DOUBLE DRAGON LEGEND

第十二話 炎の渦


城の中へ飛び込んだリオとアリアが一番始めに気づいたのは――
「この匂い……火が出ている?」
ひくひくと鼻を動かしてアリアが呟くのへ、リオも頷いてみせる。
「地下からだ」
そこへ駆けつけてきたのは司。
片手で引っ張ってこられたのはサリア女王ではないか。
「ツカサさん!女王を見つけ出したのですね」
嬉しそうに駆け寄るアリアを制し、彼が叫んだ。
「地下で放火したものがいます!ここは危ない、すぐに退避して下さいッ」

司が女王と再会を果たして、すぐ――
「く、くそッ……」
AドールとSドールは、城の地下にある格納庫まで逃げた処で足を止める。
なんてことだ。
トレイダーに捨てられた今、彼女達が頼れるものは何もない。
かくなる上は女王の身と引き替えに財団へ逃げ込もうと思っていたのに、それも出来なくなってしまった。
キングアームズ財団がB.O.Sのスポンサーなのは、二人とも知っていた。
それに関して、トレイダーが苦々しく思っていた事も。
財団の方針と彼の美学は、似て非なるものであったらしい。
「こんな組織!あんな男など!燃えてしまえばいい、全て燃えてしまえば!」
ヒステリックにAドールが吼え、格納庫に並べられたMDへ片っ端から火を放つ。
それを眺めながら、Sドールは彼女なりに今後の予定を考えた。
この女は――Aドールは、もう駄目だ。私一人で財団へ逃げ込もう。
Sドールは決心したように頷くと、炎の海を見つめて高笑する少女の背後へ音もなく忍び寄った。


城が炎に包まれていく様は自室にいたトレイダーも、そして囚われていた該と葵野にも判った。
が、判っていても、どうしようもない。
何度体当たりしても扉は開かないし、この部屋には窓もない。
壁は頑丈で、扉以上に壊すのが困難だ。
「どっどっど、どうしよう!?俺達、このまま死んじゃう?死んじゃうのかなぁ!?」
泡食って大騒ぎする葵野と比べて、該は冷静であった。
部屋を見渡し暖炉を発見した彼は葵野を手招きで呼び寄せ、煙突を指さす。
「ここから出られると思うか?」
「え……」
つられて天井を見上げた葵野は、しばしポカーンとした後、ぶるぶると激しく首を真横に振った。
「無理!あんな高いトコまで登れないよ!!第一、外は屋根だろ?落ちたらどうするんだ!」
「お前は龍だろう?空も飛べるはずだ」
「無理だって!変化したことないし、もし龍になれたとしても飛べるかどうか判んないし!!」
なおも無理を連呼する葵野を冷ややかに眺め、該がポツリと呟く。
「……なら、ここで火にまかれて死ぬか?」
「嫌だ!」
「だろう?ならば登るんだ、ツベコベ言わず」
葵野の背後へ回ると、背中を突き飛ばすようにして暖炉の前に押しやった。
押しやられたほうもブツブツ小声で文句を言いながら、暖炉の中に潜ってゆく。
「うわ、暗い!すすけてる!」などと文句の多い葵野を押し上げて、該も煙突から外へ出た。
下を見ると、クラクラするほどの高さが待ち受けている。
途端に足が萎えて座り込んでしまった葵野を無理矢理立たせると、該はソロリソロリと歩き出す。
「あ、危ないよ……落ちたらどうするの?」
尋ねる葵野は、もう泣きベソ状態である。
対して該は冷静なもので、時折下の様子を伺いながら、慎重な足つきで屋根を歩いていく。
「ここで座り込んでいる方が、よほど危ない。降りられる場所を探し、地上まで降りよう」
その足が急に止まり、後方からおっかなびっくり歩いてきた葵野が該の背中にぶつかった。
「ひゃあ!」
勢いよく尻餅をついた彼は、あわあわと屋根の縁を両手で掴んで転落を免れる。
「ちょっと!危ないじゃないか、どうしたんだよ!?」
怒鳴る葵野を手で制し、該が地上を指さした。
「坂井が居る……美羽も一緒だ」
え?とばかりに下を覗き込んだ葵野は、再び腰を抜かしたのであった。あまりの高さに。

「つまらない天幕になりましたわね」
城の入口にて坂井とウィンキー、そしてミリティアの三人は御堂美羽と名乗る女性と出会う。
全身を黒衣に包んだ、この女性。
本人の弁を信じるならば、西のキングアームズ財団に所属する研究者だという。
「坂井達吉、アナタにトレイダーを退治させるつもりが、奴の部下のせいでご破算になりそうですわぁ」
「どういうことだ?」
油断なく彼女を睨みつけ虎が尋ねる。
その視線に怯むことなく、美羽は答えた。
「AドールかSドール……どちらが主犯かは判りませんけど、彼女達が地下のMDに火を放ったのですわ。おかげで、この城は捨てねばならなくなりました。トレイダーも、今頃は火に包まれて死亡でしょうね」
部下の反逆にあい、城に放火されたという。
しかし仮にもB.O.Sのリーダーであるトレイダーが、この程度で死ぬものだろうか?
何度も中央国を襲い、先代の神龍の命を奪った彼が?
「とっくに逃げだしたのではありませんこと?」
同じようにミリティアも感じたのだろう、美羽に尋ねている。
彼女は口元だけで笑うと、涼しげに答えた。
「逃げだした姿をワタクシは見ておりませんわよ。奴はまだ、自室にいるはずですわ」
「城の入口は、ここ一つだけなんか?」
続いて尋ねたウィンキーにも頷き、くるりと踵を返す。
「なんにせよ。トレイダーを殺すという、ワタクシの目的は達成された事になりますわねぇ……これで」
「殺す?トレイダーを?貴女は奴の仲間ではありませんの?」
ミリティアは小首を傾げ、ウィンキーも疑問に満ちた目で美羽の背中を見つめたが、坂井だけがフンと鼻を鳴らした。
「なるほどねぇ……財団はB.O.Sを監視してたってわけだ。で、トレイダーが言うことをきかなくなってきたから処分する意向に出たってワケだろ?」
美羽もニヤリと笑い、振り返る。
「その通りですわぁ。アナタ、ただの脳筋かと思っておりましたが、なかなか頭が回りますわねぇ」
「……そして、ついでに、もう一つ付け加えるなら」
二、三度地を蹴って、坂井は勢いよく走り出す。そう、城の入口を目掛けて一直線に。
「トレイダーは、この程度じゃ死なねぇ男だ。俺には判るッ!」
ウィンキーが止める暇もなく、坂井は火の海となりつつあるB.O.Sの城へと飛び込んでいった。

「坂井!」
絶望的な悲鳴をあげ飛び降りようとした葵野を、寸でのところで該は背後から羽交い締めにした。
「待て、何をするつもりだ?」
「坂井を、あいつを助けに行かなきゃッ」
言っている側から屋根の板が一枚外れ、地上へ落下していく。
同時に高さも思い出し、葵野はヘナヘナと腰を抜かした。
「あ、あぁ……でも、ここからどうやって降りたらいいんだ……?」
何か足がかりとなるデッパリでもあれば、すぐにでも降りられよう。
しかし都合のいいデッパリなど見つかるはずもなく、二人は屋根の上で立ち往生状態にあった。
煙は始終モクモクとあがってくるわ、パチパチと火のはぜる音も次第に近づいているような気がする。
ああ、このような時こそ空を飛べる司かミリティアが側にいてくれればよいものを。
もう一度下を見て鳳凰の姿を確認した該が、彼女に呼びかけようと大きく息を吸った時。
『煙でもあるまいに、上に登ってどうするのかね?逃げるのならば、まずは下へ降りるべきだと思うが』
落ち着いた男性の声が予期せぬ方向から聞こえてきて、葵野も該もギョッと振り向いた。
「トレイダー!?」
葵野が叫んだが、そこにいたのはトレイダーではない。
宙に浮いているのは量産型のMDだ。声は、そいつから聞こえているのであった。
「……なるほど、音声だけ飛ばしてきたか」
該の呟きを背に、葵野がまたも叫ぶ。
「どこだ、どこにいるんだ、お前は!」
だがMDから返ってきた答えは、彼らが期待するような内容ではなかった。
『この城は終わりだ。そしてB.O.Sも城と共に滅ぶだろう。この戦い、君達が勝利者だ』
そういうトレイダーの声は、どこか誇らしげであり、安堵さえも伺える。
戦いが終わることを望むなどとは、散々中央国を脅かし戦争を仕掛けてきた彼らしくもない。
「ふざけるなッ!俺達の勝利は、お前を倒すまで終わらないんだ!」
葵野が珍しく激昂する。
それでもトレイダーの口調に変化は見られず、彼は淡々と葵野に話しかけてよこした。
『待ち望んでいた来客が今、私の元へ現れた。神龍。君と対面できなかったのは残念だが……代わりに彼との再会を、この戦いの幕閉めとしよう』
彼?
彼とは誰だ。
司か、それとも飛び込んでいったばかりの坂井のことか。
思案を巡らせる該の頭上に影が落ちる。見上げると、白い犬が上空を飛んでいた。
「ここにいたのですか、二人とも!この城は、まもなく崩れ落ちます!!」
叫んでいるのは司だ。白き犬の背には麗しき女性の姿も見える。
流れるような金髪が光に照らされて輝いている。
あれが西の首都を治めるというサリア女王であろう。
「僕の背に乗って下さい!」
「三人も乗れるのか?」
該が尋ねる間にも白い犬は屋根に接近し、背中を向けてくる。
「多少定員オーバーですが、飛べないこともありません。さぁ、早く!」
「けど、まだ坂井が!」
叫ぶ葵野を遮って、該は見る見るうちに猪へと姿を変えた。
「わかった」
ずりずりと少しばかり後ずさりをして助走をつけると、勢いよく屋根を走り出す。
犬と屋根との間には隙間があったが、該は大きくジャンプして犬の背中へ飛び乗った。
「きゃあ!」
勢いあまりすぎてサリア女王とぶつかったが、緊急時の失礼だ。見逃してもらおう。
「葵野さん、君も早く!」
司に促され、葵野はMDを見、司を見つめ、もう一度MDを睨んでから決意する。
「駄目だ」
「葵野さん!?」
「坂井を、置いていけないよ。だから」
あっ、と思う暇もなかった。
気がついた時には葵野の姿は屋根から消え、すぐに何かを激しく壊した轟音が響いてきた。
「……墜落したな」
該がポツリ呟くのに司も頷き、下を見る。
「えぇ。下の階の、屋根を突き破って入り直したみたいです……無謀な真似を」
女王も会話へ横入りし「どうなさるのですか?彼を追いかけないと」と尋ねたが、司は、そして該も首を真横に振った。
「いいえ。僕達は一度退避します。そこで仲間と合流しなくてはいけません」
「そんな!彼を見殺しにするおつもりなのですか!?」
どんなに非難されようと罵倒されようと、このままの状態で城へ戻るわけにはいかない。
司の目的はサリアを救うことであり、神龍と虎を救うために彼女まで犠牲にするわけにはいかないのだ。
「あなたを安全な場所で降ろしたら、彼らを救いに行きます。ですから、しばし我慢をして下さい」
女王を安心させようと、司は小さく微笑む。
思いがけぬ優しい笑顔にはサリアも虚を突かれたのか「え……」と呟いたきり、ぽわ〜っと赤くなる。
彼女が我に返って反論へと転じる前に、白き翼は大きく羽ばたくと一気に地上へ急降下したのであった。

燃えさかる城から飛び出したリオとアリアは途中でウィンキー達とも合流し、遠目に城を眺めた。
「……悪の城、堕つ……やな」
感慨深げに呟いたウィンキーを横目に、ミリティアはアリアへ尋ねる。
「タンタンの怪我の具合、どうですの?」
「命に別状はありません……ですが、問題は彼女の気力でしょう」
哀れ小さな兎は未だ、リオに担がれたままだ。
流血は既に止まっているようだが、腕をしっかり押さえたまま真っ青な顔で横たわっている。
「気力?」
「えぇ」
アリアは頷き、リオの背の上でタンタンの顔を優しく舐めた。
「このままでは死んでしまうと彼女は思いこんでいます。死なないと信じさせてあげないと」
「そいや」
大猿が振り返り、二人の会話へ混ざってきた。
「小龍様とは合流できへんかったんかいな」
リオは黙って首を振り、アリアも項垂れる。
答えたのは該だ。猪から人の姿へ戻ると淡々と話す。
「彼は坂井を救いに城へ飛び込んでいった。今頃はトレイダーと対決している頃だろう」
該の言葉に、サリア女王は小さく呟く。
「そのトレイダーという男……何者なのですか?」
司の姿は、ここにはない。
彼は女王を降ろすとすぐに、城へUターンした。無論、葵野と坂井を救うために。
女王の問いにはアリアが答えた。
「全ての悪事の元凶です。中央国が襲われたのも砂漠都市がMDに襲われたのも、彼らの仕業だったのです」
火に包まれて崩れゆく城を見ながら、ウィンキーもポツリと呟く。
「けど、結局何がしたかったんや?トレイダーは。戦争起こしたいっちゅうんなら、何かしら理由が必要やろ。もしかして、奴は死の商人?MDや人工MSを大量生産しとったみたいやし」
物を売るならば買い手が必要だろう。
西も東も敵に回した上で女王まで誘拐する必要など、あったのだろうか?
「ですから内部分裂があったと、あの女も言っていましてよ。西と東、両方を敵に回したのはトレイダーにとっても誤算だったのでしょう」
ミリティアが突っ込む。
「あの女?」と聞き返す該へは、即座に応えた。
「確かミドウミワ、と名乗っておりましたわ」
御堂美羽は、坂井が城へ突っ込んだ直後どこかへと姿をくらました。
それを該に伝えると、彼はどこかホッとした様子を見せた。
美羽ともう一度戦わなくて済んだことに、安堵したのかもしれない。
「せやけど、遅いなァ。三人とも」
再びウィンキーが忙しなくぼやいた時、ボン!と激しく火が噴いて城が天辺まで炎に包まれる。
「ちょ、ちょっと……大丈夫ですの?」
ミリティアも不安がるが、誰も答えることはできなかった。

至る処に火の手がまわっている。
炎は地下ばかりではなく壁や床も包み、たちどころに燃やし尽くす。
煙と炎で視界も揺らめく中、坂井はトレイダーと向かい合っていた。
「BOSも、これで終わりだ。そして、テメェもな!」
勝ち誇る虎を見つめ、トレイダーは、ほぅ……と溜息を漏らす。
「まさか、君のほうから会いに来てくれるとは。あの子達の行為も無駄ではなかった、ということだね」
「アァ?」
怪訝に眉根を寄せる虎だが、近づいてきたトレイダーには警戒色全開で後ろへ一歩飛び退いた。
思いっきり露骨な嫌悪にも動じることなく、B.O.Sのリーダーは前髪をかき上げる。
「しかも、今の君は一人だ。忌まわしき神龍の血を引く男も居ない」
「忌まわしき?葵野の事を言ってやがんのか」
坂井は牙を剥き出し威嚇するが、やはり動じることなくトレイダーも彼を潤んだ瞳で捉える。
「君は知らないのだ。伝説のMSが大昔、どれほどの大罪を犯してきたのかを」
「戦争があったんだろ?人を、沢山殺した。そんぐらい、五歳の子供でも知ってらぁ」
答えながら、こうも付け足す。
「けど、そいつは先代の話だ。あいつには関係ねぇ」
それにはトレイダーも「そうだな」と同意して、真っ向から坂井と見つめ合った。
「だが、彼には葵野の血が流れている。あの血は、いつの日か必ず覚醒するだろう」
「神龍の力は癒す力だろ。なんで、それが忌まわしいんだよ?」
葵野の血筋、すなわち神龍の血だが、彼の持つ能力は治癒である。
断じて、人を殺す力ではない。
中央国の人々に多くの血を流させてきた奴に、忌まわしいなんて呼ばれる筋合いもない。
坂井の問いにトレイダーは含み笑いをし、再び小さく溜息をつくと真顔で見つめてよこす。
「治癒と言えば聞こえは良いが、人を戦いに駆り立てる能力だ、あれは。それを忌まわしいと呼ばずして、なんと呼べと言うのかね」
「何なんだよ、さっきから!思わせぶりな事ばっか言いやがって、テメェは何が言いたいんだッ」
直後、ボン!と激しい音がして床が弾ける。
燃えさかる炎が出口を鬱ぎ、熱い空気が顔を火照らせた。
一瞬だが坂井の気が床にそれ、その間にトレイダーがくるりと踵を返す。
「お、おい!何処行こうってんだ、話はまだ終わってねぇだろ!?」
呼び止める坂井へ目線だけ向けると、彼は小さく囁いた。
「私を倒したければ、追ってくるといい」
「追えって、そっちは一面炎だぞ!?テメェ、死ぬ気か!」
囂々と燃えさかる炎の海へ、トレイダーは足を踏み入れる。
「……私は簡単に死ぬ気など、ないよ」
後を追いかけて虎が炎の海へ飛び込んだ瞬間、背後から叫び声が聞こえた。
「坂井!何処行くんだ、そっちは危ないッ」
あの声は葵野だ。
だが坂井がそれに答えようとした時、大きく床が弾け、一帯を炎の柱が包み込む――!


「B.O.Sは滅んだ。女王も助けた……けど、この結末は何や?どーして、あいつらは戻ってきぃへんねん!」
すっかり燃え落ちた城を前に、もう長いことウィンキー達は意気消沈して座り込んでいた。
城が大爆発を起こした後。
間一髪で戻ってきたのは司一人で、葵野と坂井は一緒ではなかった。
司の話によれば、城の何処を探しても彼らと合流することが出来なかったという。
今も中央国からの応援部隊が到着し焼け跡を探しているが、状況は芳しくない。
やがて兵の一人が走り寄ってきて、皆へ結果を報告した。
「焼け跡を探索しましたが、小龍様も坂井殿の焼死体も、発見できませんでした!」
「二人は、死んでなどいませんッ」
涙目でアリアに怒鳴りつけられ、兵士は恐縮する。
「も、申し訳ございません」
怒鳴ったほうもハッとなり、慌てて兵士へ頭をさげた。
「ご、ごめんなさい……私、つい……」
謝る途中でぽろぽろと涙が零れ、言葉にならなくなる。
なきじゃくるアリアの背を優しく撫でながら、ミリティアが彼女を慰めた。
「アリア……気持ちは判りますけど、八つ当たりしても何にもなりませんわ」
「判っています、判ってるんです、けど……!」
焼け跡をじっと見つめていた該も口を挟む。
「とにかく、ここで立ちつくしていても何にもならん。捜索は彼らに任せ、我々は国へ戻ろう」
「そうですわね。女王だけでも首都へお返ししなければいけませんわ」
ちらとミリティアがサリア女王を見ると、彼女もまた心配そうに焼け跡を眺めていた。
司が横で何か言っているが、気持ちは上の空のようだ。
「女王、彼らの言うとおりです。貴女は国へお戻り下さい」
司に促され渋々頷いた彼女は、派遣されてきた兵士へ声をかけるのも忘れなかった。
「小龍様と、そのお友達の件、宜しく頼みます」
「ハッ!何か判り次第、すぐに伝達をお送りしますッ」
直立不動で答える兵士へ頷くと、ようやくサリアも帰国の決心がついたようで、司に微笑みかける。
「……ではツカサ、私達も帰りましょう」
今回だけは「はい」と司も素直に頷き、白き犬へと姿を変えた。
その背に女王を乗せると、ふわりと飛び立つ。
「では皆さん、またお会いしましょう!」
白い犬は上空で一回だけ旋回し、すぐに西の空へと消え去った。
その姿が小さくなって見えなくなるまで、皆も黙って見送る。
「……行ってしまいましたわね」
「そうだな」
「私達も、帰りませんこと?」とミリティアはウィンキーを促したのだが、答えたのは該であった。
「砂漠都市に帰るのか?戦争は終わったのに?」
「え……」
西と東の戦争。
その元凶がB.O.Sなら、もう戦いは起きないのだから戦争も終結する。
そう言われてミリティアもウィンキーもポカンとなる。
該の言うとおりだ。いきなり失業してしまった。
呆然とするミリティアに、該が微笑みかける。
「傭兵を引退するなら、俺達の処へ来ないか?」
彼が微笑むところなどミリティアは初めて見た。
ウィンキーやアリアも然り、二人ともギョッとした顔で該を凝視する。
「俺の所属するサーカス団は随時団員を募集中だ。ミリティアほどの美人なら、いい看板スターになれるだろう」
該ほどの男前に微笑んで言われた日にゃ、ミリティアも頬が熱くなるのを覚え、慌てたウィンキーが間に割って入る。
「ちょい待ち!その話、ミリティアだけかいな?オレも雇ってもらわんと!だってほら、オレも失業やし!!」
大猿の図々しいお願いにも該は寛容で、彼は大きく頷くとウィンキーを見上げた。
「いいだろう。お前は俺の代わりに荒事芸を引き受けてくれると助かる」
「俺の代わり?」
聞き咎めたリオが間に割って入り、該を真っ向から見つめる。
「お前は、どうするつもりだ」
「サーカス団へ帰るのですよね?」
アリアも続けるが彼は答えず、肩を竦めたっきり黙り込む。
「もちろん一緒に帰るやろ?仲介役がおらへんかったら、オレらも困るんやけど」
皆の注目を受けた該は、一言ぽつりと答えた。
「俺は別行動を取らせてもらう。会いに行かねばならん奴がいる」
勿論サーカス団へは一度戻るから、とつけたしミリティアとウィンキーを安心させた後、該はリオの背中で昏々と眠り続ける小さな兎へ目をやった。
タンタンは、怪我で昏睡してから一度も目を覚まさない。
アリアが何度揺り動かしても無駄であった。
命に別状はないというのはアリアの見立てだが、彼女をサーカス団へ連れ帰るのは抵抗もある。
今のタンタンを見たら、きっとトァロウは心配するはずだ。
そして彼女をそんな目に遭わせた該を非難し、二度と自由な外出を許してくれなくなるだろう。
「タンタンは?彼女もつれていくのですか」
アリアの問いに首を振り、該が頭を下げた。
「彼女を頼む。安全な場所で過ごさせてやってくれ」
一瞬はポカンとしたが、アリアの頭の回転はウィンキー達よりは早かった。
「……判りました。あなたが無事に戻ってくるまで、彼女は私達の家で預かります」


――こうして。
心配事を残しながらも、一同は解散した。
アリアとリオは、タンタンとDレクシィをつれて家に戻る。
ミリティアとウィンキーは該の薦めで、彼の所属するサーカス団へ。
二人をトァロウへ紹介した後、該は一人、夜のうちに旅立っていった。
向かう先は恐らく、御堂美羽のいる場所――であろう。
サリア女王を送り届けた司も、その日のうちに行方をくらます。
パーカーは必死になって探したが、西大陸のどこにも羽根の生えた白い犬の姿を見ることはなかったという。

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