DOUBLE DRAGON LEGEND

第六十六話 裏切りと、待ち伏せと


サンクリストシュアへ戻るには、海を渡る必要がある。
港町へ急く四人は途中の道でシェイミー、及びゼノと合流した。
聞けば、二人は蓬莱都市へ向かう途中だったという。
坂井の説得により、二人も一緒に西大陸へ渡ることにした。
「それで、あたしを、どうしようっていうの?」
ゼノの腕に抱かれていた少女、今は意識を取り戻している彼女の名はキャミサ。
銀色の髪とは珍しい。何処の国の人間であろうか?
いや、彼女はMSだ。それも改造、或いは創造MSと思われる。
巨大なトカゲに変身し、鉄の鱗を飛ばす場面を、シェイミーもゼノも目撃している。
後ろ手に縛られながらも、キャミサは尖った瞳を釣り上げて睨みつけてきた。
「言っとくけど、あたしを人質に取った処で意味なんて、ないんだからね!」
いきり立つ彼女を宥めるように、シェイミーが穏やかに問う。
「どうして?」
すると彼女、ぷいと横を向いて吐き捨てた。
「実験動物だからよ」
「君達の組織でも、MSの地位は低いのかい?」
これは葵野の質問に、そうじゃないけど、とキャミサが答える。
「あたし達は、特別だから。死んでも殺されても、何度でも作り直せるようにしてあんのよ」
脳さえ無事なら肉体は、いくらでも作り直せる。
姿は違えど脳にそれまでの記憶を残しているから、何度でも同じ人格で、やり直せるというのだ。
キャミサの答えに坂井や葵野は首を傾げたが、Dレクシィが頷いた。
「この子の言葉、本当」
「馬鹿な。MSは奇病であって機械ではない。命は一つ、死ねばそれっきりのはずだ」
ゼノの反論に首を振り、レクシィは暗い瞳でキャミサを見つめる。
「人の身から生まれたMSと、創造MSは違う。創造MSに魂の理は通用しない。人の手で、作られた存在だから」
「じゃあ、殺された後に脳味噌だけ回収すればOKだと、お前の仲間は思ってるってわけか?」
今度は坂井が尋ね、キャミサはコクリと頷いた。
「その通りよ。だから、あたしをさっさと解放するのね」
即座に友喜が却下する。
「その要求は受け入れられないわ」
「なんでよ!」と騒ぐキャミサを冷たい視線で見下ろして、彼女は続けた。
「人質としての価値がなくても、情報源としての価値はあるでしょ。あんたには、洗いざらいしゃべってもらうわよ?あの黄色い軍団についての情報を」
「そう言われて、素直に話すと思ってんの?」
憎々しげに見上げるキャミサへ、友喜も憎々しげに吐き捨てる。
「どうあっても吐いてもらうわよ。こっちだって追い詰められてんですからね!」
「あ、あの」
たまりかねてか、シェイミーが口を挟んだ。
「暴力的手段は……やめてあげてね、可哀想だよ」

西へ戻るには、足となる船が必要だ。
だが定期船は止まって久しいし、最近は近辺での争いを恐れてか、漁師の船も見あたらない。
「ざまぁみろだわ!あたしを人質に取ったりするから、バチが当たったのよ」
「うるせェ」
何のバチだか、きゃんきゃん勝ち誇って騒ぐキャミサを坂井がジロリと睨みつけ、ゼノは背負っていた大剣を地へ降ろす。
「ゼノ、六人だけど……乗れる?」
シェイミーの問いに無言で頷くと、ポツリと剣に向かって囁いた。
「シェイダー」
「え?何、何か言った?」
くるりと振り向いた葵野は、目の前の光景にポカンと口を開いて硬直する。
友喜や坂井、キャミサも同様だ。
目の前で展開される光景――
すなわちゼノの大剣がゴキゴキと音を立てながら、鋼鉄の船へ変形していくのを見守った。
ややあって、簡素な造形の船が完成する。
「……な、何これ?初めて見た、こんな道具!」
驚く友喜へシェイミーが説明する。心なし、得意げな表情で。
「そりゃあ、そうだよ。だって、これは世界で一つだけのゼノ専用ギミックだもん」
かと思えば、少し寂しそうな目で付け足した。
「……今はホントに世界で一つだけになっちゃったけど」
どういう意味か判らず、さりとて突っ込んだ質問をする前に、ゼノが「行くぞ」とボソリと四人を促して、一行は船に変形した剣へ乗り込んだ。
折り紙で作ったかのような造形をしているくせに船は意外にも頑丈で、六人乗っても、びくともしない。
「ねぇねぇ、これって手こぎ?それとも」
ワクワクしながら尋ねてくる葵野へ、ゼノが答える。
「自動操縦だ」
言うが早いか船は勝手に動きだし、ゆるゆると西へ向かって進み始めた。


西の首都、サンクリストシュア。
かつては”白の都”として人々の賞賛を浴びた美しい巨大都市であるが、今は見る影もない。
度重なるMD及びMS軍団の襲撃により、戦う手段を持たぬ、この王国は滅亡の縁にあった。
サンクリストシュアには軍隊がなかったのである。
古来より王家の推進する『完全平和主義』に基づき、野蛮な武力を排除してきた。
美しかった町並みは血で汚され、あちこちに住民の遺体が今もなお放置されたままになっている。
この国を治めるのは、若き女王サリア・クルトクルニア。
その女王も今は国を不在にしている。
ここより西にある旧クリューク、今はMSの防衛都市として生まれ変わったレヴォノースへ行ったきり消息を絶った。
彼女の親愛なる部下にして執事でもあるパーカー氏も同様だ。
依然として消息不明。
レヴォノースへ連絡を取ろうにも、連絡手段を持つ者がいない有様であった。
『ノース・ヴァイヴル』が首都へ攻め込んできた折に、主立った貴族の半数以上が殺されている。
サンクリストシュアは王家不在の上、政治を執れる者も不在で、もはや国としての形勢を失っていた。
昼間だというのに大通りは閑散としている。さながらゴーストタウンである。
その、閑散とした大通りを歩く影が一つ。
黄色い服に身を包んだ男だ。手にぶら下げているのは、四角い容器。
蓋の端から零れているのか、ポタポタと液体が地面へ赤い点々をつけてゆく。
男は路地裏へ入り、一度も迷わずにオンボロ建物の前へと到着した。
軋む階段を悠然と登り、たてつけの悪い扉を蹴っ飛ばして入り込む。
「リッシュ、いるか?」
同時に、建物の主の名を呼んだ。
奥の部屋からリッシュ・ルガルフが顔を出し、おや、と独りごちる。
「珍しいね、ルックスじゃないか。此処へ君が来るのは、お母さんが死んだ時以来?」
黄色い服の男はルックス・アーティンだった。
蓬莱都市の研究所で消息を絶った彼が、何故ここにいるのであろうか?
挨拶も抜きに、ルックスは本題を切り出す。
「肉体の再生手術を頼みたい」
「肉体の?誰の」
リッシュの前でルックスが箱を開けた。
途端にむわっと血の臭いが放たれてリッシュは眉を潜めるも、箱に入ったのが誰かの肉体から摘出された脳味噌と判るとルックスへ再度尋ねた。
「誰の脳?犯罪者なら、悪いが手は貸せない」
「犯罪者じゃない」
即座にルックスは首を真横に振り、真顔で研究者を見つめ返す。
「彼の名は……生前の名は、エジカ・ローランド。悪いやつに捕まって監禁されていた処を見つかって、住民に嬲り殺された。哀れな被害者だ」
「エジカ・ローランドだって!?」
椅子から飛び上がらんばかりにリッシュは驚き、まじまじと脳味噌を眺める。
驚いた。エジカ・ローランドといえば、知る人ぞ知る有名人じゃないか。
MS研究では権威と呼ばれ、大規模な研究グループを持つ、唯一の民間研究者でもある。
「驚いた……君には、毎度驚かされてばかりだよ」
力なく首を振り、椅子へ腰掛け直すと、リッシュもルックスを真顔で見据える。
「しかし、これは無理な要求だ。MSならともかく、エジカ博士は生身の人間じゃないか」
箱を、ずいっと彼の方へ押しやり、しかしルックスは一歩も退かずに言いつのった。
「あなたは変わらない。前も、そう言って断りましたよね。本当は、できるのに」
「いや、出来ない。私は出来ないことを、出来ると言ったりしない」
リッシュも頑として言い切り、両者は、しばし睨み合う。
――やがてリッシュのほうが先に折れたか、そっとルックスへ尋ねてきた。
「どうして、私に出来ると思ったの?」
一秒たりとも視線を逸らさず、目線をリッシュへ止めたままルックスは答えた。
「あなたがK司教……いえ、クリム・キリンガーの一番弟子だと知ったからです」
「そう……」
リッシュの口から、深い溜息が漏れる。
「それで、その服を」
「そうです」とルックスは頷き、さらに箱をリッシュのほうへと押しやった。
「あの時、あなたは出来るのに、僕の母を再生してくれなかった。でも今度は絶対に、博士の肉体を再生してもらいます。断ろうったって、そうはいきませんよ?」
もう一度、深く溜息をついて立ち上がったリッシュが、視線を外してルックスへ問う。
「……再生して、そして、どうするの?君はエジカ博士を憎んでいたでしょう」
母の仇。そう言って、ルックスはエジカ・ローランドへ激しい憎しみを募らせていたはずだ。
仇と言えば、そうでもあるし、そうではないかもしれない。
彼が母と慕ったテリア・アーティンは、彼の本当の親ではなかったのだから。
彼女はエジカ博士の研究所で働く研究員だった。
エジカがテリアの研究を盗んだ。
だから彼女は研究所を飛び出したのだ、とルックスは言っていた。
逆恨みだと、当時のリッシュは思ったものだ。
上司が部下の手柄を取る……いや、取るという言い方は人聞きが悪いか。
部下の発見を上司が代わりに研究するというのは研究業界では、よくある話だ。
個人ではどうにもならぬ研究でも、財力さえあれば機材も材料も揃えられる。
自分の出来なかった研究を上司が取り上げたからといって逆恨みするのは、お門違いだ。
むしろ自分の研究を受け継いでもらえた、と感謝するべきである。
それでもテリアが飛び出したのは、恐らくはエジカが彼女に事後承諾で始めてしまったのだろう。
「そうだ。僕は彼が嫌いだ。それは、今も変わらない」
目線を己の手元に落とし、ルックスが淡々と呟く。
「生き返らせて、自分で殺すつもり?」
リッシュの更なる問いには、首を真横に振った。
「違う」
両手を堅く握りあわせ、視線をあげた。
「生かすんだ」
「生かす?」
「あの人は、母さんを忘れていた」
握りしめた両手が微かに震えている。
そうと気づいたリッシュは、黙ってルックスの次の言葉を待つ。
どこか思い詰めた、それでいて決意をも秘めた光を瞳に浮かべて彼は言った。
「母さんを忘れたまま、死なせはしない。そんなの、かわいそうだから」
「お母さんが?」
そうだと頷き、ルックスは再び視線を手元に落とす。
「せめて思い出して、母さんに謝って……悔いて欲しいんだ」
その為にも、彼を生き返らせる必要がある。そう締めると、ルックスは黙り込む。
溜息と判らぬように、そっと息を漏らし、リッシュが彼の言葉の後を継いだ。
「なるほど……懺悔、だね」
エジカが、かつての部下であったテリアを忘れていたのは事実だ。
研究がいかなるものだったにしろ、発案者の名前を忘れてしまうというのは酷い話ではないか。
ルックスは、それを悔いろと言う。その気持ちは、リッシュにも理解できた。
「判った。引き受けよう」
リッシュは立ち上がり、手術用の薄い手袋を手に嵌める。
ルックスも脳の入った箱を持って、立ち上がった。
「じゃあ、これ。お願いします」
「ここで待つ?それとも、何日か後、引き取りに来る?」
尋ねるリッシュへ少し考えるようにしてから、ルックスは答えた。
「そう……ですね。では、一週間後に」
「判った。それまでには、ある程度のリハビリも終わらせておく」
「ありがとう」
ぺこりと頭を下げるルックスへ、リッシュが微笑む。
「何、礼を言うには及ばない。私も、一度会ってみたかったのさ。MS研究の最高権威と呼ばれた男にね」
ただ――
出ていくルックスの背中を横目に、リッシュは心の中で呟いた。
もし生き返らせる事が出来たとしても、元のエジカ・ローランドとは異なる生き物ができるやもしれない。
脳の研究は未完成の域にある。
それはK司教……いや、師匠クリム・キリンガーも、当然知っていたはずなのだが。


サンクリストシュアへ一歩入った途端、その気配に、真っ先に気づいたのは坂井だった。
気づくや否や虎と化した彼は鉄砲玉のように飛び出して、葵野や友喜らを置き去りに走り去ってしまった。
「ちょ……ちょっとォ!なんなのよォ!?」
友喜の怒鳴り声が、サンクリストシュアの大通りに響き渡る。
「判らん。だが……この気配、尋常ではない」
油断なく辺りを見渡し、ゼノが大剣へ手をかけた。
葵野やシェイミーもつられて周囲を見渡すが、これといって人影は見あたらない。
違う街へ足を踏み入れたのかと錯覚するほどに、数ヶ月前とは様子が変わっていた。
「感じないのか?」
驚いた調子でゼノに問われ、シェイミーと葵野は同時に首を傾ける。
「何が?」
「とんだ鈍感ね。こんな、肌に突き刺さるほどの殺気を振りまいているってのに!」
悪態をついたのはキャミサで、彼女の額にも脂汗が浮かんでいるではないか。
となると、気配の持ち主は彼女の仲間ではない?
「誰!? 隠れているなら、出てきなさいよ!」
威勢の良い友喜の大声へつられるように、あちこちの建物の影から、ばらばらと人影が姿を現わす。
……違う。
一目でゼノは看破する。
殺気を振りまいているのは、こいつらではない。
殺気は遠方、坂井が走り去っていた方角から放たれている。
現われた人々は、坂井が向かった方角を遮る形で友喜達を取り囲んでいた。
「何の用なの?あなた達、普通の人間っぽいけど」
友喜の問いに、虚ろな瞳をした男が答えた。
「……出ていけ」
「え?」
「出て、いけぇッ!」
口を大きく開けた拍子に、男の口の端が切れて血が飛び散る。それでも構わず男は叫んだ。
「MSは出ていけ!サンクリストシュアは、渡さないッ!!」
「な、何を……」
狼狽える仲間を庇うように、ゼノが一歩前に出て剣を構える。
周りを取り囲む人垣は、今や何十にも膨れあがっていた。
最初に叫んだ男だけではなく、取り囲んだ全ての者達が口々に喚き立てる。
「出ていけ!」
「俺達の街は渡さない!!」
「汚らわしいMSめ、この町を占領するつもりか!」
次第に声は唸りをあげ、もはや誰が何を喚いているのか判らなくなってくる。
判らないが、しかし『出ていけ』という単語だけは、はっきりと五人の脳裏へ響いてきた。
「な、なんなのよ、これぇ……サンクリストシュアの住民は、該達が全員避難させたんじゃなかったの?」
ゼノの背中に隠れるようにして、友喜が困惑の色を浮かべる。
ノース・ヴァイヴルとの一戦の際、第二陣の皆が、生き残っていた住民を安全な場所まで誘導したはずだ。
虚ろな目をした人間達は誰一人としてMSではない。ごく普通の人間だ。
サンクリストシュアを俺達の街と呼ぶからには、ここの住民であることは間違いなかろう。
そいつらが揃いも揃ってMSを敵視し、口々に友喜達を罵ってきている。
尋常ではない。
誰かに催眠をかけられている可能性がある。集団催眠を、だ。
シェイミーが、ちらりとキャミサの様子を伺うと、彼女は口の中で小さく悪態を唱えていた。
「ったく、誰よ……よりによって、こんな時に、こんな置きみやげを残さなくてもいいのに!」
心当たりがあるのか?
しかしシェイミーが問うよりも早く、暴徒と化した住民達が一斉に襲いかかってきた――!

一人で飛び出していった坂井も、通りの終点で一つの人影と向かい合っていた。
桃色の髪の毛には見覚えがある。
「てめぇは確かトレイダーと一緒にいた……Sドールって奴か!?」
「フフッ……」
少女が髪をかき上げ、薄く笑う。
「そう、覚えていたの。まんざらケモノ頭って訳でもないのね」
「テメェがココにいやがるってこたぁ、トレイダーも来てやがんのか!?」
問い詰めながら、坂井は油断なく周囲の気配を探る。
殺気を振りまいていたのはSドールではない。
もう一人、ここには姿の見えない敵が潜んでいる。
「その質問に答える必要はない」
腕を組んで、Sドールが虎を睨み付ける。
「私は、ただ、仰せつかったまで。残りの十二真獣を全て捕らえろと」
「てめぇ一人で?俺達を捕まえられるとでも思ってんのかよ?」
臆することなく睨み返してくる虎へ、Sドールが悠然と微笑んだ。
「捕まえられるさ。そう……お前一人ならね、坂井達吉」
こいつの能力は知っている。
甲高い悲鳴で、人を束縛する力だ。以前戦った時は大いに苦しめられたものだ。
ならば、叫ぶ前に取り押さえてしまえば良い。
すぐさま地を蹴って、走り出したのだが――
刹那、全身を切り刻まれるような殺気を肌で感じ取り、坂井は急停止する。
「――何だッ!?」
「……ホホホ、勘の良いこと」
ざわぁっとSドールの髪の毛が風もなしに広がって、それが見る見るうちに彼女の身体を包み込んだかと思うと、大きな四肢を造りあげてゆく。
坂井の見守る前で、Sドールの変身が完成する。
桃色の四本足に支えられた、巨大な獅子。
「さぁ、存分に戦いましょう!虎の印ッ」
Sドールが吠えた瞬間、先ほど感じた殺気を背中で感じ取り、坂井は慌てて飛び退くも、逃げ遅れたか後ろ足に鋭い痛みを感じた。
「つぅッ!!」
生暖かい感触。血だ、だが確かめる暇もない。
続けて襲い来る巨大な前足を寸前でかわし、無様に転がって大きく間合いを取る。
「ホホホ!どうしたの、先ほどの勢いは!かかっておいで、坂井達吉!!」
たった一人で来てしまったことを今さらながら、坂井は後悔した。
なんてこった。敵は、こいつ一人ではない。
背中で感じた殺気の持ち主は、どんどん、こちらへ近づいてきている。
二対一。しかもSドールは以前戦った時よりも、数段パワーアップしている。

この戦い、俺に勝ち目がない――!

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