DOUBLE DRAGON LEGEND

第六十七話 勇者の唄


首都で坂井達が戦いを繰り広げている頃――
ジ・アスタロト本部の大広間には、十二の騎士が集結していた。
「えっ!?じゃあ凛々もネストも、やられちまったってのか」
戻ってきたデキシンズを早々に驚かせたのは、思った以上に仲間に被害が出ていた件であった。
一方のデミール達も驚きを隠せずにいた。レイの報告内容に、である。
剣持博士の残した研究施設には、手つかずの記録が残されていた。
十二真獣の面々が、生まれてから施設を出るまでの記録だ。
彼らを使った実験の数々も収録されている。
おまけに、襲ってきた防衛機を全てデキシンズが打ち倒したという。
「デキシンズが活躍したというのは話半分に聞き流すとしても……だ」
レイが持ち帰ってきたディスクを手に取り、ダミアンは興味深そうに覗き込む。
「この資料の材質……R博士の新たな研究材料となりそうですね。素晴らしい」
ディスクは光を反射して、七色に輝いている。
「この資料を見る為の装置だが」
レイもダミアンの手の中を覗き込み、つけたした。
「私が覗いた限りでは、デキシンズの尻尾を焼いた光線と同じ物が内部で発射されていました」
椅子に腰掛け報告を聞いていたU将軍が頷き、皆の顔を見渡す。
「剣持博士著の石板によると、その資料……を残した媒体はレーザーディスクと呼ばれた代物だそうだ」
「レーザーディスク?磁気ディスクとはベツモンですか」
デキシンズが首を傾げる。
「にしては、どこにも焼けこげた跡がないんですね」
ディスクの表面は、つるつるしており、傷一つない。
将軍は苦笑し、デキシンズのお尻へチラリと視線をやった。
「恐らく、お前の尻尾を焼いた光線とは別タイプのレーザーだろう」
「レーザーディスクも、剣持博士が開発した機械だったんですか?」
ジェイファの問いに、彼は首を真横に振る。
「いや。石板の記述によれば、これらを作ったのは移住民とされておる」
部屋にいる、将軍以外の全員がハモった。
「移住民?」
「そうだ」
U将軍がプロジェクターのスイッチを入れると、背後の壁に石板が大きく映し出される。
「いずこからともなく現われた一団は、当時――というのは、剣持博士の存命していた時代だな。その時代には存在しなかった珍しい道具を多々、剣持博士の研究施設へ持ち込んだそうだ」
「何者なんでしょう?」と、ジェイファ。
「判らぬ。だが彼らの協力により、剣持博士は後に自力開発を為しえた」
U将軍は髭を撫でつけ、締めくくった。
「材料は判っているのですか?」と、これはダミアンの問いに、将軍は曖昧な頷きを返す。
「簡単には書いてある。しかし、これ以上は私の管轄外だな。ダミアン。お前の言うように、これの解析はR博士に任せるのが正しい判断だ」
「R博士といえば」
思い出したようにデミールが発する。
「白き翼の研究、多少は進んだのですか?」
少し悩む素振りを見せて、将軍は答えた。
「……彼は、白き翼の解剖を望んでいる」
「解剖!?」と、これまた騎士全員が口を揃えて驚くのを一瞥し、話を続ける。
「勿論、K司教も私も反対だがな。初代十二真獣は貴重なサンプルだ、殺してしまっては取り返しがつかない。しかしR博士は直接、脳味噌を取り出して実験してみたいと言っていた……」
憂鬱なU将軍の話を、デキシンズは最後まで聞いていなかった。
「デキシンズ!会議の途中だぞ、何処へ行く!!」
兄デミールの怒号を背中に受けながら、彼は一目散に走っていった。
向かうは当然、R博士の研究室である。

――所変わってK司教の私室には、本人の他に来客が一人、トレイダー・ジス・アルカイドが呼び出されていた。
「クレイドルは、もはや用済みか……」
呟くK司教に、トレイダーが頷く。
「パーフェクト・ピースは充分に役目を果たしました。陽動、という役目をね」
「では……」
司教が何かを命じるよりも早く、トレイダーは穏やかに遮った。
「既に鴉を向かわせました」
「鴉を、か。サンクリストシュアの洗脳は済んだのか」
えぇ、と頷き、立ち上がると。トレイダーは遠くを見るような視線で呟いた。
「私の予測が当たっていれば……首都で龍の印らが罠にかかるはずです」
彼らがサンプルとして欲する十二真獣は、まだ全てが揃っていない。
残る印は龍、虎、兎、馬。
葵野力也、坂井達吉、シェイミー・ロスカー、ゼノ・ラキサスの四名だ。
「残党狩りか……」
K司教も遠い目をして、天井を見上げる。
「ときに、サリア・クルトクルニアは見つかったのか?」
サンクリストシュアの女王サリアも、行方が判らなくなっている。
旧クリュークの廃屋を襲撃した際、背にサリア女王を乗せて逃亡してゆくMSがいたらしい。
その姿を最後に、こつぜんと女王は姿を消してしまった。
何処かに匿われている。それは判るのだが、どこなのかが判らない。
中央国は無論のこと、東と西、全ての都市を探索させても消息はつかめず、梨の礫であった。
「いいえ、まだ」
トレイダーはかぶりを振り、しかし語気は強める。
「ですが彼女は、きっと生きていると私は信じております」
彼女もジ・アスタロトの目的を果たす上で、外せない人物だ。
女王を逃がしたMSは、馬の姿をしていたという。
「荒野にも探索の手を伸ばしてみよう」
K司教の案に頷くと、トレイダーは戸口へ向かった。
「では、そのように騎士へ指示を出しておきます」
「頼む」
トレイダーの背を見送った後もK司教は椅子にもたれたまま、何事か深く考え込んでいたようであったが、やがて面を上げると、人を呼んだ。
「T伯爵、話は聞いただろう。首都へ赴き、残りの十二真獣を捕縛してくれ」
薄暗がりの中から人影が浮かび上がる。
T伯爵と呼ばれた初老の男性は黙って頷くと、すぐに退室した。
首都にはトレイダーの作品が、複数配置されている。
たとえ虎の印や午の印が抵抗したとしても、変身できない龍の印や戦えない卯の印をつれての戦いだ。
いずれは、倒されよう。そう、どのような手を使ってでも、十二真獣は全て集めなくてはいけない。
次の時代を繁栄させる、新たな人類を造りあげる為にも……


激しい触手の猛攻を、寸でのところで飛びずさってかわす。
坂井とSドールの戦いは、Sドールが優勢にあった。
坂井とて、守りばかりに入っているわけではない。
だが飛び込んで噛みつこうにも、こう相手の範囲が広くては、逃げまわるしかない。
巨大化したSドールの武器は、大きな四肢ばかりではなかった。
髪の毛が蛇のように、絶えず、のたくっている。
そいつが無数の触手となり、坂井へ襲いかかってくる。
それに、敵は一人ではない。
Sドールの後方にて、鋭い殺気を放っている輩がいる。
目の前の敵よりも強力な何かが、息を潜めて隠れているのだ。
そいつの殺気に知らず心を乱されているのか、避けられるはずの攻撃も食らっている。
尻尾を切り裂かれ、血が噴き出した。
「くそッ!」
先ほどやられた後ろ足が、ズキズキと痛んでくる。
ともすれば挫けそうになる自分が情けない。
再び虎は間合いを詰め――攻撃の一歩手前を阻まれて、仕方なく間合いを大きく開ける。
駄目だ。隙が全く見あたらない。
Sドールは以前に戦った時よりも、大幅にパワーアップしていた。
トレイダーに改造されたか、或いはキャミサの言う『作り直し』の結果だろうか。
硬い皮膚は、爪で引っ掻いても血の一滴すら流れやしない。
むしろ、引っ掻いた坂井の爪が剥がれそうになったぐらいだ。
触手に噛みついてもみたが、Sドールは苦痛を浮かべる事もなく悠然と構えている。
動きは鈍いようだが、なんにしろ死角がないのでは大した弱点にもなりゃしない。
Sドールは、三百六十度全てが見えているんじゃないかという反応を示した。
どこから攻撃しても、必ず反撃がくる。もはや人間の動きではない。
ネオや他の改造MS同様、彼女も既に人間を捨て去ってしまった別の生き物であろう。
――何故、ジ・アスタロトに味方するMSがいるのか?
かつての仲間が口にした疑問だが、坂井には、うっすら答えが判るような気がした。
それは、強さだ。人を、そして通常MSをも越えた能力を欲して、奴らに味方する。
『人間』という大きな代償を払ってでも、彼らは強さを手に入れたかったのだ。
雑念のせいか、逃げる足がもつれた。
その隙を逃す相手ではなく、次の瞬間には坂井の腹を触手が一本貫通する。
「ぐァッ……!!」
そのまま持ち上げられ、地面に叩きつけられた坂井が苦痛の呻きを漏らす。
頭上からは、Sドールの勝ち誇った声が降り注いだ。
「アーハッハッハッ!無様なものね、坂井達吉ッ。この分ではトレイダー様に会わせるまでもないわ、ここでトドメを刺してやる!」
前足でガリガリ引っ掻いても、坂井の身体を突き抜けた触手は、びくともしない。
次第に意識が遠のいてゆく。
ここで気絶したが最後、Sドールは躊躇わずにトドメを刺すと判っていても如何ともし難く。
薄れゆく意識の中、誰かの歌声が近づいてくるのを朦朧とした頭で聞いた。
このような場所で歌を聴くとは。幻聴だろうか?
次第に歌声は鮮明な言葉となり、坂井の頭を流れ出す。
「なっ……何?この歌は……っ」
動揺の声に見上げれば、Sドールが落ち着きなく周囲を見渡しているではないか。
幻聴ではない。歌声は坂井の脳裏だけではなく、彼女の耳にも流れているようだ。
不意に二人の頭上を巨大な影がよぎった。
「達吉をォ……放しなさぁいッ!!」
続いて上空より放たれた炎の息は、違わずSドールの全身を包み込む。
「ギャアッ!」
悲鳴をあげたSドールに振り回され、坂井の体は大きく放り投げられた。
再び地面に叩きつけられるかと思いきや、落ちてくる虎を背中でキャッチしたのは黒い馬だ。
「このまま医者の元まで走る。爪を立ててでも掴まっていろ、坂井」
ぼそりと囁いたのは紛れもなくゼノの声。となると、この馬はゼノの変身した姿であろう。
彼のMS姿など初めて見た。
変身できたのかという驚きと共に、安堵が坂井を包み込み、彼の体はズルズルと滑りおちそうになる。
落下する直前で「おっと!」と坂井を引きずりあげたのは、馬の背に跨った葵野だ。
走り去る馬に乗ったまま、頭上へ向けて叫んだ。
「友喜!Sドールの相手を頼むッ。俺達は坂井を治療できる場所へつれていく!!」
「わかった!」
すぐさま友喜も怒鳴り返し、真っ向からSドールと睨み合う。
殺気の主にも怒鳴りつけた。
「後ろで隠れている奴も出てきなさいよ!」
「ひ……一人じゃ、無理、だ……」
傷ついた坂井が譫言のように呟くのへは、ゼノが応える。
「一人ではない。シェイミーやレクシィも一緒だ。それに」
ドォン!と彼の声を遮って、腹の底に響くほどの轟音が辺り一面、轟いた。
これには薄れかけていた坂井の意識もハッキリ蘇り、慌てて振り向いた彼の眼に映ったのは、城壁をたなびく白煙だった。
城壁に備え付けられている黒光りする物体。恐らくは大砲か?
筒は、こちらを真っ直ぐ狙っている。正確にはSドールを狙っているのだ。
しかしサンクリストシュアは、完全平和主義のはずだ。何故あのような武器が城にある?
坂井の疑問へ答えるかのように、葵野が補足する。
「あの大砲、戻ってきた住民が持っていたんだ。本当は俺達を攻撃する為の物だったみたいだけど」
ゼノも言う。
「奴らにかけられていた催眠はシェイミーが解いた。俺の歌も効いている今、彼らに負けはない」
「そ、そうだ……さっきの、歌。あれは……」
身を起こそうとする坂井を寝かしつけると、葵野が微笑む。
「ゼノの能力なんだって。歌が聞こえた時、坂井も元気が出ただろ?」
弱い者も強い者も、戦う勇気が沸き上がる。
歌の効果は午の印が歌い終わった後も持続し、弱い心を寄せ付けない。それが午の印の持つ能力だ。
それにしても、こんな能力を持ちながら土壇場まで隠していたとは。
そればかりか、変身できる事すらもゼノが隠し続けていたのは何故だ?
本人に尋ねると、答えは実に簡潔で。
「俺は人間だ。だから、MS能力はギリギリまで使いたくなかった」
「人間だけど、MSでもある……だろ?」
坂井の問いに馬は首を振り、きっぱりと言い返す。
「MSである前に人間だ。MSの能力を誇示するようになっては、人でありながら人ではなくなってしまう」
どうあってもMSを否定するゼノの気持ちは全く理解できない訳でもなかったけれど、MSとして生まれた以上は自分の中のMS部分も少しは認めてやるべきだと坂井は考える。
そして馬の背で揺られるうちに、葵野の腕の中で気を失った。

Sドールの元に残った友喜とレクシィの二人は、互いの顔を見合わせて頷く。
「いくよ!」「ウンッ」
同時に左右へ散った。
「……無駄な事を!」
Sドールの触手が追いかけてくるも小さなネズミは器用に間をかいくぐり、龍は空へと舞い上がる。
さしもの触手も空までは届かぬのか、友喜を貫く事は叶わない。
その隙に間合いを詰めてきたレクシィが、一気にSドールの体を駆け上がる。
目の前まで駆け上がった処で、ようやく相手がレクシィの正体に気づいた。
「おッ、お前は……!」
「久しぶりね、ショーコ」
チチッと鼻を鳴らし、ネズミの黒い瞳がSドールの目を捉えたのも一瞬で、すぐさまガブリと噛みついてきたレクシィをSドールは必死の形相で振り払う。
D・レクシィの能力は教えられずとも知っている。同じマスターを持つ姉妹だからこそ。
「うっぐぁぁあぁ……ッ」
見る見るうちにSドールの美しい顔が、真紫に腫れ上がってゆく。
しかし毒で倒れるまでに至らなかったのは、さすが元仲間とでもいうべきか。
なんと彼女は自らの傷口を触手で抉り、毒を抜き取ったのだ。
坂井が噛みつこうと引っ掻こうと一滴たりとも血を流さなかったSドールが、今は首筋を赤く染めている。
噛みつかれた箇所は大きく肉をえぐり取られ、白い骨さえ見せていた。
「クッ……Dドール、どういうつもりなの!行方をくらましたと思えば、我々に牙を剥くとはッ」
荒々しく睨みつけてくる相手を、レクシィも憤然と睨み返す。
「レクシィ、もう、あなたの知るDドールじゃない。今は子の印、ユキ達の仲間!」
「子の印?子の印だって!?この、偽者が!所詮あんたなんか、トレイダー様の戯れで作られた模造品じゃないのよォッ!!」
襲い来る触手を素早くかわすと、レクシィはSドールの背中へまわり、そこにも牙を突き立てる。
再びSドールは噛みつかれた箇所を自分で抉らなくてはならず、おまけに狙ったかのようなタイミングで大砲も飛んできた。
弾は腰にめり込み、致命傷とまではいかないものの、Sドールの額に脂汗を滲ませる。
攻撃はそれで終わらず、続いて急降下してきた友喜の爪がSドールの髪を引っかけた。
髪の毛は上に引っ張られ、何本かの触手が引きちぎられる。
「グワァッ!」
あまりの痛さにSドールの瞳には涙が浮かんだ。
悔しい。痛みの弾みとはいえ、こんな奴らに泣かされるなんて。
坂井と葵野だけを相手にするつもりが、とんだ誤算だ。
龍の印とDドールの二人が相手では、いくらパワーアップしたSドールといえど苦戦は免れない。
「Aドール、お前も出てきなさいッ!!」
「エイコ?エイコもいたの……?」
では先ほどからの鋭い殺気は、Aドールが放っていたのか。
しかし……レクシィは首を傾げる。
殺気の持ち主は、彼女の知るAドールとは違うような?
もっとも、Sドールだって記憶の中にある姿とは全く異なっていたのだ。
Aドールだって当然改造されていよう。
――ぼこり、と足下の肉が一部、脈打ったような気がした。
咄嗟に危険を感じ取り、レクシィはSドールの体を駆け下りる。
振り向きざまに巨大化すると、追ってきた何かの気配を真っ向から受け止めた――つもり、だった。
だが追ってきた何かはDレクシィの両腕を、するりと擦り抜けて、真っ直ぐ彼女の心臓へ突き刺さる。
上空にいた友喜には、それが何なのかを、はっきり見てとる事ができた。
レクシィを助けるのも忘れて、友喜は呆然とする。
「な……なんなの、あれ……ッ!?」
レクシィの心臓を貫いたもの。
一見は細くて長い槍にも見えたが、よくよく見ると長い舌であり、舌の先を辿っていくと、半ばSドールの体に埋もれるようにして飛び出てきた女の顔に突き当たる。
女の顔は、水色の髪を生やしている。
かつてAドールと呼ばれた少女の、成れの果てであった……!

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