DOUBLE DRAGON LEGEND

第四十話 双竜


葵野力也の部屋が、もぬけの空になっていた。
東の女王が、その報告を受けたのは翌朝であった。
同じく報告を受けた司とサリアは首を傾げる。
婆様や自分達に何の断りもなく、彼は一体どこへ消えてしまったというのか。
現場も見せてもらったが、余計に謎が深まっただけだ。
兵士が踏み込んだ時点では天窓が開いていたそうだが、力也の部屋には登る足がかりが一つもない。
天窓までの高さは、ゆうに司の身長二倍分の高さがあり、天辺まで登るには飛翔するしかないだろう。
だが、葵野力也はMSでありながら変身することのできない男だ。
飛んで出ていったなど有り得ない。
仮に出ていったとしても、その後、何処へいったのか。これも判らない。
「王子がいないのでは、ツカサだけ残っても意味がないのではありませんか?」
王子が行方不明になったというのに、サリアは何故か嬉しそうであった。
「ツカサも、わたくしと共に帰りましょう」
嬉々として誘ってくる彼女へは首を真横に振り、司は丁重に断る。
「いえ。力也くんの有無は僕が東へ残る理由とは無関係です。ですから、女王は先にお戻り下さい」
元々、道案内または地元情報を得るために力也も一緒に残れと言ったのだ。
いないならいないで、自力で情報を集めるから別に構わない。
だが彼を、葵野力也を行方不明のまま放っておくことも出来ない。
「……女王。申し訳ないのですが、首都へ戻らずにクリュークへ戻っていただけますか?」
落胆のサリアへ頼むと、彼女は不思議そうに尋ね返してきた。
「クリュークとの情報通信役なら、博士が戻られるのではありませんか。彼らに頼んでみては?」
「博士は三者会談の内容をご存じないでしょう。パーフェクト・ピースの野望を知り、且つ僕の言葉を正確に理解できるのはサリア、あなただけです」
それまで他人行儀だった司に名前で呼ばれ、サリアの胸がドキンと高鳴る。
構わず司は続けた。
「それに非MS代表として、あなたには集結するMSへのメッセンジャーにもなってもらいたい。皆が皆MSを迫害するつもりではない、非MSの中にもMSを理解している者はいると」
メッセンジャーは、博士という立場にある者には務まらない。
彼らは好きこのんでMSと関わり合いを持つ連中である。いわば特別な存在ともいえる。
日常の中で、まったくMSと関係のない首都住民代表であるサリア女王が言えば、該や美羽の招集を受けて集まったMS達も信用してくれるのではないだろうか。
「彼らにメッセージを伝えた後は、もちろん首都へお戻りになられても構いません。僕も、その頃までにはクリュークへ戻る予定ですから」
「いいえ」
司の言葉をどう受け取ったのか、サリアは、きっぱりと首を真横に振った。
「わたくしは、ツカサのやることを見届けたいと思っております。ですから首都へは戻りません。クリュークで、あなたの行動を見守らせて下さい」
「……戦争になるかもしれませんよ?あなたの嫌いな戦争に」と、司。
サリアは真顔で頷いた。
「承知の上です」
まさか戦争の最中で、戦いをやめろと演説でも始めるつもりだろうか。
いやいや、いくら平和主義とはいえ、彼女だってパーフェクト・ピースに思うところはあっただろう。
あのまま奴らを野放しにしていては、MSが数の暴力で滅ぼされてしまう。
危機感は、あの場にいた全員が感じたはずだ。
「戦争では誰もが必死です。誰もあなたを守ってあげられないかもしれません。無論、僕も」
念には念を入れて最終確認してみると、サリアは、もう一度頷いた。
「存じております。ですが……わたくしには、この戦いの行方を見守る義務があります」
まだ心配そうな司に「大丈夫です」と微笑み、話を締めくくる。
「足手まといになるつもりは、ございません。自ら参戦するといった手前、自分の身は自分で守ってみせます」
彼女は、意地でも意見を変えるまい。司が拒否すればするほど頑固になりそうだ。
「そうですか……」
溜息をつき、渋々承諾すると、それでも司は注文を出しておいた。
「ですが、あなたは武器を持たずとも結構です。アリアやタンタンと一緒に、本拠地の奥にいて下さい。僕達の誰かが必ず、そこへ辿り着くまでの道を守ります。奥へ向かわれるのは、僕達にとっても致命傷ですから」
司としては、サリアが武器を手にして戦うのは本意ではない。
彼女にはパーフェクト・ピースとの比較対象として、是非とも平和主義を貫いてもらわねば困るのだ。


一日、二日が過ぎて、予定より二日ほどオーバーした五日目の朝。
招集の旅に出ていた美羽と該が、呼びかけに応じた仲間を連れて戻ってきた。
既に、サリア女王や博士達は到着している。D・レクシィも一緒だ。
首都へ戻らず参戦すると言い張る女王にミスティルや坂井は難色を示したものの、結局アリアやタンタンの口添えもあって渋々受け入れる形となった。
「ラクダ軍団は一緒じゃなかったのか?」
司令室とプレートのかかった部屋に入って早々、坂井の質問を受けた該が答える。
「彼らは東の奥地を回ってみると言っていた。奥地には、野生生物に悩まされる住民も多い。そこで傭兵をやっているMSに呼びかけてみるそうだ」
何気なく辺りを見渡して、いつも彼と一緒にいるはずの人物が見あたらない事に気づく。
「……葵野は?」
尋ねると、途端に坂井の機嫌は悪くなる。
「さぁな。ババァに監禁されてんのかと思ったら、一人で遊びに出かけちまったらしいぜ」
吐き捨てるや否や、新しいメンツを見に行くと言い残して、さっさと立ち去ってしまった。
そこへ、リオが入ってくる。
「坂井、司が戻ってきて……」
が、当の坂井はおらず、代わりに該が座っているのを見るや否や、リオは無言で出ていった。
アリアと該の恋愛嫌疑は、未だ晴れていない様子である。
小さく溜息をついた該が心持ち項垂れていると、首筋に生暖かい息を吹きかけられた。
「困ったものですわねぇ、お馬さんの子供じみた嫉妬心にも」
美羽だ。連れて帰った仲間達の世話をしていたはずだが、一段落ついたらしい。
「あぁ。彼の誤解を解きたいが……話を聞いてくれないのでは、どうしようもない」
今の態度だけで充分判る。リオが該と話をする気など一ミリもないことが。
それにしてもタンタンがいたとはいえ、一応、皆が戻ってくるまでの間はアリアと一緒に過ごしていたはず。
彼女本人に確認を取ったりしなかったのだろうか。
アリアが該について、どう思っているのかを。
「話し下手のお馬さんですもの。そんなのは当然、無理に決まっていますわぁ」
美羽に話してみると案の定、鼻で笑われた。
まぁ、今はくだらないリオの嫉妬につきあっている場合ではない。
新たに増えた仲間達との親睦を優先だ。
「皆はホールに集まっているのか?」
誰もいなくなった部屋を、もう一度見渡す。
「えぇ。ワタクシ達も行きましょう」
美羽に腕を取られ、該も部屋を出た。

本拠地となる旧クリューグ城のホールには、現在ここにいる全員が集まっていた。
エジカ博士や、コーティの姿もある。ウィンキー達は、まだ戻ってきていないようだ。
「司も、まだ戻っていないのか……」
前大戦では彼がリーダーだった。
今回も彼が指揮を取ってくれるものと期待していた該は、司の不在に落胆する。
「やることがあるから、と女王や博士を先に帰したそうですわぁ。一体何をやっているのだか」
美羽は肩をすくめ、新たな同志の前に歩み寄る。
「皆様、長旅ご苦労様でした。で、どうかしらぁ?ワタクシ達の家となる、このお城の感想は」
美羽の真ん前に立っていた男が、真っ先に頷く。
「気に入った。外観もだが、中身も良い。特に絨毯のセンスがいいな、誰の趣味だ?」
「内装は全て、そこにいる語り部の末裔が選びましたのよ」
そっけなく答えると、美羽はすぐに話題を変えた。
「ワタクシ達の敵が東にいることは、既にお話しましたわねぇ。今、白き翼が東で彼らの動向を調べております」
「白き翼が、自ら偵察を!?」なんて声も上がったが、美羽は無視して続ける。
「近いうち、彼らは必ず中央国または西の首都を襲うものと思われますわぁ」
美羽の言葉に、同志が次々と疑問をぶつける。
「何故だ?」
「奴らが目の仇にしているのは、我々MSではないのか?」
それらを手で制し、美羽は背後を振り仰ぐ。
「何故そう思うか?この御方の話を聞けば、おわかりになりますわぁ。西の女王サリア……彼女が、三者会談で起きたことをお話して下さいましてよ」
皆の視線が美羽の背後へ向かう。一歩踏み出し、サリアは皆の顔を見渡した。
「皆様、わたくしの話を聞いて下さい。わたくしは中央国でパーフェクト・ピースの代表と会談を行いました……」

サリア女王の報告が続く中、坂井は、そっとホールを抜け出す。
パーフェクト・ピースの事も、これからの事も上の空だった。
葵野、お前は一体どこへ行っちまったんだ?
考えるのは、相棒のことばかり。
サリア経由で聞いた話によると、彼らが中央国の城へ泊まった翌日、行方不明になった。
無論、部屋には書き置き一つ残されていなかった。
天窓が開いていたが、出入りできるような足がかりも梯子もなかったそうだ。
婆様にも司にも何も言わず、それこそ神隠しのように消えてしまったらしい。
寝る前までは、力也はいつもと変わらぬ状態だったという話だ。
もっとも、サリアは就寝前に力也と直接会ったわけじゃない。全ては兵士の報告によるものだ。
なんで監禁なんかしやがったと憤る坂井に、サリアも首を傾げて東の風習でしょうかと答えてよこした。
力也監禁は婆様の仕業であって、サリアや司の知るところではない。
彼女達に当たるのは、お門違いだ。そんなことは坂井にだって判っている。
それでも、怒鳴らずにはいられなかった。
兵士かババァ自身が、ちゃんと見張っていれば。
或いは司と同室だったなら、力也がいなくなるなど有り得なかったのに。
「こんな処にいたのか」
声をかけられ振り向くと、ミスティルと目があった。
いなくなった坂井を心配して、探しに来たのか。
「葵野がいなくなって不安なのは判る。だが、今は団体行動を乱すな」
野獣みたいな男に説教され、坂井はふてくされたように吐き捨てる。
「判ってんなら俺のことは放っておけよ」
「サリアの演説も最高潮だ、今しか見られないものを見過ごすのは勿体ないぞ」
「見なくたっていいよ、そんなもん」
ますます坂井はふくれ、そっぽを向いたのだが、不意にミスティルの様子がおかしくなったことに気づく。
じっと目を凝らし、遠方の空を見つめているではないか。
まさか、もうパーフェクト・ピースの奴らが、MDか殺戮MSでも送り込んできやがったのか!?
慌てて坂井も空へ目をこらす。遠方から、ぐんぐんと近づいてくる一つの影があった。
「なんだ、ありゃッ。敵か!?」
殺気立つ坂井を「待て」と制すると、ミスティルは目視で確認する。
相手は一匹、それも巨大なMS――ドラゴンのMSだ。
ドラゴンに変身するMSなど滅多に見かけない。いや、十二真獣以外で見たことがない。
「まさか……葵野力也、なのか?」
呟くミスティルに、坂井がくってかかる。
「あれが力也だっていうのか?嘘だろ、だってアイツは変身できねーんだぞ!?」
そうこうしているうちに影はぐんぐん近づいてきて、坂井の目でも相手が緑の竜だと判る。
やがてドラゴンは大きく一回り旋回した後に、身構える二人の前へ着地した。
「力也……?」
尋ねる坂井へ「何?俺がどうかしたの、坂井」と答えたのは、目の前のドラゴンではなく。
ドラゴンの背中から、身軽に飛び降りてきた青年であった。
見間違えようもない鮮やかな緑色の髪の毛とくれば、紛れもなく葵野力也本人である。
「力也、お前……お前ぇぇぇ!何やってんだよ、ドラゴンなんかに乗って!!」
坂井が脱力したのも一瞬で、飛び降りてきた葵野に勢いよく抱きつくと、その勢いで襟首を締め上げる。
「ぐ、ぐえぇぇ!?さ、坂井、喜ぶのか怒るのか、どっちかにして……よぉっ」
ぐいぐい締められた方は潰れた蛙のような声をあげ、彼を乗せてきたドラゴンも苦笑する。
「ドラゴンなんかって、ひどいなぁ。せっかく力也をつれてきてあげたのに」
「つれてきたって、東からココまで何日かかったと思ってんだよ!?」と、怒鳴ってから気がついた。
今の声、どこかで聞いた覚えのあるような、ないような?
ミスティルが驚愕に目を見開いている。
「有希。貴様、有希……なのか?」
自分で尋ねておいて、即否定した。
「……いや、そんなはずはない。有希は死んだと、司からも聞かされている」
「そうだよ」とドラゴンも頷いて、「死んで、再生したんだ。それが、あたし」と結論づける。
あまりにもあっさり言われたので、坂井もミスティルも次の言葉が出てこない。
ぽかんと呆ける二人へ、葵野が補足した。
「えっと、隔世遺伝や肉親ってんじゃなくて……有希ねぇは生前、自分の力を二つに分けたんだって。二つにわけた力を、二人の子供に与えた。それが俺と、この子……友喜なんだ」
「ユキ?今の名前もユキってのか?」
まだ信じられないとばかりに坂井が尋ねると、ドラゴンは変身を解く。
緑色の髪の毛、だが似ているのは、それだけだ。
あとは有希とは似ても似つかない少女が現われる。
有希が少々猫目で大人びていたのに比べ、目の前の少女は垂れ目で、しかも童顔である。
「では、有希がB.O.S如きにやられたのは」
ミスティルの問いを受け継ぎ、友喜が頷く。
「そうだよ。ちからを二つも外に開放して、弱まっていたから死んだんだ。でもね」
まっすぐ彼の目を見つめ、こうも言った。
「B.O.Sに襲われなくても、遅かれ早かれ病魔が有希を襲っていた。最初の有希が死ぬのは運命だったの」
「病魔?あいつ、病気だったのか……?」
呆然と繰り返す坂井を横目に、ミスティルがさらに問う。
「先ほど、隔世遺伝でもなく肉親でもないと言っていたな。再生とは、どういうことだ?」
二度目の問いにも、友喜は答えた。
「文字通りだよ。二つに分けた力を、今の時代に再生したの。病魔に冒されていない体で、力と記憶を保つために。だから、あたしは友喜であって有希でもある。有希の記憶を持つドラゴン。そして」
ちらり、と葵野を一瞥する。
「力也は有希の能力を持つドラゴン」
「こいつが!?」
坂井とミスティル、双方から見つめられ、葵野はポッと赤くなる。
「いや、照れてる場合じゃねぇだろ!」
即座に坂井からはポカンと殴られ、涙目になった。
「何するんだよぅ、痛いじゃないか!」
涙目で抗議するも、怒濤の勢いで遮られる。
「痛がってる場合でもねぇッ。お前、MSに変身できるようになったのかよ?」
半分期待に満ちた二人の前で、力也は、あっさり首を振った。
「うぅん?できないよ」
「できないよ、じゃないッ」
今度はミスティルからボカンと殴られ、葵野は痛みで一瞬声が出なくなる。
「テメェ、葵野に何しやがんだッ」
自分だって殴ったくせに、こんな時だけ葵野をいたわる坂井。
その様子を苦笑で眺めていた友喜が、不意に割り込んできた。
「ねぇ、城のほうが騒がしいけど何かあったの?あと、ツカサは何処?まだ東にいるの?」
城からはワーワーと歓声が上がっている。
頃合いから見て、サリア女王の演説が終わったのだろう。
「聞きそびれちまったな」
小さく呟き、坂井が笑う。
「え?何を聞きそびれたって?」と尋ねてくる葵野のことは軽くスルーし、彼はミスティルを仰ぎ見た。
「演説が終わったって事は、お次に始まるのは奇襲に対する用意か遠征の準備だ。そろそろ戻るか?」
「演説?ツカサが演説したの?」
「遠征?奇襲?パーフェクト・ピースと戦う方針になったのか?」
両側からドラゴン二人の質問攻めに遭い「だーッ!うるせぇッ」と、坂井は両手を振り回す。
「それが知りたきゃ俺達と一緒に戻れ!ついでに、お前らを仲間に紹介してやらぁ。新しい仲間にな!」
ギロッと人相も悪く、二人まとめて睨みつけたのであった。


該の伝達により、葵野がクリュークへ戻ったことを司も知る。
だが、それよりも何よりも彼を驚かせたのは、なんといっても友喜なる少女の出現だった。
会いたい。今すぐにでも会って、真実を確かめたい。
己の内に生まれた欲望を、司は無理矢理、理性で押しつぶす。
ここで自分が戻ってしまっては、誰がパーフェクト・ピースの動向を皆に伝えられるというのか。
美羽が予想したとおり、司が東に一人残ったのはパーフェクト・ピースの監視をするためであった。
といっても、彼らの本部に近づくことは叶わない。だから人を雇って、それとなく調べた。
その結果。数日後に判明したのは、彼らが次に狙うターゲットと、その内容だった。
次に狙われるのは、西の首都サンクリストシュア。
大量の殺戮MSやMDが、組織の敷地内に用意されていたという噂もある。
クルトクルニア王家が愛し、司も繁栄を見守ってきた都が戦火に焼かれるなど、絶対にあってはならない。
一刻も早く、このことを仲間へ伝えなくては。
白い犬は大きく羽ばたき、西大陸を目指して一目散に飛んでゆく。

――その姿を遠目で眺めている者がいたことに、司は全く気づいていなかった。

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