DOUBLE DRAGON LEGEND

第二十九話 暗躍する者達


レッカ火山は、今もなお溶岩が煮えたぎる活火山である。
洞窟内部の温度は、最低でも四十度近くまで達する。
両脇が溶岩に挟まれた細い小道を、進まなくてはいけない難所だ。
以前探索した時は石板など、どこにも見あたらなかったという報告を受けている。
「もしかして……溶岩の中に、沈んでいるのかもしれないね」
身を乗り出すシェイミーが、そんなことを呟いた。
ここへ来るまでに彼もゼノも美羽も既に汗だくで足はクタクタ、座りたくても足場が細く、休むことさえままならない。
そんな中、この発言である。美羽は、やや投げやりに応えた。
「もし沈んでいたとすれば、ワタクシ達には取り出せようもありませんわねぇ」
シェイミーと顔を見合わせたゼノが無言で頷き、背負っていた大剣を小道に突き立てる。
何をする気なのかと美羽も黙って眺めていると、彼がボソリと呟いた。
「デスアーム」
すると彼の声に反応したかのように剣が形を変え、ゼノの体へ張り付いていくではないか。
全身隙間なく金属で覆われたゼノが、シェイミーへ囁いた。
「俺が行く」
「うん。気をつけてね」
剣だったものに包まれたゼノが溶岩へ足を踏み入れるのを、美羽はポカンと見送った。
だが、すぐ我に返ると、シェイミーの腕を捕まえて問いただす。
「な、何なんですの!?今のはッ」
「今のって?」
「今の、変化した剣ですわぁ。あんなの、どの国でもお目にかけたことがなくってよ?」
ああ、とシェイミーは頷き、美羽へ向けて微笑んだ。
「プレイスが、あ、プレイスっていうのは、ボク達がいたキャラバンのリーダーなんだけど。彼が作った特製のギミックだからね。よその国で見かけなかったとしても、当然だよ」
ゼノとシェイミーの二人は、幼い頃から行商人のグループと行動を共にしていた。
ギミックは、行商人のリーダー・プレイスがゼノにプレゼントした武器であった。
普段は大きな剣の形を保っているが、かけ声一つで鎧や乗り物に変化する仕組みらしい。
ゼノの声紋パターンが登録されており、彼以外の者には使えないという念の入れよう。
ギミックは、完全にゼノ専用の武器というわけだ。
「キャラバンなんて不確定な商売を、これからも続けていけるかは判らない。自分の身は自分で守れって……そう言って、彼はゼノにプレゼントしたんだ」
過去に想いを馳せるシェイミーへ、美羽が尋ねた。
「アナタには何もプレゼントしてくれなかったんですの?その人は」
シェイミーは肩をすくめる。
「ボクは武器を使えるようには見えなかったから。プレイスも遠慮したんだろうね」
確かに、こうして話している限りは単なる華奢な少年に見える。
目の前で変身されなければ、とても彼がMSだとは気づかないであろう。
「その代わり、彼はボクに言ったよ。いつ、いかなる時でもゼノの元を離れるなって」
「全く、その通りですな」
予期せぬ方向から予期せぬ声が響き、美羽もシェイミーも慌てて周囲を見渡した。
声の主を特定するよりも早く、背後から、ぬぅっと伸びてきた手がシェイミーの口を塞いで拘束する。
「むぐぐっ、ふぐぅっ!」
暴れる少年を、ものともせず掴んでいるのは、黒服の大男だ。
服の上からでも、ハッキリ見て取れるほどの筋肉質。
あれではシェイミー如きじゃ脱出できまい。
続いて伸びてきた手から逃れた美羽は、ぞろぞろと現われる人影に目を剥いた。
いつの間に、尾行されていたのだろう?
声がするまで全く他人の気配など感じなかったはずだが……
「おい」
別の男が美羽に命じた。
「溶岩の中に潜っている奴に言え。石板を我々に渡せば、ぼうずの命は助けてやると」
何者だ。用心深く奴らを見据えながら、美羽はゆっくりと応じる。
「……石板が溶岩の中にあるとは、限らなくてよ?」
黒服の大男は全部で四人。内一人がシェイミーを捉え、もう一人は美羽を捉え損ねた。
黒服に両脇を守られるようにして、一人だけ白衣の中年が立っている。
声をかけてきたのは、この男か?睨みつける美羽へ、中年が話しかけてきた。
「そう殺気立たれては困りますな。いや、我々も火山の隅々まで調べ尽くしたのですがこれまでに何も発見できずに困っておったところでしてな」
先ほどと同じ声。美羽の脳裏に閃くものがあった。
「アナタがO伯爵とおっしゃる方?」
伯爵の話は葵野経由で聞かされている。
港町にて、ローランド兄妹と葵野にエジカ博士への伝言を頼んだ謎の男だ。
美羽の推測に白衣の中年は、おぉ!と驚き、自分のおでこをピシャリと叩く。
やたら芝居がかった態度に心持ち白けながら、美羽は彼の言葉を待った。
「いやはや、いやはや……太古の英雄様にまで、この私めの名前が届いていようとは。いや、これは驚きましたな。そうです、私こそがO伯爵。いえ、これはコードネームでしてね」
「アナタの名前など、どうでもよろしいですわぁ」
長くなりそうな伯爵の話を途中で遮ると、美羽は悠然と言い放つ。
シェイミーを人質にとられているのは痛いが、それを弱味に変えてはならない。
伯爵に優勢な状態で、話をすすめてはいけない。
こいつらに石板を渡しては、いけない――と、美羽の脳裏で警鐘が鳴り響く。
大体、苦労して取った石板を、なんでコイツらに渡してやらなければいけないのだ。冗談ではない。
「アナタがたが石板探知機を持っているというのは、本当でしたのねぇ」
汗を拭き拭き、伯爵も応える。
「えぇ、石板が火山にあると御申告しましたのに貴方達が動いてくれないものだから私としましてもね、冷や汗が出ましたよ。これじゃ使命を果たせない、と」
物腰は柔らかいが、自分達の思い通りに動かないと不平を垂れるあたり上から目線である。
「使命?アナタの使命とは、なんですの?」
溶岩の中からゼノが現われて「あった」などと報告しやしないかと美羽は内心、心配する。
このタイミングで顔を出されては、相手が有利な展開へ持っていってしまう。
幸か不幸か今のところ、彼は溶岩に沈んだまま、それっきりなのだが……
「石板を司教の元へ持ち帰ること――それが私の使命です。さぁ、おしゃべりは、このぐらいにして、彼に命じてくれませんかね?その手に持っている石板を、我々のほうへ放り投げてくれないか……と」
えっ、となって美羽がゼノの沈んだ辺りへ目を凝らすと、ボコボコと煮立っていた表面が渦を巻き、ギミックに包まれたゼノが姿を現した。
「アナタ……いつから戻ってきておりましたの?」
呆然と呟く美羽へ、申し訳なさそうに鎧が項垂れる。
手には石板を掴んでいた。
O伯爵が勝ち誇る。
「申し上げたはずですよ、我々には石板探知機があると」
石板を見つけたゼノは、飛び出すタイミングを見計らっていたのだろう。
うまく隙をついて、シェイミーを助け出す。
しかし探知機を持つ伯爵は、彼が溶岩の中で息を潜めていることなど、お見通しであった。
彼の手の中にある石板が、探知機に反応していたからだ。
ゼノが美羽を見る。
渡すのかどうするのか、最終決断を美羽に委ねるつもりか。間髪入れず、美羽は叫んだ。
「石板を渡してはなりませんわ!」
「おぉっと」とシェルミーを掴んだままの大男が、少年の体を前に突き出す。
シェルミーは片手で頭を捕まれており、足が地に着いていない。
「こいつの存在を忘れるなよ?石板を先に渡せ、解放はその後だ」
ふんと鼻先で嗤い、美羽が男を睨み付ける。
「石板とその子を引き替えるなどという交換条件、一体誰が承諾致しましたのかしらぁ?」
「何だと!?」
途端に色めき立つ黒服達。
ゼノも例外ではない。非難めいた目が、鎧の隙間から覗いている。
その目を真っ向から無視し、美羽は高飛車に言い放った。
「その子を殺したいなら勝手になさぁい?ですが、殺せば石板はお渡ししなくってよ」
ところが伯爵も然る者、美羽の脅しに動じた様子はない。
「よいでしょう、よいでしょう。なにも殺すだけが人質の使い道ではありません。決めるのも貴女ではありませんしね。決めるのは、あくまでも現時点で石板を手にしている鎧の君。君なのですから」
やれ、と目で命じられた大男が頷き、シェイミーのシャツを捲りあげる。
薄い胸に、びっしりと汗をかいた体が露わになった。
「なっ、何をするの!?」
シェイミーの悲鳴があがり、過敏に反応するゼノを、こちらも美羽が視線で制した。
大男はシェイミーへ答える代わりに、薄ら寒い笑いを口元へ浮かべる。
「へっへっへ……随分と汗をかいているじゃねぇか。汗をかきっぱなしじゃ風邪ひいちまうぜ?心優しい俺様が拭ってやろう」
言い終わるが早いか、べろりと細い体に舌を這わせる。
桜色の乳首を、ちゅうっと吸い上げた。
「ひィンッ!」
シェイミーは仰け反り返り、可愛い悲鳴をあげる。
ゼノが再び、激しく反応した。
「落ち着きなさい!奴らの挑発に乗ってはいけませんわぁッ」
美羽も、すかさず叱咤する。
ゼノの目線は真っ直ぐ囚われのシェイミーへ向けられ、微動だにしない。
握りしめた拳が小刻みに震えている。
「ズボンのお尻も汗でグチョグチョに塗れてるぜ?」
彼の目の前で、大男がシェイミーのズボンへ手を差し入れる。
「あっ……だ、駄目っ」
シェイミーは内股で抵抗するが、男の手を余計股間に密着させるだけで抵抗になっていない。
男が手を少し動かすだけでも感じるらしく、少年はビクビクと体を震わせた。
「さぁ、どうしますか?鎧の君。大人しく石板を返すのであれば、この子も帰しましょう。ですが……渡さないと言うのであれば、彼がもっと恥ずかしい目に遭ってしまいますよ?」
ねっとりと囁きかける伯爵に、ゼノが己の手の内を見つめる。
石板を渡そうかどうしようか迷っているのだ。
このままでは彼が渡してしまうことなど、美羽でなくても簡単に予想できる。
「ゼノ、渡すぐらいならば――」
壊してしまえ。
そう伝えようとした瞬間を見計らったように、シェイミーの喘ぎが美羽の声に重なった。
「あッ、あッ、そこッ、触っちゃ、嫌ぁッ!ゼ、ゼノ、ゼノッ、あふゥンッ」
ズボン、パンツも半分以上ズリ下げられたシェイミーは、股間を露出させられていた。
男の手が、しっかりとシェイミーの男根を握りしめ、親指で先端を弾いているのだ。
弾かれるたびにシェイミーの体は激しく痙攣し、彼は泣きながらゼノに助けを求める。
だが迫り上がってくる快感がSOSすらも掻き消してしまうのか、叫びは所々喘ぎに変わった。
「ヘッ、ゼノって誰だよ。ゼノは、こんなこともしてくれるのかい?」
別の男が剥き出しの尻へ手を這わせる。
「いや!」
反射的にシェイミーが振り返った隙を見て、握っていた男の手が上下に動き出す。
「あぁッ!!」
再びビクビクと激しく痙攣し、シェイミーが体を突っ張らせる。
前と後ろを同時に攻められ、目を閉じて必死に快感を耐えようとしているのが、何ともいじらしい。
「――やめろ!」
ついに鎧の奥から、血を吐く叫びが飛び出した。
誰もがゼノに注目する。O伯爵が薄笑いを浮かべた。
「ようやく石板を渡してくれる気になってくれましたか?」
ゼノはコクリと頷いた。
「いけません!渡すぐらいならば破壊なさぁい!!」
叫ぶ美羽を一瞥すると、真横に首を振る。
「駄目だ。石板を壊せば、奴らはシェイミーを殺す」
黙って睨み合うこと数十秒。先に折れたのは、美羽であった。
「……仕方ありませんわねぇ。せっかく生まれてきた十二真獣、二人を一気に失うのも悔しいですし。石板を、お渡ししますわぁ。ですから先に、その子を解放して下さいますこと?」
「石板が先だ!」と吼える部下を制して、伯爵が一歩前に進み出る。
手に構えているのは、小型の銃だ。
「いいでしょう。ただし約束を違えれば……この子の背中に風穴が空きますよ?」
小さく呟き、ゼノの鎧が大剣へと姿を変える。
片手に大剣、もう片方に石板を掴んだまま、彼は頷いた。
「判っている。約束を違えはしない」
伯爵も頷き返すと、大男に命じる。
「放しておやりなさい」
解放されたシェイミーが勢いよく走ってくる。
一直線にゼノの胸元へ飛びつき、しゃくり上げた。
「ゼノ、ゼノ、ゼノォッ!」
しっかと抱きついてくるシェイミーの背中を、ゼノの手が優しく撫でてやる。
「ゼノ、ボク、汚されちゃった……汚されちゃったんだよぅ。ゼノ以外のひとに、あんなことっ」
泣きじゃくる彼をゼノは静かに、だが力強く慰めた。
「大丈夫だ、シェイミー。お前は汚れてなど、いない」
「石板を」
伯爵にせかされ、ゼノは石板を放り投げた。
宙に舞う石板を伯爵が受け取る前に、大剣を一閃する。
――パキン、という軽い音がした。
真っ二つに割れた石板が降ってくるのを唖然として眺めたのは伯爵一行だけで、彼が何をする気か咄嗟に理解した美羽は、石板が地面に落ちるよりも早く伯爵の足下へ這い寄っていた。
「お静かになさいませ。少しでも動けば、この醜い足をガブリと噛みきってやりますわよ?」
黒い蛇が伯爵の足下に絡みついて威嚇する。
彼女の性格なら伯爵だけではなく、例えば黒服の誰か一人が動いたとしても噛みつくであろう。
伯爵は瞬く間に青ざめ、配下の男達も誰一人動かない。
否、動けなかった。
彼らの司令塔はO伯爵一人、許可無しに行動も取れない軍団である。
「銃をお放しなさぁい」
足下の蛇に命じられ、伯爵は青ざめたまま銃を落とす。
軽い音に耳をやり、蛇がしゅう、と息を吐く。
「弾をお忘れになったのかしらぁ?うっかり屋さんですわねぇ」
銃は威嚇だった。
弾を込めなかったのは撃つ気がなかったのか、それとも銃を撃ったことがないからなのか。
どちらでもいい。続いて美羽は命じた。
「良くできました。さぁ、次はワタクシがいいと言うまで、お歩きなさぁい」
「ど……どこへ?」
ろれつも回らぬ調子で伯爵が尋ねる。
美羽は素っ気なく答えた。
「方向はワタクシが決めます。アナタは、その通りに歩けば宜しくてよ。まずは回れ、右」
言われたとおり、右へ向き直る。
道の左右は、どちらにも溶岩が煮えたぎっている。
つづく美羽の言葉に、伯爵は己の耳を疑った。
「まっすぐ前へ」
「ま、前に?しかし前には道がありませんぞ!?」
「前へ。お進みなさい、じゃないと足を食いちぎりますわよぉ」
いくら小さな蛇とはいえ、彼女はれっきとしたMSだ。
本気で噛みつけば、この程度の足ぐらい簡単に噛み切れよう。
伯爵は真っ青な顔に脂汗をにじませ、一歩、一歩、ゆっくりと溶岩へ近づいていく。
あと一歩踏み出せば溶岩の中へドボンと墜落する手前で、美羽が言った。
「どういたしましょうかしらぁ。このまま前に進ませるだけでは、芸がありませんわねぇ」
ひッと伯爵の喉が鳴る。
「勘弁してくださいよぉッ。私は、ただ司教の命令で仕方なく」
「司教というのは、ドナタかしらぁ?」
間髪入れずに美羽が尋ね、震える声ながらも、O伯爵はベラベラと答える。
「司教ですか?K司教です、私の上司にあたる御方ですよ。えぇ、石板を探せと私に命じたのも、K司教なんです。ですから私は悪くない」
「アナタがたが属するのは、キングアームズ財団でして?」
次から次へ浴びせられる質問へ疑問を感じることなく、伯爵は次々と答えた。
「い、いいえ。我々はパーフェクト・ピースという団体に所属している者です。貴女達と敵対している、キングアームズ財団の者達とは別物でございますよ」
いや、少しは疑問を感じていたかもしれないが、彼はとにかく必死だった。
目の前の溶岩は、ぼこぼこと泡立っており、熱気に煽られただけで汗びっしょりになった。
美羽の気分一つで、そこへダイブさせられるかもしれないのだ。必死になるのも当然だろう。
「あら、そう」
蛇が鎌首を持ち上げた。微かに開けた口からチロチロと舌を出す。
「砂漠でワタクシ達を襲ったJ侯爵というのも、アナタがたの仲間ではありませんこと?」
尋ねながら、今までの情報を脳裏でまとめる。
パーフェクト・ピースについては、ごく最近、聞いた覚えがある。
知人リッシュがくちにした名前だ。東大陸に根城を持つ、自称平和主義団体。
彼らが東に拠点を持つというのなら、トレイダーの配下が共にいたのも納得がいく。
トレイダーは頻繁に東の首都、中央国を攻めていた。
財団の意向とは関係なく彼の独断でだ。
もしパーフェクト・ピースが首都滅亡を目論んでいるのならば、両者が手を組むのは想像に容易い。
「そ、そうです」
汗にまみれた顔を歪ませて、O伯爵が微笑む。
愛想笑い全開で、汚い顔が余計見苦しい。
しかし、そうなるとやはり、あの男の顔に見覚えがないのは当然だったか。
財団の残党を名乗ったのは、財団に罪をかぶせるためであろう。
つくづく図々しい似非平和主義者だ。
音も立てずに近づいてきたゼノが、伯爵の腕を後ろへねじり上げる。
それだけで彼は「ひぃ!痛い、殺される!!」と情けない悲鳴をあげ、足下の蛇にも嘲笑われた。
「殺したりしませんわぁ。アナタには、もっと詳しい話を聞かせて頂きますもの」
ゼノに続いて近づいてきたシェイミーが穏やかに話しかけた。
「ね、ボクの目を見て?ボク、もう怒っていないよ。あなたが大人しくしてくれるなら、このまま解放してあげる……」
話しかけてから数分と経たずにO伯爵は大人しくなり、黒服達はというとゼノと美羽に蹴散らされた。


火山で美羽達が割れた石板とO伯爵の捕獲に成功した頃、砂漠では狂ったウィンキーを相手にリオが死闘を繰り広げていた。
襲撃されて早々、アモスは王を庇って瀕死の状態。
砂漠都市が誇るラクダ部隊も、大猿の投げつけてくる瓦礫の破片や石畳を避けるので精一杯だ。
リオとて一応MSの端くれ、隙を狙っては後ろ足で蹴りつけてやっているのだが、効果の程は芳しくない。
ほとんど効いていないといっても過言ではなく、大猿はケロリとした表情で暴れ続けた。
「ウィンキー!目を覚ませ、俺だ、リオだ!リオ・マンダだ!!」
遠巻きに走り回りながら、リオは何度も声をかけた。
しかし猿が正気に返る様子は見受けられない。
尻尾で叩きつけられ、ラクダの一頭が宙を舞う。少年王が悲鳴をあげた。
ラクダは地に勢いよく墜落し、呻いている。
すぐには動けまい、受け身も取れずに落ちたのだから。足が折れていても、おかしくない。
MS部隊が上手く戦えないのは、隊長のアモスが不在というだけではない。
少年王キュノデアイスの存在もまた、彼らの足を引っ張る理由の一つとなっていた。
王はMSではない。正真正銘、普通の人間だ。
瓦礫が当たれば怪我もするし、万が一、猿の攻撃を受けようものなら一撃即死は免れない。
従って、王を護衛しながらの戦いとなる。
動きが大幅に制限され、やりにくいこと、この上ない。
大猿は、その辺りもキチンと把握しているようで、わざと少年王を巻き込む攻撃を放ってくる。
目は充血し口元から涎を垂らしていても、案外正気なのではないかとリオは疑った。
しかし正気ならば何故、砂漠王を彼が襲うのだ。
リオは、自分だけなら攻撃されても仕方がないと思っている。
彼が一行の元を離れる結果となったのは、彼の大事な――大事な誰かを、リオ達が失わせたから。
大事な誰かとは、誰なのか。あいにくと思い出せないが、そのように記憶している。
だが、少年王は違う。彼はリオ一行とは、直接の関わりがない。
ウィンキーの身に起きた不幸だって、王は知らないはずだ。
それに話を聞けばウィンキーは初め、砂漠王と傭兵の契約を行っていたというではないか。
守ることはあっても襲いかかるなど、断じてあり得ない。
ウィンキーが恩知らずのサル頭でもない限り。
アモスは、まだ目を覚まさない。
大猿相手にリオ一人で戦うのは、いくらなんでも荷が重すぎる。
悩んだのも一瞬で、彼は素早くラクダ部隊へ声をかけた。
「王と怪我人を乗せて撤退しろ!早くッ!!」
自身もクルリと身を翻し、蹄が砂を蹴り上げる。
ウマやラクダが全力疾走するのだ、猿の足では到底追いつけまい。
リオは何処へ向かうというアテもなく、ただひたすらに全力で走り出した。

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