DOUBLE DRAGON LEGEND

第三十話 東へ


東大陸、蓬莱都市。
とりたてて名所もなく、首都からも遠く離れた過疎都市の一つである。
近頃世間の噂となっている新興宗教軍団『パーフェクト・ピース』の本拠地は、この都市にあった。
表立って堂々と構えているわけではない。
だから都市の住民も、彼らの存在を知らないでいる。
教団の構成も明らかにされていない。
ただ、教祖の名前だけは知られている。
なぜなら、世界的にも有名な人物だったからだ。
クリム・キリンガー。
かつてキングアームズ財団に所属し、MS研究の権威として世に崇められた男であった。

薄暗い建物の中、円卓に座った男達が何事か話し合っている。
「君の作ったドールは全滅してしまったようだな」
中央に座った男が、斜め前に座るトレイダーへ目をやる。
視線にたじろぐ様子もなく、トレイダーは前髪をかきあげた。
「ドールなど、研究途中の戯れにすぎません。それに彼ら十二真獣もまだ、力を十二分も出しておりませんよ」
途中で遮ったのは甲高い声の青年。葵野達へJ侯爵と名乗った、あの青年だ。
「しかし虎は重傷、龍も意識不明だというじゃないか」
「確かに」
トレイダーが彼を見る。
「龍が意識を取り戻さないのは、私も不思議に思っています」
殺戮MSに襲わせて、葵野を仕留めさせた。
完全に息の根を止めたわけではないが、虫の息だったはずだ。
だが、彼の体は快復に向かっているという。何故だ?
美羽達の会話を盗聴した限りでは、力也の体には有希が取り憑いているらしい。
有希というのは、先代龍の印である。有希の力が力也の体へ発動したということなのか。
虎も龍も、首都に住むモグリ医者の元へ運び込まれた。
あの医者モドキは昔、B.O.Sで働いていたこともある。美羽と知りあったのは、その頃だ。
正規の医者資格は持っていないものの、医者としての腕は確かなものがある。
今頃は坂井も彼の手厚い看護を受けて、意識を取り戻している頃だろう。
「それに伝説のMS達。彼らは余裕でMDを蹴散らしました。真っ向から力押しで攻めるのでは彼らを消し去ることなど、到底無理でしょう」
「では、どうしろと?」
中央の男と、トレイダーの視線が真っ向からぶつかり合う。
睨み合っていたのも、ほんの一瞬で、トレイダーは、さりげに視線を外して答えた。
「石板の収集を最優先とします。我々の持つ石板が二枚。彼らの持つ石板が二枚」
がたん、と席を蹴って誰かが叫んだ。
「奴らの持つ石板が二枚?では、O伯爵は失敗したのか!?」
えぇ、と声には出さずトレイダーが頷く。
「彼は捕虜となりました。そう、彼の部下が報告しています」
「なんということだ……」
あちこちから、失望の声が囁き漏れる。
「彼らの手から石板を奪い返さなくては、いけません。再度、西の首都へ襲撃をかけましょう」
「しかし」
野太い声が遮り、太った中年がトレイダーを不安げに見つめた。
「力押しで真っ向から攻めるのは無理と、君は先ほど言ったばかりではないかね?」
「えぇ、言いました。ですから」
トレイダーは流し目で彼を見つめ返す。
「力押しではなく、今回は懐柔作戦でいきます。まずは平和主義のお嬢さんと対談の用意を」

死火山に籠城中の該から美羽へ伝達が届いたのは、火山から戻る途中の帰路。
手が空いているのならば、すぐにでも来て欲しい。
そういう内容だった。
「ワタクシを呼びつけるなんて、何様のつもりかしらぁ」などとぼやいてみたものの、該から連絡があったのは素直に嬉しい。
坂井達の元へ戻る予定だったのを変更して、その足で死火山へ向かうことにした。
美羽はシェイミーとゼノへ振り返り、こう言った。
「アナタ方は、先にお戻りなさぁい。博士の下へはワタクシが向かいます。この石板を持って」
「えっ、でも、その石板は」
割れてしまったのではないか。
そう尋ねるシェイミーへ、美羽が微笑む。
「割れただけで、読むことは可能でしてよ。粉々にならなかったのは不幸中の幸いでしたわねぇ」
石板は横一文字に真っ二つされたが、地面へ落下した時には砕け散ったりしなかった。
割れた断面を貼り合わせれば、文字の解析ぐらいは可能であろう。
「それならば」
ゼノが口を挟んできた。
「我らは砂漠都市へ向かおう」
「砂漠都市?」
砂漠都市へは、司が一人で向かったはずである。
そういえば、未だ司からは何の連絡もない。
とっくに到着しているだろうに、何をやっているのか。
「砂漠都市の王が、兵を出したと聞いたんだ。留守の間、何か変化がないかと思って」と、シェイミー。
「そうですわねぇ」
いったんは美羽も同意しかけたが、すぐに思いつきを口にした。
「いえ、砂漠都市には白き翼が向かいましたから大丈夫ですわぁ。アナタ方は、砂漠王。キュノデアイスの足取りを探していただけますこと?」
間髪入れず、シェイミーが聞き返す。
「砂漠王の?でも、王は打倒財団の兵を挙げて何処かへ出かけたんでしょ?どうやって追えばいいの?」
結局、王を追うにしても一度は砂漠都市へ向かわねばならない。
そういう結論に落ち着いて、シェイミーとゼノは一路、砂漠都市を目指す。
その前に、首都へ立ち寄って荷物を取ってこようと考えた。
坂井たちの容態も、気にかかる。
美羽は彼らと別れ、一人で死火山へと向かった。

首都の裏路地にあるモグリ医者リッシュの家にて、坂井は夢を見ていた。
それは夢のようであって、夢ではなく妙にリアリティのある、不思議な夢だった。
夢の中だと自覚があるのに、目の前にいる人物と触れあった時の感触が手に残る。
目の前にいるのは有希だった。
先代龍の印であり、『神龍』と呼ばれた女性である。
「こうして話すのは、久しぶりだね」と、有希が笑う。
夢の中だからこそ、やたら気安く声をかけてくれるが、生前の有希は友達でも知人でもない。
有希は王妃の側近であり、中央国のシンボルでもあり、坂井にとっては雲の上の人物であった。
彼女と話したのは、後にも先にも一度だけ。B.O.Sの襲撃を受けた、あの日の夜だ。
死にかけた有希を偶然見つけた坂井に、彼女は「虎の印、貴方に力也を託す」と言って事切れた。
力也というのが誰なのかは、すぐに判った。
戦火で出会った、緑色の髪の毛をした少年だ。
のちに彼が第一王子だと判った時の、坂井の驚きといったら例えようもない。
虎の印が、なんであるか。
この謎を解明するのにも、力也が役に立った。
正確には力也の祖母が知恵を貸してくれた。
十二真獣についての知識なら、図書館で調べろと教えてくれたのだ。
坂井は大人しくこれに従い、図書館で答えを探し出す。
力也はその時、ついてこなかったように記憶している。
図書館は退屈だから嫌だ、とか何とか言っていたような。
ともあれ一商人の息子でしかなかった達吉が自分の能力を知ったのは、この時が初めてで、それ以降、彼は力也のボディガードを自称し、己の能力を高めるべく体を鍛え始めた。
いつか必ず、神龍のように強くなることを夢見て――
「なぁ、あいつは本当に神龍なのか?」
ずっと疑問に思っていたことを、坂井は尋ねた。
どうせ夢の中、答えがまともに返ってくるとは思っていない。
自分が知らない回答を、夢の中の有希が持っているとは思えなかった。
ところが有希は、あっさりと頷き、肯定する。
「そうだよ。力也も、この時代に生まれた龍の一人」
「龍の……一人?」
どういう意味だ。
龍の印は、一人だけが持つ称号ではないのか。
「もう一人は、まだ目覚めていない。けれど、あの子と同じ時代に生まれてきた命。私は、その時が来るまで、この子を守り続ける」
「ど、どういうことだ?十二真獣ってな、遺伝で生まれてくるんじゃなかったのかよ!」
坂井が叫ぶも、有希は黙って微笑むばかり。たまらず、彼は大声で喚いた。
「十二真獣って、一体何なんだ!」
しばらく黙っていたが、やがて有希は項垂れ、小さな声で答える。
「過去の賢人が創り出した、愚かな実験体。奇病を元に、人間の限界を越えた生物を創り出す研究をしたの。その成果が、私達」
そして、ごめんね、と謝った。
何故謝るのかと坂井が問い返せば、彼女は目を伏せた。
「私達の戦いは、私達の時代で終わらせておくべきだった。うぅん、戦いなんて初めからしなければよかったんだ。戦いが終わっても、私達の扱いは変わったりしなかった。道具が奴隷になっただけ。なのにツカサは、まだ戦いを続けようとしている。MSが人間として扱われる為に」
「いいことなんじゃねぇのか?」
第二次を画策したのは司ではなく、美羽だ。
MS戦争を始めるという美羽の意向に、坂井は反対していない。
むしろ賛成、そう言ってもいい。
前時代よりMSの扱いは良くなっているとはいえ、やはりバケモノ扱いされている事に代わりはない。
坂井とて幼少時代は周りの者達から、白い目で見られたことがないわけではないのだ。
力也と会うまで、彼は孤独だった。
せいぜい、お隣の律子ぐらいだった。彼をMSだからと差別しなかったのは。
所詮MSは同じMSとしか仲良くなれないのか。考えると悲しくなった。
「戦争が生み出すのは、傷跡だけ。MSの地位は一時的に良くなるかもしれないけれど、それは、やはり一時的なのよ。ツカサは、それを判っていない。判っていないからこそ、前大戦みたいな戦いを起こしたんだ。結果的には勝ったけれど、大きな犠牲を強いてしまった。MSにも、普通の人達にも」
きっと有希は、白き翼と争った一件を指して言っているのだ。
白き翼と神龍の仲違い。
中央王国に住む者ならば、誰もが知っている。
MS戦争に貢献した神龍を、思想の違いから白き翼が攻撃。
二人の争いは、天を割り大地を揺るがした。
白き翼に敗北した神龍は戦争の終盤でMS軍団を追い出され、中央王国へ渡る。
そして、中央国でMSと人々の為に戦い続けた――という伝承である。
大まかな内容は合っているのだろう。
しかし、真実はもっと違う展開だったのではないかと坂井は思い始めている。
実際に白き翼と出会い、司と一緒に行動してみて、彼に対する印象は、だいぶ変わった。
総葦司は自分勝手な奴ではない。彼は真にMSと人間との共存を望んでいる。
自分を犠牲にしてでも、人々を守る覚悟がある。
有希をじっと見つめたまま、坂井は尋ねる。
「あいつと喧嘩したこと、今でも許してねぇのか?」
「えぇ」
すぐさま答えが返ってきた。
「絶対に許さない」
「どうして?」
なおも尋ねると、初めて彼女は感情を露わにした。
「だってツカサはねぇ、見捨てろって言ったのよ!?あんなにお世話になった人達を!私達を匿ってくれた人達を、見殺しにしろって!!そんなの、できるわけないじゃない!それで抗議したら、私にまで暴力をふるってきて……!」
大事の前の小事か何かで、世話になった村を見捨てなければいけない事態になった。
それを有希は許せず、白き翼に反抗した――そんなところか。
有希の気持ちは痛いほど、よくわかる。
坂井がその場にいたら、恐らくは彼女と同じ気持ちを抱いたことだろう。
だが一方で、司の気持ちも坂井には判ってしまうのだ。
人間一人が守れる人の数など、たかが知れている。
一人で全ての人間を守るなんて、できやしないのだ。
いや、たった一人の人間でさえも守ることができない。
坂井だって葵野を、完全に守りきることができなかった。彼に大怪我をさせてしまった。
有希が力也に取り憑いていなかったら今頃は、と思うと、自分を絞め殺したくなるほどに憤る。
「有希、気持ちは判るけどよ。その頃は、あんたもあいつも英雄じゃなかったんだろ?十二真獣が、あんたの言うとおり、単なる科学者の創り出した研究成果だっつーんなら、あんたは司に過大な期待をしすぎたんじゃねぇのか」
坂井の言葉に、有希は目元の涙をぬぐい、小さく呟く。
「……そうだね、そうかもしれないね。私も、驕り高ぶっていたかもしれない。自分は強いから、弱い人達を守れるんだって……自惚れていたのかも」
有希の姿が、だんだんとぼやけてきた。
慌てる坂井に彼女が言う。
もうすぐ貴方は目が覚める、夢から覚めたら一路東を目指して欲しい。
「東にゃ今すぐにでも戻りてぇが……何故だ?何で、あんたがそれを俺達に薦める」
有希は苦笑し、後ろを向いた。
「ここで言っても、キミはきっと忘れちゃうよ。けど東につけば、次の目的が見つかる」
「次の目的?そこに石板があるってのか!?――おいッ!」
有希の姿が薄くなり、ついには見えなくなると同時に周囲がだんだん明るくなってきて、ハッと身を起こすと、そこは薄暗い部屋の一角で、薄汚れたベッドの上だった。
褐色の男が、心配そうに覗き込んでくる。
「どう?私の顔が見える?この指は、何本?」
差し出された三本の指を払いのけ、坂井は部屋の中を見渡した。
「坂井、おはよう」
視界に葵野を見つけた坂井は何も言わずにベッドから飛び降りると、ぎゅうと葵野を抱きしめる。
「えっ、わ、ちょ、ちょっと坂井!?」
「……すまねぇ」
力を全く緩めず、顔を伏せたまま坂井が謝る。
謝られた葵野は、さっぱり意味がわからず彼を見た。
「え?」
「お前を守るって約束してたのに、全然守れなかった。だから、悪ィ」
「い、いや」
そこまで謝られては、葵野の方が恐縮してしまう。
「ついていくって決めたのは俺だし、坂井は悪くないよ。こっちこそゴメン」
全然役に立てなくて、と言いかける葵野を制して、坂井が言う。
「東へ戻るぞ」
「え??ど、どうして?あ、そりゃ東は気になるけど、でも今は石板を」
「有希が言ったんだ。東に行けば、次の目的が見つかるって。だから行くぞ」
坂井の言葉は、にべもない。葵野は訳がわからず、きょとんとするばかり。
「え?有希って、有希ねぇが坂井に?え?どういうこと??」
相変わらず要領を得ない相棒に、坂井は苦笑した。
「お前は何も考えなくていいんだよ。いいから、一緒に来いっての」
「え、あ、で、でも俺達勝手に動いて」
「いいから来い!!俺が来いっつったら、さっさと来りゃあいいんだよッ!」
最終的には坂井に怒鳴られ、無理矢理手を引っ張られる形で部屋を出た。
褐色の男が見送ってくれたが、やたら急く坂井のせいで美羽へ伝言を残す暇もありゃしなかった。
だからシェイミーとゼノが荷物を取りに戻ってきた時には、すでにベッドはもぬけの殻で、東へ行くと騒いでいた彼らの様子を聞き出した二人は、その足で東の首都・中央国へと向かう。


「ほぉーう!ふむふむ、これはこれは、ほっほぅ!」
一方、美羽とレクシィを迎えたエジカ一行は、さっそく石板の解析に取りかかっていた。
美羽と該は互いの情報を交換し終わり、今後の方針を考えるべく頭を悩ませている。
該の話によれば、材料さえあれば石板探知機は何時でも作成可能だそうだ。
だが材料を取りに行ったタンタンの戻ってくる気配が、全然無い。
砂漠王を援護しにいったアモスとリオの消息も不明。司からの連絡もないという。
石板を囲んだ研究者が時折あげる歓声や奇声を疎ましげに眺め、美羽は言う。
「残る石板は三枚。何枚かは財団かパーフェクト・ピースが所持していると見るべきですわぁ」
「それはあり得る」と該も同意して、アリアへ視線をやった。
「ミスティルが向かった山頂に石板があると思うか?」
いきなりの質問に、アリアは戸惑ったようだった。
「え……?そうですねぇ」
悩んでいるそばから美羽に遠慮無く割り込まれ、アリアは沈黙を余儀なくされる。
「ミスティルのことはミスティルに任せておけばよろしいですわぁ。あるにせよ、ないにせよ、どちらにしても戻ってくるのは確実ですし」
該も話題を変えた。
「司からの連絡がない。これは、どう見るべきだろう」
「連絡がないといえば、アモス、でしたかしらぁ?あの男からも連絡がありませんわねぇ」
美羽が眉を潜め、該へ囁く。
「ワタクシとレクシィで見て参りましょうかしらぁ」
そのレクシィだが、隠れ家につくなりパタリと昏倒してしまい、今はベッドを占領している。
強い力を使ったので疲れてしまったのだ、というのがエジカ達の下した判断であった。
即座にアリアが反対した。
「駄目です!彼女は、とても疲れているんです。休ませてあげないと」
「だが、いつまでも此処に潜んでいるわけにもいかない」
該は目を伏せる。
「そうですわねぇ」
テント内を見渡し、美羽も肩をすくめた。
「ありあわせの機材、ありあわせの薬。レクシィを休ませ石板探知機を作るには、すこぉし心細い環境じゃございませんこと?今すぐ場所を移す必要がありますわぁ」
「……アテがあるのか?」
「あるんですか!?隠れる場所が」
アリアと該、二人の声がハモり、美羽は少し機嫌を悪くしながらも頷いた。
「木を隠すなら、森の中。遠方に隠れるのではなく、奴らのお膝元で匿って頂くというのは如何かしらぁ」
「奴ら?」
きょとんとするアリアの横で、該が閃く。
「東へ渡るというのか……?」
その通り、と該の顎へ指を這わせて美羽は頷いた。
「正しくは中央国へ入ります。中央国は葵野力也の故郷ですもの、王妃様だって全力で彼を守って下さるはずですわぁ」
ただし、王宮が財団の生き残りに潰されていなければ……の、話であるが。

エジカ博士達が心待ちにしているタンタンは一体何をしているのかというと、砂漠のど真ん中で迷子になり、逃走してきたリオと合流し砂の海を疾走していた。
リオの話を聞き、タンタンは仰天する。
「ちょ!あんた、まさかつけられてないでしょうね!?」
ウィンキーを心配するのではなく自分の心配ばかりする彼女にリオは内心幻滅しながらも、首を真横に振って「それはない。むしろ危険なのは、アモスとラクダ部隊だ」と答えた。
逃げる最中で視界に入ったのは、まっすぐアモス達を追いかけてゆくウィンキーの姿。
彼はハナからリオなど眼中になく、砂漠王だけを狙っていた。
何故、ウィンキーがキュノデアイスを目の仇にするのか?
もしウィンキーが誰かに操られているとしたら?
彼を操っている黒幕の存在を、リオは考えてみた。
すると答えは、するすると頭の中に浮かんできたのである。
砂漠王と首都のサリア女王を邪魔に思う人間がいるとしたら、その者は何が狙いなのか。
恐らくは、戦争。
MSを滅せんとする輩にとって、平和主義を唱える二人は邪魔者でしかない。
とすれば数も絞られてくる。
ウィンキーを操っているのは、財団の生き残りか。
或いは、リオの知らない新しい敵かもしれない。
ともかく一旦、全員と合流して、対策を考える必要があろう。
「あ、ちょっとストップ!オアシスよ、オアシスに寄ってって!」
ぐい、と耳を引っ張られ、リオは足と一緒に考え事もストップさせた。
「オアシスに何が?」
それには答えず、背中から飛び降りたタンタンは砂の上に這い蹲る。
かと思えば、すぐに身を起こしてリオをどやしつけた。
「何ぼさーっと突っ立ってんのよ!あんたも手伝ってよねッ。今から読み上げるから、そいつを探すの。いい?」
いいとも駄目とも言わないうちに、タンタンは懐から取り出した紙を読み上げ始める。
仕方なくリオも人の姿に戻って、砂の上に這い蹲った。


山頂から戻る途中――
ミスティルとリラルルは、砂漠都市へ寄り道することに決めた。
別に、これといって考えがあったわけじゃない。なんとなくの気まぐれだ。
リラルルの嘴には、しっかりと一枚の石板が咥えられている。
おしゃべりな彼女に持たせ、ミスティルは無言の旅を楽しんでいた。
石板は山頂で見つけたものだ。
何に守られるという訳でもなく、無防備な状態で地面の上に置いてあった。
期待外れなのは、山頂で待つという怪物が出てこなかったことぐらいか。
不思議に思ったのだが、二人ともあえて考えず、石板を拾って帰ることにした。
その途中での、寄り道である。リラルルに異存はない。
彼女は少しでも長く、ミスティルと二人だけの旅を楽しみたかった。
リラルルは、戦災孤児である。
前大戦の後、しばらくは小さな戦争があちこちで起こっていた。
彼女の村も焼けてしまい、途方に暮れている時にミスティルと出会った。
その頃の彼はチャラチャラした青年の姿をしていたのだが、リラルルは一瞬で恋に落ちる。
父親のように、時には兄のように彼女を可愛がるミスティルを、最初から恋愛対象として見た。
半身を探しているのだという彼に同情を寄せ、彼の力になることを己に誓った。
自分で言うのもなんだが、献身的に努めてきたほうだとリラルルは思っている。
だが父や兄のようには接してくれたけれど、ミスティルは、けして一線を越えてくれない。
リラルルの想いは、充分伝わっているはずなのに……
だから、二人っきりでいる今のうちに。彼をその気にさせる方法を考えよう。
ただ、その具体的な案は?というと、頭の弱いリラルルには何も思いつかなかったのだが……
「――むっ!?」
黙って飛んでいたミスティルが、急に声をあげる。
何を見つけたのか、とリラルルも彼の視線の先を探ってみたが、何も見つからない。
眼下に広がるのは一面の砂漠。地平線まで広がる、砂の海だ。
不意にミスティルが急降下を始めるもんだから、リラルルも慌てて舞い降りた。
着地する頃には、彼が何故突然降りたのかが判り、たちまちリラルルは不機嫌になる。
ミスティルの腕に、しっかり抱きかかえられていたのは、ぐったりとした黒髪の青年。
総葦司であった。
白かったはずの服は血と泥にまみれ、背中にも大きな傷跡がある。
「戌の印を、ここまで痛めつけるとは……相手は何者だ?」
ぶつぶつ呟きながら、ミスティルは司を脱がそうとする。
「何で脱がす必要があるのよー!?」とリラルルに邪魔されているうちに、司は目を覚ました。
「気づいたか、戌の印」
緩く頭を振り、抱きしめる力から解放された司が頷く。
「あぁ……酷い目に遭ったよ。砂漠都市は、もうお終いだ……」
「オシマイ?何があった?」
まだフラフラするのか、司の足下は頼りない。
だが支えようとするミスティルの手を断り、司は砂の上に座り込んだ。
「住民が全て、改造されていた……MSでありながら、MSではない物に。悪魔の所業だ。あんな真似をする者が、まだ地上にいたなんて!」
そこまで言うと、司は言葉を切った。
あとはミスティルに何を尋ねられようとも、肩を揺さぶられようとも、答えない。
やがて彼はリラルルとミスティルの二人を振り返り、きっぱりと命じた。
「東へ行こう。石板の捜索は後回しだ」
「東?」「東に何が?」
異口同音に尋ねる二人から地平線へ視線を移し、司が答える。
「パーフェクト・ピース……彼らを叩き潰すためだ。さぁ、急ごう。僕達には時間がない!」

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