脱出する前に、ジ・アスタロトの内部構成を調べておく――
襲い来る黄色い服の軍団を殴り倒しながら、該と美羽、そしてアリアの三人は迷宮の奥深くへと潜ってゆく。
何度も同じ内容の放送が、基地内を連呼する。
『巳の印、亥の印、未の印が逃走を開始した!戦闘員は、直ちに現場へ急行せよ!!』
通路という通路を駆けずり回るのは、黄色い服の人員達。
男もいれば、女もいる。皆、手に銃を握りしめていた。
「畜生、奴ら人質の命が惜しくねぇのか!」
誰かが叫べば、それに応える声が叫び返す。
「俺達が人質を殺さないと、高をくくっていやがるんだ!」
いずれは、判ってしまうことだった。
実験台として捕縛したのだとすれば、人質に取ったって殺せるわけがないと。
バタバタと幾つもの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、通路の死角を抜け出す影がある。
やはり皆と同様に黄色い服を着ていたが、皆が向かった方向とは、まるで真逆を走り出す。
――今、この敷地内にいる十二真獣は、抜けだした三人の他に牛の印と龍の印。
そして、戌の印も捕まっている。
「……それにしても」と、彼は周囲へ油断なく視線を巡らせる。
監視カメラの類が見あたらない。
いくら地下に広がる迷宮とはいえ、セキュリティが甘すぎないか?
よほど信頼の置ける番犬を飼っているのか、或いは奥へ侵入されないという自信でもあるのか。
いずれにせよ、変装している今の彼にとって警備が薄いのは、これ幸いであった。
「戌の印は、地下にいるんだったな」
ポツリと呟き、通路の先にあるエレベーターへと滑り込む。
戌の印の居場所は確認済みだった。
誰かが話していたのだ、地下にある牢屋に閉じこめているのだと。
どんなに広大な敷地だとしても、上下を繋ぐ装置は必ず似たような場所に設置されている。
これは何度も敵地の潜入捜査を繰り返すうちに、ルックスが覚えた知識の一つであった。
基地内が騒がしくなってきたのは、囚われの友喜にも聞こえていた。
ただし彼女は両手両足を雁字搦めに縛られており、全く体の自由が利かない状態にあったのだが。
「誰かが逃げ出したんじゃないの?あたしなんか弄ってる場合じゃないんじゃない」
憎まれ口を叩く少女を一瞥し、白衣の女が肩をすくめる。
「私が命じられているのは、あなたの細胞を摂取する事だけ。逃げた蛇や猪の相手は皆がしてくれるわ」
ガラス一枚隔てた先で、ビーカーやら試験管を弄っている。
今、この実験室にいるのは縛られた友喜と女の二人だけだ。
他は逃げ出した十二真獣の捕獲に出ていった。
皆、手に銃器を携えていったが、あの二人が、そう簡単に撃たれるとは友喜も思っていない。
唯一心配なのはアリアだが、該も一緒にいるのだ。彼が何とかしてくれるはずだ。
「ふーん。随分と余裕なのは、いざとなったら、あたしや司を人質にする予定だから?」
ジト目で睨み付けてくる友喜を無視し、研究員は装置のスイッチを入れた。
ゆっくりと、鋼鉄の爪が友喜の頭上へ降りてくる。
身震いした彼女を見つめ、女が薄く笑った。
「怖いの?大丈夫よ。あなたも彼らも大切な実験台ですもの。殺したりなんて、しないわ。皮膚の一部を貰うだけよ、大人しくしていれば痛くないから安心なさい」
鋼鉄の爪が友喜の腕を掴み、続いてギリギリと締め上げる。
思わず「痛っ!」と悲鳴をあげた友喜は、涙のにじむ瞳で女を睨みつけた。
「痛い、嘘つき!すっごく痛いじゃない、これ!放してよ、最低ッ」
女は意に介さず、騒ぐ友喜を楽しそうに眺めている。
「あらあら。十二真獣の生まれ変わりって割には、苦痛に弱いのね。まぁ、もう少し我慢なさいな。戌の印や亥の印は我慢できたわよ?これくらい」
話している間にも、血が止まるんじゃないかってぐらい爪が腕を締め上げてくる。
「でっ、伝説の連中と一緒にしないでよォ!こんなか弱い少女相手にゴーモンだなんて、ジョーダンじゃないわっ!!」
暴れようにも体の自由が利かないのでは、ままならず。
ジ・アスタロトの下っ端研究員には、鼻で嘲笑われる結果に終わった。
「あなたが、か弱い少女ですって?面白い冗談ね。あなたが倒したエンディーナは、三回目の改造だったのよ。それを易々と倒してくれちゃって」
十二真獣とジ・アスタロトが戦う中、世界は沈黙していたのかというと、そうでもなく。
西大陸の首都が襲撃された件、そして蓬莱都市で起きた異変についても西と東、双方に情報が行き渡りつつあった。
特に横暴極まるパーフェクト・ピースの強制平和主義には、反発の声も、あちこちで上がり始め、フリーのMS傭兵がレジスタントと称して各地に集結しつつあった。
この情報操作に一役買ったのがキャラバンや放浪の民、そしてサーカス団である。
葵野に頼まれ、トァロウ達は行く先々で噂を振りまいた。
最初は半信半疑だったとしても、何度も同じ噂を聞くうちに、段々それが本当ではないかと思い始める。
噂とは、そうしたものだ。
各地を放浪する連中が噂するとあっては話に信憑性もオマケして、やがて人々の心には一つの疑念が鎌首をもたげてくる。
世界を乱す似非平和主義を野放しにしていては、自分達の首も締められるのではないかという杞憂だ。
蓬莱都市をめざし、各地のレジスタンスが移動を始めている。
そうした噂は、やはり旅芸人達の口を通じて都市住民の耳にも届いてくる。
住民の家に匿われていたウィンキーやタンタンも、レジスタンスの存在をディアラ経由で知ったのだった。
「せやけどパーフェクト・ピース相手に、どうやって戦うつもりなんや?レジなんとかの連中は」
ウィンキーが首を捻る横では、タンタンが不安そうに呟く。
「まさか暴力で無理矢理ねじ伏せるつもりじゃないでしょーね」
それでは相手に口実を与えるだけだ。
奴らの平和主義は、MSの永久追放である。
武力で制すれば、奴らに味方する住民が黙っちゃいまい。
「前は、そうだったかもしれないけど」と、口を挟んできたのはエスト。
ディアラ嬢の父が経営している衣料店に勤める、少年店員である。
「今は違う」
エスト曰く、今のパーフェクト・ピースは暴力も辞さない集団に成り下がったらしい。
MSの追放に耳を貸さない住民には、ひどい仕打ちをするのだとか。
彼らが急に変貌してしまったのは、彼らの所有する研究所が何者かの襲撃を受けて以来だという。
襲撃の当人であるタンタンとウィンキーは、ひとまず真実を隠し通すことに決め、これからの出方を考える。
主力であった伝説の四人は消息不明、葵野達との連絡も取れない。
そればかりか、レヴォノースが壊滅したという噂も聞き及んでいる。
白き翼の元に集まったMS軍団は事実上、壊滅したも同然だ。
それでもジ・アスタロトやパーフェクト・ピースを野放しにしておくわけには、いかない。
唯一反撃の望みがあるとすれば、各地から集結しつつあるレジスタンスとやらだが……
烏合の衆ではジ・アスタロトに勝つことが出来ない。
レヴォノースの惨敗で、ウィンキーもタンタンも痛いほど思い知った。
レジスタンスを一つにまとめ、率いていけるリーダーの存在が必要だ。
白き翼が何処にいるか判らない以上、その役目は葵野か坂井、あの二人のどちらかが適任だとウィンキーは考えた。
しかしタンタンの考えは、ウィンキーとは微妙に異なる結果のようで。
「坂井をリーダーにする、ですってェ?ウィンキー、あんた正気なの?坂井みたいな戦闘キチガイがリーダーになったら、向こうの連中とやってる事が同じになっちゃうわよ!」
キンキン声で、どやされた。
無理もない。彼女は間近で坂井の戦い方を何度も見ている。
逆らう者には容赦せず、逃げ出す者にもトドメを刺す。
残虐非道な戦いっぷりには、さぞドン引きしたことだろう。
「ほな、小龍様なら、どやねん?」
勢いに気圧されながらウィンキーが提案すれば、傍らのディアラが賛同する。
「そうよ!小龍様なら、必ず私達を導いて下さるわ。だって東は彼の故郷ですものね」
タンタンは幼顔に似合わぬ皺を眉間に刻んで、二人を睨みつけた。
「その小龍様をリーダーに立てたおかげで、あたし達は一度全滅したんだけど?判ってるゥ?」
葵野がリーダーといっても、実際に命令を出していたのは白き翼だ。
そいつをウィンキーが指摘すると、タンタンは眉間の皺を更に濃くして詰め寄ってきた。
「過去の英雄にリーダーシップを取られているよーじゃ、小龍様にリーダーは向かないって事じゃない」
タンタンの意見は、ごもっともだ。
「じゃあ、君は誰がリーダーに相応しいと思っているんだ?」
エストに尋ねられた彼女は、えっへんとナイ胸を張って答え返した。
「ここにいない連中を頼っても、しょうがないでしょ?あたしがやるわ、レジスタンスのリーダーを!」
一拍の間を置いて。
キョトンとした表情のウィンキーとディアラは互いに互いの顔を見合わせてから、「っえ〜〜〜っ!?」と思いっきり、驚愕したのであった。
東の端で似非平和主義が横暴を繰り広げる一方、東の中央では明るい話題に花が咲く。
長らく消息不明となっていた西の女王サリアが、中央国へ招かれたというニュースだ。
どこを通ってきたものか、彼らは酷くボロボロだった。
しかし女王の威厳は損なわれる事なく野獣の上に君臨していた。
彼らは見慣れぬ野獣に跨って、中央国へ現われたのであった。
サリア女王の付き人曰く、彼らの足となった生き物は、東の荒野に住まう原生生物を調教したものである。
多くの従者を従えての来国とあっては美沙女帝も無下に扱うことはできず、サリア女王とレヴォノースの残党は中央国の宮殿へ招き入れられた。
そこでパーフェクト・ピースの変貌と、森に潜伏していたMS軍団が襲われたニュースを初めて耳にする。
「では、ツカサ……いえ、白き翼の行方も不明なのでしょうか」
サリアの問いに葵野美沙は重々しく頷き、付け足した。
「白き翼ばかりではない。我が孫、力也の消息も不明じゃ」
「レヴォノースは壊滅、というわけか」
ポツリと後方のリオが呟き、サリアへ指示を仰ぐ。
「女王、今の話を聞く限り、我々が次に向かわねばならないのは蓬莱都市ではないだろうか?」
サリアも頷き、女帝へ許可を求めた。
「まずは、責任者に話を聞いて参ります」
「女王自ら出向かずとも、使いの者をやれば済むのではないかぇ?」
もっともらしい女帝の意見には首を真横に振り、サリアは断言する。
「いいえ。わたくし自らがクレイドル氏と対談しなければ、彼らの暴挙を抑えることは、ままなりません」
「再び会見の場を設けよと、そう申すのか」
「はい」
まっすぐ女帝を見据えたサリアが頷く。
「お願いできますでしょうか?」
「お主の唱える平和主義と、クレイドルの目指した平和主義。どちらが本当に先を見据えたものであったかが判る……というわけじゃな」
美沙もサリアを見据え、しばらく考え込んだ後。
「まぁ、よいわ。後日伝達の者が、そなたの元へ参る。それまでは、この宮廷で休まれると宜しかろう」
ぼそりと答えると、踵を返す。
「ありがとうございます」
背中にサリアの礼を聞きながら。
『巳の印、亥の印、未の印が脱走した!繰り返す、至急手の空いている者は奴らの捕獲に急行せよ!』
がなり立てる施設内放送を「うるさいわねぇ」と一蹴し、ジェイファは己の真下に寝転がる男を潤んだ眼差しで、うっとりと見つめた。
「いいわ、あなた……すごく、イイ」
彼女は裸になっていた。
裸になり、アモスの上に跨っている。
汗に濡れたアモスの筋肉へ舌を這わせ、ジェイファが譫言のように呟く。
「十二真獣でなかったら、私専用の奴隷にしているところよ」
アモスも裸であった。
ジェイファが体を揺するたびに、彼の口からも熱い吐息が漏れている。
「あの女の体は、どうだったの?私のよりも気持ちが良かったのかしら」
彼女の秘部が、しっかりとアモスの男根を咥えて放さない。
美羽と事を終えて放心している間に、無理矢理押さえ込まれたのだ。抵抗する暇もなかった。
たかが小娘と油断していたせいもある。
こんな小娘に逆レイプされるとは、思ってもみなかった。
さっきまで一緒だった美羽は、今は放送が示すとおり、迷宮内を走り回っている。
Tと名乗る自称伯爵に教えられたのだ。
該もアリアを相手に同じ実験へ参加させられた、と。
それを聞いた途端、彼女は手下どもを突き飛ばして廊下へ飛び出していった。
放心のアモスを、しっかり置き去りにして。
だがアモスが放心していたのは、なにも情事が激しかったからではない。
美羽の体――彼女の秘密を知ってしまったショックから来る精神的なものが大きかった。
彼女は女でありながら、同時に男でもあった。
男と女、両方の特徴を併せ持つ生き物。それが御堂美羽の正体だ。
あんな生き物を何故、過去のMS研究者達は生み出そうと考えたのか。
これは最早、命への冒涜とも言える。
「あの女のお相手で、あなたは上だったのかしら。それとも、下だったのかしら……?」
耳をくすぐるジェイファの囁きに、美羽の股間に生えたモノを脳裏に浮かべたアモスは身震いする。
下だと?冗談じゃない。
あんなもので貫かれたら、痔になってしまいそうだ。
同時に今の状況を考えても、泣きたくなるほどに無様だと彼は考えた。
少女を突き飛ばして逃げ出したい。
だが彼女が少し動いただけでもアモスの体は敏感に反応し、抵抗力を失ってしまう。
どちらも強制的のはずなのに、美羽とやった時よりも断然具合が良い。
事が終わって萎えていたはずの物は勢いを取り戻し、今やジェイファの中で快楽に脈打った。
「うっ……く、は、ぁ……ッ」
我慢できずに声を漏らすアモスへ寄り添い、ジェイファも次第に早く腰を揺り動かす。
「イイ、すごく、イイわ。あぁっ、アモス……私が今までに抱いた、どの男よりもステキだわ……!」
二人の裸体が絡み合い、アモスの両目が虚ろに空を見つめる。
絶頂が近いのだと知り、ジェイファの動きも一層、激しさを増す。
そして今、二人揃って達しようかという時に、無粋にも扉を開いて顔を覗かせた者がいた。
「探したぞ、ジェイファ。出動命令だ、巳の印と亥の印を取り押さえに行くぞ」
情事の真っ最中だというのに、顔色も変えずに入ってきた。
紫色の長髪に切れ長の瞳。
アモスには初めて見る顔だが、黄色い服を着ている以上、彼もジェイファの仲間であろう。
男を睨み付け、ジェイファが、ぶぅたれる。
「何よ、ダミアン。今、とても良いところだったのに」
「十二真獣へ手を出すなと言われていたはずだ。遊んでいないで、さっさとついてこい」と、ダミアンはつれない。
「はいはい」
ベッドから飛び降りて、身軽な動作で黄色い服を羽織りながら、ジェイファが尋ねた。
「いいの?彼は放っておいて」
アモスを指さすジェイファへ、ダミアンは無表情に答える。
「拘束しておけば充分だ。おい」
命じるよりも早く黄色の集団がバラバラと入ってきて、一人が装置を動かすと、ベッドから革ベルトが瞬時に飛び出してきて、彼らの手によりアモスはベッドに拘束された。
「そうね、MSになれないんじゃベルトを引きちぎることも出来ない、か……」
着替え終えたジェイファと共に颯爽と出ていこうとするダミアンを、アモスが呼び止めた。
「ま、待て……!」
「なんだ?」
振り返りもせずにダミアンが応える。
「巳の印は、どこまで逃げていったんだ?仲間を呼びに来るという事は、ある程度の場所が判ったという事ではないのか……?」
「それを貴様が聞いて、どうするつもりだ」
素っ気なく吐き捨てると、残る部下へダミアンは命じた。
「牛の印を見張っておけ。逃すと今度こそL子爵の堪忍袋の緒が切れる。貴様等全員の首が刎ねられるのを覚悟しておくんだな」
「は……はッ!」
下っ端全員の敬礼を背にジェイファ、そしてダミアンは、さっさと部屋を出て行った。
なんともはや、情けない。
不意に亡き王の顔が脳裏をよぎり、拘束された格好のアモスは溜息をつく。
王の護衛に生涯を捧げるはずが十二真獣の引き起こした戦争に振り回され、挙げ句の果てに守るはずの王は殺され、自分は囚われのお姫様となってしまった。
嗚呼、敬愛なるキュノデアイス王よ。私は、これから、どうすれば良いのですか?
MS変化しようにも変化を抑える薬とやらを打たれてしまい、変化することも、ままならぬ。
ふと、脳裏の王が微笑んだような気がした。
――出来ないからといって、すぐに諦めるんじゃない。己を信じ、君が持つ本来の力を取り戻せ――
そんな言葉を耳にしたような気も、した……