DOUBLE DRAGON LEGEND

第三話 白き翼


西大陸の首都に到着したミリティアは、さっそくウィンキーと離ればなれになっていた。
「……ったく。あの猿、どこへ行ったのかしらね」
往来を見渡しても、人、人、人。
人波の行き来は激しく、おかげで相棒を見失った。
ウィンキーは年中落ち着きが無い奴だから、見失ったのはミリティアだけの過失じゃない。
首都につく直前、彼が「うっひょ〜ぉい!でけェ街やぁッ」と叫んだのは覚えている。
その後、いきなり走り出し、ミリティアが止める間もなく人混みへ消えた。
だから、見失ったのは断じてミリティアのせいではない。あの馬鹿のせいだ。
だんだんウィンキーを探すのも馬鹿らしくなってきて、彼女は溜息を一つつくと、首都の見物へと心を切り替えたのであった。


一方、砂漠都市では――
街の中央広場にて着々とリングが組まれていくのを、葵野は呆然と見守った。
我等の王が無頼漢から戦いを挑まれたと知り、国民達が急造仕立てで造り出したのだ。
坂井のやつは偉そうにリングの傍らで腕など組みながら、葵野へ囁きかけてくる。
「この国は中央国の奴らとノリが似ている、そう思わねぇか?」
「……知らないよ」
ぷいっと、そっぽを向いて精一杯の抵抗を見せると、横目で坂井の様子を伺いながら、葵野は、そっと彼に尋ねた。
「結局どうあっても戦うっていうのか?」
必死の説得は、全て正義の一言ではねのけられた。
坂井はどうあっても砂漠王から直接、真偽を聞きたいのだという。
とんでもない頑固者だ。
「俺が今さら止めると言ったところで、あいつらが納得すると思えるか?」
キュノデアイス王はともかく、騎士アモスは、やる気満々。
先ほどから念入りすぎるほどの柔軟体操をしているのは、葵野にも見えていた。
「王は納得すると思うけど。王がやめろって言ったら、向こうだって止めてくれるさ」
それでも一塵の望みをかけて言ってみれば、坂井には鼻で笑われただけであった。
「それじゃ問題は解決したことにならねぇ。白黒はっきりつけねぇとなぁ」
坂井の持つ世界観は、完全なる勧善懲悪だ。
悪い奴は悪い、良い奴は良い。
何事にも、きっちりけじめがついている。
だが世の中は広いから、灰色な奴だっているだろう。
そういった者を外して考えるわけにはいかない。
本当に世界を平和にするつもりならば。
しかし坂井の脳裏では、そういった輩は最初から存在しない扱いのようだ。
坂井は潔癖症なのかもしれないと葵野は考え、溜息をついた。
「この戦いは俺の戦いだからな。小龍様は手出しすんなよ?」
葵野は溜息で返す。
「しないよ。戦うのは嫌いだし」
口の端を吊り上げ、坂井は葵野を見つめた。
「お前はいつもソレばっかだな」
だが、それでいい。
気弱な葵野までもが戦う世界になったら、まさに世紀末だ。
彼には坂井の戦いを見守る傍観者で居続けて貰いたい。


「まいったなぁ、完璧にはぐれてしもうてん。……お?」
首都でミリティアとはぐれたウィンキーは、ふと人混みの中で目を留める。
前を行く少女――いや、幼女か?
大きな瞳を、キョトキョトさせている。
胸はつるぺた、もちもちした手足は、いかにも柔らかそうである。
フリルのスカートをヒラヒラさせながら、早足で歩いては誰かにぶつかり謝っていた。
かと思えば前方を慌てて見やり、またチョコチョコと小走りで歩いていく。
どうも、誰かの後をつけているようにも思える。
それにしては、下手な尾行だが。
興味を持ったウィンキーは、のこのこ彼女に近づいていって気安く話しかけた。
「よっ、何してん?ナンパ?ナンパすんのやったら、オレがキミをしたるでェ」
すると幼女はビクッ!と心底驚いた顔で振り返り、次の瞬間には癇癪が爆発した。
「うっさい!今、忙しいんだから邪魔するなッ!!」
幼女にしては口汚いのに驚きながらも、ウィンキーはしつこく話しかける。
加えて少女の前方に目をやり、ハッとなった。
黒髪に白服の青年。
あれは、まさか……『白き翼』とされる男か?
いや、しかし黒髪に白服というだけで決めつけるわけにもいかない。
「あの兄ちゃんをストーカーしとん?なんで?あの兄ちゃんが好きなん?」
「んーなわけないでしょ!ストーカーじゃなくて追跡してんの!」
あっさり幼女が目的をバラす。ウィンキーは内心苦笑した。
へたくそな尾行といい、彼女は傭兵やスパイの類ではない。全くの素人だ。
だとするとストーカーされている前方の男も、伝承とは無関係の民間人か。
「おいおい。尾行だなんてオレに言っちゃってえぇん?」
茶化して尋ねると、幼女は「あっ!」と声をあげ、口元を手で塞ぐ。
「いっけな〜い。該に怒られちゃう……これ、ヒミツだったんだぁ」
ガイ?ガイとは、誰だ。
ともかく彼女はガイという奴に命じられて、目の前の男を尾行していたらしい。
少女が追いかけているだけなら民間人の可能性も高かったが、こうなると話は別だ。
ウィンキーは、さらに話を聞き出そうと、幼女にちょっかいをかけ続ける。
「なぁなぁ、じゃあオレも協力すっから、あとでお茶でも一緒に飲まへん?」
また「うっさい!」と怒鳴られた。
顔を真っ赤にして怒っているのが、なんとも可愛らしい。
「あたしの趣味はねー、該みたいな人なの!あんたなんて趣味じゃないんだからぁ」
なるほど、ガイというのは少女にとって憧れのお兄ちゃんといった処か。
さらに何か尋ねようとした時、二人に話しかけてくる者があった。
「あの……」
「ハイ?」と振り返ってみれば、黒髪に白服の青年が困った様子で見つめてくる。
「僕に何か用でもあるんですか?さっきから、ずっとついてきているようですけど」
尾行はバレバレだったようだ。
あれだけ騒いでいれば気づかれても当然だろうが。
「僕に何か御用がおありでしたら、兵士宿舎のほうへお越し下さい」
ぺこりと会釈して立ち去ろうとする青年の袖を、少女がひっ掴む。
「なにそれ!兵士宿舎って、ホントなの!?」
言葉足らずの部分は、ウィンキーが補足した。
何故なら彼も驚いたからである。
「兵士宿舎って何や!?首都は平和主義ちゃうんかったんかい!」
砂漠王の話では、サリア王女は超平和主義でMSの存在を許さなかったはず。
その首都に兵士用の宿舎があるとは、一体どういうことなのか。
白服の青年は黙って立っていたが、やがて薄く笑うと二人を見た。
「あなた方はMSではないのですか?てっきり、兵士の方かと思ったんですが」
「わ、わかるの!?」
身構える幼女を見て、ウィンキーは仰天する。
まさか、この子もMSだったのか?
青年は頷き、ウィンキー、それから幼女を順に一瞥する。
「判ります。僕にはMSを判別する能力がありますから」
「てぇことは、お前もMSなんか?」
ウィンキーの問いに、彼は深く頷いた。
「えぇ。僕の名は総葦司。またの名を――」
「白き翼」と続けたのは傍らの幼女。
二人を見比べ、ウィンキーも彼らから間合いを取った。
「なんや?お前ら知りあい?」
「面識はなくとも、噂ぐらいはご存じでしょう?」
司が答え、幼女も神妙に頷く。
「有名人だもんね。あんた、伝説の勇者だし」
そんな彼女を見据え司が尋ねる。
「僕が首都にいると知って、この国へ来たのですか」
「ガイが、あんたを見つけて!だから、あたしが尾行することになって」
ずりずりと後ずさる幼女だが、司に間合いを詰められ悲鳴をあげた。
「やだ!こっち来ないで、こないでよぉっ!!」
「兵士でもないMSに僕の存在を、今、知られるわけにはいきません」
そう言い放つ司の顔は能面で、何の感情も浮かんでいない。
直感でウィンキーは彼女が危ないと悟った。
急ぎ二人の間に割り込み、陽気に仲裁する。
「ま、そう怒らんと!MSちゅうたかて、皆が皆、争い好きとも限らんやろ?」
「彼女は東国のスパイではない、と?」
「そや。それ言うたら、あんたのほうが、ずっと怪しいで。東っぽい名前やし!」
司は苦笑し、「この名前は便宜上のものでしかないのですけれどね」と呟いた。
ウィンキーは間髪入れず、幼女のほうへも話を向ける。
「あれやろ?ガイってのもMSなんやろ?んで、同じMSの気配もっとる司はんが気になったから、キミに後つけろ〜ちゅうただけやろ?他意はないんよね?」
彼が自分に味方してくれると気づいたのか、幼女も慌てて彼に話を合わせた。
「そ、そう!そうなのっ。ガイってね、臆病で心配性なんだぁ。他のMS見るとね、すぐ自分が襲われるんじゃないかって妄想しちゃって!弱虫なんだよね」
本人が聞いたら黙ってブチキレそうな言葉を吐き、ちらっと上目遣いに司を見上げる。
「だからね……んと、尾行しちゃってごめんなさい」
ぺこんっと勢いよく頭を下げた瞬間にスカートがひるがえり、白いパンティが丸見えに。
パンティにもフリルが沢山ついている。徹底したフリルマニアか。
「うひょ♪」
喜ぶウィンキーを白い目で見たものの、幼女が頭を上げる頃には司も笑顔になっていた。
「そうだったのですか……厳しい言い方をして、申し訳ありません。ですが、この国で見聞きしたことを東で他言するのは止めて下さい。今は、どのような憶測でも東へ持ち込んではいけません。戦争を勃発させない為にも」
踵を返し、立ち去ろうとする司へウィンキーが尋ねた。
「お前は戦争が始まると予測しとるんか?先に引き金ひくんは、どっちやと思うとるん?」
「東だと、僕は予想しています。東には、悪しき根が蔓延っていますから」
「悪しき、ね?ねって、根っこのことだよね?」
首を傾げる幼女には苦笑で返すと、司は今度こそ本当に去っていった。
同じく首を捻っていたウィンキーも緊張を解き、改めて幼女をナンパにかかる。
「どうやらオレもキミもMSらしーし、どや?出会いを記念して、その辺の酒場にでも」
「見つけたぁぁぁっっっ!!!!!!このッ、ドアホウがぁっ!!」
「ぶぎゅるあぁッ!」
顔面に渾身の跳び蹴りを食らい奇怪な悲鳴をあげるウィンキーが吹っ飛んでいくのを眺め、通りを振り返った幼女が歓喜の表情を浮かべる。
「ガイ!」
該は目を回すウィンキーと彼に渾身の蹴りをお見舞いした女性へ目をやってから、応えた。
「酒場で、あの女に頼まれて、あの男を捜していた。お前も見つかって一石二鳥だったな」
ウィンキーの襟首を引っ掴んで、こちらへやってくる女性へ目を向ける。
美しい女性だ。一目見ただけでも一生忘れないほどの印象を受ける。
深紅の髪に真っ赤なゴシックスカートというのも目を惹くが、それ以上に目鼻が整っている。
そこまで認識したところで、タンタンの機嫌は悪くなる。
「ガ〜イ〜?あの人が美人だから、頼みを聞いたんじゃないでしょうね?」
「そういうお前こそ、あの男と何をしていた?」
逆に尋ね返され、途端にタンタンは破顔した。
「えっへへへ……ガイ、もしかして嫉妬してる?あたしが知らない人と一緒に居て」
該が答えるより早くミリティアが彼に声をかけ、タンタンとの会話はぶち切られた。
そのことに、タンタンはまたも機嫌を悪くする。
「ありがとうございます。あなたのおかげで、馬鹿な相棒も見つかりましてよ」
「それは良かった。だが俺は何もしてない、彼が見つかったのは偶然だ」
該は始めからタンタンの問いに答えるつもりなどなかったようだ。
ミリティアの問いに即答したのが何よりの証拠で、彼は歩き出したミリティアの横に並んで歩く。
「しかし解せないな」
「何がですの?」
「あんたと、この男が相棒だという点だ」
黙々と話す該へミリティアは何と答えるか迷ったあげく、視線を空へ逃がして答えた。
「……ま、幼なじみの腐れ縁ですもの。見捨てるわけにも、いきませんわね」
後を追いかけてくるタンタンを一瞥して、逆に尋ね返す。
「あなたと後ろの子がコンビというのも解せませんわね。彼女とは、どういう関係ですの?」
「もっちろん、恋人だよぉ!」
満面の笑みを浮かべて応えるタンタンを遮ったのは、冷たい声。
「俺達はコンビじゃない」
該の答えのほうに納得いったか、ミリティアは頷いた。
「彼女は、あなたのおっかけでしょうね。そんなことだろうと思いましたわ」
ついでに付け加えられた皮肉っぽい言葉に、該は眉を跳ね上げる。
「あなたは誰かとコンビを組むっていうガラには見えませんもの。独りでいるのが好き、そういうふうに見えますわ」
押し黙り、しばらくしてから該は、ぽつりと答えた。
「……そうでもない。昔は、居た」
「あら?そうでしたの、それは失礼。でも今は独りなのでしたらば、同じ事ですわね」
社交辞令で謝ると、ミリティアは、さっさと歩いていく。
今日は宿を取るつもりなのか、足は真っ直ぐ宿屋へ向かっている。
どうする?
MSが他にもいると判った以上、詮索を続けるのは危険な気がする。
だが、目的の白き翼はまだ見つけていない。
該も宿屋へ向かうが、追いついたタンタンが「あ、そうだ!見つけたよ、ガイッ」と叫ぶものだから、ジロッと睨みつけ小声で彼女を促した。
「その話は宿で聞く」


着々と完成していくリングを見つめながら、砂漠の少年王は悲しげに呟いた。
「アモス……僕達は、どうして戦わねばならないのかな。このような戦いは無意味じゃないのか?」
騎士アモスは無言で立っていたが、やがて適切な言葉でも見つけたか、ぼそりと答える。
「王、奴は正々堂々名乗りをあげ、真っ向から戦いを挑んできました。このような真似、一介の傭兵には出来ぬこと……この点だけは、褒めて然るべきかと」
「でも……」と、尚も迷う王の元へ影が落ちる。
見上げると、不敵に笑う坂井と目があった。
「戦う準備は出来たか?リングが整い次第、始めるぜ」
「あの……どうしても戦わなくては駄目なのですか?」
尋ねる王を無視し、坂井は真っ向からアモスを睨みつける。
「試合方法はMSでの戦い。どっちかが意識を失うまでの一本勝負だ、いいな」
「了承した」
重苦しく頷き、アモスは哀れな少年王にも目をやった。
「キュノデアイス王。戦いたくないとおっしゃる、貴方のお気持ちは判ります。貴方はお優しい方だ。だが……正々堂々と戦いを挑まれて、戦わぬは騎士の恥。貴方が何とおっしゃろうと、私は、この者と戦いますぞ。私は、騎士なのですからな」
誰よりも彼を理解しているはずの騎士に優しく諭され、それ以上、王は何も言えなくなってしまった。
やがて誰かの声がリングの完成を告げ、周囲からも歓声があがり、坂井がリングへ飛び乗った。
「さぁ!きやがれアモスッ。俺の正義と砂漠王の正義をかけて、勝負だ!!」

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