東大陸の奥部には未開の地がある。
未開発区域または秘境などと呼ばれる、その一帯は自然に恵まれる反面、凶暴な原生生物も住みついている。
そうした場所にも人が住んでいる。
都会にはない、彼ら独自の文明を築いていた。
「反撃の狼煙をあげるなら、早い時期がいい。後手に回れば、連中と市民を切り離せなくなる」
そう言い出した相手の顔をサリアは、じっと見つめる。
サリア・クルトクルニア。西大陸の首都を治める女王である。
白き翼率いるレヴォノース軍の本拠地が陥落して以降、行方不明になっていたはずだ。
逃亡の手助けをしたのは今し方、彼女に意見した男。リオ・マンダだ。
エジカ・ローランドの助手である彼も博士とは離ればなれになり、奥地で傷を癒していた。
サリアとリオの他にも、命からがら逃げ延びたMSは多い。
未開の地に住む原住民に手厚く保護され、匿われていた。
東の奥にはパーフェクト・ピースも財団の手も届かない。
原生生物が、彼らの行く手を阻む障害となっていた。
まともに野生の獣と戦った場合、MSといえど大怪我は免れない。
サリアの唱える『完全平和主義』への障害にもなっていた。
未開地へ赴いた彼女が見たものは、原生生物と共存する原住民達の姿だった。
いや、共存というのは正しい表現ではない。
民はMSを雇い、時には彼らに原生生物を仕留めてもらい、時には手懐けてもらって番犬代わりとしていた。
MSの武力があるからこそ、原生生物のいる地域に住んでいられるようなものであった。
「いいでしょう……ですが、戦ってはなりません。武力に武力で応じれば、更なる悲劇を生み出すだけです」
「それが、あなたの正義なのですか?」
リオの強い視線に怯むことなく、サリアが頭を振る。
「正義ではありません。人が人として生きていく為の真理です」
「しかし、女王」と、リオも語気を緩めない。
「あなたも判ったはずだ。ここで暮らすようになって、未開発地の人々の暮らしが、どのようなものかを」
「それは……」
サリアの表情に陰りが差す。
リオの言うとおり、ここの住民には武力が必要不可欠である。
人を倒すのではなく、野生の獣を倒す為の武力が。
「あなたの意向は理解している……だが今はまだ、平和主義を唱える時期ではない」
落ち込んだサリアを慰めるつもりか、ほんの少し口調を和らげたリオが言う。
「全ての戦いが終結し、人々が平和を取り戻した時。その時こそが、真の平和主義の始まりだろう」
リオの言う『人々』には、MSも含まれている。
たとえ今、平和の名の下に戦争を収めたとしても、MSは幸せになれないし平和にもなれない。
立場は変わらず、誰かの道具のままだ。
不満を無理に静めるのではなく、表に解放させてやるべきではないのか。
そうでもしなければ、また近いうちに同じ戦いが起きるだけで何の解決にもなりはしない。
「それに、あなたは司……白き翼に、戦いを見届けると宣言した。ならば彼らが何をやり、この戦いが、どうなるのかを、最後まで見届けなくてはいけないはずだ」
司の名前を出された瞬間、サリアの脳裏に彼の姿が浮かび上がる。
あぁ、ツカサ。愛しき人よ。
幼い頃より王女の教育係兼国王の相談係として、サンクリストシュアに滞在していた大戦の英雄。
いつも穏和な笑みを絶やさず、国王の唱える平和主義に、誰よりも強く賛同していた彼……
その彼が、自ら兵を率いて再び戦火の渦に飛び込むとは。
サリアには今でも、そのことが信じられない。
太古の戦と同様、周りのMSに唆されたのではなかろうか。
リオは言う。
「俺達の敵は、はっきりしている。ジ・アスタロト……それが全ての元凶だ」
あの日、あの時レヴォノース本拠地を襲撃したのは、黄色い服の男だった。
奴が何をしたのかと言うと、レヴォノースの井戸に毒を混ぜた。
たった、それだけの攻撃で本拠地を混乱に落とし、あっさり陥落させたのである。
殆どの者が毒に倒れ、満足に戦えもしなかった。
なのに男は動けない仲間を、次々と殺して回ったのだ。
「復讐するつもりはない。だが井戸に毒を混ぜるような輩を野放しにしておけば、いずれMSではない者達へも魔の手が伸びるかもしれない。あなたの国の大切な民達にも」
リオの声は淡々としていたが、一言一言がサリアの心に深く突き刺さる。
そうだ、戦いは首都も巻き込んだのだ。
愛すべき王国サンクリストシュアは、どうなってしまったのか。
サンクリストシュアは何故あのように、何度もMSやMD軍団に襲撃されねばならなかったのか。
全てを問いただす為にも、ジ・アスタロトの本拠地へ赴く必要はあろう。
問題は、その本拠地が何処にあるのかということなのだが――
「女王、行くのか」
原住民の一人、サリアの世話係を仰せつかっていた女性が話しかけてくる。
「えぇ。ルシー、あなたにも世話になりました」
名を口にされ、ルシーは滅相もないとばかりに激しく手を振った。
「そんな、礼言われるほど、大したことしてない」
「女王、行くなら馬使え」と、別の原住民も話へ混ざってくるのへ答えたのはリオだ。
「馬は必要ない。その代わり、あれを借りさせてもらおう」
何気なく彼の視線を追って、サリアが息を飲む。
「ホントに、馬いらない?あれだけで、いいか?」との問いに、リオは大きく頷いた。
「あぁ」
彼らのいうアレとは――
野生の獣をMS傭兵達が捕らえ、『番犬』として訓練した原生生物の成れの果てである。
普段は大人しいが、ひとたび目標に向けて放てば、相手の息の根が止まるまで襲いかかる。
番犬の獰猛っぷりは、サリアも何度か目撃済みだ。
「女王、上に乗ってくれ」
番犬に跨ったリオが促す。
彼が借り受けたのは、巨大なサイに似た生物だ。
サイのように、ずんぐりむっくりとしているが、サイにはない大きな耳が生えている。
ぽたぽたと垂れてくる番犬の涎に思わずたじろぐ女王を、リオは無理矢理両手で引っ張り上げた。
他の面々も、それぞれに借りた番犬へ跨ったのを確認してから、彼は足下の原住民達へ声をかけた。
「今まで世話になったな。この恩は戦争終結後に、必ず返そう」
応えたのは酋長だ。
白髪の老人は、リオを見上げて小さく微笑む。
「礼など、いらない。世界が平和になる、それで充分」
「ハリマ酋長……ありがとうございます」
背後でサリアが会釈し、リオは勢いよく番犬に鞭をくれた。
「出発!」
途端に砂埃を舞いあげて、番犬たちが走り出す。
「リオ、女王、がんばれ!」
原住民の声援を背に、レヴォノース残党は一路、中央国へ向かう。
最初に映ったのは丸い光で、次第に意識のハッキリしてきたウィンキーはガバッと身を起こした。
「――つぅッ!?アダダダダッッ!」
直後、体中を走る激痛に顔をしかめていると、誰かが部屋に走り込んでくる。
「あぁっ!まだ駄目よ、動いたりしちゃッ」
押さえつけられ、涙目のままウィンキーは叫び続けた。
「アダダ、そこ掴んだらアカン!アカンて!!」
「ご、ごめんなさいっ」
パッと手を離され、ようやくウィンキーは押さえつけてきた相手の顔を見る余裕が出来た。
緩くウェーブがかかった栗毛の、可愛い女性だ。だが、顔に見覚えはない。
思わず素直に「誰や?ねーちゃん」と尋ねたら、女性は慌てて頭を下げた。
「は、はじめまして!私、ディアラって言います。あの」
顔をあげ、嬉しそうにウィンキーを見つめる。
「あなた、すごい怪我で死にかかっていたんですよ。でも、意識が戻ったので安心しました」
言われて、ようやく自分が包帯グルグル巻きでベッドに寝かされていたのだと、ウィンキー自身も気づく。
同時に、一緒に戦っていた仲間の顔も思い出した。
「そ、そや!リラルル!リラルルは!?」
そこへ、ぴょこんっと顔を出したのは、ヒラヒラフリルのカチューシャをつけた少女。
「なーに?あ、ウィンキー!やぁっと目を覚ましたのね、おっそいわよ〜」
なんと、タンタンではないか。
腕や首筋を覆う包帯を見た限り、彼女も、どこかで大怪我を負っていたようだ。
「……リラルルちゃうんか。なぁタンタン、リラルルはどこや」
呆然と尋ねるウィンキーへ、タンタンも尋ね返す。
「リラルル?あの子が、どうかしたの?」
そこへ遠慮がちに混ざってきたのは、先ほどの女性ディアラ。
「あなた達二人を、うちの従業員が担いで戻ってきて……それで、父が手当をしたんです」
「お父さん、お医者さん?」とウィンキーが尋ねるのへは、タンタンが答えた。
「仕立て屋さんなんだって。でもね、昔は医者を目指してたらしいよ?」
「……父は、水の都出身なんです」
どこか遠くを見る目で、ディアラが続ける。
「でも、街のやり方についていけなくなって、ここに引っ越してきました」
「そいや、ここって何処なん?」
ウィンキーの二つ目の質問には、新たに入ってきた人物が答えた。
「蓬莱都市だよ。あんたらの、その怪我。もしかしてパーフェクト・ピースにやられたってんじゃ――」
「なんやってぇぇ!?ま、まだ敵の本拠地やってんか!」
盆を片手に入ってきた青年は、ウィンキーの絶叫に目をパチクリ。
いち早く状況を飲み込んだディアラが、タンタンへ確認を取った。
「やっぱり!あなた達を襲ったのは、パーフェクト・ピースだったのね?」
「パーフェクト・ピース?違うよ、あたし達を襲ったのはジ・アスタロトって奴ら!」と、答えてからタンタンは首を傾げる。
「つーかパーフェクト・ピースのこと、知ってんの?あんた達」
「知ってるもなにも」
ひとまず盆を机の上に置いてから、青年エストが語り出す。
「今、街は大変な事になっているんだ。パーフェクト・ピースのせいで」
「へ?」
タンタンとウィンキーがハモる。
「どゆこと?パーフェクト・ピースって、自称平和主義じゃなかったっけ?」
目的の為には手段を選ばないような処はあるが、一応、蓬莱都市を根城にしている集団である。
その彼らが蓬莱都市を騒がせているとは、どういう事だろうか?
「奴ら、とうとう化けの皮を剥がしたんだ」
エストが溜息をつく横では、ディアラが吐き捨てる。
「街の人達に無理矢理強制してきたのよ。MSを倒す手伝いをしろって」
「へ?」
またまたハモる、ウィンキーとタンタン。
困惑の二人へエストが説明する。
パーフェクト・ピースが、街の皆に打倒MSを呼びかけるようになった。
ほんの数日前までは平和主義を唱えていたはずなのに。
以前、街にMSが侵入する事件があった。
そのせいで変わってしまったのではないか、という見方もある。
だが、それにしては強引すぎるやり方で、頷けない部分も多い。
「強引って?」
尋ねるウィンキーへ、ディアラが答える。
「MS退治を拒否した住民には、ひどい嫌がらせをするの。家を燃やしたり、目の前で家族を傷つけたり」
「そんな……!そんなの、嫌がらせの域を越えてるよ!」
タンタンは憤慨し、ディアラも、そっと己の両腕を抱きしめる。
「そうよね……だけど、この町には以前からMS崇拝に反対する声もあがっていた。だから」
「だから?」
「打倒MSへ賛同する人も多いんだ」と、エスト。
「今、街は真っ二つに分かれている。MSを倒そうって唱える人と、戦いを拒否する人とで」
「ねぇ」
ディアラが真っ向から二人を見据えた。
「一体、何が起ころうとしているの?MSとパーフェクト・ピースとの間に、何があったの?」
「何って……」
ウィンキーとタンタンは顔を見合わせる。タンタンが答えた。
「あたし達は、あたし達が生き残る為に、あいつらと戦ってたんだよ?あいつらが、あたし達MSを根絶やしにしようとしてくるから……」
「そもそも」とウィンキーは腕を組み、考え込む。
「なんでパーフェクト・ピースはMSを目の仇にしとるんや?全てのMSが凶暴ってわけでもあらへんのに」
「私達、前にパーフェクト・ピースの本部へ行ったことがあるの」
ぽつりと呟いたディアラの言葉に、ウィンキーもタンタンもハッとなる。
「友達が抗議しに行ったって聞いていたから。だから、彼と会おうとして……でも門前払いで追い返されちゃったわ。そんな奴は来ていないからって言われて」
「友達?」
首を傾げるタンタンへは、エストが答えた。
「ルックスっていうんだ。ルックス・アーティン、彼もMSなんだけど……知らない?」
一拍の間を置いて。
「……え、えっ、えぇぇーッ!?」
タンタンの絶叫が近所中に木霊した。
息が荒い。
体を覆う汗は自分のものか、それとも該のものなのか。恐らくは両方だ。
汗びっしょりだが不快ではない。
生まれて初めて裸で誰かと触れあう行為が、アリアを興奮させていた。
――ジ・アスタロトの研究室にて。
該とアリアの行為も、最高潮を迎えようとしていた。
「アリア」と、該が自分の名を呼ぶ。
「……は、はい」
消え入りそうな声で頷くと、微笑む彼と目があった。
「緊張するな。力まなければ、すぐに終わる」
「はい……」
該が身を屈め、アリアの膣口に暖かいものが押しつけられる。
それが何であるか、先ほどから散々説明を受けていた彼女は、あえて目を瞑って直視を避けた。
先端が差し込まれ、「む……」と呟いた該が腰を浮かせる。
その直後、太い針で突き刺されるような、ずきりという痛みがアリアを襲った。
該さんの嘘つき、絶対に痛くしないって約束したのに!
じわっと彼女の双眸に浮かんだ涙を見て、すぐさま該が身を退いた。
「す、すまない。痛かったのか?」
「う……うぅっ」
嗚咽に変わった泣き声を抑えて、アリアが頷く。
ずずっと鼻水を啜りあげて、こうも続けた。
「だ、大丈夫です……我慢しますから、一気に来て下さい」
「あぁ……いや、しかし痛いのは」
「大丈夫でずっ!」
また鼻水が垂れてきて、アリアは勢いよくソッポを向く。
鼻をかめない、もどかしさもさることながら、泣き顔を該に見られているのも嫌だった。
不意に生暖かいものが頬を舐め、ビックリして視線を戻すと、極至近距離に該の顔がある。
「なっ!が、該さん、何を……ッ」
該は黙って微笑んで、アリアと彼との唇が今にも重なろうかという、その時。
勢いよくバァァン!と扉が開けられたかと思うと、悪鬼羅刹の表情で飛び込んできた女が身構える暇も与えず、該の頬をこれでもかという程に張り倒した。
「ふぇっ!?」
度重なる衝撃の展開に、アリアは目をまんまるくしてポカーンとするばかり。
そうしている間にも、頬を強か殴られて些か混乱する該の襟首を、美羽がユサユサ揺さぶっている。
「アナタという人はッ!どうして、どうしてワタクシの愛を、二度も三度も踏みにじろうとなさいますのぉッ!?」
「み、美羽……ど、どうして、ここに?アモスと一緒ではなかったのか」
「そうですわ!アナタが人質に取られたから、仕方なく……なのにアナタと来たら、ワタクシの気持ちも知らないで!!」
ぐいっと手元に引っ張り寄せられ、またのビンタを覚悟する該。
だが、今度は殴られたりはしなかった。力強く抱きつかれ、美羽の髪が該の頬をくすぐる。
「美羽……」
どうやって彼女が此処へ飛び込んできたのかは判らない。
しかし泣いている原因が自分にあるのだけは、該にも、はっきり判った。
なので優しく髪の毛を撫でてやると、ますます強く抱きつかれる。
「該……もう、ワタクシを弄ばないで下さいませ」
遠くからバタバタ聞こえてきた足音が、一斉に飛び込んでくる。
「み、見つけたぞ、ここだ!」
慌ただしく入ってきたのは、黄色い服に身を包んだ男達。ジ・アスタロトの下っ端連中だ。
どいつもこいつも殴られた跡が顔にくっきり刻まれている。
大方、美羽を押さえつけようとして返り討ちにあったのか。
『何をやっているのかね、諸君らは!!』
頭上から降り注ぐ声は、L子爵のものだ。
この部屋ではなく、別の部屋からモニターしているのだろう。
「も、申し訳ありません!」
黄色軍団の一人が顔をあげ、天井へ向けて謝った。
「T伯爵が教えたのです!巳の印に、この実験の事をッ。我々は、お止めしたのですが」
「その通りですわぁ」
該から身を離し、美羽が黄色軍団を睨み付ける。
「牛男との行為を終えた直後でしたかしらぁ。偉そうな小男が突然入ってきたのですわぁ。ワタクシの該と、そこの小娘が抱き合う予定だなどと、ご親切にも教えて下さったのでしてよ」
そこの小娘、と睨まれて、台の上でアリアは萎縮する。
前にも似たような事があった。その時も、殴られたのは該であった。
「それを聞いた途端に巳の印が扉を蹴破りまして、我々は取り押さえようとしたのですが、このザマです!」
このザマ、と青痣や擦り傷を見せてアピールする部下を、低い声が怒鳴りつける。
『それよりも牛の印はどうした、見張りはつけているのか!?』
下っ端の一人が即答した。
「はい、勿論!ジェイファが見張っております!」
『騎士をつけたのか……ならば、安心だな』
男の呟きには、どこかホッとした響きがあった。そこへ割り込んできたのはL子爵。
『お前達のせいで、こちらの実験は台無しだ!後で覚悟しておけッ、全員減給だ!!』
「そ、そんなぁ〜っ」
部下の嘆きにも耳を貸さず、ブツッという耳障りな音と共に子爵の声は途切れた。
「美羽……」
後ろから抱きついてきた該へ腕を回し、美羽も後ろ手に該を抱きしめる。
「全くアナタという人は、ワタクシがいないと全然頼りになりませんわねぇ」
「すまなかった、美羽。だが俺は」
何か言い訳を述べようとする該を美羽が優しく慰めるよりも早く、無粋な質問が二人の会話を遮った。
「扉を蹴破ったんですか?でも、どうやって?美羽さんも、私達と同じように変身できない状態じゃないんですか?」
再び悪鬼の表情でアリアを睨みつけると、美羽は吐き捨てた。
「大戦の最中、ワタクシ達が似たような状況に陥らなかったとでもお思いですの?語り部の小娘」
「え……?じゃあ」
「ワタクシ達は生身でも戦えるよう、多少の武術を学んでおりましてよ。司やミスティルは勿論のこと、そこの該だって勁を扱うことができますわぁ」
言われてアリアは首を傾げる。
「ケイ、ですか……?」
確か、何かの本に載っていた気がする。
最大に高めたポテンシャルを一気に解放することで、一瞬ではあるが強力な攻撃を放てる……と。
「気、或いは発勁とも呼ばれる」
該が補足する。
「打撃技の一つだ。一定の動作、一定の呼吸で高めた気を、一気に放出する」
なら美羽や該は、いつでも此処を脱出することが出来たんじゃないか。
アリアが尋ねると、二人とも即座に頷いた。
「だが、ただ脱出するだけでは意味がない」と、該。
「せめて敵の数だけでも調べておかなければ、逃げてもまた同じ事を繰り返すだけですわぁ」
美羽も頷いて該から身を離すと、視線を扉へ向けた。
足音が近づいてくる。先ほどとは比べものにならないほどの数だ。
「該、こうなったのも全てはアナタの責任ですわぁ」
騒ぎを起こしたのは自分のくせして、美羽は該に罪をなすりつける。
濡れ衣を着せられたというのに、しかし該は嬉しそうに彼女へ頷いてみせた。
「アリア、少し痛いかもしれないが我慢しろ」
「え、えっ……きゃっ!」
我慢する暇もなく、上から叩きつけられる痛みが彼女の両腕を襲う。
続いて両足にもバシッときて、我に返った下っ端が慌てて止めに入るも一歩遅く。
「こ、こら、何をするつもりだ!」
横合いから美羽に蹴り飛ばされ、止めに入った連中の何人かが壁際まで吹っ飛んだ。
「アリア、起きろ。人質ごっこは終わりだ、次は陽動に入る」
「え、え?あれ?」
すんなり身を起こされて、アリアは自分の両手を食い入るように見つめた。
ない、自分の体を拘束していた革ベルトが、どこにもなくなっている。
足を縛っていたベルトも然り。該が勁とやらのちからで、外してくれたんだろうか?
「いくぞ」
未だ状況把握のできないアリアに、ふわっと上着がかけられる。該の上着だ。
顔を上げると、優しい笑みと目があった。
「……大丈夫だ。俺と美羽で、お前を守る」
「ワタクシには、小娘を守る義務などありませんわぁ!」
叫び返す美羽は、生身で下っ端連中を叩き伏せている。
確かに彼女の言うとおり、伝説のMS達は変身できなくても戦う術を身につけているようだ。
「さぁ、いくぞ」と急かしてくる該へ、アリアは尋ねた。
「ど、どこへ?」
「陽動と言っただろう。できるだけ騒ぎが大きくなるよう、あちこちを破壊してまわる」
扉が蝶番ごと吹っ飛び、廊下の壁に叩きつけられる。
美羽と該に背中を押されるようにして、アリアも廊下へ飛び出した。