DOUBLE DRAGON LEGEND

第六十八話 人質


少女の手を引き、少年が走る。
「いたい、痛いって言ってるじゃないのよォ!」
喚きながら後ろを走っているのは、キャミサだ。
となれば、彼女の前を走っている少年はシェイミーで間違いない。
二人は首都を抜けて森に入り、まっすぐ、とある場所を目指していた。
目指すのは、キャミサに白状させたジ・アスタロトの本拠地である。
無論、一人で突っ込むつもりはない。今日のところは場所確認、それだけだ。
首都中に振りまかれた殺気も気になるが、ゼノや葵野が何とかしてくれると信じよう。
戦えないシェイミーは、あの場において一番無力だ。それは本人も、よく判っている。
だからこそ、こうして敵の本拠地探しを引き受けたというわけだ。
キャミサの話を信じるならば、奴らの本拠地は森の都カルラタータ、その北方にある古い遺跡であるらしい。
遺跡の地下を迷路のように掘り下げ、モグラか蟻のように暮らしているそうだ。
森の都といえば、古くからMSを兵器に仕立て上げようとする組織が存在する地域だ。
くわえて資源も豊富となれば、彼らがカルラタータ周辺を根城にするのは当然といえた。
情報を話す際、キャミサが散々くちにした人物についても、シェイミーは考えてみる。
K司教。ジ・アスタロトを率いる総リーダーであり、キャミサのマスターでもある。
十二真獣を捕らえる為だけに、あれだけの戦力を投下してくるような組織だ。
指揮するK司教も、並大抵の人間ではあるまい。
恐らくはMS研究の権威、或いは名のある学者か研究者と考えるべきだ。
そうした人物で頭文字がKの人物といえば、シェイミーには一人しか思いつかなかった。
クリム・キリンガー……
一応、表向きにはエジカと並ぶ、MS研究の権威とされている男だ。
放浪の民時代、ニュースペーパーで彼の名前を見る機会は多かったが、写真を拝見した事は一度もない。
彼は、いつしかパーフェクト・ピースの教祖として祭り上げられるようになった。
しかし滅多に表へ顔を出す事はなく、実質上はクレイドルが実権を握っているといっても過言ではない。
キャミサの証言、そしてパーフェクト・ピースの現状を考えれば、K司教は蓬莱都市にいない。
彼は遺跡の中、ジ・アスタロトの本陣にいる。
何故かは判らないが十二真獣を執拗に狙い、首都を死の街へ変えてしまった。
樹海を抜けると、やがて遠目に街が見えてくる。
シェイミーは一旦立ち止まり、キャミサの腕を取る手を緩めた。
途端に勢いよく振りほどかれ、彼女には涙目で睨まれる。
「あーッ、痛かった!ったく、か弱い乙女の柔肌に、なんてことしてくれるのよッ」
鬼神に手傷を負わせた女をか弱いと言っていいものかどうか、シェイミーは苦笑で応えて正面を見据える。
あの街の向こうにある、無数の遺跡のどれかに奴らがいる。
そこには囚われの十二真獣も、必ずいるはずだ。
ここで引き返してもいいが、どうせなら、どの遺跡かまでを確認したほうがいいだろう。
「もう少しだけ、つきあってもらうよ。いいね?」
キャミサに尋ねると「嫌って言っても連れていく気でしょ」と、可愛くない答えが返ってきた。
「あたしなんて、ホンットーに人質にも何にも、なりゃしないんだから……」
なおもブツブツ呟く彼女の腕を再び取り、シェイミーは歩き出した。

胸元から腹にかけて、生暖かいものが流れてゆく。
急速に目からは光が失われ、巨大ネズミが頭から倒れ込む。
「やった!やったわ、Dドールを倒し――」
しかしSドールの歓喜も長く続かず、はしゃぐ顔に炎を吹きかけられ、声は途中で悲鳴に変わった。
「よくもッ!よくもレクシィを!!」
吹きかけたのは頭上を飛ぶドラゴン、我に返った友喜だ。
あまりに咄嗟の事で、彼女でもD・レクシィを助けるには間に合わなかった。
殺気には気づいていた。
しかし、まさか敵が敵の内部に潜んでいたとは思わなかったのだ。
Sドールの胴体から飛び出した長い舌は確実にD・レクシィの胸を刺し貫き、巨体が地に伏せると同時に心臓を抜き取る。
Sドールの胴体を突き破るようにして、別の少女の頭が生えている。
長い舌は、そいつが持ち主だ。
水色の髪を生やした少女の舌の先には、血にまみれた心臓が突き刺さっている。
レクシィの体から抜き取ったものだ。
心臓を抜き取られては、いくら創造MSが自然生物と異なる生命体だといっても再生するのは無理だろう。
短いつきあいだったが、彼女には多少なりとも友情を感じ始めていた友喜である。
従って怒り倍増、憎しみを込めて合体ドールへ襲いかかる。
頭に血が上れば攻撃力は増すだろうが、その分、冷静な判断を失ってしまう。
だから前方の敵とは異なる殺気に対し友喜の反応が遅れたとしても、なんらおかしな話ではなかった。
全くの真反対側、友喜にとって死角となる位置で放たれた白い光線。
発射された時の音すら聞こえなかった光線は寸分たがわずドラゴンの体を貫通し、墜落させる。
「つっ……!?」
ヒューゥと誰かが口笛を鳴らす。
「やるじゃない、シーク」
鳴らしたのはAドールで、彼女の視線を辿ってみれば、そこにいたのは光を纏った人物だ。
シークと呼ばれた人物の顔を見て、友喜は痛みと驚愕に顔を歪める。
白く輝く衣を身につけた女性が立っている。
髪の長い、美しい女性だ。だが問題は、そこではなく。
女性の顔には見覚えがあった。正しくは有希の記憶にある顔で、確か名前をエルシーク――!
「龍の印を捕獲。ただちに帰還します」
薄れゆく意識の中、友喜はシークの声を聞いたような気がした……


ここへ拉致されてきて何日、いや何週間が過ぎたのだろうか?
該の元には何度となく白衣の人物が出入りを繰り返し、幾度となく実験台にされた。
人づてに聞いた噂だと、司や美羽も捕まったらしい。
しかしジ・アスタロトの本拠地、地下深くにある牢獄へ入れられて以降、該は一度も仲間の姿を見ていない。
そればかりか彼を捕らえた張本人、緑色の生物に変化する黒眼鏡の男にも会っていなかった。
捕まっているというが一体、彼らは何処に放り込まれているのか。
そして、この組織の総勢人数は如何ほどなのか?
自力で逃げ出す前に、それだけはどうしても確認しておかねばなるまい。
差し入れられたマズイ飯を食べていると、牢獄の扉が開いて研究員が数人、入ってきた。
「立て。L子爵がお呼びだ」
L子爵は、これまでも散々、該に妙な実験を繰り返してきた男である。
まず最初に脳波を取られ、体に電気を流したり、細い棒で性感帯をいじられたりした。
あんな実験で何が判るというのか。今日も、また実験がしたくなったので呼びに来たのか。
該に拒否権はなく、白衣の軍団に囲まれるようにして牢屋を出ると、別の部屋へと連行される。
実験室へ入ってすぐ、三人の人物に迎えられた。
一人はL子爵だが、あとの二人は初めて見る顔だ。
「暴れもせずに、よく来たな。亥の印」
「暴れたところで多勢に無勢。無理矢理押さえ込まれるのであれば、暴れるだけ体力の無駄だ」
L子爵は該の憎まれ口を無視し、壁に掛かったモニターを顎で示す。
「今日は新しい実験を試みようと思う。それについて、君の許可をもらおうと思ってね」
「許可だと……?」
白々しいお願いに、該の眉が僅かに釣り上がる。
「どうせ俺が拒否したとしても、無理矢理やらせるつもりではないのか」
何気なくモニターを一瞥し、該は内心あっとなる。
映っているのはアモスと美羽ではないか!
該の驚愕を知ってか知らずか、L子爵はマイペースに話を続けた。
「一応、君にも拒否権を与えてやろうと言っているのだ。人の言う事は素直に聞きたまえ」
不意に、モニターに映った景色が拡大される。
「見ての通り牛の印、そして巳の印も我等が手の内にある」
子爵が話す間にも美羽は上着を脱ぎ、アモスの目の前でスカートに手を入れる。
するすると脱いだのは黒いパンティ。
そいつをアモスの前に差し出すもんだから、該にしてみたら気が気ではない。
「美羽に何をやらせようとしている?」
ついつい語気の荒む該をマァマァと手で制し、子爵は言った。
「生殖反応を確かめるのだ」
「生殖ッ!?」
「そう、生殖だ」
真顔で頷き、子爵が続ける。
「ふたなりに作られた創造MSにも生殖機能があるのかどうか……興味深いと思わないかね?」
「思うものかッ!」
該は憤然とL子爵に掴みかかろうとするが、寸前で周囲の研究員に取り押さえられる。
「美羽の相手は俺にしか出来ない。アモスとやらせるつもりだとしたら、やらせるだけ無駄だッ」
取り押さえられても、まだ血気盛んな該の上へ、L子爵の無情な一言が降り注いだ。
「果たして、そうかな?君の命を秤にかけたら、アモスとだって寝てやりますわぁと言っておったぞ。彼女は」
なんて汚い奴らだ。該を人質にして、美羽に好まぬ相手とのセックスを強要するとは。
だがL子爵の話はまだ終わっておらず、今度はモニターが別の場面を映し出す。
ベッドの上に寝かされている、おさげの少女。
アリアだ。彼女も捕まっていたのか。
彼女は一糸まとわぬ姿でベッドに固定されており、両足は大きく開かされていた。
まるで出産直前の妊婦みたいだ。
妊婦と違うのは、お腹が出ていない処と、彼女の股間に突き立てられた太い棒の存在。
棒は絶えず細かく振動しており、振動から来る痛みか快感かをアリアは唇を噛みしめ堪えている。
こんなものは、もはや実験とは呼べない。拷問、或いは虐待だ。
「君には、この少女と寝てもらいたい。寝ると言っても添い寝ではないぞ、性交するという意味だ」
言われた事が、すぐには信じられず「何だと!?」と該は叫んだ。
この男、正気か?体は成熟しているように見えても、アリアは二十歳にも満たない小娘だ。
十二真獣を調べる組織に所属している者ならば、それぐらいは知っていよう。
「君も知っての通り、彼女は転生真獣だ。君達とは異なり、母体から産まれている」
「それが、どうした?」
「母体を通って産まれてきたのであれば、生殖機能もあると考えるのが普通だ。しかし、彼女はMSだ。MSで、語り部の末裔で、しかも十二真獣でもある。果たして彼女には、本当に生殖機能がついているのだろうか?」
やたら盛り上がるL子爵の熱弁を、淡々と該は遮った。
「ついているはずだ。性転換でもしない限り」
ついていると言っても、あくまでも身体能力的な話であり、彼女に生殖行為は早すぎる。
体の準備が整っていたとしても、心の準備が出来ていない。
それに該は、美羽以外の女と寝るのも御免だった。
しかし、奴らは美羽の命を秤にかけてくるだろう。美羽が該の命を盾に取られたように。
果たして該の予想通り、L子爵が条件を持ち出してきた。
「別に、断っても構わないんだがね。ただ、その場合、アリアは我々の手によって美しい標本に生まれ変わるだろう」
人身御供は美羽ではなく、アリアであった。
それもそうだ、奴らは美羽をアモスとくっつけて子供を産ませようとしているのだ。
脅しの為とはいえ、殺してしまっては何にもならないではないか。
アリアと該は同じMS、同じ十二真獣というだけで、何の縁もない間柄だ。
だがアリアが殺されたところで痛くもかゆくもない――と言えるほど、該も冷血な男ではない。
断れば、彼らは何の躊躇いもなくアリアを殺すだろう。
脳味噌は抜き取り実験へ回し、体を剥製にするのだって良心の呵責を感じる事など一切なしに。
「……判った」
該は渋々頷く他なく、今度はアリアの囚われている部屋へと連行されていった。


――再び、首都では。
追っ手が来ないことを不審がりながらもゼノは裏道を駆け抜け、目指す場所へと到着した。
今にも崩れ落ちそうな階段を一気に駆け上がり、扉を勢いよく開け放つ。
勢いが良すぎて建物全体が崩れ落ちるんじゃないかと、葵野なんかは心配したぐらいだ。
「リッシュ!リッシュは、いるか?」
ゼノの問いに、間髪入れずに部屋の主が返事した。
「いるよ。その声は、確か……美羽の友達?」
奥の扉が開き、リッシュが顔を出す。
薄い手袋を両手に嵌めて何を弄り回していたのか、両手もエプロンも血で汚れている。
微かに香るのは薬品臭だ。奥で、誰かの手術でもしていたんだろうか。
ひとまずベッドを借りて坂井を横たわらせた後、改めてゼノは頭を下げた。
「坂井の治療を頼む」
「坂井?あぁ……虎の印か、また怪我をしたの。おやまぁ、すごい傷だこと」
リッシュが覗き込んでも反応しないほど、坂井は衰弱しきっている。
胴体に巻き付けられた包帯は、腹と背中の両方に血が滲んでいる。
何かが土手っ腹を貫通したようだが、致命傷でもなく、これなら輸血と縫合だけで充分だ。
「葵野、血液袋を取ってくれる?そう、その棚に入っている」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれて慌てて立ち上がった葵野が、その辺にある木箱で蹴躓くのを横目に見ながら、リッシュはゼノへ、それとなく尋ねた。
「今度は何とやりあったの?あぁ、それと石板は集め終えた?」
「石板は……それどころではなくなった」
力なく首を振り、ゼノが鼻をひくつかせる。彼の様子に気づいたリッシュが受け答えた。
「そんなに匂いが気になる?奥で手術をしたんだ、その時使った薬品が匂っているだけだよ」
「そうなのか」
ゼノは小さく頷き、先ほどの問いに続けて答える。
「サンクリストシュアに潜んでいた敵だ。獅子の姿を持ち、桃色の髪を生やした女だった……坂井は、そいつにやられた」
「桃色の……」
考え込んでしまったリッシュへ血液袋を渡しながら、今度は葵野が話しかける。
「あ、そいつ、トレイダーが作ったMSでSドールだかAドールだかって呼ばれていたんですけど。リッシュさんは何か知りませんか?どうして彼らが首都に潜んでいたのか、とか」
リッシュが答える。
「私が敵なら、全ての都市に部下を張り込ませるだろうね。あなた達を残らず倒す為に」
「奴らは俺達を倒すつもりではない」と、混ぜっ返してきたのはゼノ。
「捕らえる為に襲ってきた」
「で、でも坂井は!」
反論する葵野を宥め「次は針と糸を――」と頼みかけたリッシュは途中で撤回する。
「あぁ、いい。自分で持ってくるから」
彼の視線を辿って、奥の部屋にあるのだなと見当をつけた葵野が立ち上がる。
「いえ、俺が取ってきます!リッシュさんは点滴の用意を」
走り出す葵野の背中へ、リッシュが叫んだ。
「待って、奥には入らないで!」
彼にしては荒々しい語気に、ゼノは首を傾げる。
奥で手術をしていたと言っていたが、別の患者を診ていられる以上、危篤状態というわけでもなかろう。
なのに、葵野が入るのを嫌がる理由は何だ?見られては困る相手の手当でもしているというのか。
俄然興味が沸いてきて、葵野を追いかけるリッシュの後を追ってゼノも奥の部屋を覗き込む。
そして、息を飲んだ。

奥の部屋には巨大なビーカーが、でんと一つ置かれていた。
ビーカーの中でプカプカと浮き沈みしているのは、誰がどう見ても人間の脳としか思えない。
驚くべき点は、そればかりではない。
ビーカーの隣で横たわるもの。
ベッドに寝かされたそれは、頭を切り開かれた若い男の死体であった……!

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