DOUBLE DRAGON LEGEND

第三十九話 二人目


「ツカサには、こうなるだろうと最初から、お見通しだったのですね」
部屋に通され、ベッドの上に腰掛けたサリア女王がポツンと呟く。
司は冷静を保ったまま「何がですか?」と尋ね返した。
「王子が代表を怒らせる、と。あのように嬉々として王子を褒めるだなんて」
その王子こと葵野力也は部屋にいない。
会議室を出る途中で婆様にとっつかまったから、向こうで説教の一つや二つを食らっているのであろう。
「まさか。僕としても会談は成功して欲しかったんですが」
いけしゃあしゃあと涼しい顔で言い返すと、司は肩をすくめてみせる。
「ですが代表が予想の斜め上を行く思考だったので、結果として、まとまりませんでした。それだけの話です」
世界が平和でいて欲しい。
司は心から、そう願っている。
しかし、偽りの平和には我慢がならない。
パーフェクト・ピースのやろうとしていることは偽善だ。
自分さえよければ、他の民――例えばMS等は、どうなってもいいと思っている。
どうなってもいいどころか排除しようという動きまである。
それは司の望む、真の平和ではない。
真の平和とは共存だ。
MSも、そうでない人間も、同じヒトとして手を取り合って生きていける世界。
パーフェクト・ピースの求める平和はエゴである。サリア女王の唱える完全平和主義とは程遠い。
彼らの被った平和主義という名の化けの皮を、サリアの前で引きはがしてやりたかった。
結果として葵野力也が、その役目を背負い、見事に果たしてくれた。
サリアでも司でもなく中立であるはずの葵野に言われたせいで、クレイドルは理性を失った。
勝手に交渉決裂と結論づけ、さっさと出て行ってしまった彼に、女帝もサリアも大いに失望した。
そして頭に血が上ったクレイドルは、今頃は西と東のどちらかを攻める準備をしているはずだ。
東には軍隊があるからよしとして、問題は西だ。急いで帰らねばなるまい。
相手は、どういった手法で攻めてくるのか。
クレイドルが説明したMSの追放方法を考える限りだと、次に来るのは民の扇動と予想される。
表立っての暴力には出ない。代わりに、周囲の人間を巻き込んだ包囲網でMSの居場所をなくす。
そして、影でMDを投下して主だった戦力を潰しにかかる。司がパーフェクト・ピースなら、そうする。
無論、殺戮MSやMDを投下するにしても、すぐというわけにはいかないだろう。
用意するための時間が必要だ。猶予は大体の予測で一、二週間といった処か。
しばし考えたのちに、司はサリアへ命じた。
「サリア女王、貴女は先に首都へお戻り下さい」
「え……?」
弾かれたように立ち上がり、不安な眼差しで見つめてくる彼女に重ねて言う。
「国へ戻り、この会談の結果を包み隠さず話し、民に問いかけるのです。人の求める真の平和とは、どのような形であるのかを」
十代の小娘とはいえ、サリアは一国を治める女王。
瞬時にして彼女は瞳から不安な影を振り払い、毅然とした態度で答えた。
「MSとの共存を、皆へ呼びかけるのですね」
「そうです」
聡明な女王に司の顔も一瞬は綻ぶが、すぐに表情を堅く引き締め、窓から街を見下ろした。
時刻はすっかり夜、大通りを歩く人の姿もない。
「僕と葵野くんは、しばらく東に残って様子を見ます」
彼が共に来ないと知ってサリアの表情は再び陰ったが、司はあえて気づかぬふりでやり過ごす。
「大丈夫。道中の護衛は用意してもらいますし、D・レクシィも一緒ですから」
D・レクシィはエジカ博士と一緒に、この国に匿われていたはずである。
会談が始まってしまったので彼女を捜す余裕もなかったが、今なら少し時間がある。
サリアが帰る直前までには探しておき、話を通しておかねばなるまい。
「ディ・レクシィ……あの少女ですか。頼りになるのですか?」
曖昧な記憶を探って、サリアが呟く。
彼女の記憶に残るのは、手足が枯れ枝のように細い、脆弱な少女の姿だった。
「彼女もMSです。並の人間よりは、ちからになれると思いますよ」
司は即座に頷いた。


最後の十二真獣を求めて旅に出たウィンキー、シェイミー、ゼノ、キリングの四人は、砂漠を越えた西大陸の東、小さな村に辿り着いていた。
村の名前はディガー。
トレジャーハンター時代のウィンキーは、たびたび、この村を訪れていたという。
「この村にいる可能性が、あるのか?」
周囲を見渡しながら、ゼノがウィンキーに問う。
何もない田舎村だ。地平線まで、のどかな風景が広がっている。
まだ本調子とは言えないまでも、だいぶ元気の回復したウィンキーが答えた。
「アテなんか、あらへん。けど、この村の付近には遺跡がぎょうさんあってな。オレとミリティアも、昔はよぅココに来たもんや」
懐かしそうに辺りをキョロキョロと見回す彼の横では、キリングが大袈裟な溜息を一つ。
「あんたの昔話につきあう暇はないぜ?俺達は猿の印ってのを、とっとと探さなきゃなんねーんだろ」
猿の印に関する手がかりなど、一つもなかった。
なのに司は探してこいと彼らに命じた。
情報もなしに司達を捜し当てたキリングの勘に頼る、と言う。
何処まで知っていて、それでいて何故自分を仲間に加えたのか。
白き翼の思惑が読めずキリングは困惑したものの、ゼノとシェイミーに引きずられるようにして旅立った。
ディガーへ行こうと言い出したのは、ウィンキーだ。
この猿が、つい最近まで暗示にかけられていたことをキリングは知っている。
ウィンキーに暗示をかけたのは、他でもない。彼の仲間のR博士だからだ。
キリングに、キリング・クーガーという名前を与えたのも博士であった。
偉大なる総帥・K司教――またの名をクリム・キリンガーから、もじってつけた名前である。
キリングはR博士に呼び出され、名を与えられると同時に、今回の任務を受けたのであった。
任務内容は、白き翼を含めたMS達の動向調査。要はスパイである。
今も彼の体内に取り付けられた発信器が、逐一仲間の元へ情報を送っているはずだ。
「でも、この村で情報収集するってんなら、昔馴染みのいそうなアンタは頼りになるかもな」
完全にスパイだとバレるまでは皆の行動に従っていたほうがいいと考え、キリングは言い直す。
はは、と力なく笑い、ウィンキーは弱々しい笑顔を浮かべた。
「任しといてや。けどキリング達も一応情報を集めといてんか?」
「判っている。じゃ、三時に宿で落ち合おう」
バラバラの方向へ歩き出したゼノ、ウィンキーを交互に見比べて、シェイミーが二人を呼び止める。
「あ、あれ?個別行動なの?」
シェイミーとしては、キリングを野放しにしたくないのだろう。
なにしろ、白き翼に彼を見張るよう頼まれている。
それだけではない。シェイミー自身も、キリングの正体を疑っていた。
タイミングがタイミングなだけに、彼がパーフェクト・ピースのスパイであってもおかしくない。
ところがシェイミーの問いに答えたのは、当の怪しい本人キリングで。
「いくら田舎村っつっても、この広さだ。二手に分かれたぐらいじゃ聞き込みしきれねぇだろ……」
そう言った彼がウィンキーに相づちを求め、ウィンキーも素直に頷く。
「そや。ツカサの言い方だと、なんや急いで探してこいっちゅー感じやったし。オレらが、こんな処でトロトロやっとったら、戦争開始までに間に合わないんとちゃう?」
シェイミーは驚いて聞き返した。
「戦争が起きると思っているの?ウィンキーは」
「なんや、起きないとでも思っとったんかいな、シェイミーは」
逆に聞き返され、思わずムッとなったシェイミーが言い返す。
「だってツカサさん達は、話し合いに行ったんだよ?パーフェクト・ピースの代表と!サリア女王も一緒に行ったんだ、だから必ず」
「……必ず交渉は決裂するだろうな」と、後を継いでキリングが肩をすくめる。
ずっと黙って聞いていたゼノも、ぼそりと会話に混ざってきた。
「パーフェクト・ピースの代表が、サリア女王と同じ平和を目指しているように見えたのか?」
ゆるりと首を振り、視線を下へ落とす。
「シェイミー。俺には、そう見えなかった。残念だが」
三人がかりで言いこめられ、言葉にぐぐっと詰まったシェイミーは顔を真っ赤に黙り込む。
やがて、くるっと後ろを向くと大股に歩き出した。
「……シェイミー」
気遣うゼノにも返事をせず、代わりに大声で怒鳴り返してから去っていった。
「それでもボクは信じているんだからっ!サリア女王は必ず話し合いで解決してくれるって」
肩を怒らせ遠のいてゆく少年を呆れた目で見送ってから、キリングが二人を促す。
「ガキは純粋でいいやね。さ、俺達も情報集めに勤しもうか」
「そやな」
ウィンキーも肩をすくめ、ゼノを見た。
「誰かて一度は夢を見るもんや。他人の理想に感銘を受けて、そうなったらエェなぁって。オレも夢見たことがあった……もっとも、その夢はオレが自ら打ち壊してしまいよったんやけどな」


旧クリューグにて防衛基地工事を進める居残り組にも、進展はあった。
一つは、エジカ博士率いる研究者一団がサリア女王と共に凱旋するという話。
女王の護衛としてDレクシィを首都へ送る際、博士も同行させるよう決まったそうだ。
博士は女王と別れた後、首都からUターンして、ここクリューグへ護衛付で送られてくる。
もう一つは、MS招集に出ていた美羽から連絡が入った件。
該曰く、かなりの戦力を味方につけたとの報告である。
彼らの到着は、どれだけ急いでも三日はかかると見ていい。それだけの大人数が集まるという事だ。
「へぇ……さすがは伝説、やるじゃねぇか」
アリアから通信内容を聞かされた坂井は感心の体で呟き、ミスティルは当然だと言わんばかりの顔で頷いた。
「該と美羽、あの二人が呼びかけるのだ。これで動かぬMSなど、MSの風上にも置けん」
「でも、ガイは判るけどォ」と、タンタンが横からいちゃもんをつけてくる。
「美羽って、悪名のほうが高いじゃん?死神〜っとか呼ばれちゃってさ。そんな女の言うことなんか、皆、聞いてくれるのかなぁ?」
「確かに、美羽さんの通り名は『死神』でしたけれど」
ミスティルが怒り出しやしないかとハラハラしながら、アリアがフォローに入った。
「でも死神が騎士を助けていたという記録も伝承に残っていますし、悪名ばかりではないと思いますよ」
尤もアリアの心配は全くの杞憂で、横目で盗み見たミスティルは口元に笑みを浮かべていた。
「なによ!それって、ガイが弱いーって言いたいの?アリアは」
むしろミスティルではなくタンタンに怒鳴られて、アリアはヒャッと肩をすくめる。
「わ、私に怒られましても……伝説では、そういう記録が残っているという話ですから」
ふふん、と鼻で笑ったミスティルがアリアの助け船に入ってきた。
「あの二人は常に対となって行動を共にしていた。それに、あの頃の該は弱虫だったからな。美羽が該を助けたとしても、何もおかしくない。大いにあり得る話だ」
「そ、そうですよ」
勢いを取り戻したアリアも続けて言う。
「それに二人は恋人同士ですから。恋人が手を取り合って協力するのは当然ですよね?」
ここぞとばかりに恋人を強調したら、またしてもタンタンには怒られた。
「何なのよ、恋人恋人って!あんなの、単に昔同じ場所で生まれたってだけの幼馴染みじゃない!」
そう言われればそうだし、もっと言ってしまえば十二真獣全てが姉弟肉親とも言える。
しかし、そこに恋心が生まれれば、家族でも恋人になりうるのではないだろうか。
先代の十二真獣は、司と有希を除いた全員が恋人同士として、仲むつまじくなっていた。
美羽と該の恋も、研究所を出て里親に引き取られる前から続いている仲である。
二人の間にはタンタンやアリアの入り込む余地など、ない。少なくともミスティルの目には、そう見えた。
「奴らが恋人かどうかはさておいて、だ。伝説様達が戻ってくるまで最低でも三日。エジカ博士が到着するまでに一週間。その間、俺達は何をしてりゃーいいんだ?語り部さんよ」
どこまでも続きそうな恋人論争に釘を刺し、坂井が話を元に戻す。
クリュークの工事は、ほぼ完成しているといってもよい。
たった三人による突貫工事にもかかわらず、旧都市は防衛基地としての最低条件を整えていた。
元々、廃墟とはいえ建物が多く残っている場所である。
工事も何も彼らのやったことと言えば、城の壊れた部分を補強する、それぐらいであった。
資材は崩れかけた家を取り壊して、そこから調達した。
MSに武器など必要ない。己の体が武器そのものだ。
従って、本拠地にも大砲だの銃だのといった物騒な武器は一切取り付けていない。
たとえ取り付けたとしても、それを扱える人間がいなかった。
「そうですねぇ……」
部屋に散乱した資料を見渡しながら、アリアが呟く。
全て、ジ・アスタロトに関する資料だ。
エジカ博士の構築した情報ネットワークでかき集めた情報を、書き留めてある。
組織について、だいぶ判った事があった。
聞いたことのない名だから、ちっぽけなものではないかとアリアは思っていたのだが、とんでもない。
パーフェクト・ピース、キングアームズ財団、そしてB.O.Sまでもが、彼らの傘下であった。
規模だけでいうなら、大昔にあったストーンバイナワークという組織。あれに匹敵する。
もはや伝承にしか残らぬ組織だが、西大陸の半分を支配していたというのだから、規模も予想できるだろう。
ストーンバイナワークは、MS撲滅を掲げる危険思想の組織だった。
ジ・アスタロトは、ストーンバイナワークの後継であるらしい。
すなわち、彼らもMS撲滅を企んでいるというのだ。
言われてみれば、思い当たる節がある。
どの組織も、根っこの思想は同じではなかったか。
散っている仲間が合流し次第、早急に会議を開かねばいけない、とアリアは内心焦っていた。
恐らく今回の戦争、いや戦争が起きるとすれば、昔のように力押しだけでは勝てまい。
必要とあらばサリア女王や東の女帝をも、仲間に引き込む必要があるだろう。
「とりあえず、この部屋を片付けて……そうだわ、本拠地の内装も綺麗にしておかないと」
「それは今、急いでやらねばならないことか?」
ジロリとミスティルに睨まれて、しかしアリアは譲らず頑固に頷いた。
「伝説を生きた英雄が治める本拠地ですもの。綺麗じゃないと、皆の士気も落ちてしまいますよ」


かくして次々と各地で新しい動きが起きる中、肝心の主人公、中央国の葵野力也はというと。
婆様こと東の女帝の命令により、自分の部屋に監禁されているという有様であった。
やっぱり坂井と来るべきだった。
そういやサリアはどうなったんだろう?
司は、もう帰っちゃった?
などと色々考えてみたが、窓は開かず、扉も開かないのでは、どうすることも出来ない。
大体ここは自分の部屋なのに、外から鍵がかかるなんて理不尽だ。
自分の処の王子を監禁するなんて、婆様も何を考えているんだ。
今までの所業を棚に上げ、ぶぅぶぅと葵野はふくれたが、さて、当面の問題は他にある。
先ほどから、お腹がグーグー鳴りっぱなしだ。夕食の時間は、とっくに過ぎている。
なのに差し入れの一つもないとは、何事だ。
婆様は、可愛い王子が餓死してもいいと思っているのか?
「あーあ、もうっ。やっぱり帰ってくるんじゃなかったなぁ……」
グーグーうるさいお腹を押さえつけ、ごろんと寝転がった葵野の目に、綺麗な月が飛び込んでくる。
今夜は満月か。真っ黄色さに虎の毛皮を思い出し、月の輪郭がぼやけて見えた。
「坂井……会いたいよぅ」
きっと今頃は、クリュークの突貫工事で大わらわのはずだ。
額にはちまきを巻いて、必死に角材でも運んでいる最中かもしれない。
いや、こんな夜中じゃ、さすがの坂井も寝ている時間だろう。寂しがっているかなぁ?
不意に脳裏をミスティルの邪悪な笑顔が横切って、たった今、自分の頭の中に浮かんだ考えを葵野は慌てて追い出した。
馬鹿な。いくら昔の虎がミスティルの恋人だったからって、二人っきりの今、間違いが起きるなんて。
そんな不埒な事を、考えちゃ駄目だ。坂井にもミスティルにも失礼ではないか。
だがチャラ男状態のミスティルが迷いもせずに坂井へ襲いかかっていた事を思い出し、葵野は身震いする。
いくら本人が「取る気はない」と言ったって、とても信用できない。
ましてや、彼を止められる司や美羽も今は不在である。
坂井が心配で、いてもたってもいられなくなった葵野は、何度目かの挑戦で扉のノブに飛びついた。
何度もガチャガチャと回したがノブは回らず、ヒステリーを起こして何度も叩いたが、やはり扉は無反応。
駄目だ。全く開く気配がない。
とうとう泣き出しながら、それでも葵野は諦めきれずに扉を叩いた。
「出してくれ!出せよう!出せってばー!!俺は王子だぞ、どうして監禁されなきゃいけないんだッ」
本を正せば何度も勝手に国を出た、いわば自業自得の結果なのだが、そんなのは棚に上げて泣きわめいた。
叩いても叩いても何の反応もなく、窘める兵士の声すら聞こえてこず、葵野はズルズルと扉の前にへたり込む。
おかしい。婆様の性格なら、扉の前に兵士ぐらい配置していようものを。
或いは、兵士に無視しろという命令でも出しているのだろうか。だとしたら、意地が悪い。
司かサリアが助けに来てくれないかなぁ。などと弱気に考えながら、再び床に寝転がった時だった。
葵野の耳元で、小さな囁き声が聞こえたのは。

――窓を見て。はめ殺しのほうじゃないよ、天窓のほうだよ。

ぎょっとした顔で飛び起きた葵野は、続いて天井を見上げる。
月が見える嵌め格子の窓ではなく天窓を見た。すると、そこに小さな人影を発見した。
「き、君は誰?」
思わず尋ねる葵野の前で、天窓がゆっくりと開いてゆく。
小さな人影は音もなく入り込むと、すとんっと華麗に着地した。
葵野を見上げて、にっこりと微笑む。
「行こう。もうすぐMS戦争が始まるってのに、主役の龍が二人ともいないんじゃサマにならないよね」
人影は少女だった。
それも葵野と同じ、目にも鮮やかな緑色の髪の毛を持つ少女であった。
しかし葵野が驚いたのは、髪の色だけではない。
少女の声には聞き覚えがあった。否、忘れようもない。
この声は、有希だ。有希ねぇと同じ声だ。
だが何故、目の前の少女が有希と同じ声を持つのか?
困惑の葵野へ、少女が手を差し出してくる。
「時間がないよ。早く行こう。婆様には、後でまた連絡をつけてあげるから」
オドオドと、それでも手を握り返して葵野は尋ねた。
「ど、どこへ行くの?」
それには答えず、いきなり少女が飛び上がる。
手を握られた格好のまま葵野も吊り下げられ「う、うぇっ!?」と驚いている間に、天窓を飛び抜けた。
屋根に飛び乗った処で、改めて少女は答えた。
「どこって、旧クリューク……うぅん、ツカサの作った新しい本拠地に決まっているでしょ。さぁ、行こう力也。皆も待っているよ、龍の目覚めを」
自分や司の名をサラリと呼んだ少女に、またまた葵野は驚かされたのであった。

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