかった大猿の手によって、片っ端から壊されてゆく。
「ウィン……キー……?」
蹲ったミリティアの呟きに、大猿がニカッと笑い「俺だけとちゃうでぇ!」と元気よく応える。
「あぁ、良かった。なんとか届いたみたいですね」
この場にそぐわぬ明るい声に三人が目をやれば、そこにいたのは、もこもことした羊であった。
「…………誰、だ?」
まだ頭痛の残る体を無理矢理起こし、坂井が立ち上がる。
羊は黙って坂井の元へ近寄ってくると、噛みつかれてボロボロになった彼の耳をペロペロと舐めた。
「おぅわ!?なっ、何しやがる、テメェ!」
慌てて後ずさる虎へ微笑むと、羊が答える。
「私ですよ、アリア・ローランドです。お怪我をなさっているようですね。血が出ていましたので、ひとまず血止めを……と思ったのですが、余計なお世話だったでしょうか?」
舐めたことを詫びられ、坂井は言葉に詰まった挙げ句。
「別に、こんぐらいは怪我のうちに入らねーよ」と、虚勢を張る。
「ふふ、坂井様は気丈でいらっしゃいますね」
続いて彼女は腕を押さえて苦悶の表情を浮かべるタンタンへ視線を移し、リオに命じる。
「リオ、彼女を背へ乗せてあげて下さい。この怪我を治せるのは小龍様だけ……葵野様の元へ急ぎましょう」
猿と化したウィンキーが、眠ったSドールを指さした。
「で、この女はどないすんねん?」
「当然」
坂井はニヤリと笑い、即答する。
「殺す」
「なっ……!」
非難の声をあげるミリティア、そしてアリアも否定とばかりに首を振る。
「駄目です。彼女は人質として、トレイダーとの取引に使わないと」
坂井はジロリと彼女を睨みつける。
「人質ィ?なんだ、テメェはBOSを潰すために、ここに来たんじゃないのかよ?」
その視線に怯むことなくアリアは頷き返した。
「倒すことは倒しますが、いきなりの殺生はいけません。何故このような事をしたのか。何故、MDや殺戮MSを造り出したのか。それを彼自身に問いただす必要があるのです」
頑として言い切るアリアは、とても十二の小娘とは思えないほどの迫力があった。
だが坂井は彼女の熱弁を鼻で笑うと、言い捨てた。
「ハッ、そんなのは決まってんじゃねぇか。殺し合いだよ」
「殺し合い?」
「そうだ。トレイダーは殺し合いをさせたかったのさ、東の国と、西の国にな」
「ならば、どうして彼は国同士を戦わせようとしたのです?単に殺し合いが見たかったのならば、自分の造ったMS同士を戦わせればいいではないですか」
アリアと真っ向から睨み合い、坂井は答えた。
「バカだな、それじゃ真剣勝負にならねぇじゃねーか。ヤツは真剣に殺し合う連中を見てみたかったんだろうぜ」
「……どうして、あなたに、それが彼の思惑であると言い切れるのですか?」
二度目の質問に虎は鼻を鳴らし、ふいっとソッポを向く。
「ヤツは俺を見て『美しい』って言ったんだぜ。戦うしか脳のない、ゴロツキみたいな俺を見て……だ。あいつは戦士が好きなんだ、バトルマニアなんだ!絶対、そうに決まってる」
坂井の説明には、いまいち納得がいかなかったようで、ウィンキーもミリティアも首を傾げている。
「……そういうもんかいな?」
「さぁ……私はバトルマニアではないから、理解できませんわね」
なおも続きそうな皆の口論を遮ったのは、普段無口なリオであった。
「今はトレイダーの思想について話し合っている場合じゃない。急ごう」
鼻先で自分の背に乗せたタンタンを示す。
腕の出血が酷く、彼女は真っ青になって震えていた。
「……しんじゃう……あたし、しんじゃうの……っく、うぇっ……いやだよぅ、しぬのは……やだぁ」
小声で呟き、鼻をすすり上げて泣きじゃくっている。
いつもの自信満々なタンタンは、どこかへ行ってしまったようだ。
大量出血という初めての大怪我によって。
アリアもリオの背中へ飛び乗り、あやすように鼻先を兎に擦りつけた。
「……大丈夫。あなたは死にませんよ、必ず小龍様がお助けして下さいます」
「確かに、こんなとこで井戸端ってる暇ぁ〜なかったわなぁ!ほな、急ぐでぇっ」
熟睡するSドールを背中に括り付け、ウィンキーが走り出す。
続いてミリティアも再び鳳凰へと姿を変えると、大空へ舞い上がった。
泣きじゃくっていたタンタンもアリアの慰めを聞くうちに落ち着いたのか、すやすやと寝息を立て始めた。
「……そいつが、あんたの能力か?エェ、十二真獣様よ」
突然坂井に問われ、アリアはハッとなって振り向く。
「私、貴方に十二真獣だと名乗りましたっけ?」
「名乗られなくたって判るさ。あんな広範囲に渡る能力が使えるのは、十二真獣だけだ」
あんたの能力なんだろ、と未だに眠り続けている殺戮MS達を鼻で示され、アリアは神妙に頷いた。
「えぇ。私の能力は人を眠りに落とします。私が、その気になれば永遠の眠りへつかせることも」
ただ、彼女が力を発揮するには、かなりの集中力を必要とする。
先ほどのように、敵の注意が他へ逸れていないと使えないのが難点であった。
「へぇ……怖いねぇ。神龍の能力とは、えらい違いだ」と、坂井は一向に恐れていない様子。
なおも彼を警戒しながら、アリアは尋ねた。
知っていなければならないはずの神龍は無知で、無知だと思っていた神龍の護衛が博識だったとは。
この男、ただのMSではないというのか?
「あなたは、どこで十二真獣の知識を得たのですか。東国の女帝から……ですか?」
「いいや」
ゆっくり首を振ると、虎は前足で己を示した。
「俺も十二真獣の一人なんだよ。葵野有希……先代の神龍に言われたんだ、はっきりとな」


城へ忍び込んだ司と葵野は、お互いの目的を見つけるべく分散していた。
「……ここでもない」
部屋という部屋の扉を片っ端から開けまくり、司は中を覗き込んでいく。
サリア女王の姿は、どこにも見あたらない。
こことは別に監禁場所があるというのだろうか。
不意に犬の耳が物音を聞き取り、司はカーテンの後ろに飛び込んだ。
足音だ、どんどん近づいてくる。
相手は二人、急いで走っているようにも思える。
見つかったのか――?
身を固くする司だが、足音の主は何事か叫びながら、司のいるカーテン前を通り過ぎていった。
「侵入者だ!包囲網を突破して直接城に忍び込んだらしいぞッ」
「なんだと!?それで、トレイダー様は何処に?ご無事なんだろうな!?」
「トレイダー様は無事だ!それよりも捕虜が危ない、奴らの狙いは捕虜奪回だからな!」
「よし、急ごうッ!」
叫びあいながら忙しなく走っていった忍び装束の兵士を見送った後、カーテンの裏から姿を現わした司は、しばし考える。
こうも早く侵入したのがバレるとは。
葵野さん……何をやっているんですか、あなたは。

「へぶッ!」
乱暴に後ろから突き飛ばされ、葵野は床にしたたか顔面を打ちつける。
痛む顔をさすりながら見上げると、黒衣の女と目があった。
いや、それよりも。女の足下に転がる塊を見て、葵野は、あっとなる。
血に濡れた茶色の塊、あれは猪に変化した該ではないのか!?
「該ッ!」
呼びかけても返事はない。
代わりに返事したのは、傍らに立つ黒衣の女であった。
「あぁら、アナタ、該のお知りあいでしたのぉ?残念でしたわねぇ、この男はもう、自力では立ち上がることもできなくてよ」
「該に!該に、何をしたんだッ!?」
葵野の問いに女は微笑み、スカートの裾を摘み上げて会釈する。
「その前に、名前ぐらい名乗らせて下さいませな」
人を小馬鹿にした調子の彼女にムッときたか、いつもの穏便さはどこへやら葵野が怒鳴った。
「君の名前なんか、どうでもいい!該に何をしたんだッ」
すると女性は少し気分を害した表情で葵野を、叱るように睨み付けた。
「あらぁ、噂と違って王族というものは存外失礼な輩ですのね。名乗りすら聞いて下さらないなんて」
だがすぐに、からかうような調子に戻って名乗り始める。
「ワタクシは御堂美羽。この男とは昔コンビを組んでいた者ですわ。そして」
軽く該を蹴っ飛ばし、ニヤリという笑みを浮かべた。
「先ほど制裁をつけました。これは、その結果ですわ」
「制裁!?」
昔コンビを組んでいて今は組んでいないというのは、つまり空中分解したということになる。
性格の不一致、分配による揉め事など、理由は幾らでも考えつく。
美羽を見ている限り、該とのコンビ解消原因は彼女の性格にあるんじゃないかと葵野は予想した。
それにしても、該も該だ。
この傷はMDやMSにやられたものだろうが、どうして途中で撤退しなかったんだろう。
軍団の中に美羽がいたから、油断したのだろうか?それとも――
「アナタの考えている事は手に取るように判りましてよ。どうして、該は逃げなかったのか?そう、考えておいでではなくて?」
美羽に言われ、葵野は素直に頷く。
「一人で戦わせてしまったのは悪いと思っているよ。でも、」
「多勢に無勢なら逃げてもよかったのに?どうして該は逃げなかったのか、とおっしゃりたいんですのね」
「うん」
またも素直に頷く葵野を見て、美羽は嘲りの笑みで口元を歪ませる。
「軍団の中に昔裏切った相手がいては、逃げることも許されないんじゃなくて?」
「君が挑発したんだな。それで該は残ったんだ」と、葵野が言うのへは首を振り、美羽が応える。
「ワタクシは真実を述べただけ。それを、この男は否定して、ワタクシと戦うと決めたのですわ」
結局、挑発したんじゃないか。
それにしてもMSとMD総勢を使ってのフルボッコ制裁とは、穏やかではない。
いくらコンビを一方的に解消されたとはいえ、昔の仲間なのだ。美羽の良心は痛まなかったんだろうか?
「どうして、ここまで酷い事をするんだ。君と該の間で、一体何があったんだ?」
葵野をじっと眺め、しばらくしてから美羽が答える。
「お聞きになりたいんですのね?ワタクシと該との間で起きた、諍いを」
「あぁ」
天上を仰ぎ、彼女は何かを考えているようであったが、すぐに葵野へ視線を戻した。
「……では、お聞かせしますわ」


千年前――
そうですわね、アナタには『前大戦』と言った方が分かり易いでしょうか?
ワタクシと該は傭兵として、あの戦いを終わらせるために参戦しておりました。
……アラ、驚いていらっしゃいますわね?そうです。ワタクシと該は、十二真獣ですの。
アナタのお姉様と同じ、伝説のMSでございましてよ。
ともかくワタクシ達は戦争を終わらせるために東の国につき、ストーンバイナワークと戦いましたの。
えぇ、奴らはMSを滅ぼそうとした悪い研究所でしたもの。
全滅させねばならない相手でしたのよ。
奴らを生かしておいては、MSの未来はない。
MSは凡人どもの兵器として、一生扱われてしまう。
MSの人権を取り戻そうという白き翼の主張に惹かれて、ワタクシ達も戦ったものですわ。

ですが……


「息のある者は完膚無きまでに叩きのめしッ!完全に抹殺するッ!ワタクシの戦闘スタイルを、この男は!該は、否定しやがりましたのですわッ」
ジロッと該を睨み付け、美羽はまるで汚いものでも見たかのように眉根を寄せた。
「戦わねば、敵を殺さねば、いつ自分の身が危うくなるかも判らないというのに!この男は、こともあろうに敵側へ情けをかけたのですッ。倒すのは仕方がない、だが命を取るのはやめろなどと!」
敵に情けをかけるというのは怒鳴るほど、いけないことなんだろうか。
葵野にも該の気持ちが判る反面、美羽が何故ここまで激昂するのかが判らない。
「戦いというのは真剣勝負ッ!生きるか死ぬか……戦場において求められるのは、それだけですわ。なのに、情などという余計な感情を混ぜた該に、ワタクシは反発いたしました。すると、どうでしょう?」
興奮したのか、美羽が勢いよく該を蹴りつけるもんだから葵野も慌てた。
「あっ!」
「この男は、ワタクシとコンビを解消したいなどと言い出したのです!あんなに愛したワタクシを!あんなに好きだとおっしゃっていたくせに!あっさりと、ゴミでも捨てるかのように!!」
「あ……愛した……?」
これにはポカンとなって、葵野は倒れている該と激昂する美羽を交互に見比べる。
この美羽を、あの該が?
言っちゃ悪いが、こんな癇癪持ちで殺戮好きな女を好きだなんて趣味が悪いにも程があろう。
こんな女を選ぶぐらいなら、ひだまり亭の看板娘りっちゃんのほうが、ずっと愛嬌もあって可愛らしい。
しかし不意に坂井の顔が脳裏へ浮かび、葵野はハッとする。
癇癪持ちで殺戮好きなのは、誰かさんも同じではないか。
葵野の心情を察したのか、美羽が微笑む。
「アナタの相棒兼護衛でしたかしら、坂井達吉は。あの男なら、ワタクシと上手くやっていけそうですわねぇ。でも」
ふぅ、と溜息をつき、肩を竦めた。
「残念なことに、お顔のほうは該に遥か遠くも及びませんけど」
「なんだと!!」
愛しの相棒をけなされて憤慨する葵野。彼を面白そうに見つめながら、美羽は尋ねた。
「それで。今度はワタクシから質問しても宜しいかしら?小龍様」
たじろぎながらも、葵野は逃げずに答える。
「な、なんだよぅっ」
「アナタは、どうして坂井達吉と別行動で此方にいらっしゃったのかしら。アナタはトレイダーが目当てなのでしょう?ならば、どうして、あの男を一緒に連れてこなかったのです。アナタ一人でトレイダーと戦うおつもりだったとすれば、ワタクシはアナタの評価を下げなくてはなりませんわね」

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