DOUBLE DRAGON LEGEND

第四十九話 第九研究所


蓬莱都市へ囚われの身となったのは、シェイミー、ゼノ、ウィンキーの三人だけではない。
エジカ・ローランド博士も蓬莱都市へ拉致されていた。
ここ蓬莱都市は、パーフェクト・ピースが本拠地を構える土地でもある。
そして彼らの背後には、ジ・アスタロトという名のMS研究組織が控えている。
蓬莱都市に住む誰もが知らない、隠された真実であった……


この頃、蓬莱都市にある酒場に流れる噂があった。
西からMSが徒党を組んで攻めてくる――そのような噂だ。
軍団名も話題にあがっている。
それだけに信憑性が増して、住民の不安は募るばかり。
「けどよ、パーフェクト・ピースってのは平和を愛する組織なんだろ?」
グラスを片手に騒いでいるのは酒場の常連、レノラ。
だいぶ顔が赤らんでいる。昼間だというのに、飲んだくれているようだ。
「だったら、おかしいじゃねぇか。なんで白き翼が攻めてくるっつーんだ。白き翼ってのは、アレだろ?平和を求めて大戦争起こしたっつーMSじゃなかったのかよ」
酒臭い息を吹きかけられ、酒場のマスターは迷惑そうに顔をしかめた。
「俺に怒ってもしょうがないだろ?皆が、そう噂してるってだけなんだから」
「パーフェクト・ピースっていえば」
皿洗いをしていたファンタが顔をあげる。
「知ってる?レノラの兄さん」
「なんだよ。もったいつけんなって」
綺麗に洗い上げた皿をキュッキュと拭きながら、酒場のバイトは先を話す。
「最近、首都にも抗議へ行ったらしいよ。平和を脅かすMSは出てけーって」
「ふーん。神龍信仰の国で、よくやれるなぁ〜。そんな勇者行為」
そう言って、レノラはグラスを逆さまに立てる。
据わった目で続けた。
「けど小龍が死ぬまでは無理じゃね?首都からMSを追い出すのは」
「まぁな」
マスターも頷き、不意に声を潜める。
「大きな声じゃ言えんが、神龍の末裔は行方不明になっているって噂もある。パーフェクト・ピースが付け入れるとしたら、その辺を突くといいかもな」
レノラも酒場のマスターも皿洗いのファンタも、移住民だ。
現在、蓬莱都市の住民の殆どが生粋の東民ではない。多くが西から移り住んできた。
西はサンクリストシュアの平和主義が浸透しており、中央国の神龍信仰には頷きかねる。
MSを神と崇めるのは、暴力による独裁政治ではないのか。
移住民は皆、口には出さないが、そう考えていた。
パーフェクト・ピースの唱える平和主義には心を惹かれる。
人間離れした能力を持つMSを辺境へ出向させて、凶暴な魔物を退治させるのは良い案だ。
反対しているのはMSだけだというし、中央国さえ頷けば、すぐにでも実行されるはずだ。
「今の王妃って、MSじゃないんだよな?」
レノラの言葉にファンタが頷く。
「そうだよ。神龍の血族は葵野力也だけだ」
葵野力也は葵野美沙の孫だが、なんでも力也は隔世遺伝のMSらしい。
先代の神龍が力也を次の神龍だと認めたから、力也は神龍として崇められているのだそうだ。
「けど、おかしいじゃねぇか。前の神龍が生きてた間に次の神龍が存在していたなんてよ」
眠たげな目つきでレノラが言う。
「僕にも、その辺りが理解できなかったんだけど……」
言いかけて、ハッとなったファンタはパッと作り笑顔を浮かべて叫んだ。
「いらっしゃいませー!」
新たな客が入ってきたのだ。
黒い髪の客が二人、二人とも昔ながらの地元民だ。
「この話の続きは、また今度な」
マスターに耳元で囁かれ、レノラは重くなってきた瞼をゴシゴシとこすった。
「そうだな、ここも居心地悪くなっちまったみてぇだし。帰ることにするわ」
出ていき際、ジロリと地元民に睨まれたような気がして、レノラは肩をすくめる。
「おぉ、怖」
彼が去った後、酒場は何事もなかったかのように活気を取り戻した。

場所は変わり――
こちらは、街の外れにある小さな衣料店。
「ただいま、っと」
カランと戸を開けて入ってきたのは栗毛の女性。
両手一杯に荷物を抱えている処を見ると、買い出しに出かけていたのだろう。
机に荷物を置きながら、彼女は店の奥へ話しかけた。
「街の皆はMS追放って方向に動いているみたいね」
カタカタというミシンの音と一緒に、返事が返ってくる。年老いた男の声だ。
「この都市も随分と住みにくくなったもんだ。この際だ、秘境まで引っ越してみるか?」
白髪の老人がミシンをかけている。この店の主人だろうか。
傍らでは、作り終えた衣服を、せっせと畳んでいる青年の姿もあった。
「何が、この際なのよ」
ぷぅっと頬を膨らませたのも一瞬で、荷物の中から果物を取り出すと、女性は器用に剥き始める。
「皆の文句につきあって、なんで私達まで出て行かなきゃいけないのかしら。ねぇ、エルト」
エルトと呼ばれた青年が顔をあげた。
「はい?なんでしょうか、お嬢様」
「ルックスは無事に博士と会えたのかしら」
「博士?」と首を傾げる青年に、剥いた果物を差し出してやりながら女性は微笑んだ。
「エジカ・ローランド博士よ。彼、会いたがっていたじゃない」
「そういや、もう出発したんだっけな」
ミシンを止めて、老人が顔をあげる。
「死んだ母親の知人だって話を聞いたが……そもそも、あの子の母親は何で死んだんだっけな?」
シャクシャクと食べる音に混じって、エルトが答える。
「暴徒に石をぶつけられたんです。ぶつけたのは、白い服の人達だった」
「白い服?それって」
眉を潜める女性へ頷く。
「そうです、パーフェクト・ピースの人達です」
「平和主義が人殺しを?そいつぁ穏やかじゃないな。エルト、お前の見間違いじゃないのか?」
老人も首を振り、エルトは、ただ、下を向いて果物を食べ続けた。
「……でも白い服を揃いで着ている人達なんて、この辺じゃ彼らぐらいしか見ないわよね」
同意する女性を、老人が窘める。
「ディアラ、お前まで何を言うんだ。証拠もないのに人を疑っちゃいかん」
最後の一口を食べ終えたエルトが、ポツリと呟いた。
「ご主人様は弟子の僕よりも、新住民の噂を信じるっていうんですね」
「えっ?」
ディアラと店長の二人が驚いて見つめる中、エルトは立ち上がり、戸口へ歩いていく。
「僕、行ってみます。ルックスはパーフェクト・ピースの本部へ行くと言ってました」
「パーフェクト・ピースの本部?どうして、そんなところへ」
ディアラの疑問に、振り向かぬままエルトは答えた。
「博士がさらわれたんです。最後にルックスが通信で聞いたのは、博士の研究を横取りする連中が博士をさらったっていう会話だったそうです」
「それで、どうして結論がパーフェクト・ピースに落ち着くんだね?」
店長は尋ね返したのだが、エルトは答えず店を出て行き、ディアラも表へ飛び出した。
「エルト!待ちなさいッ。お父さん、あたしも行ってくる!!」
父の返事も待たず、走るエルトの背中を追いかけて、ディアラも大通りを駆け抜けていった。

不穏な噂が飛び交う中、パーフェクト・ピース本部でも情報が飛び交っていた。
「キリングより電信です」
通信士へ鷹揚に頷くと、クレイドルは促した。
「何でしょうか?」
「白き翼が東へ向けて発ったとのことです。目的地は中央国、王妃と契約を結ぶようです」
「契約?」
首を傾げるクレイドルへ、通信士の代わりに答えたのは白髭のF公爵。
「神龍が復活したと王妃へ告げて反撃の狼煙をあげさせるつもりでしょう」
「葵野力也ですか、しかし彼はMSに変身できないのではありませんでしたかな?」
「葵野力也ではありません、ユキと名乗る少女が参戦しております。彼女が神龍の力を見せたのです」
クレイドルの間違いを打ち消し、F公爵は窓の外を見やる。
下に見えるのは、パーフェクト・ピースが所有する幾つかの研究所だ。
そういえば、とクレイドルが尋ねてきた。
「ネオドール、あれはどうなりましたかな?戻ってこないところをみると」
通信士が答える。
「寝返った、とキリングの電信にありました」
「寝返った?」
F公爵の問いに通信士は頷き、繰り返す。
「はい。鬼神の強さに魅入られ、配下についたと」
信じられない。
強化MSや改造MSと違い、ネオドールは創造MSだったはずだ。
マスターの命令には絶対服従、裏切ったりするなど万が一にも有り得ない。
「ありえないことが、現実ではよく起きるものです」
判ったような顔をしてクレイドルが呟き、F公爵に睨まれる。
「ですが」と彼は肩をすくめ、こうも付け加えた。
「ありえないことが起きるのが我々だけでは癪というもの。向こうにも同じ気持ちを味わわせてやりましょう」
「……一体何をするのですかな?」
尋ねるF公爵へは片目を瞑ってみせ、クレイドルは通信士へ命じた。
「第九研究所に伝言だ。卯の印を人質に、午の印を出撃させる!」
驚いた顔で、F公爵が彼を見る。
「人質だって?正気ですか、クレイドル殿」
振り返ったクレイドルの顔には、微笑みが浮いていた。
「私はいつでも正気ですよ。私の見立てでは、あの二人は恋人同士です。卯の印の命が晒されているとなれば、午の印は我々に従う他ありますまい。彼を助ける為に」

第九研究所。
シェイミーとゼノ、そしてウィンキーが囚われの身となっている場所である。
そしてエジカ博士も若き研究員につれられて、施設の見学をしている処であった。
「いかがですか?エジカ博士、我が研究室の成果は」
そう尋ねられても「素晴らしいですね」なんて言葉が、博士のくちから出るはずもなく。
エジカは眉を潜めた。
「酷いもんだな。諸君等はMSを何だと思っとるのかね?彼らは実験動物ではない、人間だぞ」
研究所では、様々な研究を見せつけられた。
肉体を改造すると称して、手足を切られ、人工の機械を取り付けられたMS。
腰から上は女性なのに、男性の下半身をつけられたMSもいた。
背中から四枚、鋼の羽根を生やしたMS。
首が五つもついたMS……胴体に別の脳を持つMSもいた。
あまりの不快さに、何度も吐きそうになった。人の命を、ここまで弄ぶ輩がいたとは。
「あなた方だって鼠や猿で実験するでしょう?鼠と人間、どこがどう違うというのです。同じ動物ですよ」
パーフェクト・ピースの研究員は、あっさりと言い返し、博士の顔を覗き込む。
「お顔の色が、すぐれないようですね。どこかで休憩しますか?」
「いや、いい。君達の研究成果は、よくわかった。だから儂を早く家に帰してくれんかね」
エジカ博士は帰宅を要求したのだが、またしても研究員は、あっさり博士の意見をスルーした。
「次の研究なら博士もお気に召すと思います。MSの耐久力を試す実験ですよ」
「結構じゃ」
嫌がる博士の手を引っ張り、研究員は無理矢理、実験室へ彼を連れ込んだ。
ちょうど実験が始まろうとしている処であった。
四方をガラスで張り巡らされた中に、一匹の猿が立っている。獣化したMSのようだ。
『実験を開始する』
淡々とした声を合図として、ガラス張りの外にいた研究員が何かの装置のスイッチを押す。
同時にガラス張りの中では豪風が荒れ狂い、MSの体を見えない刃が切り裂いた。
胸、腹、足と、次々に切り裂かれた傷口からは血が吹き出し、ガラスを赤く染めてゆく。
ガラスが赤一色で何も見えなくなった頃、ようやく装置のスイッチが切られる。
「……博士、大丈夫ですか?」
研究員の声が、やたら遠くから聞こえる。
自分がへたり込んでいる事にも気づかないほど、エジカ博士は気が遠のきかけていた。
すっかり青ざめたエジカを背に担ぎ、MS化した研究員が誰に言うともなく小さく呟く。
「博士を休ませてきます」
誰の返事も聞かぬうちに、廊下を疾走した。
誰もいない部屋に博士を寝かせると、研究員は、そっと廊下へ出る。
ここへ寝かせておけば、当分は安全だ。
気の荒いMSに見つかって、危害を加えられることもあるまい。

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