DOUBLE DRAGON LEGEND

第四話 龍の国


西の砂漠都市にて、キュノデアイス王に戦いを挑んだ男がいた。
戦いは騎士アモスが引き受け、いざ、MS対決が始まらんかという時――
「うわぁ〜、すっごいですねぇ!今日は何かのお祭りでしょうか」
大きな瞳をキョロキョロとさせながら、小柄な女性は歓声をあげた。
髪を二つ分けの三つ編みに垂らし、ふんわりとした黄色いスカートを履いている。
傭兵には見えないが、かといって商人にも見えない。
旅人にしたって、砂漠を旅するにしては軽装過ぎる。どう見ても町娘の格好だ。
女性は振り返り、旅のつれへ声を掛けた。
「ともかく、ここで眺めていても仕方ありませんし、広場のほうへ行ってみませんか?」
彼女のつれは二人いた。
一人は背の恐ろしく高い男。
もう一人は、対照的なほど小さな背丈の少女だ。
ただでさえ小さいのに、背中を丸めて蹲っているから余計に小さく見える。
どちらも痩せ細っていた。
男はあばら骨が浮き出ているし、少女は手足が枯れ木のようだ。
それに着ている服も、女性と比べると格段にみすぼらしい。
貧民、或いは奴隷だろうか。
男が言葉にならない呻き声を発し、女性はニッコリ笑うと歩き出した。
「あ、でも先に宿を取らなければいけませんねぇ。レクシィを休ませてあげないと」
男は今度は無言で頷き、少女を目線で促すと、大人しく女性の後をついていく。

広場に設置されたリングの上では、坂井が余裕の表情でアモスの準備を見守っていた。
騎士は鎧を脱ぎ捨てると「ふんッ!」という気合いの元、全身に力を込めた。
途端に、もりもりと筋肉が盛り上がり、額からは二本の角が生え、鼻が前へせり出してくる。
体をゴワゴワとした茶色の毛が覆い隠し、見る見るうちにアモスは一匹の牛へと変化した。
「へェ……肉弾派か。まぁ、思った通りだな。見た目通りとでもいうか」
呟いた坂井もまた、服を脱ぎ始める。
上着を脱いでズボンも脱ぎ、下着まで脱いだ彼を直視できず、葵野は目を背けて尋ねた。
「ちょっと、脱ぎすぎじゃないか?」
「全力でいく。服なんざ途中着してるだけ邪魔だ」
何がどう邪魔なのか、話している側から坂井の体を黄色い毛が覆ってゆく。
輪郭もゴワゴワと変化して細い髭が生えてくる。
四つんばいになり、彼は雄叫びをあげた。
「タイガーだ!」
そんな声もリング外からあがった。
さすが騎士にMSを持つ国だけあって、傭兵やMSを見るのが珍しくないと見える。
いや、この落ち着きは坂井の言っていたMS部隊と関係があるのかもしれない。
「ほぅ……貴様も肉弾派だったか。ならば手加減など要らぬな」
アモスと真っ向から向かい合い、坂井も喉を鳴らす。
「手加減なんぞしやがったら、てめぇ、喉を食いちぎってやるからな。本気で来いよ?」
リングにもう一人、審判と思わしき人間が上がってくる。
両手を交差させ「ファイッ!」と試合開始の合図を投げかけ、審判はリングから飛び降りる。
それと同時であった。
坂井がアモスに飛びかかったのは。
振り下ろされる鋭い爪を、寸での処でアモスは庇いきる。
腕に幾筋もの爪痕が残り、血が流れ出たが、彼は気にせず角を突き立てた。
今度は坂井が避ける番だが、なんと彼は避けもせず逆に突っ込んで来るではないか。
角と坂井の額がぶつかる寸前、葵野はひゃっとなり目を瞑ってしまった。
血飛沫が舞い、リング下にいた観客達が、わっと歓声を上げる。
アモスの角は坂井を串刺しにはできず、僅かに逸れて彼の額を切ったに過ぎなかった。
それでも夥しいほどの血が額を濡らし、鼻筋を伝って顎にまで流れ落ちる。
流血するほど額を抉られたというのに、坂井が怯む様子は伺えない。
角を突っ込みすぎて動きの鈍くなったアモスの肩に、思いっきり両手の爪を突き立てた。
ぐっさりと根本まで突き立てられた爪に、アモスがぐぅっと唸り声をあげる。
次いで首筋にも牙を立てようとするが、さすがにそれは阻止されて、腕を食いちぎるだけに終わった。
ぶちぶちッと嫌な音をたてて、アモスの腕の肉が皮と共に引っぺがされる。
首筋を庇った腕に食いつかれ、坂井の強靱な顎と牙によって引きちぎられたのだ。
肉のこびりついた皮をペッと吐き出すと、坂井は呟いた。
「まずい肉だぜ。何食ってやがんだ?」
アモスは答えない。いや、答えられない。
痛みに耐えかねて「ぐぬぅぅっ」と、呻いたのみだ。
半分以上引き裂かれた腕は思うように動かせず、だらんと垂れ下がっている。
皮も肉も毟り取られ、ぼたぼたと止め処なく血が溢れだし、さらには骨まで見えていた。
――ふと、周りを囲んでいたはずの歓声が、いつの間にか止んでいることに葵野は気づく。
あまりにも血が流れすぎる凄惨な展開に、誰も声が出せないでいた。
まさか坂井が、ここまでやるとは誰も思っていなかったのだろう。
葵野も失神寸前で真っ青になりながら、くいいるようにリング上を見つめた。

もう、止めて欲しい。
これ以上、二人が傷つくことに、何の意味があるというのか?

止めようにも声が出ない。
舌が口の中に張りついてしまったかのようだ。
キュノデアイス王を見ると、彼も泣きそうな顔で葵野を見た。
止めて欲しいのだ。止めたいのだ。
だが――声が出ない、出せない。
涙ぐむ少年王を見ているうちに、不意に葵野は悲しくなった。
正義正義と坂井は言うが、こんな血みどろの正義、勝ち取ったところで誰が納得するというのか。
すいっ、と葵野の横を誰かが通り過ぎた。
「あらあら。悲惨な戦いになっていますねぇ。これだからMSは敬遠されてしまうのですよ」
場違いにもノンビリした声の主は、ほんわかとした雰囲気の女性であった。
清楚を感じさせる服装も相成って、この場には不似合いすぎる。
女性は泣きそうな葵野に微笑みかけると、そっと囁きかけた。
「大丈夫ですよ。あなたのお友達も、あの騎士様も、もうこれ以上争う暇はありませんから」
それはどういう意味――?と葵野が聞く暇もなく、女性はリング上へ声をかけた。
けして張り上げているわけでもないのに、その声はよく響き、リング上の二人の動きを止めさせる程に。
「みなさん、争っている場合ではないですよぉ。もうすぐ東からMDの集団が攻めてきます。戦の準備をするか、避難の準備を急いで下さいねぇ」

MDとは――
突然変異で生まれたMSとは異なり、人工的に造り出された改造生物を指す。
彼らはMonster Doll、通称MDと呼ばれ、MS以上に忌み嫌われ恐れられていた。
変身する以外は人間と変わらないMSと比べて、MDは感情も持たぬ殺戮兵器であったからだ。
彼らは、いずこから突如現れては草の根一本残さず、全ての命を刈り取ってゆく。
何処から来るのか。何処で生み出されているのか。
今まで、ずっと謎に伏せられていた。
それを、この女性は、いともあっさりと「東から」と言ってのけた。
一体何者だ?
坂井も、そして腕の痛みに苦しんでいたアモスも、彼女へ目を向ける。
二つに分けた三つ編みを垂らし、のほほんとした微笑みを崩さぬ女性を。
「東から――ですか?」
最初に尋ねたのは、少年王であった。
女性は頷き、またもアッサリ答える。
「えぇ。東に隠れ住む、B.O.Sという組織ですわ」
「ビーオーエス、ですか……聞いたことがありませんね」
ぽつんと呟く王をそっちのけに、葵野が鼻息荒く割り込んだ。
「ホントか!?ホントに、BOSがMDを造り出している元凶なのかッ!?」
先ほどまでの、呆然としていた彼ではない。
やはり顔色は悪いままだが、今度のそれは怒りから来る顔色の悪さだ。
リングから飛び降りた坂井も、葵野の側へ駆け寄ってくると荒々しく呼びかける。
「くそッ、やっぱり奴らが全ての悪だったか!ってぇなると、こうしちゃいられねぇ!葵野!急いで東に戻るぞ、中央国が危ねぇッ」
額から流血しているというのに元気なものだ。
だが、走り出そうとする坂井の腕を掴む者が居た。先ほどの女性だ。
「待って下さい!東を救うのも結構ですが、それにはまず、西も救っていただかないと」
「そ……そうだ、君はどうしてBOSが襲撃してくることを知っているんだ!?」
「情報を掴んだからですよ。私のお爺様が」
女性は何でもないことのように答えると、坂井の腕を放し、今度は葵野にも頼み込んだ。
「お願いします。砂漠都市を救って下さいな、神龍様」
ぺこりと頭をさげて微笑む彼女を見て、葵野は、その場に硬直した。
助けるのが嫌なのではない。
彼女が――
見も知らぬ女性に自分の正体を言い当てられた事が、急に恐ろしく感じられたのだ。


ターミナルの大きなモニターに、襲撃される都市の様子が映し出されている。
西の首都であるサンクリストシュアでは、まだ戦いの準備も整っていないように思えた。
行き交う人々も心配そうに眉根を寄せて、巨大モニターを見上げている。
あてもなくぶらついていた司も、それを見た。
「……砂漠都市が、襲われている?」
襲っているのはMD。
恐らくは東にあると噂される組織、B.O.Sの産物であろう。
B.O.Sについては、王女の忠実なる配下のパーカーすらも情報を掴み切れていない。
MSやMDを使って、よからぬ画策をしているのではないか――という予想だけだ。
一度、東へ戻ってみたほうがいいのかもしれない。
踵を返し宿舎へ戻ろうとした直後、彼は誰かにつけられている気配を感じる。
誰だ?
素早く辺りへ視線を走らせたが判らない。
駄目だ、交差点では人が多すぎる。
足を早め、司は歩道を渡りきった。

「ぎゃあ☆また尾行してんの、バレちった?」
騒ぐタンタンの口を片手で塞ぎ、該はジロリと彼女を睨みつける。
彼女はモゴモゴと、多分ごめんなさいといった言葉を発し、該の手から逃れ出た。
「……ぷはッ!あ、あたしを殺したってイイコトなんか一つもないんだから!」
すると間髪入れず、彼女達の後を遅れて歩いていたミリティアが嫌味っぽく突っ込んでくる。
「あら、いいことなら一つだけありましてよ?尾行がバレなくて済む、それですわね」
赤いスカートに赤い髪と、格段に目立つ風貌の彼女にだけは言われたくない。
「せやけど、あいつドコまで行く気やねん」
ミリティアの横から、すすすっとウィンキーも近づいてきて四人は一旦、尾行を中止した。
相手に気づかれたと判った以上、このままつけていても撒かれるだけだろう。
「傭兵宿舎だ」
該が答え、ミリティアも呆れ顔で相棒に釘を刺す。
「そうですわよ、忘れないで下さいませ。尾行する前にも、そう説明したではありませんの」
ミリティア、ウィンキー、該、タンタンの四人が、白き翼を尾行するのには理由があった。
首都にあるという傭兵宿舎。それの具体的な場所を探し出す為である。
首都は争いを望まぬ平和主義国家と聞いている。
その首都に傭兵宿舎があるとすれば、東はおろか西の住民までもが欺かれているということになろう。
だが――何気なく巨大モニターへ目をやり、ミリティアは仰天した。
「う……ウィンキー!ご覧あそばせ、モニターをッ。砂漠都市が、襲われておりますわ!」
「な、なんやてぇ!?」
つられてモニターを見上げたウィンキーも、目を剥いた。
襲われている。
空から爆撃を受けているのは、まごうことなき砂漠都市だ。
少年王の姿がウィンキーの瞼をちらつき、次の瞬間、彼は走り出していた。
「お、お待ちなさい!待てと言っているでしょう!?」
ミリティアが止めても止まるものではない。
ウィンキーは、走りながら変化していた。
むくむくと手足が伸び、尻からは長い尻尾が鞭のようにしなる。
瞬く間に体中が茶色い毛で覆われてゆく。
恐怖に怯える人混みを突き飛ばしながら大きな猿が駆け抜けていくのを、該達は見送った。
いや、黙って見送ったわけではない。
該やミリティアもまた、ウィンキーを追いかけるために走りながら変化する。
そうでもしなければ、いくら巨大とはいえ俊敏な猿の後をついていくなど出来なかったからだ。
ミリティアの背中からは、ごうと燃え上がる炎に包まれた翼が生え、該の体は走るうちに丸みを帯びて、長い牙を生やす四つ足の獣となった。
「あ!ちょ、ちょっとぉ!なにも、こんな人前で変身しなくてもいいんじゃないの〜!?」
慌てたのはタンタンで、彼女だけはMS化せずに皆の後を追いかける。
だが、見る見るうちに引き離され「もうッ!」と舌打ちすると、彼女も兎となって弾丸のように飛び出した。

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