DOUBLE DRAGON LEGEND

第十三話 石板


サリア姫救出騒ぎから、半年が過ぎた。


「よーし、位置はそれでオッケェ〜!そのままリフトを下降してもらえる?」
削岩の音、作業車が走り回る音が、あちこちに響いている。
西大陸に広がる荒野の発掘現場。
男達はヘルメットを被り、皆一様に地面を掘った。
「なかなか出ないものですね……」
皆へ配るお茶を煎れながらアリアが呟くと、傍らに座っていた彼女の兄コーティは涼しい顔で呟いた。
「なかなか出ないからこそ、価値があると言うものさ」
彼らが採掘しようとしているものとは、石板だ。
かつて突然変異の病気が蔓延した時代に、当時の研究者が己の研究成果を石板に記した。
これまでに発見された板には、奇病の予防薬を作る方法が記されていた。
また、発見された板の記述を読んだところ、あと五枚ほどの石板が未だ地中に眠っているらしい。
残る五枚の石板には、一体何が記されているのか?
そうしたわけで、世のMS研究者達は今日も石板発掘に勤しむのであった。
アリアとコーティの祖父であるエジカ・ローランドも漏れなくその一人であり、兄妹は無理矢理参加させられるかたちで祖父に連れてこられ、手伝いをさせられている。
といっても肉体労働の苦手な二人は、主に資料のまとめや整頓を任されていた。
昼間は、こうやって作業風景をぼんやり眺めるぐらいしか、することもない。
土砂を運んできた馬が、ブルルッといななくと、アリア達の目の前で人の姿に変わってゆく。
背が高く浅黒い肌の青年に、お茶の入ったコップを差し出して、アリアは微笑んだ。
「リオ、お疲れ様です。お茶も煎れたことですし、少し休んでいきませんか?」
無言のままに頷くと、リオは差し出されたお茶に口をつける。
リオもまた、エジカ博士に強制でつれてこられ、貴重な労働力として酷使されていた。
もっとも彼は元々博士の助手だから、強制参加はやむを得ないのかもしれなかった。
「さて、と」
椅子から立ち上がり、コーティが歩きだす。
「兄様、どちらへ?」と尋ねる妹へは笑顔で答える。
「定時連絡だ。お前の友達が見つかったかどうか聞いてくる」
かと思えば、鋭い眼光でリオを睨みつけた。
「……私が居ない間、妹におかしな真似などするんじゃないぞ」
反論するでも言い訳をするでもなく、リオはただ黙って頷く。
その様子をジッと見つめ、ややあって満足したのか口元に薄い笑みを浮かべて、兄は去っていった。
「ごめんなさい、リオ。兄様が嫌な事を言ってしまって」
完全に兄の背中が見えなくなってから、アリアがリオに頭を下げる。
リオは首を振り、逆に労りの眼差しで彼女を見つめた。
「構わない。兄ならば、妹を心配するのは当然だ」
リオとアリアは、つい最近までエジカ博士の命令により二人だけで旅をしていた。
それがきっと、コーティの逆鱗に触れてしまったのであろう。
戻ってきてからというもの、彼はリオにだけは冷たくあたり、まるで下男の如き扱いをするようになった。
博士は、コーティには教えていなかったと見える。アリアの旅立ちを。
アリア曰く、兄様は極度の癇癪持ちであり躁鬱も激しいらしい。おまけに重度の妹溺愛ときた。
ならば博士が、あえて行く先と同行人を教えなかったのも何となく判る気がした。
不幸なのはリオではない。あの男を兄に持ったアリアのほうだ。
彼女が大きくなり、やがて恋をするようになったら――
コーティは、またも大騒ぎするだろう。そして、リオも。
リオも、それを考えるだけで胸が痛くなる。
彼女は気づいていないだろうが、リオはアリアの事が好きであった。
好きといっても、子供を可愛がる程度の好きではない。男女としての愛情だ。

アリア。
花のように愛らしい少女。
エジカ博士も溺愛している、語り部の末裔にして十二真獣の一人。

博士に命じられて、幼い彼女の世話をしているうちに、本気で愛するようになってしまった。
もしかしたら、その頃からかもしれない。
リオがコーティに嫌われるようになったのは。
その時分にはコーティもすっかり大人になっていたが、訳あって妹とは別居していた。
祖父エジカと彼らの両親が仲違いしたせいで、兄妹は離ればなれを余儀なくされていたのだ。
自分が知らない妹の姿を、リオは知っている。
それが嫉妬の引き金となったのは、安易に予想できる。
「リオ、そういえば……レクシィの様子はどうですか?大人しくしていましたか」
不意に声をかけられハッとなり、リオは我に返ってアリアを見る。
数秒置いて、答えた。
「大丈夫だ。家で大人しくしている」
レクシィというのは数年前、博士の元に迷い込んできた少女の名前である。
正確にはD・レクシィというらしい。
痩せ細って枯れ木みたいな体をした、みすぼらしい少女だった。
彼女は故郷も家族も覚えておらず、覚えているものといえば己の名前と主人の名前だけ。
その主人の名が、トレイダー・ジス・アルカイド。
ブレイク=オズワルド=ソーシャル――
通称B.O.Sに与する男と判った時、エジカ博士は彼女を人工的に造り出されたMSではないかと予測した。
そして、アリアとリオに命じたのである。
B.O.Sの危険性を、東の中央国を治める皇女、及び西の首都を治める女王に知らせてこい――と。
レクシィは、いつまで経っても大きくならなかった。
何を与えても、みすぼらしい枯れ木体型のままだった。
そういう体質なのか、それとも彼女がMSであるのと関係するのかは、エジカ博士にも解明できず。
ひとまず彼女を安全な場所へ託す、その意味でも二人は旅にレクシィを同行させた。
結局、旅で得られたのは、十二真獣が三人と頼もしいMS仲間ぐらいだったけれど。
あの旅は、けして無駄ではなかったとリオは思う。
「アリア、喜べ!吉報だ、吉報が入ったぞ」
コーティが戻ってきたので、リオの回想も終いとなった。
珍しくコーティは興奮している。
「兄様?どうかなさったんですか」
聞きかけ、アリアもハッとなる。
「もしかして、二人が!?」
「そうだ、見つかったそうだ。場所は東大陸の幻影都市。我々と同じく発掘現場付近にいるのを目撃したという情報があった」
東大陸には首都である中央国の他に、幾多の街が存在する。幻影都市も、その中の一つだ。
放置されて久しい発掘現場があるぐらいで、他に見るべき観光スポットもない田舎都市である。
まさか、あんな田舎に二人が――
葵野力也と坂井達吉が、隠れ住んでいようとは。
「いきましょう、リオ!幻影都市へ」
さっそく勇み立つアリアをコーティが引き留める。
「待て、私も行くぞ!」
コーティの同行希望を聞き流しながら、リオは馬へと変化した。
彼らの旅立ちに馬車など必要ない。
いつだってリオが足代わりとなっていた。


西大陸には首都サンクリストシュアや砂漠都市の他に、もう一つ。大きな都市があった。
森の都カルラタータ。景見該は今、カルラタータを訪れていた。
広大な樹海に囲まれた静かな街には、毎年多くの学者が世界一と謳われる図書館を訪れる。
そしてまた、この街には幾つもの工房が建ち並び、高名な研究者も数多く住んでいた。
キングアームズ財団が根城にしているのも、この街である。
キングアームズ財団……
MSを古くから研究しており、B.O.Sのスポンサーでもあった組織だ。
ということは、あまり良い組織ではなさそうだ。
真にMSの未来を考えるならば、B.O.Sなんかに力を貸すべきではない。
恐らくキングアームズ財団とは、ストーンバイナワークの後継者ではないだろうか?
ストーンバイナワークは前大戦時代に存在していた研究機関だが、そこもMSを研究していた。
いや、MSの生態構造を研究し、MS全てを抹殺しようとしていた。
該と美羽の二人は己の身を守るために彼らと戦い、白き翼と共に壊滅まで追い込んだ。
あの組織がなしえなかった意志を、後世の誰かが引き継いだとしても、おかしくはない。
いつの世にも、人は自分と違うものの存在を恐れて、忌み嫌うのだから。
「おい、新入り。ボヤッとするんじゃない!この荷物を倉庫まで運んでおけ」
頭ごなしに命じられ、物思いを打ち切った該はコクリと頷くと、荷物を持ち上げる。
どうやってかは知らないが、彼は今、キングアームズ財団に潜り込み、下っ端として働いていた。
この財団には、御堂美羽がいる。
ウィンキー達の話を聞いた限りでは、彼女自身が財団の人間であると名乗ったらしい。
美羽はストーンバイナワークを嫌っていた。最初に奴らと戦おうと言い出したのも、彼女だ。
MSの未来を守るために、何より自分と該の幸せを守るために、奴らとの戦いへ志願したのだった。
ストーンバイナワークに属する者は、片っ端から殺して、殺して殺しまくった。
それこそ、骨も残らないほど徹底的に。女子供や老人であろうと容赦なく殺した。
その彼女が、名前こそ違えど似たような趣旨を掲げる財団に属するとは、一体どうした理由か。

もし、自分と別れたのが原因だとしたら。

思想の違いから別れてしまったことを、悔やんでも悔やみきれない。
財団を潰すことはできなくても、せめて彼女だけは自分の元へ連れ戻したい。
MS、それも十二真獣である彼女を、MSの敵に回させたくない。
そう考え、ここへ潜り込んだ。
美羽とは、まだ再会できていない。
本当にいるのだろうか――時々そんな想いも巡ったが、彼はそれを否定した。
美羽は人を裏切る処もあったけれど、嘘はけしてつかない女だった。
彼女が財団に与していると言うのであれば、それは真実だ。美羽は必ず、ここにいる。
もう一度、会いたい。
B.O.Sの城で会った時は一方的に戦いをけしかけられて、話も聞いてもらえなかったけれど、今度こそ、きちんと話をして、また昔のように一緒に暮らそう。
争いなどない今の時代なら、きっとできる。
あれだけ酷い目に遭わされたというのに、該は美羽を追い求めていた。
何故なら彼の愛する女性は、この世でただ一人。御堂美羽しかいなかったからだ。
もし出会えたら、一番最初は何と言って声をかけようか――
などと考えながら倉庫を出た途端、廊下を歩く誰かと正面衝突して転ばせてしまった。
「きゃぁ!」
「あ……すまない」と、手を伸ばしかけた該の動きが硬直する。
「もう、どこを見て歩いているんですの?転んでしまったではありませんこと」
プリプリ怒って立ち上がった相手も、じっと該を見つめて呆然とした後。
「……が……い?該、ですの?」
小さく呟く。
該が頷くと相手の疑問も確信に代わり、彼女は大きな声で叫んだ。
「該!アナタ、どうして此処に?いえ、それよりも。よくも、おめおめと顔を出せたものですわねぇ」
偉そうに腕組みをし仁王立ちする目の前の相手こそ、探し望んでいた御堂美羽その人ではないか。
「美羽」
目の前に美羽がいる。
それだけで該の瞳は潤み、涙が溢れてきた。
感涙にむせぶ該を見て、美羽はフンッと鼻息も荒く吐き捨てる。
「気安く名前を呼ばないでいただきたいですわぁ。ワタクシとアナタは、もう全くの無関係で赤の他人ですのよ」
ツンケンする美羽だが、いきなり該に抱きしめられた時には憎まれ口も忘れて、ぼぅっと赤くなった。
「美羽。すまなかった」
耳元で囁いてやると、途端に彼女も我に返り、きつい口調で罵ってくる。
「な……!ちょ、ちょっと該ッ。やめてくださいな、赤の他人だと言っているでしょう!?」
眦を吊り上げ、本気で怒っている。
爪を立て、該の体を押しのけようと暴れた。
これでこそ彼女だ。
該の愛した気が強くて我が儘な女は、昔と全く変わっていない。
「美羽、やり直そう。君が望むなら、俺はどんな処罰でも受ける」
「なにを今さら!やり直すって、あの時の罵倒をなかったことにするおつもり?甘いですわ、該!!」
思いっきり顎を手で押しのけられたが、ここで離しては、また逃げられてしまう。
「アナタはワタクシをなじったのですわぁ!ワタクシのプライドを粉々にした罪、お忘れに――ッ」
なおもギャーギャー騒ぐ彼女の唇を無理矢理塞ぎ、抱きしめる力を強めた。
驚愕に見開いていた美羽の瞳が潤み、次第に抵抗も弱まってゆく。
美羽の手が該の背中に回され、互いに舌を絡め合い、抱き合った。
「ん……ふっ、あぁ、該……」
やっと唇が離れ、小さく呟いた美羽が該を見上げた。
昔つきあっていた頃と比べて、彼は逞しくなったように思える。
それでいて顔つきは精悍さを増し、野性味を帯びてきた。
昔よりも、ずっと良い男になった。
「該、本気でワタクシの元へ帰りたいとおっしゃるの?」
「あぁ。君が許してくれるならば」
「あら、そう」
そっけなく答え、美羽は体を離した。
「アナタの周りには美しい女性が沢山おりましたわねぇ。あちらのほうが宜しいのではなくて?」
該がキョトンと聞き返してきた。
「美しい女性……?誰のことを言っているんだ」
別れる前と同じ朴念仁っぷりに少しイラッときた美羽は、やや強気な調子で教えてやる。
「名前は存じませんわぁ。赤いドレスの女性や、可愛らしい少女ですわよ。アナタのことを、存じ上げておりましたわよ?あの方達も」
すると該にも、ようやく判ったようで、即座に首を振り、真っ向から美羽を見つめた。
「俺が愛する女性は一人しかいない。御堂美羽、君だけだ」
率直な処も変わっていない。昔のままの該だ。
だが、それでも美羽は彼を焦らした。
「女性……?」
横目でチラリと彼を見て、視線を逸らす。
「アナタはまだ、ワタクシを女と見ていらっしゃるのですわねぇ。ですが、アナタもワタクシと別れてから、美しい女性を多々見ていらっしゃったのでしょう?どうせ愛するのなら、ああいった女性のほうが具合も宜しいんじゃなくて?」
再三の焦らしに焦ることなく、該は淡々と答えた。
「何度でも言う。俺が好きなのは美羽、君だけだ」
「本当に?なら、謝って下さる?あの時、ワタクシの思想を否定したことを」
「あぁ。君には君の考えがあり、俺とは違う意志を持っていることに、あの頃の俺は気がつかなかった。だが、今なら君の考え方も受け入れられる……と、思う。君の意見を認めず、なじり、君の元を去ってしまった俺は最低だ。本当に、すまなかった。言葉だけでは足りないというのなら、どんな体罰でも与えて欲しい。それで君の気が済むのならば」
足下で土下座までされては、許さないわけにもいかない。
美羽も該と同じで、もう一度関係をやり直したいと願っていたのだから。
「…………」
黙りこくっている美羽を見て、該は内心舌打ちする。
彼女は賢い人間だ。こちらの嘘を看破してしまったかもしれない。
本音をいうと、今でも彼女の思想を認めるつもりなど更々ない。
逆らう者は皆殺し、完膚無きまで命を取る戦い方が正しいとは、どうしても該には思えなかったからだ。
「美羽……」
もう一度抱き寄せてキスしようとしたが、寸前で美羽には顔を背けられてしまう。
「駄目。これ以上は、部屋でやりましょう?」
「美羽、戻る前に返事を聞かせてくれ」
美羽は悪戯っぽく笑うと、泣きそうな顔で自分を見つめる男へ小さく囁いた。
「返事も部屋で聞かせてさしあげますわぁ。ですから、さっさと行きましょう」

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