DOUBLE DRAGON LEGEND

第二十八話 協力者


MSが奇病として世界に蔓延していた頃、当時の研究者の手によって記された板。
後世の者達は、それを石板と呼び、我が物にせんがため争っている。
石板には奇病としてのMSの成り立ちや、改造のプロセスが記されているからだ。
伝染の脅威が過ぎ去った今でも、MSの謎は全て解明されていない。
先人の残した知識は、今の研究者にとって、喉から手が出るほど貴重な存在であった。
現在のアムタジアにおいて、MS研究の権威と異名を取る研究者は全部で三名。

キングアームズ財団に所属する、クリム・キリンガー。
民間人でありながら、私設探索隊を所有するエジカ・ローランド。
そして、もう一人。所属不明ならば、過去の経歴も不明。
しかし戦乱の影には、必ず姿を現す男がいた。
その男の名は、トレイダー・ジス・アルカイド――


御堂美羽が負傷した坂井を連れ込んだのは、首都サンクリストシュア、その裏路地だった。
表通りが華やかな町並みに反して裏通りは汚いというのは、どこの都市でも必ず一ヶ所は見かける光景だ。
サンクリストシュアまでもが定番の裏路地を持っていることに、ミスティルは密かな驚きを感じていた。
前時代の大戦が終わってから、この都市は誕生した。
首都の繁栄には、白き翼が深く関わっている。
あの潔癖で、かつ他人にも完璧さを求める絶対なる正義漢の総葦司が、裏路地という不浄な場所を残しておくというのは少々意外であった。
度重なるMS襲撃の前に表通りは散々たる光景を残していたが、裏路地は、そうでもない。
ここまでは襲撃の手も伸びてこなかったのだろう。
薄汚い格好の住民は普段通りの生活を営んでいる。
美羽は汚い路地を一度も迷わずに進んでいく。
道幅が狭くて巨体のミスティルやゼノは通るのに苦労したが、何とか彼女を見失うまいと後を追う。
「ここへ何度か来たことがあるのか?」
ミスティルが尋ねると、美羽は振り返りもせずに頷いた。
「えぇ。個人的な用でね」
「個人的な、用?」と尋ね返したのは、新参の少年シェイミー。
やはり振り返らず、美羽は答えた。
「世界名簿に名を連ねてはおりませんけれど、今から会う人物もMSの研究をしておりましてよ」
まだキングアームズ財団の手足となっていた頃に知りあったのだという。
財団は石板を探していたが、これから会う人物も石板を欲していた。他ならぬ、自身の研究のために。
「その人は、石板を手にして何をどう研究するつもりだったの?」
またもシェイミーが尋ね、美羽が足を止めて振り返る。
「ワタクシも同じ疑問を持ちまして、彼へ尋ねましたわぁ。そうしたら、あの男。MSを完全に人間へ戻すための研究だと、お答えになりましたのよ」
「人間に……?馬鹿な、MSの力を失ったら、俺達は戦えなくなる」
不満げに鼻を鳴らすミスティルを冷たい視線で一瞥し、美羽は肩をすくめた。
「……オバカさん。ワタクシ達が何故、財団へ戦いを挑むのか。原点をお忘れになっているのでは、ございませんこと?」
MSが何故、MSではない人間へ戦いを挑むのか。
――決まっている、人間としての生活を取り戻すためだ。
ではMSがMSでなくなってしまえば、どうなるのか?
答えは簡単だ。もう、戦わなくて済むようになる。
人が人ではないモンスターへ変化してしまうのは長年の間、奇病とされてきた。
病気だというならば、必ず治す方法があるはずだ。
「MSは奇病……か。しかし」
黙々と歩いていたゼノが、不意に言葉を発して美羽を見た。
「造られた存在の場合は、どうなる……?十二真獣は、奇病で誕生したMSではないはずだが……」
「それを調べるために」
美羽は、くいっと顎で上へ続く階段を示す。
「彼は石板を探していたのですわぁ。階段の上に彼の家がありましてよ。順次登っておいきなさぁい」
階段は今にも腐り落ちそうな雰囲気を漂わせていたが、ミスティルやゼノが足を乗せても軋みすらあげない。
「しかし、意外だな」
登りながらミスティルが言うのへ、美羽は訝しげに眉をひそめる。
「何が、ですの?」
口元を歪め、ミスティルも美羽を見た。
「貴様は俺と同じで、殺戮が好きだと思っていた。まさか普通の人間になりたいなどという願望を持っていようとは」
目前に迫ってきた扉へ手を掛け、彼女は小さく首を振る。
「別に殺戮が好きなわけでは、なくってよ。ワタクシはただ、向かってくる相手に手加減などという同情をしたくなかった。それだけですわぁ」
その思想のせいで、一度は最愛の恋人と喧嘩別れをしてしまった苦い思い出がある。
美羽も心の底では該と同じく、人としての幸せを望む一人の女性であった。

先に名をあげた三名の他にも、この世界にはMSを研究対象として選んだ研究者が数多くいる。
美羽の知人リッシュ・ルガルフも、その一人だ。
黒髪褐色で、学者にしては肉付きの良い男性である。
生まれは東だが、育ちは西。つまり首都で育った。
学校で学んだ過去の大戦。その歴史を追いかけるうちに、彼は石板の存在を知る。
周りの人間が異形の怪物としてMSを取り除く方法を探す中、人を変化させる病原菌の除菌方法を探した。
これは彼が彼なりに考えて選んだ、平和的解決の一つであろう。
リッシュが首都に住むのは、サンクリストシュアの女王サリアがMSとの戦いを否定しているからだ。
砂漠都市はMSを戦力として受け入れているし、中央国は威厳の一つとして扱っている。
だが、それでは駄目だ。
MSは、いつまで経っても特別な存在として忌み嫌われてしまう。
MSが普通の人間と相容れる方法。その鍵は、地下に眠る石板が握っている。
「残る石板には、強化方法と病気治療。合体吸収の方法が書かれていると予想されている」
彼が挨拶もそこそこに切り出したのは、未発見の石板には何が書かれているのかという巷の予想であった。
「私は病気治療の方法が書かれた石板を探している。他の三枚には興味ないね」
シェイミーが首を傾げる。
「随分はっきり言い切っているけど、必ずあるという保証でもあるの?」
リッシュは軽く苦笑し、訪れた全員分の珈琲を煎れると、一人一人にカップを手渡した。
「Sパーツの噂を聞いたことは、ない?そういう石板が書かれたという記述が、他の石板に記されていた。私達は、それを元に探している。でも私はエジカ博士と違って財も人手もないから、首都を訪れる傭兵や商人に情報提供を頼んでいる」
珈琲にくちをつけ、「あつッ!」とリラルルが飛び上がるのを横目に、ミスティルも尋ねた。
「これまでに手に入れた情報は、役に立たなかったのか?」
「役に立たないというよりは」
全員の顔を見渡して、リッシュは溜息をつく。
「手に入れたはいいけど、使う方法が見つからない。あなた達の中で、空を飛べるMSはいる?」
「空?」
全員の声が重なる。
「そう。私が手に入れた情報では、山頂と火山。そこに石板があるという噂」
「それなら、リラルルとミスティルで行ってくるのね!リラルルもミスティルも空を飛べるのね。二人で行けば、あっという間なのね〜」
素っ頓狂な声をあげたのはリラルルだ。
かと思えば、うっとりと目を閉じ、乙女ちっくな妄想に浸っている。
「あぁ、素敵!ミスティルと二人っきりの旅だなんて、久しぶりなのね」
乙女心で浮かれるリラルルを無視し、ミスティルがリッシュへ尋ねた。
「山頂というのは、何処の山頂だ?」
「ストレイド山。蜃気楼の魔物……という噂を聞いたことはないか?トレジャーハンターの間では有名な噂らしいんだけど。姿が見えない、だが人の声はする……山の上には、目に見えない魔物が宝物を守っているらしい」
「それが石板だという確証は?」
ミスティルの問いに博士は腕を組み、しばらく天井を見上げていた。
やがて向き直ると、真摯な表情でミスティルを見つめる。
「私の勘。トレジャーハンターが噂話として伝えながらも、誰一人として挑戦していない宝。それはきっと、金銀財宝の類じゃないからじゃないかと思う」
「石板は必要とする人以外には、何の役にも立たない代物だから?」と問うシェイミーへも無言で頷くと、彼は再び、ミスティルを真っ向から見据えた。
「私の憶測やトレジャーハンターの噂だけでは、あなたが信用できないと考えても当然だ。それでも、真実を確かめに行ってもらえるか?」
ミスティルは、すぐには応えず、代わりに別のことを尋ねた。
「火山は?何処だ、場所は」
リッシュは即座に答える。
「レッカ火山。活火山で、灼熱の溶岩が流れている危険地帯」
「あらぁ、ですが、その火山はワタクシ達が調べましたけれど、何も見つかりませんでしたわぁ」と、口を挟んできたのは美羽である。
「アナタ、その噂は、どこでお知りになりましたのかしらぁ?」
「パーフェクト・ピースという団体は、知っているか?」
リッシュの問いかけに、誰もが首を横に振る。初めて耳にする団体名だ。
「あなた達は知らないかもしれないけれど、最近、東大陸には不穏な動きがある。武力で大陸を制圧する中央国を倒し、平和主義を広めようとする動きが……私は東の商人から、その情報を知らされた。噂によると、彼らは石板探知機を造れるらしい」
「平和主義を推し進める輩が石板探知機を製造?フン、胡散臭いな」
即座にミスティルが否定し、美羽もナンセンスとばかりに肩をすくめて苦笑する。
「要は、中央国の独裁主義を許せない似非平和主義ですわねぇ。財団と同じ臭いがしますわぁ」
「私もそう思う」
リッシュは一同の顔を見渡した。
「でも彼らの罠にわざと嵌り、逆に彼らの一人を捕らえることができたなら」
「捕らえる?彼らの石板探知機でも奪ってやるんですの?」という美羽の意見には首を振り、リッシュは、きっぱりと言い切った。
「彼らの言う話が、本当か嘘かを確かめることが出来るはずだ」
ニヤリと口元を歪ませてミスティルが立ち上がる。
「いいだろう。山頂へは俺が行ってやる」
ちらっとベッドに眠る坂井を一瞥し、こうも続けた。
「俺が戻るまでに、奴らの治療を終わらせておけ」
坂井と葵野は、二人ともベッドに寝かされている。
葵野の怪我は完治していたが、意識は目覚めず、ずっと眠ったままである。
坂井は相変わらず重傷で、部屋に運び込まれるなり点滴を打たれ、ベッドに固定された。
「任せておいて。奇病治療はできないけれど、怪我の治療は私の十八番」
頷くリッシュに、ゼノが疑惑の眼差しを向ける。視線に気づいた彼は力強く答えた。
「……昔取った杵柄。私は以前、医者をやっていた」
医者をやっていたからこそ、MS変化を奇病と素直に受け止め、治療の方法を探したのか。
MS研究者の中にも、まともな人間がいることに、ゼノは少しだけホッとした。

「では、火山へ狩りに出かけるのはワタクシとアナタ達……で、宜しくて?」
リッシュの家を出て開口一番、美羽はシェイミーとゼノを一瞥する。
リラルルはどうするのかというと、当然ミスティルへ同行するつもりだと言い張った。
彼女の言い分に対し、ミスティルは意外にも寛大だった。
先の言い方だと一人で行きたがっているように美羽は感じたのだが、ミスティルは愛娘の同行を許したのである。
代わりに出がけ、ベッドに眠る坂井の頬へ口づけをかましてリラルルの気分を害させた。
「さっさと行くのね!皆、また後でなのねーっ」
不機嫌全開に頬を膨らませたまま大鷲に変化すると、リラルルは飛び立った。
遅れて紅の鳳凰も飛び去ってゆくのを眺めながら、美羽はゼノとシェイミーへ尋ねたのであった。
ゼノとシェイミー。
二人とも、砂漠の一戦へ途中参戦した新顔だ。
自称十二真獣だが、真獣を見本とした改造MSだというD・レクシィよりも信じられない。
しかし少なくともシェイミーのほうは、卯の能力を垣間見せている。
改造MSから坂井を救った瞬間を、ミスティルが目撃していた。
卯の印が持つ能力とは心を穏やかにさせる力である。
どんなに凶悪な輩でも、卯の印に声をかけられ見つめられるだけで闘う牙を失ってしまう。
それに彼は、兎に変化していたではないか。シェイミーはMS、これだけは間違いない。
では、こちらの大男――ゼノ・ラキサスは、どうなのか。
本当に十二真獣、いや、そもそも彼はMSなのだろうか?
砂漠に紛れ込んできた時、ゼノは最初から最後まで人間の姿で戦っていた。
午の印だと名乗られても美羽が信じられないのは、そのせいだ。
とはいえ、たかが大剣で殺戮MSやMDと互角に戦っていたのだから、彼も只者ではあるまい。
「えぇ。ボク達も、あなたと一緒に行くよ。別行動を取るのは危険だもの」
「危険?」
聞き返す美羽へ頷き、シェイミーはゼノを見上げて呟く。
「ここへ来るまでにも何度か襲われたよ。財団の差し向けたMS集団に。ボクはまだ、力を上手く使いこなせないから大変だった。でも」
ぎゅっとゼノの手を握り、彼は微笑んだ。
「ゼノが全部追っ払ってくれたんだ」
それまで無言で立っていたゼノがシェイミーへ微笑み返すのを見て、美羽は直感的に悟ってしまった。
この二人、恋人同士なんだわ……
彼女は急に、該が無性に懐かしくなった。
彼は何処まで避難したのだろう。側にいる小娘二人は、該に手を出したりしていないだろうか?
我知らず無意識にギリリッと歯がみしながら、美羽は三人を促した。
「……では、ワタクシ達も出発いたしましょう。レッカ火山へ」


美羽に浮気を心配されるまでもなく、該は二人の熱烈な誘惑に負けていなかった。
いや、それどころではなかった。
次から次に現われるMD軍団への対応で、身も心も疲れ切っていた。
山の中が戦場という事もあってか一度に襲ってくる数の少なさだけが不幸中の幸いで、アリアもタンタンも戦力にならず、実質彼は一人で大勢のMDを相手に奮闘した。
それでも該が途中で逃げ出さなかったのは、伝説のMSという肩書きと、司との約束。
それから、彼を慕ってくる多くの目があったせいだ。
大群の切れ間を見つけては、山の上へとトラックを登らせる。
山道は急斜の上デコボコで、今にもトラックが谷底へ落下するんじゃないかと彼らを不安にさせたのだが、車が山頂へたどり着く頃には、ようやくMD軍勢の追撃を振り切った。
「力のある者は手を貸してくれ。ここに拠点を作る」
トラックから飛び降りるや否や該はテキパキと皆に指示を出し、急増仕立てのアジトを作らせる。
とうに体力も限界だろうに、よく気力が続くものだと感心しながら、アリアは彼に駆け寄った。
「拠点作成は私達に任せて、貴方は休んで下さい。今、寝袋をお持ちしますから――」
アリアの気遣いは、横合いから飛んできた色っぽい声に邪魔される。
「ハァ〜イ、ガァ〜イ。こっち、こっちぃ〜ん」
見れば寝袋の中にタンタンが収まって、該を手招きしている。
添い寝してあげると言わんばかりだ。
該は平然と彼女を無視し、アリアへ視線を向けた。
「完成するまでは迂闊に休んでいられない。それに、お前達だけで作るのも無理だろう」
「ちょっとォ!せっかくあたしが一緒に寝てあげるっつってんのに無視することないでしょぉ!?」
キーキー騒ぐタンタンを思わずポカンと見つめてしまったアリアも、笑顔で該へ振り向く。
「判りました。でも、無理しないで下さいね」
「大丈夫だ。自分の体調は、自分がよく知っている」
該は頷き、なおも騒いでくるタンタンを無視し続けた。
「ガァ〜イィ〜、あんた、疲れてるんだから早く寝なさいよォォッ、グエッ!」
騒いでいたタンタンはギュムッと研究員の誰かに踏まれて、途中で潰れた蛙の如き呻きをあげる。
即座に彼女は研究員へ噛みつき、皆を呆れさせた。
「ちょっと!何で踏むのよ、痛いじゃない!」
タンタンを思いっきり踏みつけた研究員は、軽口を叩いて走り去る。
「そんな処で寝てるのが悪いんだよ。手伝う気がないならスミッコにどいててくれ!」
寝袋の中でふてくされるタンタンを盗み見て、該は人知れず溜息を漏らした。
わざわざ踏みつける必要はなかろうが、せめてアジト作成ぐらいは手伝って欲しいものである。
貧弱なアリアでさえ、荷物運びを手伝おうとしているではないか。
健気な姿だ。
ただし役に立っているとは、お世辞にも言えない。むしろ、邪魔になっている。
コーティとエジカは荷物運びに参加していないが、仕方ない。
エジカは老体だし、コーティも学者だ。
アリアと同じく貧弱な腕力しか持ち合わせていないだろうから、隅で大人しくしてくれた方がマシだろう。
タンタンには、サーカス団で培った体力がある。
従って、コーティやアリアよりは役に立ちそうなのだが……
まぁ、わがままな彼女に手伝ってもらおうなどと思う方が間違いだ。
何度でも言うが、タンタンの性根の曲がり具合は同じサーカス団に所属していた該が一番よく知っている。
早々に説得を諦めた該は戦闘で疲れ切った体に鞭打って、自ら荷物運びに加わった。

ありあわせの木材をかき集め迷彩に木の葉を散らしただけではあったが、ひとまず追跡の目を逃れられる程度には拠点も完成した。
中に機材を運び入れ、全員ようやく落ち着いたところでコーティが仕切り始める。
「砂漠の発掘は中止せざるをえないが、発掘作業全てを中断する訳にはいかん。我々の目的である石板は、まだ一つも手に入れていないのだからな!」
苦労して手に入れたはずの石板は、ミスティルの合体騒ぎで消滅した。
石板を見つける探索機器を作ろうにも砂嵐と襲撃のせいで、それどころではなくなった。
「ですが、どうやって探すんですか?」
研究員の一人が手を挙げる。
「クレーンも削岩機も、皆、砂漠へ置いてきてしまいました。我々には土を掘る手段もありません」
気むずかしく眼鏡を光らせ、コーティは彼を睨みつけた。
「君の肩から生えている二本の腕は、ただの飾りかね?道具がなければ素手で土を掘るしかあるまい」
遠回しに言っているが、彼の魂胆は判っている。
タンタンと該、二人のMS能力を期待しているのだ。
エジカの護衛任務は彼を完全に守り通すまで続くのだから、まだここで別れる訳にはいかない。
その間、発掘作業を手伝うのも悪くはない。
「ですけど……」
アリアは顔を曇らせ、兄を見た。
「肝心の石板が、何処に眠っているのか判りません」
その問いに応えたのは、エジカ博士だ。
「アリア、お前が希望していた石板探知機だがのぅ。材料さえ手に入れば何とかなりそうなんじゃ」
「えっ!?」
初耳だったのかコーティまでもが声をハモらせる中、エジカはニコニコと孫達の顔を見やる。
「構造までは以前より考えておった。だが、なかなかいい素材が手に入らんでな」
「では、材料さえ揃えれば宜しいのですね?して、その素材は何処で入手可能ですか!」
勢い込んでコーティが尋ねるのへは、何故か言葉を濁してエジカが該へ視線を移す。
何故こちらを見ているのか?
首を傾げる該へ、さも申し訳なさそうに博士は言った。
「その材料は、オアシス付近で手に入るんじゃ。一旦砂漠へ戻ることになるんだが……足の速い者が、サッと行って、サッと戻ってきてくれんかのぅ?」
獣と化して、おつかいに行ってくれと頼まれているのだ。
タンタンが即座に声を荒げた。
「イヤよ!トラックがあるんだから、あんた達の誰かが行ってくればいいじゃないッ」
「駄目だ。今、トラックを動かせば追っ手のMDに見つかる可能性が高くなる」
即座に否定したのは該で、彼はアリアに後を頼む。
「俺が行ってくる。俺の留守中は息を潜めて、じっとしていろ」
それにもタンタンが「あんたがいなくなったら、ここの守りはどーすんのよ!?」と反発。
アリアも、それには同意見だ。
「駄目です!該さんが行くぐらいなら、私が――」
「羊の足が速いか?」
兄コーティの的確な突っ込みに、アリアは後を続けられず黙るしかなくなる。
ああ、こんな時こそリオが側にいてくれたら。ひとっ走りで行って戻ってこられるのに!
「この中で足が速いのは、俺かタンタンのどちらかだ。だが……」
該は、ちらりとタンタンを見た。彼女は憤慨している。
頼んでも、嫌と言われるのは火を見るよりも明らかだ。
それに彼女に何かを頼むのは、五歳の子供をおつかいに出すよりも不安だった。
「タンタン一人では不安だ。俺が行こう」
なので正直に言ったら、本人に怒られた。
「何よ!あたしを五歳の子供かなんかと勘違いしてんじゃないの!?おつかいぐらい、サッと行ってサッと帰ってこられるわよ!馬鹿にしないで!!」
頭から湯気が噴き出しそうなほど怒り狂ったタンタンが、ギロッ!とエジカを睨みつける。
あまりの剣幕に脅えるエジカ博士へ手を差し出して、彼女は催促した。
「さあ!何買ってくればいいの?買い物リストを作ってよ、今すぐ!!」
「買うわけでは、ないんじゃがのぅ……」
博士は口の中でモゴモゴ言っていたがタンタンの剣幕には逆らえず、探して欲しい素材リストを手早く作ると彼女に手渡した。
半ばもぎ取るようにして、それを受け取ったタンタンは、もう一度エジカを睨みつけ、さらには該やアリアにも鋭い眼光を飛ばして怒鳴りつける。
「あたしがいない間、イチャイチャしてたらブッ飛ばすわよ!そんじゃあねッ!!」
ドスドス大股に出て行ったかと思えば、小さな兎の背中は森の中へ消えていった。
「…………」
「………………」
誰もが彼女の剣幕に唖然とした後、ぽつりとアリアが呟いた。
「結果的にはオーライ……でしょうか?」
誰ともなしに、全員が頷く。
「そう……だな」
結果的に戦うでもなく手伝うでもない無駄な人材を、おつかいへ行かせることに成功した。
後は無事に素材を見つけて戻ってくるのを祈るばかりだ。それが一番、不安だったのだが。

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